「晴人くんの声、聞きたくて」
「ねぇ、鍵がかかってる。私たち、閉じ込められたかも……」
何も見えない真っ暗な闇の中、雫さんは震えた声でそう言った。「そんなバカな」と自分を騙しながらドアを開けようとするが、うんともすんとも言わない。うんとかすんとか言われても腰が抜けるけど。
「ちょっと待ってよ、私閉所恐怖症なの。無理、無理、無理、無理、無理!」
「落ち着いて、大丈夫。死なななないから」
「あんたが慌てててててどうするのよ!」
互いの顔も見えない中、腕をつかみ合って存在を確認する。別に何かが起きるわけじゃないので、少し経ったら俺は落ち着いたが、雫さんは俺の腕を掴んで離そうとしない。
「私のせいだわ。ごめん……私、こんな性格だから、結構人から疎まれるのよ。多分、そのつけが回ってきたんだわ」
「雫さん? とうとう頭おかしくなった? ここは俺の学校なんで雫さんのこと知ってる人なんてほとんどいないでしょ」
「頭おかしくなったって何よ! 確かに言われて気づいたわ! ここあんたの学校じゃない! 良かった。私の性格キツくないんだわ」
いや、全然キツイっすよ。なんて野暮なことは言わずに、外に助けを求める。でも、外からの音が聞こえてこないので、正直望みは薄い。
パニックでテンションがおかしくなっていた雫さんも、疲れたのか今は大人しく怯えているだけ。
「ねえ、もっとくっついてよ。それから何か面白い話してちょうだい。お願い」
「普段からこれならいいんだけど……」
気が抜け、本音が漏れると横腹をつねられる。叶えられるお願いを叶えないほど俺も鬼じゃない。
「面白い話ね。昔、昔…………痛っ!」
枕詞を言い切るまでもなく、今度は横腹を引きちぎらん勢いで爪を立ててくる。
「バカ、バカ、バカ! この状況で怪談するとか頭おかしいじゃないの!」
「昔話だよ! 文句言うなら自分で喋れよ!」
俺の一言にむすっと黙る彼女。かと思えば、ふぅー、と一息ついて話し始めた。
「さっきもちょっと言ったけど、私こんな性格じゃん? 友達って言える友達って本当に由奈しかいなくてさ。容姿端麗、才色兼備の私を妬む子たちは多かったの」
分かった。これ面白くないタイプの話だ。付け加えるなら、妬まれてるのはその性格が原因だと思います。
「別にいじめられてた訳じゃないけど、嫌がらせみたいなのはちょくちょくあった。別に私は気にしてないんだけど、由奈にまで迷惑がかかったら嫌だなって」
彼女から溢れる言葉は似つかわしくないぐらいは友達思いで、なんと声をかけようか迷う。励ませるほど深く関わってないし、みゆりさんみたいな包容力も俺にはない。その上、雫さんは強い女性。なら、俺に出来るのは笑顔を一つ増やすことぐらいだろう。
「大丈夫だと思うよ。由奈さんからしたら多分、雫さんのキツイ性格の方が迷惑だから」
刹那、轟音と共にボクサー顔負けのジャブが腹筋にめり込む。俺は声を出さないままマットに倒れ込んだ。
「どうしたの? 大丈夫?」
「白々しいな……本当っ、いい性格してる」
「でしょ。色んな人にその性格羨ましいって言われるわ」
「それ嫌味だから」
「分かってるわよ」
やいやいと言い合っていると、一筋の光が俺たちを照らす。そこには光をバックにつけた由奈さんがいた。
「やっぱりここにいた。ごめんねっ! 見回りのおじいちゃんがそのまま閉めちゃったみたい。なかなか帰らなかったから見に来たら案の定だよ」
「ありがとう、由奈ー。あいつが意地悪してきて怖かったよぉー」
雫さんはそんなことを言いながら半笑いでこっちを見てくる。ガチでどつきたい。
「怖かったねー。よしよし」
まあ、可愛らしい雫さんを見ることが出来たし、よしとしようか。俺ってM気質なのかも知れない、なんて思いながらこの日は帰路に着いた。
雫さんに会えてよかった。もし会えていなければ、どれだけ酷い文化祭になったことだろう。
夕飯を食べ終わって後は寝るだけ。勉強机に向かいながらスマホを触っていると、プルルルルと着信音が鳴る。スマホの画面には[miyuri]と映し出されていて、すぐさまスマホを耳に当てる。
「みゆりさん!? どうして電話番号知ってるんですか?」
「亜美に教えてもらったんだ。晴人くんの声、聞きたくて」
距離は離れているのに、まるでみゆりさんに抱きつかれているの様な、温かい気持ちになる。
「あの後、どうでした?」
「健くんに誘われて一つだけ回ったけど、すぐ帰ったよ。ごめんね。本当は断るべきなんだろうけど……昔、仲良かったから」
「そんな、みゆりさんは悪くないですし、すぐに帰ってくれて、とっても嬉しいです」
何時間も一緒にいられたなんて思ったら気が気ではなかったのだ。それだけで心が軽くなる。
「安心して、私は晴人くんしか見てないからさ」
「ありがとうございます。その、みゆりさんにお願いがあるんです。亜美さんの件なんですが……」
海に行った日からまともに話してくれない。きっと何か理由があって、それは俺のためでもあるはずで。だけど、何も知らないまま亜美さんに貰った恩を返せないのは嫌だ。
俺たち二人の仲が良好でないのはみゆりさんも分かっていたのか、二人で一度話した方がいいと助言をくれた。セッティングまでしてくれるらしく、結果を出すための外堀を埋めているよう。
「でもね晴人くん、亜美も知られたくないことはある。それだけはちゃんとわかっててね」
「はい。きっと、仲直りして見せます」
そう力強く返事はしたものの、亜美さんが距離を置く理由が分かっていない以上、何も確定はしていない。何も掴めない俺の右手で電話を切る。
すると、ノックと共にニコニコの母が部屋に入ってきた。
「誰と話してたの?」
「みゆりさん。えー、近所のお姉さんだよ」
なんと説明したらいいのか分からず、当たり障りのない言葉を返す。
「…………上の名前は?」
「高山だよ。困ってる時に助けてもらって、結構良くしてもらってる」
母は難しい顔をしながら俺の肩を持つ。母の顔を見て、口を滑らせたと後悔する。高校生とは言えど未成年。もしかすると危ない発言だったかもしれない。
「悪いことは言わないわ。もしその子が好きだったとしても、辞めときなさい。きっと、後悔することになる。歳の差って、そんな簡単な問題じゃないのよ。諦めなさい」
焦るように、けれど確かな強さを持って俺の瞳を見つめる。母の言う通り、俺は分別のつかない子供かも知れない。けれど、諦めろなんて言われる筋合いはないし、もう諦めるもクソもない。
「安心して、大丈夫だから」
何が大丈夫で、どうやって安心するのか。俺が聞きたい問いを有耶無耶にするように答える。俺は母を部屋から追い出すと、ベッドに潜り込んだ。
俺はまだまだ子供。分かってるさ、問題は俺の力不足だけじゃない。8年の歳月は、それほどに長い。けれど、俺の想いだって一生もの。
そう言えば母は、なぜお姉さんと言っただけで歳の差が大きくあると分かったのだろうか。亜美さんの件で頭はいっぱい。みゆりさんの優しさで胸はいっぱい。これ以上なにも入らないのに。
うつ伏せになって吸った空気は、思うように吐けなかった。
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