第35話 歪み

 藤真悠達は早速王城へ向かった。その行く先々で魔族を見掛けたが諍いを起こしている様子もない。魔族の兵士達は治安維持のために巡回しているだけで略奪も乱暴もないようであった。


「とても戦争に敗れた国の状態じゃねえよな。普通は治安が悪化したりするもんじゃねえのか?」

「うーん、よくわからないけど平和ならいいんじゃない?」


 人々は普通に商売をしているし街なかを歩いている。


「少し誰かに話を聞いてみてもいいんじゃないかしら」

「そうだねそうだね、それがいいと思うな」

「それもそうだね。じゃああそこの露店で買い物がてら聞いてみよう」


 そういう話を聞くならおばちゃん連中が1番だろう。そう考え藤真悠は果物を売っている露店へ向かった。


「すいません、これとこれ下さい」

「はいまいど銅貨7枚だね」

「じゃあこれで」


 藤真悠は適当に買うものを選び銅貨7枚支払う。


「ちょうどだね、ありがとうよ」

「そういえば今この街って魔族に占領されてるんですよね?」


 藤真悠は商品を詰めてもらうと早速話題を振った。


「ああ、そうだね。2週間くらい前に国王を始め王族は全員処刑されたよ。それと教会関係者の大半は粛清されたしね」

「そうなんですね」


 王族は処刑された。それを聞き自分達の後ろ盾がなくなったことを知る。この調子では教会も当てにできないだろうと懐ったのだ。


「処刑は相当惨かったし教会への粛清だって容赦なかったね。魔王様が言うには全ての諸悪の根源は教会の教えにあるってことらしいからねぇ」

「それちょっとわかるかもですね。民衆への略奪とかはないみたいですけど」


 確かに教会の教えは非道いものだった。人間以外の種族を敵視し、あまつさえ殺してあげるだの支配される権利だのと宣っているのだ。諸悪の根源と言われると納得できてしまった。


「私達庶民の処遇はまだ未定らしいのよね。魔王自らが処遇が決まるまで略奪や横暴を禁止しているんだよ。破った者は厳罰に処すと断言したそうだし」


 これは予想外であった。とても侵略者とは思えない行動である。ましてや魔族は虐げられてきた過去があるのだ。支配する側に回れば当然その恨みをぶつけて来るものとばかり思っていた。


「意外ですね。じゃあ一般の人にとっては何も変わってないわけですか」

「そうだねぇ、魔族を奴隷にするのは廃止になったから影響のある人もいるだろうね。なにせ安い労働力がなくなったんだ。今後も働かせたいなら相応の賃金が必要になるからね」


 魔族の奴隷が解放されたことを知り藤真悠は少し安堵した。正直人種が違うからと差別するのは日本人である彼には納得できなかったのだ。


「今まで働いていた分はどうなるんですかね?」

「それについては国が補償するらしいじゃないか。なんでも今まで適法だったのが急に違法になったからね。だからそれ以前のことで罰するのはおかしいそうだよ。だからといって奴隷だった魔族もそれじゃ納得いかないだろう? 何か難しい理屈を並べてたけど、それを雇い主に支払わせるのは間違いで国が補償すべきことだそうだよ。まぁ王族の財産は没収されてるからそれくらい支払っても平気なんだろうねぇ」

「そ、そうなんですね。意外というかまともというか、随分立派な統治者のようですねその魔王というのは」


 これは現代法治国家の考え方じゃないかと藤真悠は驚いた。しかも雇い主側に支払いを強制すればどうなるかも理解しているようである。


 きちんと大局を見据え、復讐心に支配された統治を行わないことに感心してしまうほどだった。


「私も驚いているよ。王族の公開処刑は本当にむごくてね。平民である私達はどんな酷い目に遭うんだろうと戦々恐々としていたんだよ。ところが平民に罪はないと主張する人もいてね。それが魔王の側近である人間のソロモン様なのさ。ナトリウム王国滅亡の立役者らしくて魔王も彼の発言は無視できないそうじゃないか」

「ソロモン君が……」


 この統治のやり方にソロモンが関与していることを知り藤真悠は納得する。と同時に彼にそんな善性と知恵があることにも驚愕してしまった。


「ありがとうございます。いいお話が聞けてよかったです。また買い物に来ますね」

「そうかい? ありがとうよ、また来ておくれ」


 藤真悠は話を聞いて良かったとおばちゃんに礼を言うと、仲間のところへ戻っていった。そしてその話を仲間にすると皆が驚く。


「あのソロモンがかよ。なに、あいつってそんな頭良かったのか?」

「ほんとにほんとに? ちょっと信じられないよ」

「同感だわ。なにかしらこの妙な敗北感は……」


 反応は三者三様であったが共通した感想は意外。その一言に尽きた。


「でも戦う必要がないならそれに越したことはないよね。ナトリウム王国はなくなったしボットンブーリ教会も力を失えば人種差別もなくなるかもしれない。あの王族達には悪いけどこれで良かったんじゃないかな?」


 魔王を倒すために修行をしてきたが、藤真悠はそれに価値を見いだせずにいた。魔族が人間を敵視するのは当然でハッキリ言って自業自得である。人間は敗北者したが、それで差別がなくなり共存できるなら歓迎すべきことだと思ったほどであった。


「いや、まだその評価は早いんじゃないのか? 恨みってのは簡単に消えるもんじゃねぇ。ソロモンは日本人だからそんな風に考えられるんだろうけど、他の魔族から見たら綺麗事を抜かす偽善者にしか見えねぇだろうな」


 しかし狩井海斗には不安があった。狩井海斗は綺麗事を嫌う性格である。それゆえにソロモンのやっていることには歪みが生じるように思えて仕方がなかったのだ。


「え? それってそれって?」

「奴隷解放をした元アメリカ大統領リンカーンはどうなった? 魔族を奴隷にできねぇなら人間を奴隷にする。この世界の人間ならそう考えるだろうよ」


 狩井海斗から見ればソロモンはいつ消されてもおかしくない人間に見えた。たとえ支配を受けようとも支配する側に回る人間は現れるはずなのだ。そのとき、その支配する側は確実にソロモンが邪魔になるはずである。


「それってつまり……」

「ソロモン君は生命を狙われる可能性が高いっていうことか!」

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