第9話 僕の名前はジルベルト・フォン・ローゼンハーツ (ジルベルトサイド)

 僕の名前はジルベルト・フォン・ローゼンハーツ。

 三歳年上の兄がいて、ローゼンハーツ王国の王位継承権を持つ。


 正直な話、兄は君主とするには優しすぎるところがあり、第二王子という立場ながら王位継承を期待されている。

 僕には双子の弟も居たが、とある理由によって廃嫡され、じきに公爵家の養子になることが決まっていた。


 よって現在王位継承権があるのは僕と兄の二人きりなので、僕がしっかりしなければと自らを鼓舞した。


 よその国の王はどうだか知らないが、薔薇心王国と呼ばれる我が国の王は誰よりも強くなければならない。

 それは建国者が魔王を倒して勇者であること、また王は復活した魔王討伐の第一の責任を負うが故だ。


 なんでも完璧を求められてきた。

 だからその期待に応えた。


 他人に厳しく。

 自分にはもっと厳しく。

 でもそれはおくびにも出さない。


 王子たる者、常に余裕しゃくしゃくで笑顔を浮かべているのが勤めだと小さい頃から叩き込まれた。


 その甲斐あって、勉強も剣術も誰かに負けることはなかった。

 いつも笑顔で、完成形だけを他人の前にさらした。

 結果、誰もが僕のことを天才と呼んだ。


 なにせ、僕に立ち止まっている暇はなかったのだ。

 貴族連中は自分たちだってスキルを享受していて、魔王を倒す役割を付与されているはずなのに、口々に僕に言うのだから。


『ジルベルトさまと同じ時代に生まれて良かったですわ』


『勇者のお役目はジルベルト様こそふさわしい』


『必ずや魔王を倒して、哀れな我々を救ってくださいね』


 僕に負ける道は用意されていない。

 全国民を守ることが、僕の”当然”だった。


 そして、僕の邪魔をしてはいけないからと誰も近寄らなくなった。

 別に構わなかった。

 自分より劣る人間が何人周りに居ようと、足手まといなだけだから。


 そんな僕の人生で最初の汚点が、兄が開催した園遊会での出来事だ。


 小バエのように纏わりついて五月蠅いグランツハイム家の令嬢を上手くあしらっていたつもりだったのだが、気づいたときには血の海の中で倒れていた。


 終わった、と正直に思った。


 この僕が、王位継承権のある人間の中で唯一王としての素養があるこの僕が、公爵令嬢に怪我を負わせたのだ。


 しかもかなかか目が覚めない。

 一瞬死んでしまったのではないかと青ざめた。


 だが数秒してむくりと起き上がった彼女は、なんだか酷く怯えているようだった。

 それまでの高飛車で傲慢そうな雰囲気が一転していたのだ。

 そしてしばらく切羽詰まった様子でお付きの人間と話していたかと思うと、再び気を失ってしまった。


 押し倒してしまった手前、僕はその傷の責任を取らなければならなかった。


「強く正しくあらねばならない勇者の末裔として、誠意を持って対応しろ」


 国王陛下――つまり父が僕を呼びつけて、わざわざそう言ったのだ。


 だが、言われなくてもそうするつもりだった。

 女性に怪我を負わせた上に責任逃れなんてした暁には、社交界から爪弾きにされる。


 それにそんな無責任な人間が王位を継いだとしても誰もついてこないだろう。

 魔王が復活した際に、同じように責任逃れされては敵わない。


 だから、意識を取り戻したユーフェミア・グランツハイムのもとに婚約を申し込みに行ったのだが、予想の斜め上の回答をされた。


「いえいえいえ! この傷お気に入りなんです! ありがとうございます!!」


 お気に入り……?

 ありがとうございます……?


 きっと頭を打ち付けて、気が触れてしまったのだと思った。

 全く話が通じないのだ。


 こんな異種族のような人間を妻にしなければならないのかとげんなりしていると、今度は傷跡を見せようと包帯に手に掛けた。


 意味が分からない。

 傷物になってしまった自分を、わざと見せびらかす女性がどこに居るというのだ。


 さっさと婚約の約束を取り付けて帰ろう。

 そう思って跪けば、僕の手を振り払って指を差しながら言った。


「ジルさま! あなたは騙されています! このハゲをこしらえたのはあなたではありません! わたしが必ずや真犯人を捕まえて、ジルさまの潔白を証明して見せましょう!!」


 その後に浮かべた笑みは今も脳裏に焼き付いて離れない。

 悪魔の子かと思うほどに邪悪な笑みだったのだ。






 結局その日は、お付きのギルバートが「お嬢さまは意識が戻ったばかりで錯乱されています。後日改めてご連絡致します」と申し訳なさそうに言うので引き上げることにした。


 もしかしたら、数日後にはまともなご令嬢に戻っているかも知れないという淡い期待もあった。


 だが、そんな期待は見事裏切られた。


 剣の修行でもしようと庭園に出てみれば、件の令嬢がお付きのものもつけずに立っていた。

 よく見ればそこは自分が怪我をした岩の前だった。


 しばらく見ていると、ドレス姿のまま岩を持ち上げて尻餅をついた。

 そして何かをひょいっとつまみ上げると、神妙な面持ちで土をいじっている。


(まさか本当に真犯人とやらを探しているのか……?)


