第13話 弱いと思ってただろ

「俺を誰だと思ってやがる」


 超人的なバランス感覚で、彼は、


「――天才少年、ダクト様だぜ」


 ――吸血鬼の肩の上に乗っていた。


 ――そうだった。彼は、ものすごい才能を秘めていたんだ。


「なンッ……だと!?」


 驚愕に叫びながらも、すぐさま頭上へ腕を振り払った吸血鬼の反応速度もさすがだったが、ダクトには当たらない。吸血鬼はただ腕を振り払っただけでなく、まるでその軌跡をなぞるように、周囲を凶悪なが飛び交った。


「うおっと、そいつはやべぇな」


 宙返りして、泥水を跳ねながら着地したダクトは、天啓てんけいを得たようににやりと笑んだ。


「吸血鬼の隠し玉が飛び道具とは知らなんだな。でも、俺だって……」


 ダクトは思いきり泥を蹴り上げた。


「……使えるんだぜぇっ!!」

「クッ……!」


 吸血鬼は咄嗟に顔をかばうが、それは悪手あくしゅだ。その隙を攻められる。戦いというのは、とにかく隙を見せた方が負ける。攻めた方が攻めただけ有利になるものなんだ。大抵は。


 しかし、それは吸血鬼もすぐに気づくこと。顔を庇ったまま、吸血鬼は後ろに下がって距離を取ろうとする。それは、結果的に果敢に殴りかかったダクトの攻撃の勢いを殺す。


「吸血鬼、お前ぇ、俺のこと弱いと思ってただろ!」


 ――確かに、あの時は出会いがしらに不意打ちでやられたもんね……。


 レイスはあはは……と心の中で乾いた笑いを浮かべたが、身体までお気楽モードじゃいけない。隙をついて助太刀するんだ。……いつだ、それは。入りあぐねている。この二人の身体能力に、レイスではついていけない。


 顔のガードを解いた吸血鬼は、間近に迫っていたダクトの腕を取ろうとしたが、それは空振りに終わる。


「ッ!?」


 吸血鬼が掴もうとした、腕があると思っていた空間には何もなく、強いて言うなら、ほんのちょっと奥に肩から吊り上げられた左手があった。右手は身体の後ろにまで下げられており、まるで捻ったような姿勢――、そこまで確認したところで、衝撃が吸血鬼を襲う。


 ガクッ、と身体を折って倒れ込みそうになる。ダクトの強烈な蹴りが脇腹を捉えていた。


 ダクトは殴りかかってきていたのではなく、蹴りかかってきていたのだ。吸血鬼はそれに全く気付くことができなかった。攻防を傍から見ていたレイスでさえ、目を見張る動きだった。


 ――ダクト君、なんでも使えるのか!


「……全身凶器か……テメェはよォッ!!」


 奇しくもレイスと吸血鬼の意見が一致した瞬間だった。


 姿勢を戻そうとした吸血鬼に、ダクトのかかと落としが襲い掛かる。それを両腕で防いだ吸血鬼だが、右肩に鈍痛を感じた。


 最初に肩に乗られたときに、何かをされたということか。


 戦闘の天才とも言うべき、ダクトの能力に震撼させられる吸血鬼。


 吸血鬼は腰をかがめざるを得ない。ダクトの右足にグイグイ押されて、身動きが取れなくなる。ここで吸血鬼は、ダクトのブーツの踵から、小さな刃が飛び出していることに気付いた。こいつはヤバい。


 負けてなるものか、と痛みを無視して押し返そうと力を込めると、ダクトはあっさりと後ろに引いた。いや、違う。足をひっこめると同時に踵の刃で相手の腕を薄く裂き、距離を取りつつ右手を振り払ったかと思えば、次の瞬間、吸血鬼の腹の真ん中に黒銀くろぎんのナイフが突き立っていた。


「グガァァッ……!?」


 脇腹の傷にほど近い位置に受けた致命傷に、吸血鬼が仰け反る。――そこで、終わらせない。


 吸血鬼に体当たりしつつ、ナイフを更に深くまでめり込ませる。倒れ込む吸血鬼の左腕を右腕で掴んで引き寄せ、ナイフの横を通り過ぎるように膝蹴りを二発。今度はダクトに覆い被さるように吸血鬼が倒れてくるので、それに合わせ頭突き、ついに仰向けに倒れる吸血鬼の体が泥を跳ねるより早く跳躍、吸血鬼の体を踏みつけた。


 ――凄すぎる。


 ――というより、やりすぎだ! 殺してしまう!


