「アイツがあの子の元カレだよ」
冬も近くなり始めたシルバーウィーク中頃。みゆりさんはいつもより少しだけ気合いの入った服装で家から出ていった。
「同窓会かー。俺も大人になったらやるんですかね」
「そうじゃない?」
「と言うか、亜美さんは行かなくてよかったんですか?」
ソファに座りながらネイルを塗っている亜美さん。動く気配は微塵もない。
「だってアイツらいるかもじゃん? それに、高校時代に仲良かったのあの子だけだから他に会いたい人もいないし」
アイツらってのは亜美さんをいじめていた張本人なんだろう。そうじゃなくても、同窓会に行くメリットは無さそうだ。
「あの子は皆んなから好かれてたからね。良くも悪くも行くしかないんだよ」
「そうなんですね。高校生のみゆりさんか……どんな感じなんだろ」
制服のみゆりさんってだけでものすごく見てみたい。手とか繋いでみたいし、一緒に下校とかしてみたい。
「そんなに変わらないんじゃないかな? でも今よりもっと病んでたけど」
「今って病んでるんですか……」
確かに重いって面ではなんとなくわかる。俺だってドロドロの恋愛をしている自覚はあるのだから。でも、病んでるかと言われたらそうは感じない。
「病んでるって言うと少し違うか。
「それ亜美さんが言いますか……」
亜美さんに睨まれて、すみません、と舌を出す。みゆりさんがこの前言っていた、「捨てられるのに拾われたいと思っていない」って言葉からしても、拗らせてないとは言えないか。
「そう言えばみゆりさん、高校生の時に一度だけ真剣に付き合ったって言ってたましたよね。えっ? 同窓会にいないですよね?」
「知らないけど」
急に不安になってきた。
「亜美さんなら知ってますよね。どんな人が元カレなんですか?」
「元カレ意識するのダサいからやめた方がいいよ」
なんという追い討ち。至極真っ当なことすぎて、ぐうの音も出ない。嫌でも想像してしまう。どんなことをしたのだろうか。
デートは当然として、そこからどこまで階段を上がったのだろう。キスか、よもやその次まで……。ヤバい、お腹痛くなってきた。
「はぁー、わかった。この前のお詫びもあるし、一緒にスパイしよう」
ため息をついている割には楽しそうな笑みを浮かべる。夕焼け小焼けの午後6時、俺たちの侵入劇が幕を上げた。
同窓会の会場は有名な居酒屋だった。来る人数は20人ほどで、担任の先生も来るらしい。俺はすでに食べ始めている大所帯を横目に隅のカウンターに座った。
まだみゆりさんは女性たちと話しているだけ。同窓会お決まりの結婚自慢や年収マウントはまだまだ先だろう。
「そうだ、健から変なことされてない?」
「ええ、意外に何もしてこないです。去り際に何か言おうとしてたみたいなんですけど分かります?」
「そうだね、君が聞きたいならいいよ」
みゆりさんが「私を助けてくれたからだよ」と、山内に告げた時に俺でも分かるほど苦い顔をしたのだ。何か理由があってのことなら、素直に喜んでいいのか分からない。
亜美さんは、一度同窓会の輪を見たあと、日本酒をオーダーして話し始めた。
「健の家って母子家庭なんだ。父との離婚で母が荒れちゃってたの。自宅に男連れ込んでなんとか生計を立ててたみたい。小学生からにそんなの見せられて普通でいれる子なんていない。それをみゆりが拾ってきた」
ただただ鬱陶しいやつと思っていた山内にそんな過去があったなんて知らなかった。俺だってそんな環境に陥ったら道に迷うに決まってる。
「中3の頃だったかな、お前は就職しろって母親に言われたらしくて、泣きながら家に飛び込んできたの。散々ほっといた癖にめちゃくちゃだーってね」
亜美さんの視線は遠くを見つめていて、薄ピンクの唇が小さく動く。
「それにみゆりが怒っちゃって、建の母親と大喧嘩。母親にうちの子には関わらないって条件で高校に進学させたの。ま、この前会ったのは時効かな」
日本酒が届くと、喉を鳴らしながら酒を飲む。亜美さんはお酒が強いみたいなので特に何を言うわけでもない。