 勝手にしろ、と思って踵を返そうとした瞬間、視界の隅に黒い者が横切った。

 つられて振り返れば、成体のカウがユーフェミアの上を飛んでいた。


 そこで気づく。

 ユーフェミアは黒色のドレスを着ている。


 見る見るとカウの瞳孔が鋭くなり、臨戦態勢になった。

 が、ユーフェミアは呆然と立ち尽くしている。

 刹那、カウが鋭いくちばしを突き立てんとして急降下を開始した。


 まずい。


 王宮の庭で公爵令嬢が魔物にやられるなんてあってはならない。

 僕は慌ててサーベルを抜き去ると真っ直ぐにカウへと投じた。


 狙いは見事に定まり、醜い断末魔をあげてカウが落下する。


 サーベルを回収するついでにユーフェミアの無事を確認しよう……そしてこの厄介ごとばかり持ち込む令嬢をさっさと追い返そう。


 僕が内心に浮かんだ利己的な考えを笑顔で隠すと、ユーフェミアに声をかけた。


 そこでようやく僕の方を見た彼女は、屈託のない笑顔を浮かべて「ありがとうございます」と言った。


 思わず、目を瞠った。

 ユーフェミアの前評判として、こんな言葉を聞いていたからだ。


 ――国王陛下ですら下僕として勘違いしているユーフェミア・グランツハイムには絶対に言わない言葉がある。”ありがとう”と”ごめんなさい”だ。


 そして、その次に告げられた言葉にさらなる衝撃が走った。


「ジルさまを必ずや、この悪意から救ってみせます!!」


 救う?

 僕を?

 救われるのではなくて?


 途端に、この少女に興味がわいた。

 我ながら単純だとも思う。

 でもつい、側で観察してみたくなった。


 周囲と真逆のことを”当然”のようにいう、この規格外の少女に。






 観察した彼女は、一言で言って面白かった。

 ユーフェミアは僕が予想できないことを次々とするのだ。


 四つん這いになってみたり、木に跳び蹴りを食らわせてみたり。

 スカートの裾からドロワーズが見えたときには一瞬ドキッとしたが、その淑女らしからぬ行動のせいで終いには笑ってしまった。


 そして犯人を追い詰めるときの彼女は、とても生き生きとしていた。

 口の端をつり上げて、およそ令嬢とは言えない顔をして詰め寄っていく。


「この中にジルさまをはめた犯人がいます!」


 さすがにこの台詞には肝を冷やしたが、僕はこの少女を信じてみることにした。

 大博打である。


 ……結果として、僕はこの勝負に勝利した。


 きてれつ極まりないユーフェミア・グランツハイムが、その奇策で王国を救ったのだ。


 主犯のラルフ・ガードナーは思ったよりも国の中枢に入り込み、横領や横流し、機密情報の流布などやりたい放題だった。

 このまま放置されていたら、将来的に国が滅んでいたかも知れない。


 この時初めて、僕は他人に救われた。


 そんな中、ラルフ・ガードナーはあろうことか彼女に刃を向けた。

 その行為に何故だか無性に腹が立ってしまい、柄にもなく殺意を覚える。


 ……が、いつも強気なユーフェミアが本気で怯えた顔で僕のことを見ていたので、これからは動じない精神力も鍛える必要がありそうだ。


 しかし、僕の精神力はまだ貧弱なので、彼女が僕に言った、


「これでジルさまの濡れ衣もはらせましたし、婚約はしなくて済みましたね! 本当に良かった!!」


 という台詞は見過ごせない。


 心が狭いとか、王としての度量が足りないとか、天邪鬼とか……彼女にばれてしまったら色々と言われるかも知れないが、婚約解消を本気で喜ぶ姿にむかっときたので、絶対に手離してやるものかと心に決めた。


 困って、ひん曲がった彼女の顔を思い出す。


 当分――もしかしたら一生、この顔を思い出して笑っていられるかも知れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

処刑されることが仮確定している悪役令嬢に転生してしまったので、フラグ回避のため名探偵を演じます! 英 志雨 @qiuhanabusa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