第19話 薄暗いのは図書館のいい所だな

 薄暗いが、そこまで埃っぽくはない。掃除はそれなりに行き届いているようだ。人の利用が多いから、埃を被りづらいというのもあるのかもしれない。


 俺たち以外にも、沢山の人間がここにいる。一階には二十人ほどの姿が見えるし、更に上の階への階段もあり、この場所の利用価値の高さを感じさせる。


 本屋へ連れていけ、とレイスに言ったし、その結果確かに書物に囲まれてはいるんだが、連れて行かれた先は本屋ではなく“図書館”というものだった。


 本を貸出しするための施設。里で暮らしていた俺にとっては、近隣住民との本の貸し借りは日常茶飯事だったが、こうまで巨大な規模で来られると委縮せざるを得ない。規模が大きくなれば規則も自ずと厳しくなるもんだ。そりゃ、マブダチじゃあるまいし「あ、お前の本勝手に借りてくわ」なんてことができないのは当たり前だろう。


「本屋は近くに無いのか?」


 背の高い本棚に迷うことなく向かい――でも目的の本には届かなくて――梯子を持ってきたレイスに訊いてみた。代わりに取ってやれって? そこまでの関係値はないね。


「無いわけじゃないんだけど、ちょっと遠いのと、多分レンドウが思ってるほど大きくないと思う」


 ここは田舎国家のド辺境だからね……とレイスは小さく続けた。


 ふうん。


「まぁ、お前はこっちの方が良いと思ったからこっちに来たんだろ」

「なぜかと言えば、まず、本屋さんは小さいから目的のコーナーがないかもしれない、もしくはあっても少ない、どうしても欲しい本は遠方から取り寄せを頼まないといけない。ちなみにそれ、追加料金取られるからね」


 世知辛いな。


「それに対して図書館は広くて色んな本があって、読みたいジャンルの本がほぼ確実に見つかるんだ。あの作者のコレ! ってほど決めた目標が置いてるとは限らないし、他の人に借りられてる場合もあるけど」

「そうだろうな。でもそれだとメリットとデメリットあるから帳消しじゃね?」


 言いながら、テキトーに一冊、本棚から引き抜いてみる。ま、この分厚さ、レイスがいる棚と来れば、俺の読んできたものとは似ても似つかないムツカシイ本なんだろうが……。


 タイトルは『サルでもわかる〜』……以下略だったので即戻した。


 この手のさ、「サルでもわかる! イヌでもわかる!」みたいな謳い文句嫌いなんだよな。コレを読んでも意味が解らなかった時、こっちがどんな気持ちになると思ってんの? って感じだ。


 というか、分厚い辞書だが参考書だかが出てくると思ったのに“サルでもわかる系”のタイトルって凄い挑戦だな。面白いタイトルにしようと努力するようなジャンルなのか? もっとお堅いタイトルのがいいんじゃね? いや、俺の出る幕ではないだろうけど。ほら、漢字四文字とかさ。なんちゃら大全だの、なんちゃら新書みたいな。


「そうかなぁ。レンドウは「ズバリあの本が読みたい!」っていうタイトルがある訳じゃないんでしょ? 好きなジャンルの本ならなんでもいい、とりあえず借りて読んでみるか~ってかんじなら図書館の方がいいと思ったんだよ」


 分厚く重い本を何冊も持つことは無理だと判断したか、一冊を手にレイスは梯子を降りた。


 なるほど。


 と考えてから、口に出さないと伝わらねェわ、と思った。


「なるほどな。じゃ、ちょっくら巡ってくるわ」

「レンドウがどんなジャンルが好きなのか気になるなぁ。後で呼んでねー」

「ああ」


 たぶん呼ばない。


 コツ、コツ。薄暗い道を進んでいく。他の利用者に見つめられるほどではないが、自分の足音が気になってしまう。靴裏に毛皮でも貼りたい気分だ。そんな加工をしてたらやましい事情があるのかと疑われるに違いないだろうが。主に足音を立てたくない盗賊がする加工だからな。


 それにしても、存外に快適だ。


 換気もよく行われているようだし。ここの本たちは、長生きするために太陽を避けているんだな。俺と同じで。なんか親近感湧くな。


 俺が足を止めたのは、小説のコーナーだった。そんなに堅苦しいものは好まない。ゆるゆる過ぎるのも好きじゃないけど。


 借りるかどうかは、冒頭を読んでみてから決めればいいってレイスも言ってたしな。適当に題名で選んでみよう。


 そうだ、せっかく外界に来ることができた訳だし、もはや里の情報規制を気にする必要もないんだ。現実を舞台にしたやつが読みたいな。この世界や国……無統治王国アラロマフ・ドールを舞台にした物語はないのか。


 十分ほど、何とはなしに引き抜いた本の冒頭だけを読んでは戻すという行為を繰り返し、目的のものを幾つか見つけた。


 一応、それは架空のストーリーで進行するようだが、現実の国家をモチーフにした世界の物語らしい。裏表紙にそう書いてあるし。


「とりあえず、これ借りてみるか……ん?」


 ……ふと思ったんだが、入口に受付係みたいな女性はいたが、本の貸し出しってどういう手順で行うんだろう?


 一応ここも≪ヴァリアー≫周りで治安は安定していると言ってもなあ。国が犯罪を取り締まらない、むしろよその国で言う“犯罪”が犯罪足り得ない無統治王国で、住民登録? って言えばいいのか。……身分を証明するシステムはあるのだろうか。


 知らないことが多すぎる。まぁレイスに訊いとけやってハナシではあるけど、むしろ借りる前にこの本を熟読して勉強した方がいいんじゃないかと思った。いや、それはないか。ピンポイントにそこの知識がこの小説に載ってる訳がない。別にこの本は“魔人が人間社会に馴染むために必要な情報が書き連ねてあるバイブル”ではないんだ。人間が主人公で、人間との関わりを描いた、人間のための物語だろう。魔人と仲良くするファンタジー物語は……出てもすぐに発行禁止になりそうだし、存在しないだろうな。


 そんじゃ、ま、レイスを探しますかね。本当は呼びたくはなかったが……。


 そう思って来た道を引き返そうとした時、周囲に違和感を感じた。


「あ……?」


 違和感の正体はまるで解らなかったが、感覚的には妙な臭いを感じるのに似ていたかもしれない。


 なんとなくその感覚が、上だ、と言っていた。


 上。つまり二階か。顔を上げると、視線がそこに吸い込まれるように移動した。


 今俺がいる、薄暗くて本の保管場所に適した一階と違い、二階は外の光が入ってきているため、明るい。勿論、直射日光を蔵書に当てないように配慮はなされているが。どうやら二階はここで本をガッツリ読もうと言う人たちのたまり場らしく、四人掛けや八人掛けのテーブルとイスがたくさん用意されていて、数人のグループが談笑(それか勉強?)している姿が目立つ。


 そんな中、本を読むでもなく、突っ立っているそいつには違和感があった。


 真っ黒な人影、と認識できたそれは、この場所にはひどく似つかわしくないもので。


 ……どうして誰も、あいつを変だと思って注目しないんだ? あんな、真っ黒な全身タイツ(?)を着込んでても注目されないなら、俺も着たいくらいなんだが? まさか、ヴァリアーで教えられた“黒は人間にとって危険色”という概念は嘘だったのか。ヒガサも真っ黒だったしな。


 副局長アドラス、どういうことだよコンチクショウ。


 ……いや、あれは服装によるものじゃない。


 あの漆黒は、むしろ俺の能力を彷彿とさせるような……。


 身体の線も挙動も窺いづらい出で立ちのそいつは、どうやら片手を落下防止用の柵に乗せているようで、じっと。


 ……俺を、見ている?

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