「みゆりと結婚させることはできない」

 子供は枕元に置いてあったプレゼントに心弾ませ、大人は喜ぶ子供をみながら心躍らす。

そんな鈴音も鳴り止み始めるクリスマス。みゆりさんは実家のインターホンを押した。


『入って』


 インターホンから聞こえてくるこもった声。みゆりさんは鍵を開けるとフローリングを歩いて行く。


 みゆりさんの実家はあまりみゆりさんの匂いがしなくて、小さい観葉植物が未知の世界と俺に伝える。


「久しぶり。お父さん」


「ああ、久しぶり。とりあえず座りな」


 そう言ったみゆりさんのお父さん。肩幅は俺の2倍はあるんじゃないかと思えるほどのたくましさ。みゆりさんの茶髪は父譲りなのだと瞬時に悟る。


 俺も彼に会釈してみゆりさんの隣に座った。彼は水を入れて俺たちの前に置く。この気配りがみゆりさんの育ちの良さの理由か。


「まずは初めまして、俺は高山 秀樹ひでき。正直、困惑してる。まだ学生だろう」


 鷹のような鋭い視線。気づけば背筋が伸びている。


「はい。高校生の千早 晴人です」


 膝に置いた手のひらがやけに湿っている。額に汗が馴染むのすら感じる。落ち着け、大丈夫。そう唱えたって、心臓は今にも爆発しそうだった。


 その手に、そっとみゆりさんの手が重ねられる。自然と肩の力が抜けた。


 顔を上げて秀樹さんの視線を捉えようとしたけど、彼は俯いて顔を合わせようとしない。何を言おうか迷っていると、意を決したように秀樹さんから質問を投げかけられた。


「晴人くん、といったね。君は今何歳だい?」


 品定めと言わんばかりの質問。けれど、嘘をつくなんてできっこない。


「今年で17歳の高二です」


 答えると、秀樹さんは苦い顔をする。みゆりさんの俺の手を握る力が強くなった気がした。


「つかぬことを聞くが、晴人くんの母の名前を教えてもらってもいいかな?」


 言葉の意図が分からず、俺はキョトンと首を傾げてしまう。俺の母と一体何の関係があると言うのか。いろいろ考えたが、答えないわけにはいかない。


「千早 百合子ゆりこです」


 俺が答えるとほぼ同時、みゆりさんと秀樹さんが顔を見合わせる。


「そうか……。なら、」


「お父さん、待って」


 少し声のトーンが重い秀樹さんを、みゆりさんが立ち上がって牽制する。何が起こっているかわからない。そんな俺を嘲笑うが如く、グラスに入った氷がカランと音を鳴らした。


「大事なことだ。晴人くん、君をみゆりと結婚させることは出来ない」


 脳が直接殴られたみたいにクラクラする。理解を拒むけど、出た結果は変わらなかった。今はただ、取り返すために努めるしかない。


「どうして……ですか?」


「それは、」


「––––––––だからやめてっ!」


 半泣きでみゆりさんがお父さんの肩を掴む。コップが倒れて水がこぼれても、二人はそのまま動かない。


 そして、秀樹さんはみゆりさんに掴まれたまま、たった一言。


「君とみゆりは、母が同じ姉弟していだ」


 彼の言葉に、みゆりさんは肩を離して力なく腕を垂らす。俺の脳は理解を拒み、思考を放棄した。


「バカっ––––!」


 去り行く彼女を見ても、何も思えなかった。否、何も考えられなかった。タイムラプスのようにこの場からみゆりさんが消える。


 心にぽっかりと穴が空いたみたいに固まって、空いた穴も口も塞がらない。


「晴人くん、本当に申し訳ない」


 そんな……頭を下げられて、なんて言えばいいんだよ。頭が痛い。耳鳴りが酷い。吐き気すら催す。


 わけ分かんないだろ。そんなの、こんなの、あんまりだ。秀樹さんに殴りかかる理由も力もないけれど、一発ぐらい殴りたい。殴ってどうにかなるものじゃないけれど、俺の気持ちだって。


 とうとう吐き気が体に追いついて、思考をすっ飛ばしたまま口を押さえる。水をかきこんで、咳き込んで。結局、何も変わらない。


 飲み込んだ汚物は胃の中に帰って、気持ち悪い後味すらも水で流し込む。大、丈夫。みゆりさんがいれば、きっと。


 大丈夫、大丈夫、大丈夫。3回唱えて、席を立つ。立ちくらみなんて関係ない。歪む視界を埋めるように、涙が溢れてくる。


「謝ることしかできなくてすまない」


「いいですよ、秀樹さんが悪いわけじゃないですから」


 ここでも俺は、優しいだけの男だった。




 あの家を出て何分たったのか。プレゼントを待ってはしゃぐ子供達を横目に背中を丸めて歩く。


 こんなの滅茶苦茶だ。でも、それを裏付ける事象はあった。みゆりさんが小学生の時に母は子供を作って、家を出ていったと言っていた。俺とみゆりさんは八歳差……ピッタリじゃないか。


 母にみゆりさんの話をした時、明らかに戸惑って反対したことを思い出す。でも、こんなの予想するなんて無理で無茶で無情で……無価値。


 涙を拭けば、みゆりさんからもらったバングルが顔に当たって余計に虚しくなる。大丈夫って、いったい何なんだろう。


 みゆりさんもよく「大丈夫」って言ってたな。口癖がうつってる。本当に、バカな話。


 みゆりさんの家に着くと、慌てふためいた亜美さんが出てきた。


「ねえ、みゆりは? 君と兄弟ってどういうこと? ねえ、あの子はどうしたの?」


「みゆりさんは…………ここにはいないんですね。兄弟どうこうは、まだよくわかりません。でも多分、本当です」


 あんな状態で、みゆりさんは亜美さんにそのことを伝えたのだろうか。俺の逃げ道を作ってくれているみたいで嫌になる。


「凄いですよね、みゆりさんは。こんな時でも、しっかりしてて……」


 それに対して俺は……。声がしぼむ俺に亜美さんは俺の肩をガシッと掴む。


「バカじゃない!? みゆりがそんなこと伝えるために、私に連絡してきたと思ってるわけ?」


 感情を露わにする亜美さんは珍しくないけれど、これほどまでに熱のこもった声は聞いたことがなかった。亜美さんはいつも冷静で、感情を出す時は俺みたいに悲観的になって突き放す。


「あの子泣いてたよ!? あの子は君が思ってる何倍も君のこと好きなんだから、君がその想いを否定しちゃダメでしょ」


 下唇を噛む。さっきからずっと、何してんだよ。


「ありがとうございます。ちょっと、行ってきます」


 行く宛なんて分からない。多分、存在しない。けれど、立ち止まる足は持ち得てなかった。


 心が空っぽになった時、無意識に来る場所は同じなのだろうか。気づけば、芽依花に振られて落ち込んでいた駅についていた。


 ここで初めてみゆりさんにあったんだよな。


 ベンチを見ても、みゆりさんはいない。雫さんは初めて会ったところにいるのが定番、なんて言っていたけど、神様はそう簡単に味方をしてくれないみたい。


「会いたいな……」


 会って話がしたい。

 温もりに触れたい。

 肩を寄せ合いたい。

 傷を舐め合いたい。

 この傷を癒したい。

 彼女の隣にいたい。

 まだ愛を伝えたい。

 この恋を叶えたい。


 この日はみゆりさんに会えなかった。もう、会えないのかもしれない。きっと彼女が会わないことを望んだんだ。


 それでも、それでも俺は––––––––


 叶わぬ恋の、続きがしたい。





(完結まで残り二話! 多分!)

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