間章 ◆本代ダクト◆

 ――小さいころ、俺は魔人と親友だった。


 イェス大陸の片隅、くそったれの“引き籠り王ウィズドローアル・ロード”が君臨くんりんする放置国家ほうちこっかアラロマフ・ドール、何の因果かこんな場所に生まれちまった。


 自分可愛さに過剰なほど軍事力を高める“引き籠り王”に割と近い位置に俺は生まれた。


 首都ロストアンゼルスに居住地である≪プレシデンスドールパレス≫を構える、ドールという名の国王。主にその身辺警護を目的とした隠密部隊。


 それは事実上の中級貴族だったらしい。


 国のおこりは知らねぇが、小国の割に軍事国家として周りの国の追従を許さない力を持っているようだ。戦争を吹っかけられたこともない。もしかしたらその隠密部隊とやらが争いの芽を摘んでいたのかもしれないし、いるのかどうかも分からない外交官が周辺国家との折り合いを上手くつけているのかもしれない。それか、長いこと媚びへつらってきたサンスタード帝国に護られているのか。


 近年は王が姿を現す機会もなくなり、本格的に放置が始まったとか、はたまた王は死んだに違いないとか好き勝手言われちゃいるが、それでも帝国標準の通貨は巡っているし、国民は好き勝手奪い合い殺し合い、自分ルールと似たもの同士で守りあい、今日もこうしてなんとか生きている。


 王が考えなしに“放置”なんて政策をとっているのか、本当のところは分からない。


 もしかしたら、俺の才能がもう少し早く開花していたなら、この国の事情にもっと詳しくなれていたかもしれない。


 俺は、貴族家で初等教育の最中に破門にされ、裏路地に転がされた。どうやら、学力面でも体力面でも失望されたらしかった。


 肥溜めのような場所での生活は、俺の趣味には合わなかった。どうしたって舌は暖かいメシの味を忘れなかったし、苦楽を共にした少年兵達の顔を思い出して泣かない夜は無かった。ちなみに親の顔はすぐ忘れた。俺を産んだってだけで、殆ど関わりなかったしな。


 貴族家生まれとしてのプライドが、悪行を働くことを許さなかった。周りを見てみれば、盗みだの強奪だのやりたい放題の奴らが目立ったし、それが貴族家の塀を越えたこの国の真の姿だったのかもしれないが、俺はとにかく“正義”という自分ルールを、若干十二才にして自らに課していた。


 弱きものから、全うなものから奪わず。


 俺の標的は、いつも悪人だった。落ちこぼれとはいえ、鍛え上げられた軍人の技術に、素人じゃ相手にならなかった。


 そんな俺の噂を聞きつけたのが、傭兵ギルドだった。どでかい組織に拾ってもらえるとは都合がいい。俺はすぐさまそいつらの話に飛びついた。


 ――傭兵の世界は、正に俺のためにあるといっても過言ではなかった。


 隠密部隊で得た知識とたゆまぬ基礎鍛錬は、他者の追随を許さなかった。体格だけは未だに望ましい成長を遂げられていないが、細けりゃ細いなりに素早さを活かした戦い方を見つけるだけだった。


 ギルドに入団して一年が経ち、Bランク傭兵として自立して生活することが可能になった俺は、ギルドの宿舎を出て、フリーの雇われ傭兵として半分何でも屋みたいな生活を始めることにした。


 なんでギルドから仕事を斡旋してもらえる契約を打ち切ってまでフリーになったかって言えば、ギルドの宿舎に飽いたから、というのが一番の理由だった。あと、傭兵ランキングに縛られる生活も嫌いだったし。


 新しい住居は、俺が産まれた貴族街からもっとも離れた、中央区を南に、ストーム・ストリートを抜けた先にあるノジャフ岬の集合住宅だった。


 二十メートルもある灯台を管理する灯台守の一家を中心に、漁で生計を立てている者たちが集まる場所だった。


 集合住宅には傭兵ギルド出身の先輩も何人かいた。どうやらここで小さな港町を目指す真っ当な人たちを守ることが目的らしく、例年傭兵ギルドからフリーになったばかりの人材が、ここを紹介されるらしい。


 未だ漁村というのがやっとな状態で、建物も少なかったが、自分たちの居場所を作ろうとする者たちの活気は、俺をも熱くさせた。


 そこそこ名前が売れていた俺は仕事に困ることもなく、仕事のない日は「俺がこの村を警備してるんだぜ」と自らに言い聞かせながらのんびり暮らしていた(漁村警備員)。


 そんな日々が続いた、ある日のことだった。村に部外者が流れ着いた。


 そいつは一糸まとわぬ姿で、海に浮いていた。歳は俺とタメくらい。性別が女だったせいで最初は結構戸惑ったなんてレベルじゃなかったが、重要なのはそこじゃない。


 そいつの水色の髪はこの大陸に古くから見られる人々と同じようだったが、少し緑がかっていて、なにより最初は頭にワカメでもくっついてるのかと思った。が、よく見てみるとそれは触角のようだった。


 こいつ、人間じゃない。そう恐れ戦いたのも仕方あるまい。

 人外を、魔人を見たのはその時が初めてだったのだ。


 とりあえず意識がないそいつを陸地に引き上げた俺だったが、陸に引き上げるとそいつの髪が、触角が全て抜け落ちて更に仰天した。


 家族ぐるみで付き合わせてもらってる村の人たち、傭兵の先輩方にありのままを話したが、彼らも「人間にしか見えない」と言い、未だ意識の戻らない少女の処遇を決めかねていた。


 まぁ、俺だって「自分の言うことを信じてくれ! こいつは魔物なんだ! さっさとどうにかしよう!」とまでは考えていたわけじゃないから、いいんだが。


 むしろ村では俺が一番若かったし、一番動揺していたかもしれない。

 生まれて初めて見た魔人が、全く危険には見えなかったからだ。


 意識は戻らぬまま、しかし少女の身体には明確な変化があった。全て抜け落ちた髪が、たった一夜で肩まで伸びていたのだ。


 そして、理由は分からないが、俺が発見した時と違い、髪の色は若葉のように青々とした緑色だった。


 触角はどこにも見受けられない。


 こりゃ見間違いだったか、やっぱりあれはワカメだったのかと思いつつも、周りの大人たちに「いや、髪伸びんの早すぎだべ」と言われ我に返った。それもそうだ。やっぱ普通じゃねぇわ。


 とりあえず生かしてやるにしても、どうやって飯を食わせるべきか……。


 村人たちの悩みは、すぐに解決した。結果的に一日も経たずして、少女はその紫紺しこんの瞳をみなに見せることとなった。

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