第七話

「というわけで、この面積は……」


 旧校舎の一件の翌日、真也達は算数の授業を受けていた、眼鏡をかけた知的な女性の教師が教壇に立っている。


「……」


 麗華は真也をジーっと見つめている。


(旧校舎の幽界……消えたという事は幽界の主が倒されたという事よね……)


 麗華は旧校舎の事を思い出している様子だった。


(彼が……? でも、あんな大物、熟練の退魔師でも手こずる筈なのにどうやって……?)


 麗華は幽界の主を倒したのは真也ではないかと思っているらしいが、その方法がわからず悩んでいる様子だった。


「……ぐうじさん、天宮寺さん!」


「は……はい!」


 教師に名前を呼ばれて驚き立ち上がる麗華。


「天宮寺さん、先程から特定の一人にばかり視線を向けてるようですね……」


 そう言うと教師は真也の方をちらりと見た。


「はい?」


「別に色恋は個人の自由ですが……少なくとも時と場合は弁えましょうね?」


 そう言うと教師はやや眉間にシワの寄った厳しめな表情で眼鏡をクイッと直す。


「ち……違います! そんなんじゃ……」


 慌てて否定する麗華、周りの生徒もヒューヒュー茶化し始める。


「……」


 しかし、当の真也は全く無関心な様子であった。


 そして算数の授業が終わり、体育の授業が始まった、今は男子達が半々のチームに分かれてサッカーをやっている。


「負けるかよ!」


「おらぁ!!」


 男子達の元気な声が響く。


「いっけー!!」


 男子生徒のシュートによって、ボールが高く舞い上がる、その先には真也がいた。


「そらっ!!」


「なにぃ!?」


 なんと、真也は地面に片手を突き、まるでカポエイラのような動きでボールを蹴り返した、そしてそのボールはそのまま相手のゴールに入り、教師のホイッスルが響く。


「フッ。」


「くっそー……」


 得意げに笑う真也、相手の男子は悔しそうな表情だ。


「真也くんすごーい!!」


「がんばれー!!」


(確かにすごい……ていうか何今の動き……)


 応援する女子生徒、麗華は真也の常人離れした動きに呆気に取られていた。


 続いて図工の授業、生徒達は輪になり、中央に置かれた真っ白な胸像のデッサンをしている。


「皆さん熱心にデッサンされますねぇ、水城さんも遠藤さんも、素晴らしい絵です。」


 にこやかな男性教師が生徒達のデッサンを評価している。


「祭堂くん、君は成績優秀な生徒だと聞いておりま……」


 真也のデッサンを覗き込む教師、しかしコメントに困っている様子だった、他の生徒達も真也のデッサンを覗き込む。


「……ブフッ! 何だそりゃ、出来損ないの雪だるまか?」


 覗き込んでいた男子が笑いだし、他の生徒達も笑いだす。


「うるせー!!」


 デッサンを笑われた真也はやや恥ずかし気な様子で怒りだした。


「静かに! 人間誰しも、苦手な分野はあるものですよ!」


(絵は苦手なんだ……)


 笑う生徒達を注意する教師、麗華もデッサンしながら真也達の様子を見ていた。


 その後の授業もHRも終わり、下校のチャイムが鳴った、真也もランドセルを背負い帰路につく。


「……」


 麗華は教室から出る真也を見つめると、後に続いて教室を出る、どうやら真也の跡をつける事にしたようだ。


 上履きを履き替え、住宅街を歩く真也とそれをつける麗華。


「おい、お前。」


 しばらく歩いていると、真也が突然声を掛けられる。


「こいつか、雄太。」


「そうだよ、兄ちゃん。」


 声を掛けたのは、真也と同い年くらいの男子と、中学生と思わしき髪に剃り込みの入った男子だった。


「弟がずいぶん世話になったみてえだなぁおい。」


 睨みつけながら迫る中学生、しかし、真也は少しもビビった様子を見せない。


「……で、何か用か?」


「ああ? んだその態度は、舐めてんのかこら。」


 全く臆さない真也に対し、さらにドスを効かせる中学生。


「この間の事土下座して謝れよ、そうしたら許してやるぜ!」


 小学生の男子はニヤニヤしながら土下座を要求してきた。


(マズいわ……人を呼ばないと……)