「いつからか分からないけど、自分を助けてくれたあの子を好きになってたんじゃないかな? だから、助けてくれたから惚れたっていうあの子の言葉に、健は何も言えなかったんだと思う」
山内も山内なりに色々あるんだな。同情はしないけど、少し見る目が変わった気がする。あの女たらしの性格だって、イかれた家庭環境が原因だってなら分からなくもない。
そんなことを考えていると、亜美さんに目が行った。遠くから騒ぐ彼ら彼女らを眺めているだけ。数年前は同じ部屋で同じ椅子に座っていたはずなのに。ちょっと悲しくて、寂しい。
「やっぱり、亜美さんも行ってきたらどうですか? いじめてくる連中は俺がボコボコにしますから」
「無理、無理。今行ったところで空気悪くするだけだって。みんな年収マウント中、私なんてやっと就職決まったぐらいなのに」
そっか、来年から亜美さんも正社員。もともとみゆりさんは家にいることが少なかったけど、大抵は単位を取り終えた亜美さんがいた。でも、みゆりさんの家に行っても誰もいないことが多くなるんだろう。
終わりが近づいている気がして、一段と寂しくなる。そんな、気味の悪い予感だけが胃の中を埋める。なんの終わりかすらも分からないのに。
「浪人って大変ですね」
今になって響くんだから、しんどい話だ。
「そうだね。私はさ、この怪我の治療とリハビリで浪人したから尚更悔しい」
「やっぱり、一発殴りたいです」
「ははっ、君って優しいバカだね」
「それ褒めてます?」
お酒が回って目がうつつになり始めた亜美さんと、バレないように小さく笑う。だめだ、だめだ。楽しんでちゃいけない。ここにきた本来の目的はみゆりさんの元カレを探すこと。
「本題に行きましょう。元カレって居ますかね?」
「いるね。みゆりの二つ隣に座ってる、爽やか君。アイツがあの子の元カレだよ」
目をやると、カジュアルな服を着ているのに清潔感のある背の高い人だった。少し垂れ目な顔に「僕は優しいです」と書いてある。
隣の女性の話を肩をくすめて笑う仕草は、大人らしくてかっこいい。超イケメンと言うわけではないけれど、綺麗に剃られたヒゲと、整えられた髪がこの人の外見的価値を上げている。
山内を「スペックの暴力」と表現するなら、彼は「努力の権化」だと思う。
「雰囲気って変わってますか?」
「いや、割とそのままだね。でも大人びてるし、元から垢抜けてたけど、カッコよくなってる」
亜美さんにカッコいいと言わせるほどの美貌。身長だって俺より5センチは高そう。
「ええっ!? 銀行員やってるの!?」
みゆりさんの元カレと話していた女性が声を上げ、飲み会の話題は爽やかくんで持ちきりになる。
「銀行員……って、ヤバいですよね」
「ヤバいね。普通の女の子ならイチコロ。みゆりでもサンコロぐらい」
「ちょっと何言ってるか分からないです」
額に冷や汗をかく。いくらなんでも完璧超人ではなかろうか。
「なのに彼女いないの? 私とかどう?」
あからさまに彼に仕掛けるが、彼は「僕にはもったいないよ」と傷つけずに断る。この人にロリ監禁癖ぐらいないと割に合わない。
その後は思い出話をしたり、山手線ゲームをしたりしていた。一度、彼がみゆりさんに話しかけていたけど、すぐにお開きの空気になって話は続いていなかった。
バレないように、俺たちも同窓会が終わる少し前に店を出た。いつものように悲観してるわけじゃない。ただ、あの人は越えないといけないと思った。
「亜美さん、結構酔ってません?」
「酔ってない、酔ってなーい! 問題無し、
亜美さんの酔いは方なかなかにクレバー。浪人どうこうの話が終わってからは亜美さんずっと飲んでばっかりだったしな。仕方なく亜美さんの肩を持ちながら道の端を歩く。
「青年、大丈夫かい?」
優しそうな声をかけられ振り向くと、そこにはみゆりさんの元カレがいた。
今宵、俺たちのバトルはまだ終わらない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます