第10話 吸血鬼
ただ平和に生きていたいだけだったのに、とんでもない組織に絡んでしまった。
対魔物だとか、治安維持だとか、そもそもなんなんだよ。意味不明だし、ダセェよ。大体、誰がいつ俺達を魔物だなんて決めやがった?
状況にそぐわない、今考えるべきじゃないどうでもいいことに悪態をつきたくなってくるぜ、くそっ。
この
奇妙なエネルギーをぶつけてくる水色のガキもやばいが、こいつは余計に得体が知れねェ。見るからにひ弱そうなナリをしてやがるくせに、とんでもなくしぶとい。
ゴキブリかてめぇは。
倒したと思っても、何故か起き上がってきやがる。
ちくしょう、どうすればいいんだ。この狭いエレベーターの中で、こんな得体のしれない奴に……!!
俺の背中が焼けるように熱いんだが、斬られたようなこの痛みの理由はなんだ。幸いにもクレアに怪我はないようだが、俺は苦しい。倒れこむように壁に寄り掛かるが、それで距離をとれるほどエレベーターは広くない。というかクソ狭い。一体この裂傷? はなんだ。こいつは剣なんて持ってなかったハズだろ。
疑問が尽きない俺をよそに、俺に庇われていたクレアが素早く起き上がると、何故か俺に斬りかかってからの動きが鈍い白髪野郎に飛びかかった。
こういうところも不気味なんだ。こっちを殺す気がないのか何なのか知らんが、この白髪野郎はすぐに、いとも簡単に殺せそうな状況になる。だというのに、その後で毎回失敗している。
「シャアッ!!」
ボーっとしている(どう見てもそうとしか表現できない)白髪野郎の首を両手で締めあげたクレアは、鋭い息遣いと共に壁に白髪野郎を押し付けた。その衝撃は全く関係ないと思うが、エレベーターの扉が閉まった。ようやくだ。
生き先は地上一つしかないのか? とにかく、何の操作もしていないが、エレベーターは昇り出した。
気持ちの悪い感覚だ。まだ生まれて初めてエレベーターを経験してから日が浅いが、この感覚は本当に酷い。胃液が逆流しそうになる。それを含めた諸々の苛立ちが、白髪野郎に向ける視線を険しくさせる。
白髪野郎は一見、何も打つ手なしに見える。だが、俺はこいつを見ているとどうしようもなく不安になる。
ここからまたクレアが返り討ちにあるなんてことは、万が一にも勘弁だった。
「クレア……絶対に……油断するな……!」
うめき声を上げるしか出来ない自分が不甲斐ない。俺がこいつを倒せていれば今頃……くそったれ。
だが、それに対してのクレアの返答は落ちついていた。さっき奇声をあげていた割には。というか地声が低いからそう聴こえるのか。
「大丈夫……かどうかは分からないけど、レン、こいつをよく見て」
「なに?」
見て……だと?
……そうだな、敵をよく観察するのは大切なことだ。俺は重い身体を起こす。どっちにしろ、この先エレベーターが地上に到着したらこの白髪以外の敵が待ちかまえている可能性もある訳だし、いつでも動けるようにしておくに限る。
うわ、白髪の顔、青ざめてる。死ぬんじゃねェか。
「もう死にそうだなそいつ」
「それはまずいわね」
そう言ってクレアは力を弱めたのか。壁に押し付けられた銀髪の苦痛の色が和らいだ。
おいおい、なんで弱めちゃうんだよ。
「聴いて。簡潔に言うけど、この男はとてつもなく危険よ。」早とちりして怒りだしそうな俺を遮るように、クレアは続ける。「こいつに命の危機が訪れたり、怪我をしたりすると、そこから特有の力が作動して、とても手強くなる」
ってことなんだと思う、とクレアは結論付けた。
こいつの力……あの白いオーラのことか。確かに、怪我をするまではこんなに厄介な奴じゃなかった。
「こいつの力は圧倒的。多分だけど、この力でこいつは自分の傷も癒してるわ。左腕、さっきまで無かったわよね?」
な……!?
「理由は解らないけど、こいつ、怪我が治ると同時に攻撃手段も失ったみたいよ」
……本当だ。白いオーラはもうどこにも見受けられない。それに、俺が奪ったはずの左腕が生えてやがる。
五体満足じゃねーか……おかしいだろ。これじゃあ、まるで……。
「こいつは吸血鬼なのか!?」
言ってから、それはおかしいだろうと即座に思い直す。
同族と戦ってたかもしれないなんて、ばかばかしい。だがしかし、果たしてそれは一パーセントでもありえることなのだろうか。吸血鬼の里以外に、言わば“野良”の吸血鬼がいるなんてことが。
改めて眺めてみるが(今だ首を掴まれて拘束されてもがいている奴をまじまじ見るのはこちらとしても気分が悪い)、吸血鬼っぽさはゼロだ。やはり俺は的外れなことを言っただけのようだな。
「クレア、吸血鬼の里以外に――、」
それでも、もしかしたら。
その可能性を潰したくて、頭のいいクレアに質問してみようと口を開いたところで、エレベーターが強く振動した。
その振動に押されるように俺は言葉を止め、クレアは発言する。
「この話はまた後にしましょう」
焦った俺は早口になる。
「じゃあ結論だけ。こいつは今のところどう対処すればいいと思う。傷を付けたらやばいんだろ?」
クレアは白髪を締め上げたまま……白髪と睨み合ったまま、数秒、思考してから発言する。
「意識を奪う」
気絶させるのか。確かに、それなら外傷はないし、大丈夫……か? こいつと戦った経験が多いわけでもなし、想像で補うしか相手を知るすべはないんだろうが……。
…………いや、あった。
「気絶させるのはダメだ」
何故? とクレアは言わない。無駄を省く女なんだ。眼で問いかけてくるだけだ。俺は続ける。
「俺は前に……今日じゃないぞ……こいつと戦ってる。その時、俺はこいつに噛みついて、気絶させた」
俺の脳裏に、あの時の事が蘇る。思い出したくもないが、忘れることはできないあの日。俺はクレアを助けるために、人間どもをなぎ倒した。
血液はちゃんと入れ替えたはずだった。完全に意識を失ったはずの白髪野郎は……。
白髪は……俺を……。
俺に。
あれ?
――――――――何を、したのだったか?
「……とにかく、気絶させるのも駄目だ。こいつの力が発動する」
俺は肝心なところを一切説明できない不甲斐なさを恥じながらも、クレアに信じてくれ、と念を送った。
勿論、心配しなくてもクレアは信じてくれる。
頷くと、「じゃあまとめるわね。傷を付けるのは駄目、気絶も駄目。このまま拘束して、こいつらの仲間を振り切るまで担いで逃げるしかないわね。拘束を解いたらすぐにでもまた戦いになるんだから」
「敵を担いで逃げるだァ? はぁ、なんでそんなシュールなことをしなきゃなんねーんだ……」
呆れたが、本当に俺もそれが最善策だと思えてしまっているのから救いようがない。今一番イラつくのは、吸血鬼である俺が脇腹を抉られ背中も切られて大怪我をしているのに、白髪はそれ以上の怪我を完治させていることだ。
確かにこんな化け物じゃ、拘束を説いた途端再び戦いを挑んでくるだろう。
だが、それはこいつが足止め役で、水色のガキみてェな攻撃力のある仲間がいる場合に限っての話だ。こいつ単体なら、ただ無視して逃げるだけなら楽勝だろ。
触らぬ魔人に祟りなし、ってな。現在進行形でベッタベタ触りまくってるけど。
「構えて。いつ敵が来るか分からない」
むしろ、ここが一番敵が来そうなタイミングだよな。
そう考えながら、俺はエレベーターが地上に到着する音を聴いた。
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