第18話 捜索 / コートの仕掛け
◆ダクト◆
――あの子はどこだ。
ダクトは一縷の望みに賭けるように、≪黒の牢獄≫を見て回っていた。その歩みは速い。焦っているのか。
魔人八……違う。新しすぎる。
ここにいるとすれば、もっと古い番号のはずだ。
シンクレアという吸血鬼が魔人六で、あのレンドウとかいう野郎が魔人七として登録されたなら、あの子に当てられた番号はそれより若いはずなんだ。
今日この日を待っていた。≪ヴァリアー≫の戦闘だけでなく雑用まで率先して引き受け、体よく使われようとも、いつか言うワガママのために耐えてきた。それこそが、俺が≪ヴァリアー≫に入った理由なのだから。
散らかった≪黒の牢獄≫の後処理を終わらせた後、俺はこっそり地下十階の魔人牢獄を見学に来ていた。ばれないとは思えない。どうせ後で怒られるだろう、そんなことを気にするのはもうやめだ。時間を無駄にするのはよそう。
上層部も、俺が≪ヴァリアー≫に引き渡されたというあの子を追いかけるようにここに入ったことは重々承知のはず。万に一つ、たとえば俺がここから彼女を連れて脱獄しようなどという可能性を許すだろうか。
……当然、許すはずがない。
なら。なぜ俺はこうも易々と≪黒の牢獄≫へ立ち入ることが許されたのか。俺の雑用スキルが評価された……とかどうでもいい冗談は置いておいて、恐らくは、そもそもここに彼女がいないからだ。
ちっ。
無性に壁を蹴り飛ばしたくなる衝動に駆られたが、なんとか持ちこたえる。
俺は、そもそも彼女を連れ出してヴァリアーから出て行こうなんて考えちゃいないんだ。
ただ、彼女がまっとうな扱いを受けて、今も生きていることを確認したいだけだ。
足を止めて、ダクトは瞑目する。
――これからどうする。
彼女を見つけられない苛立ちは募るが、今日に限ってはむしろ幸いか。牢屋に幽閉されていた彼女と再会するのは、いわば最悪のパターンだったはずだ。その場合は確かに俺は≪ヴァリアー≫からの離反を考えたかもしれない。
捕らえられて管理されていないとなると、≪ヴァリアー≫の隊員として普通に生活しているということか。しかし、住民から噂にされないまま魔人が生活するなんてことが可能なのか?
ダクトが想像したのは、レイスに当てられる好奇の視線、そして恐怖の視線だった。
――彼女は陸に上がってから、人間と変わらない外見に変化していた。一般隊員に紛れている、ということもあり得るのかもしれない。
彼女は読み書きができないし、人間の言葉も喋らなかった。ヴァリアーの連中は、彼女の知能を発展させようとしただろうか? しそうだ。魔人の成長サンプルを取るためとかいう名目で、実験材料にされていそうだ。いかにもな人物もいるし。
だが、ティスは違うな。あいつは魔人とのコミュニケーションではなく、魔人の身体を構成する物質と人間にない特殊能力ばかりを究めようとしている。
なら、次に確認すべきは……教育機関か。
◆レンドウ◆
レンドウは
――悔しいけど、凄ェ。
「はは、お客さん、壊さないでくれよ」
古物商の店主が呆れるほど、俺は傍から見てはしゃいでいたらしい。
「……色々あんだなァ」
「赤髪のあんちゃん、あんたみたいな年頃の野郎はこっちじゃねぇのか?」
店主が指で示したのは、店の奥だった。簡易だが屋根があるので、日傘をレイスに預けて店の中にお邪魔する。こういうしょぼい建物、なんていうんだっけか。
店の奥に陳列されていたのは、店先に並んだ、輝く客寄せのアクセサリ群とは一線を画していた。
武器だ。
ふうむ。レイピア、フレイル……あとは分からん。あの刀身が歪んだ剣はなんだ? 曲刀と言うにも不格好な気がするが……失敗作? あと、大斧に……人間が片手で持てるのかが疑問なハンマー。俺ならギリギリいける、と思う。
実戦用の剣とかか。どれも飾り気はない。
自分の為に武器を用意するとか、考えたことも無かったな。
子供だけで里から出ることを許されなかった今までの人生じゃ、保護者同伴の外出で力試しに猪を捕まえる程度で。その時の得物なんて
「見た目で判断するのは良くないぜ、オッサン。俺には武器なんか必要ないね」
後ろでレイスがうぐ、というような異音を発したが、店主の方は俺の言葉遣いに対し特に思うところは無いらしい。慣れたものなのか。
「ああ、たま~にいるな。
……ちょっと違うんだけどな。
ささいな勘違いだ。説明するわけにもいかないし、訂正する必要はないだろう。
俺は綺麗なものが人並みに好きだ。やっぱなんでも、カッコよく、美しい方がいいよな。
外に並んでた砂時計ってやつが気になる。あんなので時間が計れるってのか。たまに詰まったりしちゃわないのか。人間界にある道具は不思議だ。
「パンチが好きなら、この手袋がお勧めだぜ」
勘違いしたまま、店主はマーケティングを続行してきた。
「ガントレットっつーのは重いし器用さが下がるしアレだろ? だがこいつなら拳を握った時、殴る面だけ強化できるし、細く張り巡らされた鉄線で衝撃を全体に持ってって緩和させるから拳への反動も少ないんだ。しかも、こいつは亜人の名匠ジレイゴールがたまたまこの街に滞在してた時に……」
