「自業自得だろ? 悪いのはお前だ」

「みゆりさん、メレンゲ、作り終えましたよ」


 秋も中ごろになり、遠くに見える日本アルプスのいろどりにも慣れ始めた今日、俺はみゆりさんの家でお菓子作りに勤しんでいた。


「おっけー、じゃあグラニュー糖入れよっか」


 そう言って俺の手を取る。いつになっても理想のお姉さんでいてくれる彼女。エプロン姿でマカロンを作るなんてこれだけでお金が払えるシチュエーション。


 グラニュー糖とやらを半分ほど入れるとハンドミキサーで泡立てていく。


「そうそう、上手、上手」


「料理って案外楽しいですね」


「でしょ? 自分好みにアレンジできるようになったらもっと楽しいよ」


 ゴムベラを持ちながらニコッと笑う。魔法少女に変身しても違和感ないほどに可愛い。


 みゆりさんに見惚れていると、気づけば混ぜ合わせていた卵白とグラニュー糖がクリーム状になっていた。


「こんな感じで大丈夫ですか?」


「うん、いいね。何色にする?」


 色まで付けれるとかますます料理が楽しくなってしまう。


「無難にピンクがいいですね」


「だね」


 短く返事をすると、ピンクの着色料を混ぜていく。


「私、水色がいいー!」


「作らない人の意見は聞きませーん」


 リビングの方から聞こえてくる亜美さんの要望に、みゆりさんはきっぱりと答える。亜美さんとは色々あったけど、今は出会った当時のような、適度に近い距離感を保てている。


 正直な話、俺は亜美さんを豚子と呼んだ3人を引っ張り出して八つ裂きにしたい。けれど、亜美さんは気にせず日々を謳歌している。だったら、わざわざ掘り返すものではないのかもと思ったり。


「あーん……」


 考え事をしていると、みゆりさんの指が俺の口にチュポッと入る。何これ、おいし……くない。全然美味しくない。


「何ですかこれ」


「マカロンのもとだよ。ぼーっとしてたけど大丈夫?」


 熱があると思ったのかみゆりさんは俺のおでこと自分のおでこをくっつける。間近で見ても何一つとして欠点がないのは神様が頑張りすぎた結果だを


「たった今、大丈夫になりました」


「ふふっ、なにそれ。おでこ熱いよ?」


「恥ずかしいんですって」


「君たちがアツアツなんだけど」


 じゃれあっていると亜美さんが邪魔をしてくる。いいじゃないか、甘々の熱々でも。


––––ピーンポーン…………


 またまた横槍が来たのか……。と、亜美さんが出るのか玄関に向かった。俺たちは引き続きお菓子作りに励む。


 次はマカロナージュと言われる作業らしい。ゴムベラで生地を馴染ませていく。


「えっ!? めっちゃ大きくなったね!」


 玄関の方から、亜美さんの素っ頓狂な声が聞こえてくる。あの人が驚くほどって誰が来たんだ。リビングに顔を出した客人を見た瞬間、俺は帰りたい衝動に駆られた。


「おっ! くんじゃん、文化祭ぶりだ」


 それは、俺の最大の敵––––山内 たけるだった。山内と目が合い、互いに形容し難い顔をする。


「どうして、お前がみゆり姉ちゃんの家にいるんだよ」


「こっちのセリフなんだけど」


 何しに来やがった、まで付けてやりたかったけど、みゆりさんの前なのでそこで止める。


「あれっ? 二人って知り合い?」


 亜美さんが俺と山内を交互に見る。そうか、彼女は俺たちが同じ学校だと知らないのか。


「はい、まあ……訳ありで」


 おどけて笑っても、亜美さんは苦い顔をするだけ。さっきまでの甘い空気は消えてしまった。


「それで、何してたんだ?」


「私と晴人くんでマカロン作ってたんだよね」


「はい」


 みゆりさんが共感を求めてくるので軽く返事。これだけで優越感がすごい。


「俺も混ざっていいか?」


「無理無理、この二人は不可侵領域だから。健は私とゲーム」


 ナイス、亜美さん。昔から仲が良かったのか、山内は俺に羨ましそうな視線を向けながらも亜美さんに引きずられて行った。


 なんとかマカロン作りを再開するが、生地を丸くしたら、オーブンで焼き上がるのを待つだけだったので、すぐに手持ち無沙汰になった。


「ねえ、もしかして晴人くんの彼女を奪った子って健くん?」


 いきなり核心を疲れて心臓が縮む。


「そう……ですけど、なんで分かったんですか?」


「晴人くんの人を嫌うような顔、初めて見たから」


 みゆりさんは俺を落ち着かせるように穏やかな笑顔を見せる。彼女は俺以上に俺をみてくれている。そんな安堵と安心が心地いい。


「面倒なことになったら嫌なので、俺たちが付き合ってるって言うのは内緒にしてもらってもいいですか?」


「いいよ。その代わり、自分に素直になってね」


 そうとだけ言うと、彼女はゲームをしている二人の方は歩いて行く。自分に素直に、か……。山内に俺の怒りをぶつけるなんて、できそうにない。俺もみゆりさんの後を追って亜美さんの方へ向かう。


「姉ちゃん達って今何してんの?」


「私は大学生、浪人してるから」


「私はもう社会人だよ」


 レースゲームをしながらさも当然のように相手の情報を聞き出していく。やっぱり力量が段違い。


「みゆり姉ちゃんもう社会人なんだ、すっげ。なんの仕事してんの?」


「ただのOLかな。広告系の」


 俺が数ヶ月かけて聞き出した情報もものの数分でこの通り。優越感に浸っていたけど、このままじゃアドバンテージなんて無いも同然。


「じゃあ、忙しいんだ。また暇な時……冬休みとか、どっか行こうよ」


 なんっ……。いくらなんでも早すぎる。俺からデートに誘ったのなんてこの前の文化祭が初。それも大失敗。だんだんと自己嫌悪に陥ってゆく。


「あーごめん、私、晴人くんと付き合ってるから」


 彼女の言葉に亜美さんと山内は操作を止める。俺は心臓が止まりそうになる。なんで……。


「いやいや、は? なんで……コイツが……」


 山内も山内で困惑しているが、みゆりさんは一体何を考えているのか。


「私は晴人くんのことが好きだから、裏切ることは出来ないし、」


「ちょっと待てよ! おかしいじゃん! どうして……どうしてコイツなんだよ」


 みゆりさんの言葉を遮って山内は立ち上がる。山内の言いたいことはもっともだ。俺はただ、みゆりさんの優しさに溺れただけなんだから。


「健くんみたいな、人の彼女を奪ったり、嫌がらせで動画送ったりするような人と関係を持つつもりはないよ。亜美もいるから追い出しはしない。でも、私には近づかないで。言いたいことはある? 今だけ聞いたげる」


 山内の視線に怯むことなく、真っ直ぐと相手を見つめている。恐ろしいほどに強くて、淡々としていて、滲み出る優しさが余計に心を蝕む。


「おいお前、裏でそうやってチクリ続けてたのかよ。気持ち悪りぃ」


 みゆりさんの視線から逃げるようにして、山内は標的を俺に変える。けれど、コイツの言っていることは的を射ていない。自分に素直に、彼女の言葉で弱い俺も強くなれる。俺はそっと息を吐いた。


「俺は山内とみゆりさんが知り合いって分かる前に動画を見せただけだよ。そもそも自業自得だろ? 悪いのはお前だ」


 みゆりさんは正論しか言っちゃいない。俺は事実しか述べていない。悪いのは全部山内だ。


「嘘つけ、悪口刷り込んでんのなんか分かってんだよ。クズ野郎が」


「もう辞めな。醜いよ」


 亜美さんの一言で山内は瞳に涙を浮かべる。三対一、多数決をしてるわけじゃないけど、山内は負け。


「チッ、帰る」


 カバンを担ぐ山内にみゆりさんが一言。


「どうして晴人くんがって聞いたよね? 私を助けてくれたからだよ」


 山内は俺とみゆりさんを睨んで口を開きかけたが、何も言わずに家から出て行った。みゆりさんの最後の一言にどんな意味があったのだろう。


 微妙な空気が流れると思ったけど、オーブンのタイマーが鳴ってお菓子タイムとなった。


「あー、スッキリした。やっぱり晴人くんを出汁にキレて良かったよ」


「もっといい言い方あったでしょ」


 笑いながら、みゆりさんが手際よく用意した生クリームやホワイトチョコをマカロンコックでサンドして、口に運ぶ。


「それより、どうして付き合ってること言っちゃったんですか」


「ごめんね。晴人くんが暗い顔してたから。理由はなんとなく分かったし、なのに無視する彼女でいたくないから」


 俺はどうしてこうも運がいいんだろう。彼女に、みゆりさんに出会えて本当に良かった。


「みゆりさん、好きです」


「安い告白」


「亜美さんは黙っててください」


 そう言うと、亜美さんはしゅんとしてマカロンを口に入れる。今度山内にあったら「ざまぁ」って言ってやりたいぐらいに、今の俺はなんでもできる気がする。



 今は隣に座ってマカロンを頬張ってる俺だけど、いつか隣に立てる男になってやる。



 ––––マカロンおいちぃ。




 お久しぶりです。赤目です。実は今回から3章&最終章だったりします。残り8話ほどでございますが、これからもご愛読よろしくお願いします。

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