第21話 鼻毛を見ればな

「あの、僕は全く状況を把握できてないんだけど……」


 そう困惑するレイスへ「窓の向こうに泥棒が落ちてる」と簡潔に説明した俺と職員二人は、律儀にも正面玄関から外へ向かった。


 理由を挙げるとすれば、窓から飛び出した先は太陽に食い尽くされた世界だからだ。時間というものは残酷だ。俺の日傘(借り物だ)は図書館の入り口に刺してあるし、俺以外の面子はとても窓までジャンプできそうにないしな。


 巨漢のオッサンは窓枠には届くかもしれないけど、壁を破壊しない限りとてもじゃないが身体が通らないだろう。


 レイスは二人に向け律儀に隊員証を見せ名乗った。が、そんなことをせずとも職員たちはレイスの顔を知っているようだった。レイスがフードを外し、その角を見せて自己紹介をしても驚く様子は無い。ちなみに人の目があるので、レイスはすぐにフードを被り直した。


 建物の外壁をぐるっと回ると、確かに思い当たる場所に倒れている人物がいた。


 いたが、しかし。


「……女の、ガキ?」


 なんだか拍子抜けしてしまう。


 レイスも職員二人も一様に驚く。そこには、横向きに倒れている少女がいた。太陽を反射してギラギラと輝く金色の長い髪を持つ、小柄な少女だ。


 気絶したことで、隠蔽の魔法が解けたということだろうか。


恵登けいとさん、こんな小さい子供が、本当に……?」


 オッサンが女性職員にそう問いかけた。


 改めて女性職員を観察する。暗い青色の髪を素直に伸ばし、それに合わせた落ち着いた色のスーツを着ている。俺から見ればこの女も小さいが、まぁあのガキと違ってこっちは成人してるんだろう。身長が低めで、落ち着いた色の髪をした黄色人種……なんだっけ……確かそう、東陽人とうようじんだったと思う。



「エリク、資料を持っているかどうかで判断できるわ」


 そう言われ、巨漢のオッサン――実際はまだオッサンという年齢ではないと主張している――改めエリクが少女に近づいて……なんだか危ない絵面になりそうだったが、それより早くレイスが少女に駆け寄っていた。


 懐に手を差し入れ、少女が持ち去ろうとしていたものを探す。


 ま、レイスからは一片の猥雑さも感じられないから、無問題だと断言できるけどな。断言できるのって、オスとしてどうなんだろうな。


「まあ。物語に出てくる王子様とお姫様みたいね」


 恵登はそう評した。やることがなくなり、手持無沙汰そうに突っ立っていたエリクは「お姫様というには幼すぎますがね」と言った。エリクも金髪だが、少女と比べるとくすんだ金髪というか、少女の髪の方が明るすぎるような気がした。金色の髪は、帝国人ていこくじん……の血が入っているとかだっけか。


 俺はと言うと、物語の王子様ってなんで華奢で女みたいなツラしてるイメージなんだろ……ゴリラみたいな王子もいたっていいよな、てかいないはずないよな……とか、またどうでもいいことを考えていた。世はまさに大差別主義時代!


「でもこの子供の髪、よく見ると脱色してますね」腕組みをして、エリクが言った。


 ほう。


「脱色って、髪を染めるのの一種だっけか?」

「まぁそんな認識でいい。この娘の髪は元から黄色の色素は含んでいただろうが、ここまで明るい金髪ではなく、もっと暗い色だったんだろうな」

「凄いな……」


 見ただけで分かるもんなのか。


 素直に感心するぜ。“髪の毛のセットなんて面倒、切るのも面倒だからとりあえず後ろで縛っとけ”的な筋肉マッチョメンだと思っていたが、髪の毛オタクだったのか。


 そういえば、二十代なんだもんな。俺が言うのもなんだが、若者じゃねェか。……ホント、老け顔だな……。


「そういうお前だって染めているだろう。元の色は知らんが、脱色は経験済みなんじゃないのか?」


 エリクが片目を瞑って俺をねめつけた。


 いや、多分血色に染める前に脱色もしたと思うんだけど、あいにくと鏡を見るのを拒否させてもらってたからな。……一時的とはいえ、金髪みたいになってる自分を見たくなさすぎたからだ。


「……末恐ろしいぜ。まさか、元の色まで解るのか?」

「鼻毛を見ればな」

「鼻毛……だと……!?」


 慌てて右手で鼻を包んで隠す。


 なんてこった。完全に失念していた。いや、別に俺が望んで染めた訳じゃないんだけど。やられただけなんだけど。よく分からないうちにやられてて、そんなに痛んでないみたいだから気にしてなかったけど。


 そうか、改めて考えてみれば、血色に染めてあるのは髪と眉毛だけだ。まつ毛や鼻毛をよくよく観察されたら、正体がバレる……かは分からないが、元々の色は推察されてしまうじゃないか?


「≪ヴァリアー≫には凄くいい染料があるんだな? ここまで髪を傷めずに綺麗に染めることができるとは」


 エリクが近づいてきて言った。興奮するんじゃねェ。俺は為す術なく後ずさる。


「さ、さわんなハゲ」

「この通り、ハゲていないが?」

「言葉の綾だよ! お綾やお母上にお謝りなさいだコラァ!!」

「どれだけ動揺すれば、急に早口言葉を言うなんてことになるんだ……?」


 間近でエリクに見下ろされると唯でさえ威圧感がある。その手が髪の毛を触ろうと迫ってきているなら、尚更だ。


「というか、お前。地毛が黒髪って随分と珍しい――」


 オイオイ、この流れはまずいぞ。


「エリク、どうでもいい話は置いておいて、これを見て」


 さっきまで御しやすい噛ませ犬だろうなとしか認識してなかった巨漢が、一瞬にして俺の正体を暴こうかというところまで迫ってきて内心焦っていると、幸いそれを“どうでもいい”と言い切る助け船が表れた。


 中盤で探偵に犯行がバレそうになった時の犯人って、こんな気分なんだろうか。やることが! やることが多い!


「うん、これで間違いないんじゃないかな」


 見れば、レイスと恵登が、書類の束を手にしていた。ちょっと遠い。俺はそれだけエリクに追い込まれていたらしい。


 二人で近寄って、その資料を覗き込む。


「なんだこりゃァ。こんな……本にもなってないようなもんが図書館にあったのか」


 俺がそう言うと、エリクに無知な奴を見る目をされた。ぐぐ。


 恵登が丁寧に説明してくれる。


「本になっていないということは、大衆に発信するためのものではないってこと。一部の技術者にとってのみ必要とされるものだとか、部外者が見てはいけないようなものが纏めて保管されている、というわけよ、赤髪クン」


 赤髪クンと呼ばれ、反射的に俺の名前はレンドウだ、と名乗りそうになった。いかんいかん、まだ偽名考え中の身じゃないか。わざわざリバイアからもアドバイスを貰ったんだ、軽率な行動は避けるべきだろう。


「……なるほど。でも、今俺達は見てるじゃないか」


 言うと、恵登はクスクスと笑った。


「あなた、機術士メカニックなの?これは兵器の開発資料だけど、私たちには逆立ちして読んでも意味が解らないはずよ」


 ごもっともだ。こちとら原子だの物理だのは、感覚でしか分からん。内容によく目を通してみると、序文から堅苦しい文章が『完成後にこの兵器がもたらす破壊の規模について』と注意喚起しており、それだけで俺の読む気はガリガリ削られていく。


 内容的にも、文章の堅さ的にも、俺には一生相容れないものだろう。


「あなたがデル出身っていうなら話は別だけれど」


 デル。工業で発展した国だっけ。俺は深く首肯した。


「もちろん違ェ。……天才って“馬鹿でも読める文章を書けない”ところがダメだと思うんだよ俺は」

「負け惜しみか!」


 エリクに突っ込まれた。


「デルの著名な機械技師メカニスタが書いたものね。はぁ。それにしても、どうしたものかしら……」


 何がだよ? と恵登に目で問い掛けると、


「資料の管理は今まで以上に警備体制を厳しくするとして、問題はこの子よ」


 皆の視線がレイスが抱える少女へ集中する。


 何を悩むんだ、とりあえずしかるべき罰を与える為に通報するべきなんじゃないのか? この町の人間たちが犯罪者に与える罰の尺度が把握できていないが。


 悪名高いアラロマフ・ドールと言えども、≪ヴァリアー≫周辺ののほほんとした(俺の当初のイメージと比較してのハナシだ)雰囲気を見るに『悪・即・斬』ってほどじゃないんだろ?


 そうは思ったが、また考えなしに口を開いて突っ込まれるのも嫌なので、無知の知を身につけた偉すぎる俺サマは、黙って成り行きを見守ることにした。


 それは功をなしたらしい。


「魔法を使っていたのは、この子で間違いないですよね」

「そうね、気絶したことで解けたということは、この子自身が術者だったってことじゃないかしら」


 エリクが言い、恵登もそれに同意した。


 ここで俺も理解した。当人が魔法を使ったということなら……殆どイコールでこのガキが人間じゃないと……つまり、魔人まじんだという話をしているのだ。


 だったら、丁度ここには魔人を捕らえる専門家さんがいるじゃねェか。


「僕が彼女を引き取ります」


 案の定、レイスがそう切り出した。しかし、その台詞には違和感があった。

 僕が。レイスはそう言った。≪ヴァリアー≫が、とは言わなかった。


 個人的に女のガキを飼う趣味でもあんの? あァ、そういやリバイアもいつでもこいつに引っ付いていたがるし、似たようなもんか……とか、口に出したら怒られそうだな。


「ごめんなさい。正直、そう言ってもらえて助かるわ」

「感謝する」


 職員二人は深々と頭を下げた。


「お二人が借りようとしていた本は、後程届けさせますので」


 その言葉に見送られ、俺は町の見学を終え、ヴァリアーに帰ることになった。

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