 そう思ったレイスだったが、口に出すことはできない。吸血鬼に対してどこから先がやりすぎなのか分からないし、そもそも。


 もう、殺さないのが目的だとか言っていられる場合ではないのかもしれないから。やられる前に、やれ。誰が言った言葉か、それに従う以外に方法はないのか。考えるレイス。


 ダクトは、力の緩め方を知らないのか? 傍から見ると、そう心配させるほど、一方的な暴力であり快進撃だったが、それでもダクトは決して油断を見せない。


 自らが楔となって押さえつける吸血鬼の周囲からが湧き上がると、「うおっ」すぐに飛び退ってレイスの隣に立った。


「やりすぎだと思ったか?」


 もう感情の高ぶりを感じさせないダクト。一方的な攻撃が、彼の頭を冷えさせたのだろうか。


「う、うん」

「俺も、少しな。だが向こうさん、まだやれるみてぇだぜ」

「僕は両者ともにびっくりだよ……」


 二人で、吸血鬼を包むを注視する。いまそれは、吸血鬼の体にまとわりついて……、


「あれが傷を癒してんのか」


 ……肉体を再生している!


「影だか黒い炎だか知らねーけど、自分たちには益で人間には害をなす便利物質みてぇだ。厄介すぎるな」


 こりゃ何時間やっても勝てないのかね、とナイーブになるダクトだったが、吸血鬼の脇腹の傷を見てレイスは、ここで一つ閃く。


「ダクト君、僕を信じてくれる?」

「ん? ああ」


 突然の問いかけに疑問を抱きながらも、即座に了承する。


「こういうことを言うのはすっごい恥ずかしいんだけど。僕なら……あの黒いのに打ち勝てるかもしれない」


 レイスの表情は真剣そのものだった。だからこそダクトは茶化さず、「任せる」とだけ言った。


「もうしばらく、時間を稼いで!」

「あいよ」


 吸血鬼ってやつは、やっぱ不死身の伝説持ってるだけあるな。手強い相手だ。ダクトはそう思いながら。自らの役割を全うすべく、起き上がる吸血鬼を見据える。起き上がりこぼしか吸血鬼おい。


 ――やるしかない!


 そうレイスが両腕を合わせて集中を始めると、手の中から白い光が漏れだした。「なんだソレ! すげぇな!」とダクトはそれを横目に言いながら、吸血鬼に向かって走り出した。前方で、二人が戦う音がする。レイスは、掌に、指先にとにかく意識を集中させた。


 しかし、爆発的に何かが起こるでもない。


 ――くそっ、槍を包んだ時のあの光の量はなんだったんだ。あのの力なら、あのを打ち払えたのに!


 自らに発現した力の条件が分からず、困惑するレイス。


 ――意思が足りないのか、それとも武器? 触媒が足りないのか……少なくともあの時は無意識でも発動していた。なら、なんだ……?


 意識をよそに向けて良いのか分からなかったが、意図せずとも視線はダクトと吸血鬼の方へ向かってしまう。


 ダクトは相変わらず素早い動きで相手を翻弄する立ち回りだが、攻めあぐねている。なぜだろう。吸血鬼の出すの量が、飛躍的に増えているからだ。


 それは何故なのか?


 ダクトの回し蹴りが吸血鬼の頬を掠めた時、そこから何かが飛び出したように見えた。そして、二度目の閃き。


 ――まさか。


 レイスは自らの掌に視線を落とす。

 身体の内から湧き上がるような白い光が、まるで皮膚から透けるようだった。


 そういうことか!?


 確信は無くとも、レイスは即、行動に移した。


 自らの掌の皮膚を、歯で食い破った。


 すると、光が爆ぜた。

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