第6話 これで、とどめだ~!
並んだ木のうちの一本の前に立って、真上を見上げた。
横に大きく張り出した枝の付け根に、大きな鳥の巣を見つけたからだ。
大きさと状況からして、あの巣は恐らくカウのものである。
カラスは巣に近づいた人間を襲う習性がある。
だからたぶん、カウにも同じ習性があると思う。
「巣がキラキラ光ってる……」
わたしが巣を見つけたのは偶然ではなく、遠目に見ても目立つくらい、所々が光っていたからだ。
木の枝を編むようにして形作られているのに、太陽光を反射して枝には似つかわしくない光を放っている。
なんだか気になる。
もっとよく調べようとぴょんぴょん跳ねて、思いっきり手を伸ばす。
が、ちょっと飛んだくらいで八歳の子供の手が届くはずもなかった。
すかっと、わたしの指先が何もない空中に弧を描く。
「……」
「……」
二人して無言のまま、鳥の巣を見つめる。
数秒の沈黙があたりによぎる。
「……」
「……」
「……ねえ、ジルさま」
「嫌です」
「まだ何も言ってない!!」
びっくりして真横を向くと、言葉とは裏腹に天使のような笑みを浮かべているジルベルトがいる。
みんなこの笑顔に騙されるのだけれど、わたしは知っている。
この天使の中身は、紳士系ドSキャラだと。
天使の皮を被った悪魔なのだと。
「どうせ僕に足台になれというのでしょう?」
「……? まさかぁ。王子さまにそんなこと言うわけがないですよ~」
へらへらっと笑ってその発言を否定すると、ジルベルトは渋い顔になった。
「そうでしょうか? あなたの思考回路は全く読めませんが、嫌な予感だけはします。こういう予感はよく当たるんです、僕」
失礼な。
わたしは根っからの常識人だというのに。
「わたしは良識のある公爵令嬢ですよ。王子を足蹴にするわけなんてないじゃありませんか」
「では何を言おうとしていたんですか?」
「わたしが四つん這いになるので、その背中に乗ってあの巣を取ってくれませんか?」
「……はい?」
「あの巣が光っているのが気になるんです。きっとなんかあるに違いありません。なので、さあ!」
いそいそと四つん這いになろうとして、ジルベルトの顔を見る。
が、なんだか様子がおかしい。
目を見開いて酷く驚いた顔をしている。
あれ、聞こえなかったのかな?
「ほら、ジルさま。早くしないと仲間が戻ってきちゃうかも――」
四つん這いになって、せかすようにぴょんぴょんと跳ねる。
ジルベルトはそんなわたしにあわせて顔を上下させた後、俯いてしまった。
気分でも悪いのかと心配になって下から覗き込めば、ぶっ、と吹き出した後、ごほごほとむせ込んだ。
なんだ、痰が絡んでいただけか。
よかった~。
「ユフィ……」
しばらく肩をぷるぷるとふるわせてむせ込んだ後、ジルさまが絞り出すように口を開いた。
あまりにむせるからお医者さんを呼びに行きかけたが、表情は天使の笑みに戻っている。
一安心だ。
「王族は、女性を踏みつけません」
なんと!
それでは巣に手が届かないじゃないか!
……かくなる上は、とわたしはすくっと立ち上がった。
「ジルさま、少し下がっていてください!」
「なにを……」
「いいから!」
勢いに負けたようにジルさまが木から距離を取ったのを確認して、わたしも数歩下がった。
そして助走をつけると、木に跳び蹴りをお見舞いする。
「なっ……」
「一発じゃだめか。なら!」
わたしは二度、三度と跳び蹴りを繰り返す。
「何をやっているんですか!」
「こうするとカブトムシも落ちてくるんですよ。だから鳥の巣も落とせるかなって」
「カブトムシ? 落とす?」
カブトムシ知らないのかな?
伯父さまの悪巧みに巻き込んでしまったお詫びに、夏になったらカブトムシを取ってあげよう。
そうこうしているうちに、わたしの努力の甲斐もあって鳥の巣はだいぶ傾いた。
後もう少しで落とせそうだ。
「これで、とどめだ~!」
最後に渾身の力を込めて一発お見舞いすると、見事鳥の巣は地面へと落っこちた。
ガッツポーズをしながらそれに近寄って、逆さまになっている巣を拾い上げる。
持ち上げると、巣の中に保管されていた物も一緒になって落っこちていることに気づいた。
「なんか、ガラクタばっかり集めてたのねぇ」
そこにはピンの蓋や釘などのキラキラしているガラクタがたくさん落ちていた。
カラスもこういうものを集めると聞いたことがある。
やっぱり基本は同じらしい。
しばらく遠くから口をあんぐりと開けて見ていたジルベルトも、気を取り直すようにこめかみをぐりぐりと押さえながら近寄ってきた。
そしてガラクタを一緒に拾ってくれる。
「銀製のフォークに……これはカフスボタンですかね? 半分しかありませんけど」
ジルベルトの手の中には銅製でできた半円系のカフスボタンがある。
真っ二つに切られたように見えるが、その片割れはどこにも見当たらない。
……というより、断面があまりになめらかで、切ったという気がしない。
半分だけ綺麗さっぱり溶けてしまったようだった。
「カフスボタンに紋章が刻まれていますね」
「え?」
ジルベルトが表面の紋章がよく見えるように持ち直した。
そこであ! と声を上げる。
「これ、伯父さまの紋章だわ!」
ぶつ切りになってはいたが、それは紛れもなくガードナー家の紋章だった。
ということはもしかして、
「〈金属錬金〉で、カフスボタンの半分を何かに作り替えたのかしら……」
そこまで気づいて、わたしは手元にあった鶏の巣本体を見た。
キラキラ光っていたのは、どうやら木の枝の間を縫うようにテグスのような物が織り込まれていたからだった。
「あー! そういうことね!」
「うわっ、どうしました、ユフィ?」
びくん、とジルベルトが隣で跳びはねた。
でもジルベルトの声は一切耳に入らずに、わたしは小躍りが止まらない。
なんせ死亡フラグの回避が決定したのだ!
「あとはみんなの前で種明かしすれば――」
こうしちゃいられないと踵を返そうとしたとき、
「お嬢さま!」
遠くの方から大声が響いた。
恐る恐るそちらを向けば、鬼のような形相で走ってくるギルバートがいる。
げ、ばれた!
わたしは思わずジルベルトの背後に隠れる。
するとさすがに王子の前だからか、ギルバートがピタリと止まった。
今がチャンスとばかりに畳みかける。
「勝手に抜け出してごめんなさい! でも謎が解けたのよ!」
「謎? 謎とは何です?」
「わたしに怪我を負わせた真犯人の謎!」
「真犯人?」
ギルバートが驚愕の眼差しでわたしと、その次にジルベルトを見た。
が、ジルベルトは両手を挙げてふるふると首を知った。
自分も全く分からないというように。
「と、とにかく! みんなを集めないと!」
こういう追求は関係者みんなの前で行うと相場が決まっている。
わたしが鼻息荒く宣言すると、逆にギルバートは悲しそうな顔をした。
「無理でございます」
ん?
無理ってどういうこと?
わたしが大きく首をかしげると、ギルバートが言いづらそうに言葉を続けた。
「いくら公爵令嬢でも、八歳の少女の召集に集まる貴族はいません」
「うそ!? なら、お父さまに――」
「公爵閣下はユーフェミアさまを溺愛されていますが、恐らくそのお願いは聞いていただけないかと」
「なんで!?」
「貴族の方々を正式に集めるとなると、それはもはや家の問題になります。しかもその場で犯人とやらを追求すれば、どうしても政治的な色が強くなります。それはあらぬ噂や派閥争いを生むでしょう。公爵閣下は大変聡明な方なので、そのようなリスクを負うとは思えません」
「そんな……」
わたしは思わずがっくりと膝をついた。
では、せっかく犯人もトリックも分かったというのに、わたしはむざむざ処刑される未来を待たないといけないの――!?
開いた口が塞がらず、みるみるうちに目に涙がたまっていったとき、
「……仕方ないですね。僕の名前で集めましょう」
ジルベルトがため息交じりに吐き捨てた。
「ジルさま?」
「王子の僕が招集を掛ければ、みな逆らえません。それに僕なら子供の戯れと思ってもらえる。やるなら僕しかいないでしょう」
「ああ、神!」
「神?」
「さすがわたしの推し! 頼りになる!!」
嬉しさのあまり、ジルベルトの手を取って、今度は一緒に小躍りする。
舞踏会で貴族がやるようなものじゃなく、せっせせーのよいよいよいの動きに、ドタドタした地団駄が加わっただけのものだが。
そんなわたしを怪訝そうな顔をして見つめながら、
「推し……?」
ジルベルトがぼそりと呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます