「姉様を悲しませないでよ」
みゆりさんと付き合って三週間が経過した。といっても進んだのは時間だけ。三週間で一度しか顔を合わせていない。干からびそう。
そして本日が二度目。特に何をするわけでもないけど、一緒にいると、やっぱり落ち着く。みゆりさんの家に着くと、派手な女性が一人、家の前で右往左往していた。
「あの、どうしたんですか?」
歳は俺と同じぐらいだろうか? すらっと伸びた背に、腰まである長い髪。目立つ体つきなのに、それ以上に視線を惹きつけるほどの美貌。
亜美さんやみゆりさんも十二分に美人だったが、もうあと一つ二つ上のランクと言っていいほどに美人だ。どれぐらいって、つい声をかけてしまう程。
「何? 私、この家に用があるの。でも留守みたいね」
家を見ながら首を傾げる。そんなわざとらしい一挙手すら絵になる。
「みゆりさんにですか?」
「あんた、なんでみゆり姉様のこと知ってるの?」
姉様って……。鋭い視線で睨むように見てくるが、亜美さんと違いあまり迫力はない。
「みゆりさんに助けてもらった口です」
「私と一緒じゃない。それで姉様の誕生日を祝いに来たわけね」
「えっ!? みゆりさん、今日誕生日!?」
ついつい声を張り上げてしまう。一言も言ってくれなかったし。どうしようか。今からでも何か買いに行くべきだよな。
なんて混乱している俺を見ながら、彼女は「これだから
「それで、あんた結局誰?」
「ああ、
「私は
「俺は千早って、ついさっきやったでしょ」
神楽木さんは乗ってやったのにも関わらず口角一つ上がらない。同い年か。なら敬語は必要ないだろう。
「神楽木って凄い名前だね……」
「名前負けしてると思った?」
「全然。名前に負けず劣らずの容姿をお持ちで似合ってるよ」
これはヨイショでもゴマすりでもなく事実を述べただけ。それにしてもかっこいい名前だ。でも俺についてたらそれこそ名前負けするだろう。
神楽木さんは「そう言うこと言えるタイプなんだ」と俺を評価中。ふと、気になった。みゆりさんに助けられたってことは何かしら困っていることがあったのだろう。
「神楽木さんってなんでみゆりさんに助けられたの?」
「答える前に一つだけ。私、堅苦しくて神楽木って苗字気に入らないの。できれば雫様って読んでちょうだい」
「…………雫さんは、なんで助けられたの?」
その問いに少し口を紡んでから、一言。
「迷子……だったの」
俯きがちに言う雫さんは何かあったのか、はたまた本当にただの迷子なのか。この人を見ているとどちらでもおかしくない気がした。
「それよりあんた、誕プレ買わなくて大丈夫なの?」
「そうだった。雫さんはプレゼント何にしたの?」
「私はアロマよ。姉様が好きなミントのね」
慣れてるな、と心の中でひとりごつ。付き合う前やそこそこの距離の子には消え物の方がいいのだろうけど、できればアクセサリーとかプレゼントしたい。ただ、みゆりさんの好みを把握しきれていないのが難点。
「そこにデパートあるし一緒に行って上げてもいいわよ」
「いいの?」
「あんたって手助けがないと今日中に間に合わないタイプでしょ?」
図星を突かれ、一歩後ずさる。
「雫さんって実は優しい?」
「いいえ、自分勝手なのは分かっているもの。優しくなんてないわ。さっ、行きましょ」
身を翻すと、細やかな髪が宙で踊る。そして、ミントの香りが
大した会話をすることなく歩いて10分。大型デパートに着いた。
「アクセサリーをあげたいなって思うんだけどどうかな?」
「重いわね。バカなの? 嫌われたいのかしら?」
「言いすぎじゃない……?」
アクセサリーショップを指さすと、みぞおちに遠慮のない言葉のパンチが飛んでくる。
「そもそもだけど姉様とどんな関係?」
「一応、付き合ってる……けど」
