第7話 真犯人はあなたです!
またまた翌日。
急な招集にもかかわらず、前回お茶会に来ていた貴族のほとんどが庭園に顔を出した。
さすがはジルベルトである。
人望が厚いことももちろんだが、将来の国王としてかなり期待されているのだ。
ここで招集を突っぱねて、ジルベルトの機嫌を損ねたくない貴族が大半なのだろう。
わたしはあの鳥の巣があった木の前で仁王立ちして、ぐるりと周囲を見渡す。
みんな一様に、わたしと、その背後で頭を抱えてうなだれるジルベルトを見ていた。
自分が招集を掛けたくせに、今更になって後悔しているらしい。
何でだろう?
さっきまでは王子さまスマイルを浮かべていたんだけれど。
わたしが第一声に「この中にジルさまをはめた犯人がいます!」と言ったあたりから、ジルさまの顔色が悪かった。
ちなみにギルバートはさっき気絶した。
何でだろう?
「えーと、ユーフェミアさま? 犯人とはどういうことでしょう?」
アーチボルト子爵が遠慮がちに声をかけてきた。
本編では名前だけ出てきたモブ中のモブである。
こんな感じでときおり口を挟むキャラだった。
その設定は今も健在らしい。
「わたしに怪我を負わせた上に、その罪をジルベルトさまに被せた犯人のことです!」
わたしが包帯を指差しながらいうと、途端にざわめきが起こった。
いいぞ、その調子だ。
「そんな犯人だなんて……。その怪我は、恐れながらジルベルト王子がユーフェミアを押し倒した事によるものだ。皆が見ておりますよ」
そういったのはラルフ・ガードナー。
私の伯父さまであり、真犯人である。
ふふふ、かかったな!
わたしは口の端に薄ら笑いを浮かべると、びしっと伯父さまを指差した。
「いいえ! 真犯人はあなたです、ラルフ・ガードナー!!」
「なあっ!?」
わざとらしく数歩身じろいだあと、伯父さまが切羽詰まったような声を上げた。
その犯人らしい動きがまさに、わたしの初攻撃がクリーンヒットしたことを物語っていた。
ビシッと決まった~。
気持ちいい~。
一度言ってみたかったのよね~。
「何を馬鹿なことを言うんだ! 悪ふざけも大概に――」
「証拠はあります!」
大声できっぱりと言い切ると、ざわめきがピタリとやんだ。
わたしは背後に控えていたジルベルトを振り返る。
ジルベルトは初めこめかみを押さえていたが、わたしの視線に気づくと小さく頷いた。
いけ、という合図である。
どういうわけだか、ジルベルトさまはわたしを信用してくれたらしい。
その気持ちに応えるために――そして自らの死亡フラグをへし折るために、わたしは声を張り上げた。
「このカフスボタンは、この木の上に作られていたカウの巣の中から見つかりました。半分しかありませんが、この紋章はガードナー家のものです」
某将軍の紋所のようにカフスボタンを掲げると、ばっと伯父さまが右手の袖を押さえた。
だが、わたしはちゃんと確認してある。
その袖にカフスボタンがついていないことを!
ガードナー家は伯爵家であるが、実は家計が火の車である。
だからこそ裏で政治を掌握しようと必死なのだ。
よってよそ行きの服は一着しかない上に、カフスボタンを新しく作り直す余裕はない。
ボタンなんて、なくても生きていけるからね。
「園遊会の時、この木の木の下でカウに奪われましたね?」
「……もしそうだとしても、だからといってわたしが愛するユーフェミアを傷つけた証拠にはならないだろう」
あくまで強気な伯父さまが憎たらしい。
利用しようとしていただけの癖して、よくもそんな口がきけたものだ。
第一、伯父さまはわたしの機嫌を取るための贈り物を、我が家の貴金属を使って生成していた。
我が家の銀の匙から猫の置物を作ったように。
結局自分の懐を一切痛めていないのだ。
けちんぼめ。
「このカフスボタンは半分しかありません。しかもその断面は表面が溶けたようになめらかです。これは伯父さまのスキルである〈金属錬金〉を使った証しです」
「確かに、使ったかもしれん。だからといって――」
「そしてこのカフスボタンから作ったのは、この巣に絡まっている銅製の糸です」
伯父さまが言い終えるより先にわたしは背後を指し示した。
す、とジルベルトさまが後ろ手に隠していたカウの巣を掲げる。
絡まった銅製の糸に太陽光が反射して、キラキラと輝いていた。
「伯父さまはこの糸をそこの二本の木の間に結び、事前に地面をぬかるませておいた。そしてわたしにこの先にある薔薇園へジルベルトさまと行くように助言していた」
「……!」
「あとはわたしが勝手に転び、頭を打ち付ける。糸はすぐさまスキルを使って切断すれば、王子が通るときには足下を遮りません。ジルベルトさまは側に居ながら怪我を防げなかったことに責任を感じ、わたしに婚約を申し込む……」
「だがそれは状況証拠に過ぎん! 確かに、これだけ証拠がそろえばジルベルト殿下が誰かにはめられたことは事実だろう。だからといって、わたしが犯人だと確定したわけではない! カフスボタンは一週間前に別件でスキルを使ったときに欠けたんだ。それを誰かに盗まれた! わたしも殿下同様、罪をなすりつけられそうになっている被害者だ!」
おお、よく喋るな。
犯人は饒舌になるとよく言うが本当らしい。
わたしはなんだか本当に名探偵になった気がしてきて、いつもの悪い癖が出た。
調子に乗り始めたのだ。
「ふふふ、まさか証拠がこれだけだとお思いですか?」
「なんだと!?」
眼鏡を掛けても居ないのに、鼻当てをくいっと押し下げるような仕草をした後、
ビシィッ!
