「私たち、閉じ込められたかも」

 文化祭当日。賑やかな雰囲気に耳を塞ぎたくなるほどの笑い声。和気藹々とした学校生活の非日常に、俺はハイテンションでみゆりさんの隣を歩く。


「晴人くんのクラスって何してるの?」


「飴細工です。って言っても簡単な飴文字ですけど」


 熱した鉄板に溶かした飴を文字のようにかけて、竹串を付ければ完成。一つ五百円、原価三十円のぼったくりお菓子だ。


「いいじゃん! 晴人くんも作れるの?」


「上手くはないですよ」


 謙虚に答えるが、みゆりさんが文化祭に来てくれると分かってから家で猛特訓した。おそらく飴細工に関しちゃクラスの人たちより頭一つどころか上半身一つ飛び抜けている。


 クラスにつくと、店番の人にお願いして一つだけ作らせてもらう。


「どんな字がいいとかあります?」


「じゃあ……愛してる、とかでもいける?」


 ビンゴっ! 大好きと愛してるは完璧と言えるまで練習してきました。


「いいですよ。任せてください」


 鉄板の上で自分の想いを踊らせる。シュゥーと飴の中の水分が飛んで、赤く濃くなってゆく。ものの数分で出来上がり、慎重に鉄板から取り外すとみゆりさんに渡した。


「熱いので火傷しないように気をつけてください。この想いは冷めないので」


「やるじゃん」


 半笑いで言うと意外にも褒め言葉が返ってきた。量はあまり多くないのですぐに食べ終わり、次はどこへ行こうかと話し合う。


「お化け屋敷とかないの?」


「ないんですよ。その代わりホラーショーみたいなのがあったはずです」


 二人で顔を近づけ地図を見ながら歩いていると、みゆりさんが男子生徒とぶつかってしまった。


「ごめんなさい。大丈夫?」


「いけるいける、俺もっ……」


 男性は謝罪を止めてみゆりさんを見つめる。ぶつかったのは山内 たける。俺から元カノを奪い、その上ハメ撮りを送りつけてくるようなゲス野郎。


「みゆり……姉ちゃん、だよな?」


「姉ちゃんって…………健くん?」


 顔見知りなのか、戸惑ったように顔を合わせる二人に疎外感を感じる。


「二人って知り合いなんですか?」


「うん、2、3年前に亜美あみと仲良くしてたの。元気だった?」


 二人の会話を他所にいくつかの記憶が蘇ってきた。亜美さんからみゆりさんについて聞いた日、彼女は「もう二年以上会っていない」「中学生だった」と言っていた。


 そして、亜美さんとみゆりさんが喧嘩した日、みゆりさんは離れて行く人の名前を上げていく中で、健くんって言っていた気がする。嘘だろ……本当に知り合いなのかよ。


「そりゃもう元気、元気。千早ちはやちょっと来い」


 いつの日かのように肩を組んで耳打ちしてくる。


「姉ちゃん貸してくれよ」


「貸すわけないだろ」


 コイツは十中八九借りパクするタイプの人間だ。そうじゃなくても、俺は今日を楽しみにしてきたんだ。二人の時間を奪われる謂れがない。


「忘れたとは言わせねぇぞ。お前、俺に貸しあるだろ」


 その言葉に反論できなくなる。俺は山内に芽依花とのハメ撮りを消してやれとお願いしている。代わりとして、貸しを一つ作ったのだ。だから、断るのは筋が通っていない。


 俺は拳を強く握りながら、違和感のないように努める。


「みゆりさん、ごめんなさい。風紀委員の係があるらしくて、もう文化祭一緒に回れそうにないんです。急ですいません」


「晴人くんって風紀委員なんだ。頑張って!」


 俺は会釈をして背を向ける。酷いつらしてるのは鏡を見なくても分かってる。「じゃあ俺と回るとかどう?」と言う山内の誘いを背中で聞きながら、俺は駆け足でその場をさった。


 クソが、クソが、クソが。地団駄を踏みたくなるほどにムシャクシャする。芽依花のハメ撮りなんかほっとけばよかった。


 つい数分前までは笑顔だったのに、今は何を見たって笑える気がしない。人が少ないところで落ち着きたくて中庭に出たが、驚くぐらいの人だかりが出来ていた。神はこんな時も俺の味方をしちゃくれないのか。


 一体どんな模擬店をしているのか遠目で見ると、見知った顔が大勢の人に囲まれていた。どうやらその人に群がっているらしい。


「ぜひミスコンに出てください!」


「ねえ、連絡先教えてくれない?」


 ガヤガヤと言い寄られている人は、絶世の美女こと神楽木かぐらぎ しずくさん。この学校に友達でもいるのだろう。


「だから、うるさい。私はショーを見に来ただけなの。煩わしいモブはどいてくれないかしら?」


 あの毒舌は間違いなく雫さんだ。正直今は知人と繕った会話を出来るほど余裕はない。が、あの自分勝手な雫さんが俺の気持ちを汲むはずはなく。遠目から見つけたのか声をかけてくる。


