第六話

『ギ……ギ……』


 幽界の主は唸り声と共にゆっくりと二人に近付く。


「こいつがぬしか……」


 思っていた以上の大きさに身構える真也。


「まずいわ……まさかここまで強大になっていたなんて……」


 麗華も冷や汗を流している。


「どうすればいい?」


「……とっておきの札を使うわ。」


 そう言うと麗華は1枚の札を取り出す。


「けど札をあいつに直接貼らなきゃいけないから……少しの間だけ注意を引いて。」


 小声で話す麗華、真也はコクリと頷き、持っていた箒を構える。


「いくよ……1、2の……3!!」


「うおおおーー!!」


 麗華の合図と共に、主に向かって突っ込む真也、幽界の主は髪の毛を真也に向かって伸ばす。


「オラッ! トッ! ハァッ!」


 対して真也は箒を振り回し、驚異的な俊敏性で髪の毛を避け続ける。


「どうした木偶の棒! そんな程度か鈍間!」


 真也は避け続けながら主を罵倒し、挑発する。


『……!』


 主は真也の挑発が気に障ったのか、伸ばす髪の毛を増やして来た。


「うぉっ!!」


 増えた髪の毛に戸惑う真也、ある程度は避けていたが、避けきれずに捕まってしまう。


「ガァッ!!」


 捕まえた主は真也を壁に叩き付ける。


「ぐ……クソ……」


 叩き付けられた痛みで動けない真也、主は真也に迫って来る。


『ギギ……ギ?』


 しかし、主が真也に気を取られている間に麗華は主に近付いていた。


「それっ!!」


 麗華は札を主の額に貼る。


『ギィギギ……ギーーー!!……ギギ……!!』


 主は札の効力により動けなくなる。


「よっしゃ、うまくいったな!!」


 痛む体を抑えながら立ち上がる真也。


「今の内に……」


 麗華は数珠を構え、詠唱を始める。


「祓いたまえ、清めたまえ……!」


「どうした……?」


 しかし、詠唱を続ける麗華の表情はどこか苦しそうだった。


「オン・アビラウンケン・ソワ……ウッ!!」


「天宮寺!?」


 突然麗華は胸を押えて苦しみだす。


「オエッ!!……ゲホッ……ゲホッ……!! カハッ……エホッ……!! 」


「どうした!? おい!!」


 膝を突き、蹲り、えずき、せき込み、苦しむ麗華。


「ハッ……カッ……ヒュー……ヒュー…………」


 やがて過呼吸を起こしたように苦しむと、麗華は気を失った。


「おい、天宮寺! しっかりしろ! おい!」


 真也は麗華の肩を叩き、ゆするが麗華は目を覚まさない。


『ギ……ギ……』


「!?」


 真也が幽界の主に目をやると、お札はバラバラになって剥がれ落ちていた、主はニヤリと笑う。


「……クソッ!」


 真也は麗華を両手で抱えて逃げ出し、主も真也を追いかける。


「……クッ!」


 真也は先ほど叩き付けられた痛みを抱えたまま廊下を走り、階段を駆け下り主から逃げ続ける。


『ギギーー!!』


 しかし、幽界の主も追いかけ続ける、まるで追いかける事を楽しんでるような表情で。


「しつこいデカブツだぜ!」


 階段を駆け下りた真也は教室に逃げ込み、麗華を寝かせてから窓と扉の鍵をかけて隠れる。


『ギ……ギ……』


(クソッ、力さえ戻ればあんな奴……!)