指先を伯父さまの袖口目がけて突き出した。
「その袖についたとっても臭い緑色の汁はアースワームの体液です! そしてそのアースワームはわたしが転んだ岩の下で死んでいました! その体液が死骸に含まれる物と同一であるかは、アナライズスキルで簡単に判明しますよ。ね、ギル?」
「なん――」
伯父さまが慌てて袖を隠したがもう遅い。
ぱっとギルバートがその袖を掴んで「アナライズ」と呟いた。
続けざまに、岩へと歩み寄ると死骸に向けて同様にスキルを発動させる。
スキル〈アナライズ〉はギルバートが十五歳で享受したスキルだ。
本来隠されているステータス情報を視覚化することができる。
そしてステータス情報は指紋のような物で、基本的には全く同じになることはない。
スライムのように同一個体から分裂でもしない限り。
ギルバートが両手を広げて振り返った。
ブゥン、という音と共に、掲げた両手の先に半透明なスクリーンが浮かんでいる。
そこには魔物のステータス情報が記されていた。
観衆がそれをしげしげと眺める。
言わずもがな、二つのスクリーンに表示された個体値は寸分違わず同じものだった。
「な、なら動機は何だと言うんだね!? 可愛いユーフェミアに怪我を負わせるメリットがわたしにはない!!」
袖の染みについては言い逃れができないと悟った伯父さまが、うわずった声で叫んだ。
周囲の人々は、わたしと伯父さまを見比べて、どうしたものかと様子を窺っている。
「僭越ながら――」
沈黙を破ったのはギルバートの冷静な声だった。
シュン、とスクリーンを閉じると言葉を続ける。
「ユーフェミアお嬢さまの話を受けて、当家に用意されているラルフさまの居室を調べさせていただきました」
「貴様、何を勝手に!!」
ギルバートに詰め寄ろうとした伯父さまの間に、わたしは体をねじ込んだ。
頑張ってくれているギルバートに怪我をさせるわけにはいかない。
伯父さまは一応わたしを溺愛していることになっているので、振り上げた拳をぴたりと止めた。
「ラルフさまの執務机の引き出しから、今回のことを計画したと思われるメモが見つかりました。また、ユーフェミアさまを婚約者に仕立て上げ、将来的には大甥である次期国王を影で操ろうとしている計画書も見つかりました」
ぺらり、とギルバートが懐から数枚の紙を取りだした。
そこには伯父さまの癖のある字で、なにやら雲行きの怪しい計画が記されている。
聴衆がはっと息を呑んだのが聞こえた。
「な、そんなもの――」
言い逃れようと周囲を見回して、伯父さまは息を呑んだ。
観衆が伯父さまに向ける目が、完全に犯人に向けられる物だったからだ。
すかさず、わたしは宣言した。
「全ての可能性を排除して……最後に残ったものがどれだけへんてこりんだったとしても! それが真実なのです!!」
わたしは感動のあまり、自分の口から出た台詞に思わず打ち震えた。
名探偵の名台詞。
いつか絶対に言おうと思って、生前に丸暗記したものだ。
当時は言う機会なんかなかったから、ちょっとうろ覚えだけど。
こんなこともあろうかと、覚えておいて良かった~。
隣でジルベルトが「他の可能性を検証してましたっけ?」と余計なことを言ったけど無視することにした。
だって答え知ってるんだもの。
検証する必要ないし。
そもそも推理力なんてないから、検証したくてもできないのよね。
「わ、わた……しは――」
わたしの決め台詞を前に、二歩、三歩と伯父さまがたじろぐ。
口をパクパクと数回上下させて――
刹那、ぎりっとわたしを睨みつけると、左袖のカフスボタンに触れた。
眩い光と共に、カフスボタンが鋭利なナイフの形へと変わる。
そして、わたしに向かってそれを振り下ろした。
「お前のせいで――」
「ひゃっ……」
思わず目をつぶったわたしの体がぐいっと抱き寄せられた。
キィン!
頭上では、金属同士がぶつかるような甲高い音が響く。
恐る恐る目を開ければ、わたしの顔のすぐ横に金髪碧眼の顔があり、彼の手には抜き身のサーベルが握られていた。
伯父が振り下ろしたナイフを弾き飛ばしたようだ。
すぐさま衛兵が飛んできて、伯父を押さえつけた。
状況に頭がついていかず、わたしを抱きかかえるジルベルトの顔を呆然と見上げた。
伯父さまを睨むその顔には、今まで見たこともないようなぞっとする殺気が浮かんでいる。
が、わたしの視線に気づくと、すぐさま天使の顔に戻ってにっこりと微笑んだ。
以前のわたしならこの笑顔にほだされて、スクリーンショットを取りまくっていたことだろう。
だが紳士系ドSキャラだと知っていて、なおかつあんな殺気じみた顔を見た後では、悪魔の微笑にしか見えない。
怖い~。
そんなわたしを尻目にサーベルを鞘へと戻すと、ジルベルトは笑顔を崩さずに告げた。
「連れて行ってください」
「待ってください! わたしは――」
今更言い訳が通ると思っているのだろうか。
ジタバタと暴れる伯父さまを屈強な衛兵たちが押さえ込むと、そのまま庭園の遙か向こうへと連れて行かれてしまった。
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