 隠れて様子を見ていた麗華は、大人を呼ぼうと周りを見回すが、誰もいない。


「嫌だと言ったら?」


 真也はランドセルを降ろし、無表情のまま土下座の要求を突っぱねる。


「舐めてんじゃねーぞガキ!!」


 そんな真也が気に障ったらしく、殴り掛かる中学生、しかしその拳は真也には当たらず空を切る。


「ハッ」


 真也は拳を避けたのだ、空振りした中学生を鼻で笑う真也。


「こんの……クソガキィ!!」


 鼻で笑われた事で頭に血が上った様子の中学生、さらに殴り掛かるが、真也は驚異的な素早さと運動神経で避け続ける。


「野郎……! この……!」


 蹴りも拳も全く当たらずムキになる中学生、さらに真也は中学生の足を引っかける。


「うぉっ……!!」


 バランスを崩す中学生、さらに真也は中学生の尻を蹴飛ばす。


「デッ!! ……ギャッ!!」


 尻を蹴飛ばされ転ぶ中学生、さらに真也は転んだ中学生の後頭部を踏みつける。


「どうした、鈍間。」


「……こんの……野郎……!!」


 転んだ中学生を見下ろし挑発する真也、中学生はさらに激昂した様子で立ち上がる、その時、真也は立ち上がった中学生の股間を蹴り上げた。


「……テ……メ……」


 股間を押さえて蹲る中学生、いくら小学生の力とはいえ全力で蹴り上げられたのでひとたまりも無かったようだ。


「覚えて……やがれ……」


「あ、兄ちゃん、待ってくれよ!!」


 股間を押さえたまま逃げだす中学生、弟も後を追う。


「……」


 隠れて一部始終を見ていた麗華は呆気に取られていた。


「さてと……何か用か? 天宮寺。」


「!」


 真也に声を掛けられ驚く麗華、気付かれていた事がわかり、物陰から出て来る。


「……ちょっと良いかな?」


 その後、公園に移動した二人はベンチに座る、横には自動販売機がある。


「昨日の事なんだけど……あなた、幽界の主を倒したの?」


「……ああ、そうだ。」


 真剣な表情で真也を見る麗華、真也は眼を合わせず、前を向いたまま答える。


「一体どうやって……? あなた、一体何者なの?」


「……」


 麗華はやや訝し気な表情になって問いかける、それに対し、真也は何も返さない。


「俺は……いや、止めとくぜ。」


「え?」


「話したところで、どうせ信じてもらえねえ。」


 そう言う真也の表情は半笑いだが、どこか諦めの感情も見えていた。


「……私が、信じると言ったら?」


「無駄だ、まず俺が信じられねえんだよ……とんでもなく、滑稽無比な話だからな。」


 半笑いの表情のまま雲を見上げる真也。


「逆に聞くが……お前は俺が、何に見えるんだ?」


「え?」


 麗華の方に向き直る真也、その表情は微かに微笑んでいる。


「世界を滅ぼす魔王か? それとも世界征服を目論む巨悪か?」


 真也は嘲笑うように問いかける、


「それは……」


麗華は返答に困っている様子だった。


「……まあ、お前が俺をどう見るかはお前の勝手だが……少なくとも支配だとか、んなめんどくせー事に興味はねーよ。」


 そう言うと、真也は横の自動販売機でサイダーを1本購入する。


「まあ、売られた喧嘩は買うが……なんだかんだ、俺は今が十分気に入ってるんでな。」


 真也はサイダーを一口飲み、その缶を見つめながら話す。


「……ごめんね。」


「ん?」


 その話を聞いた麗華は申し訳ないという表情で謝罪する。


「なんか、悪者みたいに扱っちゃって……感じ、悪かったよね。」


 麗華は俯いたまま話を続ける。


「もっと、他に言うべき事あったのに……あの時、私の事、助けてくれたんでしょう?」


 そう言うと、俯いていた麗華は真也の方に向き直る。


「……ありがとう。」


 立ち上がり、頭を下げて礼を言う麗華。


「……どういたしまして。」


 それに対し、真也は眼を合わせずそっけない、しかしどこか優し気な微笑みを浮かべて返す。


「じゃあ……また明日。」


 麗華はランドセルを背負い、優しい微笑みで手を振りながら帰って行った。


「……ああ。」


 真也も手を振りながら見送る。


「……出て来いよ。」


 真也は麗華が見えなくなると、自販機の後ろに目を向けて話しかける。


「へへへ……気付いてましたか。」


 真也の声に答え、自販機の後ろから出て来たのは、黒猫だった、しかし、耳の先が青い炎に包まれており、人語を喋っている事もあってただの猫ではない事がわかる。


「昨日からずっとつけて来やがったよな……何者だ?」


 真也は警戒しているような表情で黒猫を睨む。


「そう警戒しないでくださいよ……何も、あんたに敵対する気はねえんですから。」


 鬼はニヤリと愛想笑いを浮かべて真也に近付くと、頭を下げる。


「あっしはなばり……しがない疫病神でさぁ。」

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