「今からイタズラするね」

 今夜はハロウィン。仮装服に身を包んだ子供達は街中へお菓子を求めて練り歩く。俺は親に友達とハロウィンパーティと嘘をつき、みゆりさんの家に向かった。


「ハッピーハロウィン!」


 リビングの奥から飛び出てきたのはなんとキョンシー姿のみゆりさん。太ももの露出が著しく、長い足をさらに際立たせる。


 キョンシーならではのお札は、おでこの左側に目を避けて貼られている。これはもうキョンシーというよりセクシーだ。


「どう? 似合ってる?」


「お菓子よりイタズラされたいぐらいには」


「じゃ、君もお着替えタイムだ」


 亜美さんに紙袋を渡され、トイレに押し込まれる。着替えないと出させてくれないみたい。一分でも長くみゆりさんのキョンシーを目に焼き付けたいってのに。なんと、紙袋に入っていたのは……



 俺は笑われること覚悟でトイレの扉を開けた。この姿を見てみゆりさんも亜美さんも目を逸らして笑いを堪える。


「ぷっ……いいじゃん。似合ってるよ。くくっ」


「晴人くん、本当にごめんね。亜美が聞かなくて……っ、本当に……ふふっ」


「笑わないでくださいよ! どうして俺が魔法使いなんですか! しかもスカート!」


 丁寧に魔法のステッキまで入ってた。一体何がしたいのやら。どうせならみゆりさんがするべきだろう。


「いいですよ。みんな仮装してますし、見られるのはお二人だけなんで」


 やり返しをするため、わざとくどい言い方をする。亜美さんはいつもの長袖黒服スタイル。だから、仮装してるのは俺とみゆりさんの二人だけ。


「えっ? 亜美って仮装してるの?」


「ゾンビの仮装じゃないんですか?」


「は?」


「ごめんなさい」


 めちゃくちゃ睨まれた。亜美さんが俺を避けてる時より睨まれた。反射的に頭を下げてしまう。気を取り直してみゆりさんの方を向いた。


「その……みゆりさん、コレ、作ってきたんです」


 もともと用意していたお菓子を差し出す。文化祭、マカロン作りを経て料理の腕を上げてきた。今回渡すのはクッキー。初心者でも作りやすく、比較的上手くできたと思う。


「えっ? 晴人くんが一人で作ったの?」


「はい、難なく作れましたよ」


 みゆりさんは断りを入れて一つ口に放り込む。味見した時は「まあ悪くない」って感じだった。


「美味しい……ありがとう」


 ニコッと、それだけ。それだけなのに、心が「きゅうぅー」って満たされる。


「亜美さんもどうぞ」


「おっ、気がきくじゃん。お酒のつまみにしてもいい感じ?」


「おすすめはしないですけど任せますよ」


 俺は味が分かるかどうかより、食べた本人がどれだけ満足するかに重きを置く。だから何に合わせるかにこだわりはない。


「ありがと」


 そう言って亜美さんは山投げで包装に包まれたチョコを渡してきた。


「食べていいよ。私はトリートおかし派だから」


 そう言ってご馳走の並んだテーブルの方に歩いて行く。もちろん作ったのは女神ことみゆりさん。


 俺のクッキーとは比べものにならないほど豪華な面々。気合いの入れ方が違う。いつものように和気藹々と会話をして、美味しいご飯を頂いた。


 亜美さんからもらったチョコレートはアルコールが少し入っていて、甘いグミのようなものが埋まっていた。


「私、他の子にも呼ばれてるから行ってくる」


 ディナーが終わると、亜美さんは黒いカバンを待って家を出ていった。


「じゃあ俺もこれで」


 そう言って着替えようとするが、出会った日のように腕を引き留められた。


「もうちょっと一緒にいない?」


 苦笑いで、目も逸らしている。こんな自信なさげなみゆりさんは久しぶりに見た。ひひっとダメ押しで笑われて、俺は足を止める。


 二人の時間。彼女の不慣れな対応のせいで気まずい空気が流れる。いったい、魔法少女姿の俺に何をしろと言うのか。魔法が使えないことにもどかしくなってスカートの端を握る。


「俺……みゆりさんの元カレとちょっと話したんです」


 苦し紛れに出した会話。チョイスはどう考えても間違えているけど、彼女に隠し事はしたくなかった。


「葵と?」


「ええ、そうです。勝手にごめんなさい。どうしても、気になっちゃって」


 彼は自分のことをみゆりさんには似合わないと言ったけど、俺は全くそうは思わなかった。誠実で、経済力もあって気遣いもできるいわゆるスパダリ。俺から言わせてもらえはスーパーダリィ。


 俺はまだ恋のABCで表すならまだB初めの方で、Cの彼女を見ていない。そう思ったら、胸の奥がチクリとする。


「不安になったのって、私のせい?」


 ソファに座ったまま申し訳なさそうに覗き込んでくるけど、それでも彼女の目は見れない。


「俺の弱さのせいです。こんな俺でもいいんですかね?」


 ただの高校生。社会知らずもいいところで、ずっと悲観的な愚か者の弱虫。分かってても、気づけば自己嫌悪。震える手は自分の願いも掬えず、己の心も救えない。


 みゆりさんは俺の腕を掴むと自分の部屋に連れ込んだ。引いていく手はいつもより強くて、有無を言わさぬ想いが感じられた。


 部屋に入ると電気を消す。その瞬間、空気が変わった。部屋全体にみゆりさんの匂いがする。真っ暗で、何も見えなくて、彼女と触れた部分だけが俺の居場所を確定する。


「あのっ……みゆりさっ……」


 目は慣れないけれど、ベッドに押し倒されたのが分かった。嫌だ。初めてにこだわるのはダサいけど、相手に任せっきりの初めてなんて嫌だ。


「大丈夫」


 耳もとで囁かれた声。その熱に身体の力は抜け落ちた。拒むための口は彼女の唇で塞がれる。


 口付けが終われば、はぁ、と赤い息が頬にかかって朱色に染まる。


「今からイタズラするね」


 彼女の人差し指が横腹を撫でる。辞めたくないけど、彼女にリードされて階段を登るのかと思うと恥ずかしい。


 ドレスが肩からずれ落ちて、上半身が露わになる。こんなんじゃダメだ。俺だって、いつまでも受け身のままでいたくない。


 上半身だけ起こして、彼女の左頬に触れた。冷たくて、でも熱くて、手を離すのが惜しいと思えるほど俺が嫌いで、彼女が好きだった。


 瞳孔は開き切っているのに、もうみゆりさんしか見えてない。俺はそっと、彼女の服の肩紐を下ろす。


 抱きついた肩は子猫のように小さい。触れ合う肌は春風のように優しい。重ねる唇は花火のように熱い。


 夢見心地で夢現ゆめうつつ



 俺の身体は、ミントの匂いと混ざり合う。

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