第十四話

「んじゃ、行ってきまーす。」


 揚羽の見舞いからさらに1週間程の時が経った日の朝、真也は登校の為に家を出た。


「待ってよ、お兄ちゃん!」


 髪を梳いていた香奈は呼び止めるが、真也は構わずに出る。


「もう……」


 置いて行かれたので頬を膨らませながら髪を梳く香奈。


「行ってきまーす!」


 扉を開き、ランドセルを背負って外へ出る香奈。


「……あ……」


 登校の途中、先に家を出た真也を見つけた香菜、しかし真也は既に麗華と一緒だった、二人は楽しそうに談笑をしている様子だ。


「……」


 寂しそうに二人を見つめる香菜、真也はこのところ麗華と一緒にいる事が多く、香奈と一緒に登校する機会はめっきり減っていたのだ、その後学校に着くまで香奈が真也に話しかける事は無かった。


 その後のHR前の時間、香奈のクラスでは多数の生徒達が世間話をしていた。


「ねえ聞いて、お兄ちゃんったら、また虫捕まえて見せびらかしに来たのよ、私が虫嫌いなのを知ってて!」


 香奈のクラスメイトの女子が話を切り出す、どうやら自分の兄に対する愚痴をこぼしているようだ。


「本当なの? 酷いね、京子ちゃんのお兄ちゃん。」


「そうなのよ! 何度も止めてって言ってるのにもう……本当嫌なお兄ちゃんなの。」


「わかるー! 私のお兄ちゃん達も、私が妹だからって、おやつ取ったりチャンネル勝手に変えたりしてさー。」


「本当、嫌な兄弟持つと苦労するよねー!」


 女子たちは口々に自分の兄弟に対する愚痴をこぼす。


「香奈ちゃんは大丈夫なの?」


「え?」


 愚痴をこぼし合っていた女子の一人が香奈に話を振る。


「確か、香奈ちゃんのお兄ちゃんって……」


「結構……有名だよね、男子とよく喧嘩をしてるって。」


「何か、家で意地悪されたりしないの?」


 心配そうに問いかけるクラスメイト達、どうやら真也の事は香奈のクラスでも有名になっている様子だった。


「ううん、全然。」


 キョトンとした表情のまま答える香奈。


「そうなの? てっきり嫌な思いしてるって思ってたのに。」


「うーん……時々喧嘩したりはするけど、殴られたり意地悪とかはされないよ。」


 因みに喧嘩を吹っ掛けるのは殆ど香奈だが、真也は毎回適当に相手をしている。


「そうなんだ、意外。」


「確か、乱暴だけどスポーツと勉強はピカ一なんだよね?」


「良いなあ香奈ちゃん、頼りになるお兄ちゃんがいて。」


 香奈のクラスメイトは羨ましそうな表情で香奈を見ている。


「そ……そうかな?」


 香菜はクラスメイトからの羨望の眼差しに若干戸惑っている様子だ。


「おはよう皆。」


「先生、おはようございます!」


 その時、教室に担任の女性教師が入ってきた、生徒たちは挨拶を返し、各々の席に着く。


 その後、あっという間に時間が過ぎ、下校時刻となった、香奈もランドセルを背負い、帰路に着く。


「……」


 寂しげな表情で帰路に着く香奈、昼休みに真也に会いに行ったが会えなかった、真也は休み時間は基本どこにいるかわからないのだ。


「ただいまー。」


「お帰り香奈」


 家の玄関を潜る香奈、母が優しい笑顔で迎える。


「何かあったの?」


「え?」


 やや心配そうな表情で香奈に問いかける母。


「何か……元気無さそうだけど。」


「……そんな事ないよ! 全然。」


 理由を言えないためか、少し慌てた様子で否定する香奈。


「そう……? なら良いけど、何か悩みとかあったら相談してね。」


「……うん。」


 香奈は少しだけ頷くと、自分の部屋に向かった。


 香奈は自分の部屋に入ると、ランドセルをベッドの横に掛けて椅子に座りだらりと机に伏せる。


「……はぁ……」


 机に伏しながら窓から空を眺めてため息をつく香奈。


「……」


 その後、ベッドに寝転んで漫画を読んでいた香菜は時計に目を向けた、帰宅から1時間は経っているのでそろそろ真也が帰って来る筈の時間だった、しかし、真也の帰宅の声は一向に聞こえない。