優越感に浸る間も無く、「ぷっ」と雫さんから笑いが漏れる。
「嘘下手すぎ。姉様があんたなんかと、身の程をわきまえな愚か者」
「だから言いすぎだって。あと付き合ってるのは本当だから」
雫さんの意見は参考程度にと決め込み、ショップの中に入る。中には金色に光ネックレスやピアスなどが飾られていた。
「どれがいいと思う?」
返事がしないので振り返ると、まだ店の前で立ち尽くしている。何をしているのか。
「どうしたの? 体調悪い?」
「悪いのは機嫌よ。姉様があんたなんかと……余命宣告でもされたのかしら?」
言葉遣いは丁寧なのにワードチョイスが絶望的すぎて、全く上品に思えない。
「結果は変わらないんだから。諦めて受け入れて」
「分かったわよ。それでいいんじゃない? 童貞臭くて」
「俺のこと嫌い!?」
「嫌いよ。姉様をどうやって
誑かしたって……。会って一時間足らずで嫌い認定されたのは初めてかもしれない。雫さんの童貞臭いの一言で小物全般に疑心暗鬼になった俺は、頭に巻く用のスカーフをプレゼントすることにした。
雫さんからも「あんた、スカーフなんて小洒落たもの選ぶじゃない。いいと思うわよ」とグッドサインをもらった。
そうして丁寧にラッピングしてもらい、みゆりさんの家に帰る。すると、亜美さんがご帰宅していた。
「あっ、みゆりの誕生日気づいたんだ。今日言って焦らせようと思ってたのに」
「しれっと酷いことしないでくださいよ」
そう言いながら俺の定位置となったソファに座る。もう夕暮れ時。夜遅くまでお世話になるわけにはいかないので、もしもの時は亜美さんに渡してもらおう。
「そう言えば、みゆりさんから離れていくって言ってましたけど、こうやって会いに来てくれる人もいるんですね」
「姉様の誕生日だけだけどね」
亜美さんが「わざわざ来てくれるのも雫ちゃんだけだし」と付け加える。そっか、傷ついて傷つけて離れていったのに、会いになんて来ないか。なんて考えていると、雫さんは俺の隣に座る。
「えっ? 近くない?」
「もともとここは私の領土なの。新入りはトイレでいいでしょ」
何という横暴。そしてトイレはちょっと興奮する。
面白みのない会話を繰り返していると、玄関のドアが開く音がした。女神のご帰宅である。
「今日靴多くない? あっ、晴人くん来てくれてたんだ。それに雫ちゃんも」
雫さんは姉様を視界に入れるとパァッと表情が明るくなる。
「姉様、お久しぶりです。それに、誕生日おめでとう御座います! これ、アロマです」
俺も雫さんに続く。
「どうぞ。みゆりさんの誕生日が今日ってさっき知って、急いで買ってきたやつですけど……来年は、もっといいもの送ります」
「ありがとう。早速開けていい?」
二人で頷くと包装を丁寧に開けてスカーフを髪に巻く。光っているような煌びやかな茶髪にアクセントが加わる。我ながらいいセンスではないだろうか。スーツ姿なのにここまで映えるのは異常と言っていい。
そして、雫さんのアロマもルンルンで焚き始める。視界が天国すぎて見ているだけで視力が回復しそう。
その後は亜美さんの買ってきたケーキでプチ誕生会をして、空が薄紫に染まり始めたので、解散となった。
「彼氏って本当だったのね」
「まだ疑ってたんだ……」
帰り道、雫さんが「プレゼント、あんたのから開けてたから」と声を漏らす。
「いいわ、姉様が認めたなら私が言えることじゃないもの。早く、幸せになって欲しいから」
俯きながら、さらに続ける。
「応援してる。姉様を悲しませないでよ」
そう告げて、「私はこっちだから!」と腕を振ってくる。やはり、その姿は類を見ないほど美しい。
前を向くとカラスが3羽、紫色の空に溶けていった。
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