 窓に主の巨大な影が映り、真也は悔しそうに自分の握り拳を見つめる。


「!?」


 突然教室の扉がドンッと叩かれる、主は教室に隠れている事を見抜いたようだ、さらに教室を叩く力が強まり、扉が何度も叩かれる、やがて扉はそのまま突き破られた。


『ギギ……』


「……クッ!」


 ニヤリと笑いながら近づく主、真也は椅子を手にすると、麗華を背にして主を睨む。


「……」


 その時、気を失っている筈の麗華がゆっくりと立ち上がった、しかし、真也は気付いていない。


「……ぐっ!?」


 麗華は真也にゆっくりと近付くと、突然真也を羽交い絞めにした。


「て……天宮寺……!!」


 真也は振りほどこうとするが、その力は明らかに普段の彼女の力ではなかった。


「 お前……何のつもり……!?」


 真也は気付いた、麗華の瞳は焦点が合っておらず、虚ろだった事に。


(まさか……操られて……)


 さらに幽界の主は髪の毛を伸ばし、二人を纏めて雁字搦めにする。


「グッ……! てめ……放せ……!」


 主は耳元まで裂けた口を大きく開き、捕らえた二人を飲み込もうとする。


(……冗談じゃねえ……こんな所で……こんな奴に……)


 真也は抵抗するが、そのまま麗華と一緒に口の中に入れられる。


『ギ……ギ……』


 幽界の主は、そのまま二人を飲み込む。


(……!? これは……)


 その時、真也は自身の中で何かが解き放たれるのを感じた。


(……そうか……今が……その時か。)


 それがどういう事か、それを本能で理解した真也は心に念じる。


(四ノ封……開印)


『ギ……ギ……!?』


 その時、幽界の主は、喉を内側から焼かれるような痛みを感じた。


『ギギ……ギ……!!』


 激しい痛みに苦しみ続ける主。


『ギ……グボォ!!』


 やがて、主は飲み込んだ二人を吐き出した。


「ペッペッ……あー汚え……」


 飲み込まれた二人は主の粘液に塗れていた、真也は麗華を床に寝かせる。


「さんざん追いかけまわしてくれやがったなぁデカブツ……」


 真也は前髪をかき上げながら立ち上がる。


「今度は……こっちの番だぜ。」


 主を睨む真也、その瞳は赤く染まり、瞳孔は爬虫類のように細長い、さらに髪全体が逆立ち、全身に白い炎を纏っていた、その炎は体に纏わりついていた粘液を焼き尽くす。


『ギ……ギィ!!』


 幽界の主は明らかに雰囲気の変わった真也に一瞬たじろいだが、髪を伸ばして攻撃、しかしその髪は、真也の手刀であっさり切り落とされる。


『ギ!?』


「……へっ」


 戸惑う主を鼻で笑う真也、髪を切り落としたその手は純白の炎のような物を纏っていた。


『ギギ……ギィィーーー!!』


 さらに多数の髪を伸ばす主。


「……」


 対して真也は手を翳す、すると、主の髪に白い炎が着火、その炎は髪を伝って主へと向かう。


『ギギィ……!?』


 主は驚愕し、燃えた自身の髪を慌てて切り落とす、切り落とされた髪はそのまま燃え尽きるが、木造である筈の校舎の床には何故か焦げ目一つつかない。


「……」


『ギ……ギィ……!!』


 主を睨みつけながら歩み寄る真也、主は明らかに怯えている様子で後ずさる。


「……」


『……!』


 尚も主へ歩み寄る真也、しかし、主は突然真也の背後で倒れている麗華が目に入ると、ニヤッと笑う。


「……」


 先ほどと同じように麗華は虚ろな眼でゆっくりと立ち上がり、真也の首に向かって手を伸ばす。そして麗華は真也の首を絞めようとするが、真也は突然振り向き、麗華の額に手を翳す、すると、麗華の身体が白い炎に包まれた。


『ギ……!?』


 目の前の光景に驚愕する幽界の主、やがて炎が収まり、麗華は糸の切れた操り人形のように倒れる、その体に纏わりついていた粘液は焼き尽くされたが、体はもちろん服にも焦げ目一つなく、その顔は安らかな顔をしていた。


「……これで終わりか?」


 再び主を睨みつける真也、その体に纏う炎は一層大きくなり、巨大なドラゴンの形となる。


『ギ……ギギ……!!』


 完全に戦意を失った様子の主は、教室を飛び出し逃げ出すが、真也は追いかけ、主をその手で捕らえる。


「終わりだ……!!」


 真也の手に纏う炎は巨大な手となり、幽界の主を包み込む。


竜炎掌葬バーニング・デスト・クロー!!」


『ギ……ギエエエエ―――――!!!!!!』


 幽界の主を握りつぶす炎の手、幽体を焼く白き炎は、幽界の主を跡形も無く焼き尽くした。




「―い、おーい、天宮寺?」


「う……うぅん……」


 麗華の頬を軽く叩きながら呼びかける真也、麗華は眼を覚ました。


「お、気が付いたか。」


「真也くん……?」


 麗華は頭を抑えながら起き上がる。


「大丈夫か?」


「う……うん、私は何ともないけど……」


 麗華は辺りを見回していると、ある変化に気付いた。


(幽界が……消えてる!?)