「あーあーあー! もういいっつうの! とりあえず武器は何だとしても買わねェよ!」
店主の商魂がヒートアップしてきて我慢ならず、手を振って制止してしまった。
店主はしょんぼりしてみせてきた。
「……そうかい? せっかくおじさんそれぞれの商品のアピールポイントを頑張って暗記しているのに」
絶対フリだな。ちっとも落ち込んでいないに違いない。下を向いて両手で顔を覆って、って大げさすぎんだよ。
ところで。
亜人の名匠、って聴こえた気がしたんだが。
商品の説明を覚える気が全くないワリにそこだけ記憶しているのもほんとこの店主には悪いが……。
亜人ってのは、ようするに魔人のことだろ。
「魔人がその手袋を作って、それが人間に流通してるってのか?」
俺の質問に、店主は顔をあげて(やっぱり落ち込んだフリだったようだ)少し訝しげに、「あんたよそもんかい」と尋ねてきた。ああ、ひょっとして、人間に、なんていちいち言ったのはマズったかな。逆に言うと、髪を血色に染めた今の俺は、失言さえしなければマジで人間に見えてるんだな。牙に気づかれたらまずいかもだが。
「あァ。この国には来たばっかだぜ」
意識が無いうちに連行されてきただけだから、里からここまでの道も分からないけどな。
「そうか、まぁその赤髪だもんな。この国じゃなあ、色んなとこから色んなモノと人とが集まってくんのよ。そりゃ、珍しいかもしれんが、その辺の工房の一つや二つ覗いてみりゃあ、亜人に出会えるってもんさ」
ふーん。そういうもんなのか。
一応、店主に合わせて、“亜人”という表現を用いることにする。
「てっきり、「亜人は出ていけ!」みたいな感じかと思ってたぜ」
「んにゃ。亜人達の技術はそりゃ珍しいもんばっかさ、人間の職人からしたら目から鱗っつうハナシだ」
人間の体のどこにもウロコなんて存在しなくね? と思ったが、それに突っ込んだらまた変な奴だと思われる気がするので、後でレイスに意味を訊くことにしよう。
「亜人にもそれぞれ個体差があるからな! 人間と絶対に仲良くできないなんてルール、それこそ人間を食わなきゃ生きていけないような連中以外には無いのさ」
店主のその言葉に、後頭部をがつんと殴られたような衝撃を受けた。
いやまあ、考えてみれば当然なんだけど、いきなり俺の種族のことを言われると、素性がバレたのかと思ってしまう。ありえないだろうが。
だって、俺が吸血鬼だって気が付いたらこのオッサン、今頃とっくに気絶してるだろうしな。心臓バックバクなんてもんじゃなくなるだろ。
「ンンっ。レンドウ、そろそろ行こう!」
「ああ。じゃあなオッサン」
俺を気遣ったのか、ちょっと焦った様子でこの場から離れる提案をレイスが出してくれたので、素直に従うことにした。
心配しなくても、そこまで俺は狼狽しちゃいないぞ。むしろお前の慌てようの方が怪しいわ。
「また来てくれよーパンチのあんちゃん~!」
最後まで俺の得物について勘違いをしたままの台詞が背中を追いかけてきたので、ヒガサの真似をして振り返らずに右手をヒラヒラしておいた。
……やっぱクソ恥ずかしいな。
「日傘をくれ」
そうレイスに言って日傘を返してもらう。
俺はこうして太陽を避けなければ急激に体力を消耗してしまう性質だが、レイスはどうなんだろう。かなりの色白さに華奢な体躯だし、身体が丈夫なタイプには見えないんだが。
今は暑そうなフードを被っているが、それは太陽を避ける意味合いなのか。いや、まず一番の理由は角隠しだろう。
レイス専用という訳ではなく、ヴァリアー隊員に支給されているらしいコートには、肩口から後ろまで、まるでぐるっと羊の角のように背中によりそう形でバックパック状のものが付いている。
レイスの場合は白色のコートにオレンジの装飾というカラーリングなので、例にもれずバックパックもオレンジ色だ。それにはいくつかファスナーがついていて、一番上層に走っているそれを開けると、フードの頭部分が出てくるようになっているのだ。
「なあ」
一つ、気になったことがある。
「なに?」
「さっきの店主、ここらの魔人とうまく共存してるみてェな口ぶりだったじゃねェか」
「そうだね」
じゃあ。
「だったらなんで、お前はわざわざ角を隠してんだ?」
ああ、それね。レイスは空を向いて言った。そんなに上を見ても目痛くないのか。分からない。とりあえず俺には真似できないことだ。
「それは、僕が危険な種族かもしれないからだよ」それだけ言うと、レイスは歩きはじめる。
……かもしれない。
どういう意味だ?
……あんまり話したい事柄じゃなさそうだ。奴の様子からそう思った。それをわざわざ気にかけてやるのも俺らしくないかもしれないが、何でもかんでも急いで知らなくても、追々、な。
追々、分かっていくだろうさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます