第十一話
揚羽と麗華を家まで送ってから数日後、真也は授業とHRが終わったので帰りの準備をしていた。
「……!?」
真也の表情が突如変わった、何か威容な気配を感じ取ったようだ。
(……来たか……)
真也はランドセルを背負うと、足早に歩き出す。
「どうした、祭堂。」
担任の教師が呼びかけるが、構わず教室を出る真也。
「……?」
キョトンとする教師、さらに麗華も真也を追うように教室を出る。
「天宮寺もか……?」
不思議そうな顔で二人を見送る担任の教師だった。
学校を出て走り続ける真也、やがて人気の無い廃工場に入った。
「……ここでいいか。」
真也は周りを見回し、人がいない事を確認、そしてランドセルを降ろすと廃工場の1点に目を向ける。
「……来いよ。」
何もない筈の場所にすぅーっと現れたのは、黄色い着物を着たおかっぱ頭の少女だった、少女は怒りを含んだ青白い表情で真也を睨みつける。
「真也くん!」
同じ廃工場に駆け込み、真也に駆け寄る麗華、真也の様子を察して着いて来たのだ。
「ひょっとしてあの子が」
「ああ、間違いねえ。」
真也は先日、麗華、揚羽と一緒の時に隠から聞いた事を思い出していた。
『まずはその子に旦那の匂いを付けりゃ良いんです。』
(匂いを付ける?)
『ええ、その子に目を付けた幽霊にとっちゃ、獲物を横取りされたようなもんですからねぇ、きっと匂いの主である旦那を襲う筈ですぜ。』
(そうやっておびき出し、叩けば良いってわけか……)
『そう言う事でやんす!』
(……で、具体的に匂いを付けるって、どうすりゃ良いんだ?)
『簡単です、旦那の魔力をその子に纏わせるんですよ。』
以上が隠から受けた説明であった、真也が揚羽の頭を撫でたのは、自身の魔力を纏わせる為だったのだ。
(どうやら、うまく行ったみてえだな。)
身構える真也、麗華は数珠を取り出す、その時、幽霊の放つオーラが一層強くなった。
「……なっ!?」
「……ぐっ!?」
それと同時に二人が地面に突っ伏して動かなくなった、まるで上から何か重い物がのしかかったように。
「……動……け……ない……!!」
「クッソ……!!」
なんとか逃れようともがく二人だが、指一本動かせない様子だった、そして二人がもがいてる内に、廃工場に散らばっていた尖った金属やガラス類の破片が宙に浮き始める。
(まずい……!)
幽霊の意図を察した麗華、破片は二人に向かって向きを変える。
『フフフ……』
幽霊がニヤリと笑い、勢いよく両手を広げると、破片は二人を突き刺そうと向かって行った。
(……!!)
迫る破片に対して目を瞑る麗華。
(……?)
しかし、いつまで経っても破片は突き刺さらない、麗華は恐る恐る目を開けた。
(……え?)
すると、破片は何かに遮られるように空中で止まっていた。
(……これは……一体……)
麗華が真也に目を向けると、真也は四つん這いの状態で踏ん張っており、その身体からはオーラが放たれていた。
「真也……くん……?」
さらに麗華は真也の瞳の違和感に気付いた、真也の瞳孔が真っ赤に染まっていたのだ、さらに丸い瞳孔は爬虫類のような針状に変化、そして真也の髪が逆立ち始めた。
「な……め……ん……なあああーーーーーーー!!!」
真也の叫びと同時にオーラは爆発、そして止められていた破片も跳ね返された。
「っ……!!」
爆発するオーラに思わず目を瞑る麗華、そして風圧が収まったので、再び目を開ける。
「なっ……!!」
眼の前の光景に、麗華の表情が驚愕に染まる、真也のオーラが一つのシルエットを形作っていたのだ。
(
そう、そのオーラは巨大な翼と尻尾を形成し、純白の竜となっていた、麗華が呆気に取られていると、真也の赤い瞳孔の色が角膜まで広がり、反対に瞳孔の方は黒く染まる。
「……」
真也はチラッと右を見ると右手を突き出す、すると、廃工場に捨てられていた1m程の鉄パイプが引き寄せられ真也の手に収まった、真也は幽霊に向かって駆け出す。
『……!』
幽霊は先程のように再び真也を拘束しようと力を発する。
「……ザってぇんだよぉ!!」
しかし、真也はその力をいとも簡単に跳ねのける。
『……!!』
幽霊はさらに金属類やガラスを飛ばして攻撃する。
「無駄だ!!」
しかし、真也は凄まじい身のこなしで金属類を蹴り返し、鉄パイプを振り回して対処して幽霊に迫る。
『……ァァァーーー!!』
「……?」
幽霊が叫ぶと、天井から何かが軋むような音が聞こえた、真也は立ち止まり、天井に目を向ける。
「!?」
その時、廃工場の天井の1部が突然崩れた、その破片は轟音を立てて真也の元に落下する。
「真也くーん!!」
麗華の悲痛な叫びが響く。
「そんな……」
麗華の表情が絶望と悲しみに染まる、しかしその時、埃の中から一つの影が飛び出した。
「え?」
埃の中から飛び出したのは真也だった、真也は空中で回転すると、地面に鉄パイプを突き刺しながら着地、すると、鉄パイプの周りでバチバチと白い電気が走る。
「
鉄パイプから白い電気が発生、さらにその電気は地面を切り裂くように伝い幽霊へと向かう。
『ギャアアアーーーー!!!』
感電したかのように悲鳴を上げる幽霊、そして電気が収まり幽霊は膝を突き倒れる。
「終わりだーーー!!」
真也は鉄パイプにより強力な電気を纏わせ、幽霊に向かって走る。
『イヤ……イヤ……!』
幽霊は完全に戦意を失い、怯えている様子だった。
「ラァァアーーー!!!」
真也は空中高くジャンプし、膨大な雷を纏って剣のようになった鉄パイプを振り上げる。
『イヤァァァーーー!!!』
「ダメーー!!」
「……なっ!!」
しかし、その雷の刃が幽霊に振り下ろされようとしたその時、麗華が割り込んで来たので、真也は慌てて麗華を避ける。
「ンガッ!!」
だが、空中で無理に体勢を変えた為、脳天から地面に落下した。
「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛………」
「だ……大丈夫? 真也くん。」
痛みで頭を抑えて蹲り、唸る真也、麗華は心配そうに近寄る。
「……何やってんだバカタレ!! 危ねえだろうが!!」
立ち上がり、麗華に向かって怒る真也、その頭には大きなタンコブが出来ていた。
「ご……ごめん……でも、もうそれ以上は駄目、この子にはもう戦う意思は無いから……」
「何言ってんだ、ここでやらなきゃ……」
「良いから」
真也の手を掴む麗華。
「後は私に任せて、お願い。」
優しげだが強い眼差しで真也の眼を見つめる麗華。
「……チッ、わかったよ。」
少々気圧された様子だが、引き下がる真也。
「ありがとう。」
「……フン。」
お礼を言う麗華に対し、ぶっきらぼうに目をそらす真也、麗華は幽霊の前に立ち、手を合わせる。
「祓いたまえ、清めたまえ……」
「迷える魂、積み穢れを背負いし者に、救いの道を」
「導きたまえ、受け入れたまえ……」
麗華は幽霊の前で浄化の言葉を唱えていく、幽霊の体が淡い光に包まれ、その表情が穏やかになっていく。
『アア……ア……』
幽霊は安堵の表情で、光と共に天へと昇って行く。
「……ふぅ。」
安堵のため息をつく麗華。
「終わったのか?」
「……うん、もう大丈夫。」
天へ昇って行った霊を見つめる二人、一安心していたその時、外からサイレンの音が聞こえて来た。
「……ひょっとして、警察に通報された?」
「……ちょっと派手にやり過ぎたか……」
天井が崩れ、金属類が散らばり滅茶苦茶になった廃工場をポリポリと頭を掻きながら見回す真也。
「とりあえず、逃げよう。」
「だな。」
ランドセルを背負い、走って廃工場から出る二人。
「ここまで来れば大丈夫だろ。」
「はぁ……はぁ……そうだね。」
住宅街のコンビニの前で立ち止まる二人、麗華は息が切れている様子だった。
「ところでよ。」
「ん?」
「最後……何であいつを庇ったんだ?」
真也の問いに対し、麗華はやや悲し気な表情になる。
「……だって、あの子も元々はただの人間だったんだもん、それも……悪人でも何でもない、ただの女の子。」
「それなのに、不幸な出来事で死んじゃって……あんな目に遭って……せめて、最後くらい、安らかに成仏させなきゃ……」
遠くの空を見つめていた麗華は真也の方に向き直る。
「何でもさっきみたいな力づくなやり方じゃ駄目だよ。」
「……」
真剣な表情の麗華、真也は黙りこくっていた。
「……わかった、努力はしてみるよ。」
目を逸らしながらややぶっきらぼうに言う真也、麗華はニコっと笑顔を浮かべる。
(どうも強く出られねえんだよなぁ……あいつを思い出して。)
真也は麗華の真剣な表情に、生前共に戦った勇者の少女、セリカと重ねていた。
「……帰るぞ。」
「うん。」
気恥ずかしそうな真也に着いて行く麗華、二人はそのまま帰路についた。
その後、真也は途中で麗華と別れ、帰り道を一人歩いていた。
「……隠、いるんだろ。」
突然立ち止まり、隠の名を呼ぶ真也。
「へへへ、どうも……」
曲がり角からヘラヘラと笑いながら姿を現す隠。
「いかがでしたか? あっしのアドバイスは。」
「……まあ、役に立ったのは認めるぜ。」
そう言う真也だが、その表情からは疑いが拭えていないようだった。
「そうでしょうそうでしょう、如何ですか? あっしが如何に役立つか、わかったと思いますがねぇ。」
隠は媚びるような笑顔で歩み寄る。
「……しょうがねえな、好きにしな。」
実際借りが出来たからか、真也は渋々着いてくる事を了承した。
「ありがとうございます。」
頭を下げる隠。
「ただし、妙な真似したら……解ってるよな?」
真也は忠告するように睨みつける。
「わかってますって。」
隠は帰り道を歩く真也に着いて行くが、突然ヘラヘラした表情を変える。
(……やれやれ、やっと近づけたぜ……)
隠は以前のとある出来事を思い出していたのだ。
『隠、お前に祭堂真也のサポートを任せる。』
『サポート……ですかい?』
その会話の相手は以前真也の体に封印を施した日本の神だった。
『そうだ、あ奴は力はあるが人間界でやって行くには色々と足りない部分があるのでな、お主の知恵と能力で助けてやってくれ。』
『なんで俺が……』
面倒くさいと言いたげな様子の隠。
『以前無闇矢鱈に厄を振りまいた事の罰……まだ終わっとらんぞ、厳しい方が良かったか。』
神は微笑みを崩さないまま隠を威圧するように眼を細めた。
『やります! やらさせていただきます!』
その表情を見た隠は慌てて了承した。
『うむ、よろしい、それと儂の事は秘密にしておけ、
儂の差し金だと知ったら恐らく拒むだろうからな。』
以上が、隠と神のやり取りであった。
「あのジジイ、逆らえないからって無茶言ってくれやがって……」
不機嫌そうに顔を顰める隠。
「何か言ったか?」
「あ、いえいえ、何でもありませんぜ。」
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