第14話 僕が決める

「ぐ、ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!! おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお?」


 最初は抑えきれない力の奔流に興奮したが、段々と懐疑的になってきたレイス。


 ――なんだこれ。


 まさかと思ったが、本当に傷から発現する能力だというのか。吸血鬼も傷ついた体でこそ強力な能力を行使しているフシがあったので、もしや自分も、と藁にもすがる思いで試してみた結果なのだが……困惑を隠せないレイス。


「な、なんだあれ……すげぇ……」

「眩しいっ! 目がっ!」


「おや……」


 遠巻きに超人の戦いを眺めるしかなかった隊員たちからも、驚きのあまり声が上がる。副局長アドラスは、その光に照らされた途端身体から剥がれ落ち始めた“黒いもや”を両手に掬って眺めた。それはよく観察する暇も無く、宙に溶ける様に消えていった。


 ――全然重くない! これは……強い……のかな……!?


 夜空を切り裂かんばかりに、レイスの左の掌から眩い光の奔流が幾条にも飛び出し、脈打つ。それはまるで大蛇の群れようだ。


 その十メートルを越えるかという位置まで屹立きつりつした光の使い道を、いつまでも失念している訳にはいかないだろう。


 レイスはそれを、ダクトと激戦を繰り広げている吸血鬼の方へ向けた。両者ともに、この暗がりの中で気づかない筈も無い明かりを気にしているようだし、吸血鬼としては厄介な白髪野郎に気を付けたいところだが……ダクトが息もつかせぬラッシュを仕掛けてくれているおかげで、レイスへの対応を許さずにいられるのだろう。


「レイス! やれっ!」


 叫ぶダクト。相対する吸血鬼の額から、汗が流れる。


 ザアザアと悲鳴をあげる大雨のせいでダクトの言葉はよく聴こえなかったが、レイスは気合充分、腕を吸血鬼に向けたまま走り出した。


 不思議と、行使するのは初めてのはずなのに、この力に対する信頼があった。この力はし、。きっとダクトを傷つけることはないだろう。どうしてレイスはそう思ったのか。


 ――僕は、この力を昔どこかで見たことがある、ような――。


 何も覚えていない、空白の期間に。もしかすると…………いや。


 ――思索に耽っている暇はないぞ。


 吸血鬼との距離が、縮まる。

 光の奔流は、既に吸血鬼を飲み込み始めている。


「カッ、眩しいだけじゃねェか!」


 走り寄るレイスに憎まれ口を叩きながら応戦しようとした吸血鬼だが、その身体に突如異変が起こる。


 彼の体が纏っていたが、現在も彼の体中の傷を癒していたそれが、光に押されるように後退し……霧散した。


「な……ン……」


 ――思い出すよ。走馬灯のように。


 レイスは右の拳を固める。


 ――君と初めて会ったとき、絶望したし、勝てるわけないって思った。


 何で噛まれたはずの僕が生きてるのかはまだ分からないけど。っていうかそういえば僕今日も噛まれてたんだっけ。あの時は慣れないレイピアを君に対して振り回したんだっけ。死角から。死角って言ったって、君と僕じゃ生まれ持った戦闘センスが桁違いだろうし、足音とか影で絶対気づかれるって思ってたけどさ。


 あの時は気を引くことしか考えてなかったから、大げさに、大振りに振ったよね。なんで刺突剣なのに振っちゃうんだよ、って思われたよね、きっと。あの時の目は完全にさげすんでたよね。


 リバイアちゃんの魔法でなんとか君を倒せたと思ったけど、今思うと君はの力で回復して、もう一度向かってきたんだよね。結局勝てなかった。


 そう、皆は吸血鬼を捕らえるなんて大手柄だ、って言ってくれたけど。僕は勝ってなんかいなかった。


 吸血鬼の目を、真っ直ぐに見据える。相手の瞳に揺れる感情は、驚愕。


 ――今日、戦い始めたときだって、絶望感MAXだったよ。小さい子供を守りながら吸血鬼を相手にするとか、笑い話にもならないって。まぁ結局、守らなきゃって思ってたその子供に助けられたんだけどさ。全く、怖い子供だよ。


 強く、人生で一番強く。そう念じながら、ぬかるんだ地面を踏み抜く。コートにいくら泥がはねたって構わない。


 ――その後もまさかの吸血鬼ダブルスときたもんだからね。普通だったらお手上げだけど、副局長が機先を制してくれたし(僕ごと抹殺しようとしてるかと思ったけど)、助けに来てくれたダクト君は右手一本でも頑張ってくれた(全身凶器だったけど)。本当に、お疲れ様。


「はああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁああぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああ……………………」


 ――だから!


 ――今だけは、絶対に、


「僕が決める」


 ――衝撃。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオォォォォォォオォォォォォオオオオオオオォォォオオォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアァァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


「――がッ」


 今一迫力に欠ける声の怒号とともに繰り出された渾身の拳が、吸血鬼の腹を打った。


 それはなんのことはない。光り輝く左手ではない、特別な力など何もない、普通の右拳による、普通のパンチだった。


 それ故、相手の口から漏れ出たのは断末魔の叫びではなく、ただの空気の擦れたような音だった。長らく続いた戦いの終わりを告げる鐘だったとすると、いささか拍子抜けしそうになるが。


 それこそがレイスの出した答えだった。


 大きな音を立て、吸血鬼が倒れた。本当は、レイスに殴られるか殴られないかの時点で、彼に意識は殆どなかった。彼の体中の傷を癒すが霧散した時点で、体力的にも気力的にも限界を迎えていたのだろう。


 レイスは、息を大きく吸うと、雨に濡れて顔に張り付いた長髪をかきあげ、天を仰いだ。


 そして、


「僕は、君を殺さないぞぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 叫んだ。


「絶ッッッッッッッ対にだあぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 これには、ダクトもあっけにとられた。


「オイオイ、まぁた敵作りそうな発言しやがって……」


 やれやれだぜ。とダクトは仰向けに、疲れた体を横たえた。雨でも飲むか。……いや、無理そうだ。ダクトはため息をつく。


 雨は止み始めていた。まるで戦いの終わりを知らせるようだった。


「これで丁度朝日でも登りゃあ、よくできた物語っぽいんだけどなぁ」


 脳は何時間も、下手したら何日も戦い続けたような疲労感を残しているが、現実はまだ夜は始まったばかり。これからようやく事態の収束に向け動き出すことができるのだ。


 雨が音を隠すことをやめてしまう少し前、副局長はレイスを見て「勝手なことを」と小さく呟いたが、誰も耳にすることは無かった。


 叫び疲れたのか、レイスもその場に倒れ込む。その顔には、疲労に勝る笑顔の花が咲いていた。


 ――嬉しくって仕方がない。僕達がその気になれば、吸血鬼だって止められるんだ。


 ――彼らがどんなに迫害されようが、僕なら味方になってあげられる。吸血鬼とも、絶対に和解できる。……してみせる!


 苦しい戦いに打ち勝った途端、ある意味でを抱きつつ、レイスは上機嫌に笑った。


 ――春風が吹き始めた四月のこと。


 ある者は幸せな未来を確信し、またある者はそれを危ぶんでいた。

 人間が万物の霊長ではないかもしれないこの世界、≪ワールド≫。

 人類が根を下ろしたイェス大陸だけでも、未踏の地が数多くある世界。

 その極々一部に過ぎない小国、アラロマフ・ドール。


 ここから……“吸血鬼と人類の物語”が始まることとなった。



【序章】 了

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