第11話 若気 / 気づき

 ◆地上◆


 人垣が爆発した。なんというか、我ながらとてもしっくりくる表現だった。


 ちくしょう、と本代ダクトは唇を噛んだ。


 本来は両手で頭を掻きむしるのが彼流の悔しがり方だったのだが、生憎と左腕が故障中だった。


 ――あのクソ野郎のせいでな。


 その目には恨み。真っ直ぐに向けられた視線は、爆発した人垣に向けられている。


 吸血鬼。あいつにボコボコにされたせいで、俺は今戦闘員として使い物にならない。


 緊急事態だって言うのに、今は観測員でしかない。それしかできない。


 双眼鏡を手に、敵の様子を窺う。そして、双眼鏡から手を離し(首から下げている状態だ)、今度は携帯端末を操作して、文字を打ち込む。本部に戦況を伝えるのだ。


 ――支障ありまくりじゃねーか!!


 単純に人手が足りないのだろう、むしろ自ら率先して動く形で、ダクトは本部の依頼を二つ返事で受けた。危険な任務だとかは関係ない。自分たちの住む場所だからこそ、安心して暮らすためには俺が働かないと。


 しかし、この腕では常人より仕事ペースが劣る。観測と連絡も同時に行えない、自分の不甲斐なさを呪った。


「なん……だ?」


 吸血鬼が隊員たちを牽制けんせいするのに、何かを振り回している。が、それは一見して武器のシルエットでは無い。


「人か……!!」


 怒りがこみ上げてくる。


 隊員達が攻撃を躊躇しているのは、よく見知った人物を武器に、そして盾にされているからか。


 つい先日、自分も似たような扱いを受けた。自分がやられている間は世界がめまぐるしく回転し、底知れない恐怖に意識が飛んでいたため正直状況を理解することはなかった。

 が、他人がやられているところを客観的に見ると、それがいかに冒涜的な行為なのかが正しく認識でき、頭がカッと熱くなる。

 かつて同じ扱いを受けた者として、振り回されている人に対する同情、そして吸血鬼に対するこみ上げてくる怒りは相当だった。


 ――なんとか妨害したい。助けたい。いや……、


 ――俺が倒す。


 彼は分不相応だと分かっている。自分では勝てないと。役に立てるかも分からない。それどころか、敵に利用される結果に終わるかもしれない。


 ――そんなこと知るか!


 自らを完全に律するには、まだ彼は若すぎた。

 理性を無くした獣のように、ダクトは敵地へとひた走った。



 ◆黒の牢獄◆


≪黒の牢獄≫の地下では、救命医が駆け回っていた。当初こそ戦闘員の必要性が説かれたものの、すぐに撤回された。何故なら、既に地下のどこにも危険生物が存在しなかったからだ。


 どうやら、吸血鬼たちの暴走によって解放された“捕らえられていたモンスターたち”は、そのほとんどが他ならぬ吸血鬼になぎ倒されたらしかった。


 ならば何故、吸血鬼はモンスターをわざわざ解放したのか? 想像でしかないが、ヴァリアー隊員を混乱させてその隙に逃げる為だろうか。


 はたまた。


「包帯、急げ! もたもたするな!」

「手を貸してください!」


 喧騒の中、一人の隊員があることに気付く。


「ん……?」


 彼が目を止めたのはモンスターの死骸だった。無残に腹を裂かれた三メートル台の巨大なトカゲが、通路に横たわっていた。


 ――なんでおれは違和感を感じたんだろう?


 注意深く見てみると、そのトカゲには“噛みつかれたような跡”があった。


「これって……ぐへっ!?」


 衝撃に驚いて飛び上がってしまう。彼の尻を蹴り上げたのは同僚だった。


「ちんたらすんなよチビ助! 医療班に手伝うことが無けりゃ上に行って俺らも戦いに参加するんだ!」

「いや……」


 彼の釈然としない様子に勘違いした同僚は、「まぁ確かに俺らが戦いに割って入ったところでどうにもならねーかもしれねーがなぁ」と続けるので、手を振ってそれを静止する。


「待ってくれ、こいつを見てくれよ」

「――おう?」

「何かに噛まれたみたいな跡があるだろ? やっぱりこれって」


 問うと、同僚は頷いた。


「……吸血鬼だろうなぁ。驚いた、あいつら……人間以外も食べられるのか」


 彼らに続き、同じ事態に気付いた者たちから続々と声が上がり始める。


「やばくないか?」

「これってあいつら万全の体力を取り戻したってことじゃ」

「こっちの魔物も食われてるぞ!」

「元々吸血鬼を捕まえておけるとは思ってなかったんだ俺は!」

「皆そうだったろ」

「半信半疑だった」

「ってか、何でも食べるんじゃもはや吸血鬼じゃなくね?」

「何なんだ」

「鬼……?」


「何でも構わんからおぬし等らさっさと戦いにいかんか!!」


 話題が関係ない方向へ飛び始めたころ、老練のバガー医師が彼らを一喝した。


 というか、戦闘員まだ地下に残りすぎだった。余程死地に赴きたくないらしい。当然か。彼らは自分でも倒せる相手を倒して自分の街を守りたいだけであって、決して無謀な死にたがり屋ではない。


 何かを命を賭してまで守る気概がないと考えると、少々頼りないかもしれないが。そう思いながら怪我人手当てをしていたは、あることに気付いた。


「……あら、そういえば誰も死んでない?」


 そう、今日この日、死者は一人も搬送されていなかった。

 そのことにいち早く勘付いた救命医は天井を見上げると、冗談めかして独りごちた。


「――ひょっとしたら、死地じゃないのかもですねぇ」

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