「……」


 漫画を読んでいた香奈は再び時計を見る、帰宅から2時間程経つが、真也はまだ帰って来ない。


 その後、香奈が帰宅してから3時間と少し経った頃、香奈はまだ漫画を読んでいた。


「ただいまー。」


「!」


 玄関から真也の声が聞こえたので飛び起きる香奈。


「おかえり真也、遅かったわね。」


「……全くあいつら……」


 母の言葉に頷いた後頭を掻きむしる真也、少々イラついているような表情だった。


「どうかしたの?」


「それがよ……」


 真也は学校での出来事を話す。


 話は3時間ほど前に遡る、帰りのHRが終わり、帰宅しようとランドセルを背負った時だった。


「なあ真也。」


「あん?」


 クラスメイトの丸刈りの男子が他の男子生徒3人と一緒に真也に話しかける。


「頼みがある、今日野球の試合があるんだけど一人欠けちゃったんだ、助っ人で出てくれ。」


 手を合わせて懇願する男子。


「断る。」


 即答してそのまま帰ろうとする真也、しかし、男子生徒達はランドセルを掴み、真也を引き留める。


「……! おいこら、放せ……!」


「お願いだ! 今日の試合だけは負けられないんだよ!」


「俺には……関係……ねえだろうが!!」


 クラスメイト4人を力づくで引きはがそうとする真也、しかし、クラスメイト達は離れない。


「お前がいれば百人力だからさ、な! 一生のお願いだよ……!」


「てめえらで……何とか……しやがれ……!!」


「……あはは……」


 しがみつくクラスメイト4人を引きずって歩く真也、その様子を麗華は苦笑して見ていた。


「それで、根負けしてOKしちゃったのね?」


 遅くなった経緯を母は笑顔で聞いていた。


「まあね。」


「お兄ちゃんお帰り!」


「おう、ただいま。」


 嬉しそうな顔で駆け寄る香菜、真也は香菜の頭を軽くひと撫でする。


「遊ぼ! お兄ちゃん。」


「悪いな、汗かいて気持ち悪いから先にシャワー浴びるわ。」


 真也はランドセルを下ろし風呂場に向かう。


「えー……」


 むくれる香菜。


「仕方ないでしょ香奈、それより宿題は終わったの?」


「う……」


 母の問いに対し香奈はバツが悪そうな表情になる。


「早く終わらせなさい。」


「……はーい。」


 渋々部屋に戻る香奈、その後、シャワーから上がった真也も宿題に取り掛かった。


「二人共ー、ご飯の時間よー。」


「はーい。」


「へーい。」


 母の呼びかけに対しそれぞれ部屋から出る二人。


「「「「いただきます。」」」」


 夕食を食べる家族4人、メニューは肉野菜炒めとみそ汁と白米だ。


「それで真也、野球はどうだったんだ?」


「ああ、勝ったよ。」


 野球の勝敗を問う父にしれっと答える真也。


「それはすごいな! 流石真也。」


 賞賛を送る父に対し、真也は軽い笑みを返す、その後、4人は夕食を食べながら様々な団欒をした。


「ご馳走様。」


「ご馳走様!」


 その後、真也と香菜は一足先に食事を終えた。


「……よっと。」


 真也はソファーに寝転がって漫画を読み始める。


「えいっ!」


「あっ、おい!」


 その時、突然香菜は真也が読んでいた漫画を奪い取った。


「えへへー、ここまでおーいで!!」


 香菜は真也をからかっている様子だった。


「……ったく。」


 しかし、真也はあっさりと漫画を諦めテレビの電源をつける。


「……でっ!!」


 その時、突然テレビを見ていた真也の横顔に先程読んでいた漫画が直撃した。


「いーだ!!」


 漫画を投げた香菜は怒った様子で深夜に対して歯を剥き出しにすると、自分の部屋に走って行った。


「……何なんだ? あいつ。」


 真也はキョトンとした顔で漫画が直撃した横顔を抑えていた。


「……」


「……」


 両親は台所から心配そうな表情でその様子を眺めていた。


 その後、香菜は電気が消えた自分の部屋のベッドで枕を抱いて寝転んでいた。


「……お兄ちゃんの馬鹿。」


 香菜は悲しさと寂しさが入り混じった表情でそう呟くと、そのまま目を閉じて眠りについた。



『この子に決ーめた♪』


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