君と僕のラストページ

くまきち

第1話 僕は凡人で終わりたくない

「君さぁ、こんなありきたりな物語が世間に受けると思っているのかい?」

そう言いながらどこか馬鹿にしたように僕の事を眺めている。

またダメか、こうやってダメ出しされることに僕は無意識に慣れてしまっていた。

「・・・どこがダメだったのか聞いてもいいですか」

僕は悔しさを顔に出さないように聞いた。

「どこがって・・・、全部だよ全部。

 君はもっと世間の求めるものを考えた方がいい。」

「・・・世間が求めるものですか。」

「そうそう、今じゃ世界中に物語はあふれてしまっているからねぇ。

 例えば10年前に流行った冒険モノから異世界転生ものの様に着想を得るとか

 ね。まぁ、君の場合はもっと根本的な部分だと思うけど。これに懲りずに頑張って

 よ。・・・もうこんな時間か僕は仕事があるからこれで失礼するよ。」

そういう出版社ビッグブロックの山林さんは電話を掛けながらどこかへ行ってしまった。

多目的フロアに一人取り残されため息がこぼれる。またダメだった、これで何度目だろうか。

根本的な部分ってなんなんだよ、もう少し詳しく教えてくれてもいいだろ。

そう思いながら広げていた原稿を手元に手繰り寄せる。

受け取ってすらもらえなかったのだ、このまま置いておくわけにもいかない。

まとめてカバンにしまう、もうどこにも出す予定はないのだ

これでいいだろう。

フロアを見渡すと僕と同じように持ち込んでいる人たちが何人かいた。

彼らの顔を見ると話は順調なのだろう、うらやましい限りだ。

「・・・失礼しました。」

僕の声は誰にも届かなかった。


「まぁ、そういうときもあるさ。また頑張ればいいんだよ。それに僕はこの小説嫌い

 じゃないんだけどなぁ。」

そういいながら僕の前にグラスと原稿を置いたのはBAR暁のマスターである大森 誠二さん。

バイト先が閉店し困っていた時、ここで働くこと打診してくれた心優しい人だ。

仕事でも私生活でもよく助けてもらっている。

「その言葉はすごくうれしいですけど、なんかここまでダメだと来るものがあります 

 よ。やっぱり才能がないとどうにもならないんですかね。」

「まぁ、そう腐らず頑張ってみなよ。もしかしたらタイミングが悪かっただけかもし 

 れないよ?今日は私のおごりだから飲みなさい。」

「すいません、ありがとうございます。」

「全然気にしないでよ。あ、でもシフトの時は頼りにしてるよ。」

そう言って適当なおつまみを僕の前に置いて自分の仕事に戻っていく。

マスターは人の心をよく理解していると思う、だからこそマスターはお客様からもスタッフからも信頼されているのだろう。

本当にマスターには頭が上がらない。

僕は目の前にあるグラスに手を伸ばし、勢いよく飲み干した。


「もう遅いから気を付けて帰るんだよ。明日のシフト、よろしくね。」

「はい、今日はごちそうさまでした。」

軽くお辞儀をしてその場を後にする。

あれからどれだけ飲んだのだろう、3杯目までは覚えているのだがそれ以降の記憶がない。だが歩いて帰ることはできそうなので無意識でセーブしていたのかもしれない。

携帯を見ると時間は午前0時を指している。

ここは繁華街に近いこともあるのか、この時間でも多くの若者たちで賑わっている。

キャッチにホストにキャバクラにいろんな夜の人たちで溢れている。

今日も相変わらず、この街は平和らしい。

ある人は酒に溺れ、ある人は愛に溺れている。この街の夜は明けることを知らないらしい、昨日も見たキャッチとサラリーマン風の小太りな男とのやり取りを横目に家路を急ごうとした。

「なぁ、お嬢ちゃん。ここにはどうやって来たんだ?」

「良ければ俺らが道案内してやろうか?」

そんな俺は思いがけない所から声が聞こえたことで足を止めていた。

どうやら声の主は路地裏にいるらしい、少し戻り路地裏を覗き込む。大柄な男が2人と小柄な少女がいた。

あぁ、またか。僕は心の中でため息をつく、ここはこういった連れ込んでのナンパが後を絶たない場所なのだ。マスターが常連さんから相談されている所を見たことがある、注意書きは設置したはずだがされでもこれなのだ。

この街の夜は深く暗い深海のような場所だと痛感した。

少女には悪いがお巡りさんに声をかけるとしよう、厄介ごとはごめんだ。

そんなことを思いながら通り過ぎようと知ると少女と目が合った気がした、気のせいかもしれないがかすかに少女の顔がこちらを向いているように見えた。

少女は僕に気が付いたのか、口がかすかに動いた。

『・・・けて、たす・・け・・・て』

少女の目は虚ろで今にも倒れそうだと感じた。

僕は気が付くと走り出していた、なぜそうしたのかもなぜそうしようと思ったのかは今でもわからない。。

多分この行為そのものが僕のエゴなのだと思う、何も成し遂げれない現状からのただの現実逃避だ。

例えそうだとしても、それでも僕は助けを求める少女を見捨たくない。

何もできないまま終わりたくはない。

「僕は・・・。」

僕は気が付くと心の中で叫んでいた。


『僕は凡人で終わりたくない。』

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