「ねえ、あんた! 分かってんでしょ! 体育館まで案内しなさい!」


 俺の名前は分かってねーのかよ。人混みをかき分けてこちらに小走りしてくる。


「助かったわ。知らない人に頼るのあまり好きじゃないのよ」


 別に助けたつもりは無いのだが。知らない人に頼らないのは、一度みゆりさんで失敗しているからなのかと、いらない勘ぐりをしてしまう。


「私、この学校に唯一の親友がいるのよ。ショーで主役を張るって言うから見に来たの。体育館まで案内しなさい」


「ごめん、今親切にできるほど余裕じゃないから、他を当たって。地図あげるから」


「あんたは常に余裕ないでしょ。また人に囲まれるのは嫌なの。そもそもみゆりさんの誕生日に色々してあげた恩を忘れたんじゃないでしょうね?」


 童貞って言われた記憶しかない。俺は気付かぬうちに恩だの借りを作っているのかも。確かに、余裕がないのも、彼女が俺のために行動してくれたのも事実。


「分かったよ。ついてきて」


 雫さんと隣を歩くのは美少女侍らせてる感じがして悪くない。少し距離があるので相談に乗ってもらう。


「俺って男としてどう?」


「男かどうかも怪しいレベルね」


 1秒の迷いもなく即答。今日で会うのが2日目だとは思えない。


「やっぱり、みゆりさんには釣り合わないのかな……」


 みゆりさんだって、山内みたいに女慣れしていて、コミュ力の高い人間の方がいいんじゃないだろうか。俺の知らないところでイチャイチャしてると思うと気が狂いそうになる。


「はあー、対等が全てじゃないわよ。どう頑張ったって完璧に隣を歩ける人なんていない。でも、姉様は立ち止まって、歩みを合わせてくれる人だから。あんたみたいな、全力で前に進もうとしている人がお似合いだと思うわ」


 彼女の言葉に足を止める。雫さんはさも大したことは言ってないかのように歩いて行くけど、俺はちょっと泣きそうだった。


 初めて言われた。みゆりさんとお似合いだって。ずっと、心のどこかで思ってた。身の丈に合わないって、釣り合ってないって、俺にそんな資格ないんだって。


 亜美さんとの仲も険悪になって、花火大会では大失敗やらかして、今日はみゆりさんを奪われて。そんな俺でも、いや、そんな俺だからこそ、いいと言ってくれる人がいた。


「なに立ち止まってるの。ちょっと、どうして泣いてるの? 辞めてよ、私が泣かしたみたいじゃん!」


 俺は慌てて涙を拭う。高校生にもなって泣きすぎだろ。自分がこれほど打たれ弱いなんて思っていなかった。


「雫さんの言葉が嬉しかったから。ありがとう」


「えぇ……そんなので泣くな、気持ち悪い」


「言い過ぎだって」


 二人で声を揃えて笑う。ふと、心が軽くなっていることに気づく。雫さんの素直な性格に励まされたのかな。


「そうだ、みゆりさんに助けられた人って何人知ってる?」


「私とあんたを除けば1人よ。さっき話した私の親友。もともとはその子が助けられて、おまけで私も付いてきた見たいな感じだから」


 ってことは光くんや山内じゃないんだろう。名前だけ知っているのは、紅葉さんと茜さん。


「名前は?」


由奈ゆなよ。姉様と揉めちゃって由奈はそれから会ってない。だから私も気まずくて誕生日だけにしてる」


 そんな経緯があったのか。みゆりさんが助けた女子は5人。後もう一人は一体誰なのだろう。


 体育館に到着すると3年生の映画が流れる。エンドロールが流れると由奈さんの出番らしい。演劇の台本はシンデレラ。主役を張るお姫様ということもあって遠目で見ても美しい。


 幕が降りると雫さんが席を立つ。せっかく会いにきたんだし挨拶するのが普通か。舞台袖からまだ衣装を着たままの由奈さんが出てくる。


「良かったじゃない。感動したわ」


「適当ばっかり。それで、そちらの方は?」


「どうも、6組の千早 晴人です」


 軽く笑うと、「山井やまい 由奈、4組だよ」とあざとく返してくれる。ほんの少し、どこか芽依花の面影を感じる。


「私の奴隷よ」


「奴隷になった覚えはないし、なるつもりもないんだけど」


「まあまあ、千早くんも見てくれたの?」


 由奈さんが宥めながら俺に質問をする。その景色を見ていてふと思う。性格のキツい雫さんの親友とは一体どんなやつかと思っていたが、お母さんっぽさがある。我儘な雫さんとは相性がいいんだ。


「見ましたよ。良かったです」


「ありがとっ、雫、千早くんと一緒に体育館倉庫にタオル取ってきてくれない? 流石にこの格好じゃ恥ずかしくて」


「いいわよ。奴隷、ついてきなさい」


「殴っていいかな?」


 由奈さんの笑い声を聞きながら体育館倉庫に向かう。体育館の裏なのですぐそこだけど、体育館に人が吸われる為、人通りは少ない。体育館倉庫は昼間なのに真っ暗で、照明もないので二人、手探りでタオルを探す。


「これっ! じゃない……マットだ」


「スマホのライト使おうよ」


「スマホ持って来てたらあんたなんかに頼らないわよ。それに、お先真っ暗のあんたが持ってないのに私が持ってるとでも?」


「口動かす前に手を動かしてもらっていいですか?」


 ネット社会と言われるこの頃、二人してスマホを持ち歩いていないとは。なんとか見つけ出し腰を上げる。


 背筋を伸ばし、リラックスする俺に、彼女は一言。


「ねぇ、鍵がかかってる。私たち、閉じ込められたかも……」

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