 そう、旧校舎の幽界が消えているのだ、麗華は突然の変化に戸惑っている様子だ。


「真也くん、一体どうなってるの……幽界の主は……どうなったの?」


「……無事なら何よりだ、さっさとあいつらを探すぞ。」


 麗華は戸惑っている様子で真也に問いかけるが、真也ははぐらかし、男子グループを探しに歩き出す。


「あ、ちょっと待って!!」


 慌てて追う麗華。




「ん?……おーい、いたぞ。」


 真也が別の教室のドアを開けると、そこには気を失っている男子グループ三人の姿があった、麗華も駆け寄って来る。


「あっ……」


「どうした……?」


 何かに気付いた麗華、真也も再び男子グループに目を向ける、よく見ると、男子グループ全員のズボンに大きな染みが出来ていた、それが何によるものかを二人も察したようだ。


「はははっ、ざまあねえぜ。」


 真也は男子グループの様子を笑いながら荷物を漁る。


「あった、これだな。」


 明らかに女の子向けの可愛らしい筆箱を手に取る真也、麗華は男子グループを見つめていると、何かを思いついたように、スマホを取り出す。


「何すんだ?」


「ふふっ、ちょっとね。」


 そう言って笑う麗華の笑顔は、どこか意地が悪そうな感じだった。


「うーん……」


 目を覚ました男子グループ。


「目、覚ましたか。」


「……げっ、真也……」


 真也と目が合う男子グループ。


「いい? あなたたち、ここで見た事は誰にも言っちゃ駄目、あとこんな事は止めて、学校でも良い子にしてなさい。」


「なんだよお前、何様のつも……」


 上から目線の麗華にいら立った様子の男子グループ、しかし、麗華がスマホを見せると、全員が一気に青ざめる。


「この写真、ばら撒かれたくなかったらね。」


 満面の笑顔でスマホを向ける麗華、そのスマホには、ズボンに染みを作って気絶している男子グループの姿が写されていた。




「……ん?」


「あれって……」


 男子グループと別れ、旧校舎を出る真也と麗華、誰かが封鎖されてる校門を乗り越えようとしている事に気付いたので、真也は校門に駆け寄る。


「うーん……うーん……」


「香奈か?」


「!? お兄ちゃ……キャッ!!」


 校門を乗り越えようとしているのは香奈だったが、手を滑らせて落っこちたようだ。


「大丈夫!? 香奈ちゃん。」


「はぁ……よっと。」


 揚羽も一緒だった、真也はため息をつくと、校門を乗り越え飛び降りる。


「イタタタ……」


 落ちた時に打ったのか、お尻を抑える香奈。


「何やってんだお前は、待ってろって言っただろ。」


「お兄ちゃんの馬鹿! 戻るのが遅いから心配になったのよ!」


 呆れたような表情の真也、対して香奈は頬を膨らませて怒る。


「あー、そうか……すまねえな。」


 バツが悪そうな表情で謝る真也。


「ほら、これだろお前の筆箱。」


 揚羽に筆箱を渡す真也、揚羽の表情がパアッと明るくなる。


「……ありがとう。」


 筆箱を受け取りながら明るい笑顔で礼を言う揚羽。


「……さあ、帰ろうぜ、これ以上遅くなると怒られるぞ。」


「うん!」


 照れくさいといった表情で歩き出す真也、香奈も揚羽と手をつないで真也について行く、そんな真也の背中を、麗華はジッと見つめていた。


(真也くん……あなたは一体……)

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