『俺と、付き合ってください』
みゆりさん家の裏庭。近づくと啜り泣く声が聞こえる。もう昼前なのに、黄色いパジャマで静かに泣く彼女は、どこかチグハグで、でもそれもみゆりさんらしくて、見ているだけで胸が痛んだ。
「遅いよ……」
「すいません。亜美さんから、いろいろ聞きました。光くんのことも、大体」
か弱い声に保護欲がくすぐられる。でも、今はみゆりさんの心情を確かめたかった。
「それでも、分からないんです。みゆりさんが光くんを振った理由も。振るのに優しくする動機も、皆んなから捨てられるのに、また人を助ける意味も」
そう言ってみゆりさんの隣に座り込んだ。みゆりさんの目元は腫れていて、涙の跡をなぞるみたいに上から雫が重なる。
「だって、亜美が光くんのこと好きだったし、私が付き合うよりも、みんな幸せかなって……。でも、後悔してる。光くんと付き合えば、あんなことにはならなかった」
それは、そうですけど……、なんて言葉は口にするのも烏滸がましいぐらい自分勝手で、飲み込んで無かったことにする。
「嫌いって言ったのは本当ですか?」
「……うん、私の一言で光くんは自殺しちゃった。ごめんね、騙してて。晴人くんが見てきた優しい私なんていない。みんなから捨てられて、なのに拾われたいなんて思ってない、
眉を下げて苦しそうに笑う。みゆりさんは、優しいじゃないか。なんでそう、悲観するんだ。偽りだったとしても、俺はみゆりさんに救われた。これだけは、俺にしか分からない。
「俺は……みゆりさんが人殺しだなんて、思えません。亜美さんと光くんがどう思ってるかなんて、俺の前で関係ありますか?」
どの口がって批判も、第三者が口出しすべきじゃないって意見も否定できない。俺は部外者。けれど、みゆりさんは、部外者の俺に手を差し伸べてくれた。なら、次は俺の番だ。
助けるなんて大層なこと俺には出来ない。でも、隣に座ってやることぐらいはできる。
「違うの。私が、私を許せない」
俯く彼女の頬に優しく触れて、俺の方を向かせる。みゆりさんの瞳はやっぱり悲痛で満ちている。貴方にそんな目は似合わない。
「俺を見てください。俺だけを見てください。罪も過去も目を背けていい。みゆりさんは俺だけを見てればいいんです。言ってたじゃないですか、後から加えれば甘くなるって」
熱が入っていて、みゆりさんは怖気付いているようにも見える。けれど、それぐらいの熱さが俺の想いにはちょうどいい。
「過去の罪って、そんなに大事なもんなんですか? そんなに捨てられないもんなんですか? んなもんより、もっと自分を大切にしてくださいよ!」
語尾が強くなっていた。みゆりさんだって
笑えるだろ。第三者が出しゃばって、言いたいことだけ言って。けど、これでいい。一番無責任な人間は、俺なんだから。
「ありがとう。やらなきゃいけないこと、わかった気がする」
それだけ告げると、俺に背中を向ける。その小さな背中は「信じて」と語っている気がした。
その日の夕方。亜美さんに言われ、2人でみゆりさんの帰りを待っていた。すると、彼女は左頬に小さな痣を作って帰ってきた。
みゆりさん曰く、光くんの親に会いに行って、殴られてきたらしい。殴り返しに行こうかとも思ったけど、みゆりさんに止められた。
昔に一度会った時は、光くんと親が険悪でみゆりさんが彼を支えていたこともあり、咎めなかったらしい。でも今日は、謝罪と共に罰を受けてきたんだとか。
「亜美、一発お願い」
真剣なお願いに亜美さんは呆れたようにため息をついてからペシっとデコピンをした。そして、みゆりさんから亜美さんにデコピン返し。
「これで手打ちなんて思ってないから」
そう言った亜美さんの頬が緩んでいたのを俺は見逃さなかった。亜美さんは朝ぶりの気まずい空気に耐えかねたのかコンビニに逃げて行った。みゆりさんと2人。なんと声をかけようか迷っていると、話題を振ってくれる。
「私に、なんで優しくするのって質問してくれたよね。その理由も、結構クズなの」
今度はみゆりさんが、俺の隣に腰掛ける。
「人に頼られるのが嬉しいの。優しくして、感謝されて、私を大切にしてくれる。それが、気持ちいいって、思っちゃう」
「それのどこがクズなんですか?」
「私に依存させてるの」
「もうちょっといい言い方あったでしょ」
みゆりさんは声を抑えながら笑う。俺もそれに釣られて笑みが漏れる。やっぱり彼女には隣で笑っていて欲しい。
斜陽がカーテンの合間から溢れて部屋の中を照らす。引き込まれるような横顔を見ていて、胸が苦しくなる。踏み出さなきゃ、始まらない。
「みゆりさん…………その、」
––––『俺と、付き合ってください』と、そう吐き出す前に、人差し指が唇に添えられる。
「私から言っていい?」
笑いかけられて、何が何だか分からなくなって、とりあえず首を縦に振る。
「晴人くんだけを見ても、いいですか?」
なんてオシャレな……。返事が欲しいと言うみたいに、人差し指が唇を離れる。
「お願い、します……」
カァァァッと顔が熱くなる。そんな俺の顔を見て、みゆりさんは幸せそうに笑う。
その笑顔を見ていて、何故あんなにも芽依花に未練が無かったのか分かった。きっと、俺は芽依花に振られ、すぐに新しい恋に落ちたのだ。
けれど、今––––、
––––初の彼女が寝取られた俺は、お姉さんに拾われる。
これにて一章は完結です! 次回からは亜美さんや芽依花、新キャラなどに、フォーカスを当てつつ作品を作っていくつもりです!
レビュー貰えると凄く励みになります。乞食させてください。レビュー貰えたら主人公脱がせます(脱がせません)。読んでくださりありがとうございしました!
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