「私のお父さんと会ってくれない?」

 慌てん坊のサンタクロースが本当に慌て始めるクリスマスイブ。俺はみゆりさんに手を引かれ、カラオケまで来ていた。


 クリスマスイブにデート。何か特別なことをしてあげたいとは思ったけれど、プレゼントを渡すこと以外何も思いつかなかった。


「雫ちゃん大丈夫だった?」


「はい。もう仲直り出来たみたいですよ」


 俺はメロンソーダを飲む。普段と変わらないいつも通りのデートでいい。クリスマスってだけで特別だし、俺にとって彼女ほど特別なものは存在しないから。


「雫さんとか由奈さんって、どうしてみゆりさんのお世話になったんですか?」


 俺にも山内にも亜美さんにも、みゆりさんが手を差し伸べる理由があった。それを知りたかった。


「そうだねー、由奈ちゃんはあんまり言えないんだけど、私と同じで家庭的な問題がちょっとあってね」


「養子ってことですよね」


「知ってたんだ、そう。ちょうど自分が養子だと明かされた時に悩んでて、放っておけなくて」


 アイスコーヒーを飲んで、さらに続ける。


「雫ちゃんは由奈ちゃんが連れてきてくれたんだよ。でもまあ相談には何度か乗っていたからお世話したと言えばしたのかも」


「そうなんですね。でも、ちょっと甘やかしすぎですよ。凄い我儘じゃないですか」


「確かにっ。でも晴人くんの方が甘やかしてる気がする」


「うっ……」


 みゆりさんの言う通り。雫さんに何をしてきたかは分からないけれど、一から十までやってもらってる俺に勝てる人はそういない。


「まっ、甘やかしたいだけなんだけどね」


 べーっと下を出して口角を上げる。もう可愛すぎて萎えぽよ。


「話戻そっか。雫ちゃんの相談は……まあ言っちゃっていいかな。あの子珍しい性格してるからねー。人間関係で相談乗ってたんだ。大したことじゃないよ」


 文化祭の日、事故で閉じ込められた時のことを思い出す。雫さんは嫌がらせを受けていたと話していた。きっと、その諸々を話していたんだろう。


「由奈ちゃんと喧嘩したのはさ、私の勘違いなんだ」


 アイスコーヒーをかき混ぜながらみゆりさんは顔を歪める。


「私は母親がいなくて苦労したから、由奈ちゃんに『辛かったね』って分かった気で言っちゃったの」


 そのあとは何となく予想できた。由奈さんは自分の家庭が不幸せだなんて微塵も、露ほども思っていない。そりゃ、養子とか実子とか関係なく幸せな家庭も不幸せな家庭も存在する。


 俺たちはそれが分かったつもりで分かっていない。養子と聞けば、苦労したねとねぎらってしまう。


「その日だよ。由奈ちゃんと会わなくなったのは。去り際の『貴方の家庭なんかと一緒にしないで』って言葉は結構効いたな」


 最後の言葉に花火の日の失態が蘇る。やっぱり、俺の一言もみゆりさんを傷つけていたんだ。気にしていないなんて嘘。


「あっ、花火大会の日思い出したでしょ」


「もうみゆりさんが怖いです」


「キスでしょ? キスの味思い出してるんでしょ」


「違いますって」


 本当は俺が何を思い出したか分かっているのに、隠したいという願いすらも見透かして、揶揄うように頬をつついてくる。


「もうそろそろ歌おっか。せっかくカラオケきたしね」


 マイクを取るとぽちぽちと端末を操作しだす。俺もなにか歌おう。あまり歌は得意じゃないけれど。


 みゆりさんが歌うのは今どきの盛り上がる曲。やはりと言うべきか、予想通りと言うべきか、綺麗な歌声すぎて合いの手を入れることすら憚られる。


 俺もみゆりさんに続くが、可もなく不可もなく。平々凡々の俺に相応しい実力。それでもみゆりさんは褒めてくれるので調子に乗ってしまいそう。


 一通りお互いが歌いたい曲を終えると、今度はデュエット曲を一緒に歌った。重なる声も掛け合うセリフも心地いい。気づけば二人の距離は近づいていて、寄せ合う肩すら愛おしい。


 カラオケが終わればショッピングと言うのは世の常で、俺はみゆりさんのお着替えを待つ。


「どう? 似合ってる?」


 試着室のカーテンを開け、出てきたのは完全武装の可愛い天使。ベージュのデニムパンツにブラウンのTシャツ、黒くて分厚いロングコートも合わせればカッコ良さは形容できない。


「めっちゃくちゃカッコいいです」


「ふふんっ」


 くるっとターンしてからまた新しい服を取ってくる。料理にファッション、歌にお菓子作りと多彩な彼女、俺には勿体ないとしか思えない。


 衣擦れの音に興奮しながら待っていると、再びカーテンが開かれた。今度は可愛い系。白のもこもこアウターに、チェック柄の茶色いスカート。


「こっちはどう?」


「可愛いは武器だって初めて思いました」


「分かりにくいって!」


 今の服装に満足したのかレジに向かう。去り行く彼女に見惚れながら手を擦り合わせた。


 外に出るとより一層夜風が熱を奪う。「さっむーい」と呟きながら内股で歩くみゆりさんの手を握る。


「みゆりさん、プレゼント用意してきたんで、ぜひ使ってください」


 片手で差し出すは小さく放送されたクリスマスプレゼント。


「ありがとう。私も用意してきたよ」


 カバンから取り出すために俺の手から彼女の指が離れる。その間を縫うように過ぎ行く風が冷たくて、彼女の温もりが恋しい。


 お互いのプレゼントを開ける。箱を開けると中には、銀色に光るバングルが入っていた。腕につけると少し華やかになった気がする。


「晴人くん。付けてくれない?」


 みゆりさんは俺がプレゼントした金色のネックレスを差し出して後ろを向いた。彼女の首にネックレスを付ける。白くて細い首も綺麗なうなじも俺には刺激的すぎる。


 そしてまた、どちらからか手を握る。声なんて必要としない。握り合う手と手が隣にいると感じさせた。


 輝くイルミネーションの森を抜ければ今度は星空があたりを照らす。気づけばお別れの時間。去り際、みゆりさんが口を開いた。


「明日って空いてる?」


「はい、空いてますよ。何かあっても空けますけど」


「ははっ、じゃあさ、私のお父さんに会ってくれない?」


 パンっと手のひらを合わせて俺の顔を覗き込む。お義父さんへ挨拶。確かにみゆりさんはもうそろそろ三十路。早く安心させたいのだろう。


「いいですよ。ちょっと緊張しますが」


「ありがとうっ」


 彼女はパァッと表情を変えて喜ぶ。この笑顔が隣で見れるなんてなんて幸せ者なんだろう。去り行く彼女をみながら、今の幸せを噛み締めた。



 最低最悪のクリスマスが始まるまで、あと2時間とちょっと。

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