消えた弟

夜海野 零蘭(やみの れいら)

消えた弟

俺の弟が死んだ。

だが、1ミリも悲しくない。


こいつの死んだ理由が、あまりにもごもっともだからだ。



事の発端は…あいつが中学2年で俺が高校2年の頃だった。

それまでは、どこにでもいそうな仲の良い家族だった。


成績優秀でスポーツができ、女子にも人気のある弟が「ミュージシャンになる」と言い出した。

正直、音楽だけは出来ないアイツからそんな言葉が出るのが意外だった。


俺は一応理由を聞いてみた。


幸宏ゆきひろ、ミュージシャンなんてなってどうするんだ?お前音楽はそんなに得意でもないだろ?」


「今以上に女にモテるし、何より有名になれるからだよ。今からギターとか歌とか勉強するし、大丈夫だって。」


その話を聞いていた両親は、心底呆れ果てた。

渋い顔を浮かべながら、父は俺にこう言った。


佳宏よしひろ、どうにかして幸宏を説得しろ」


「なんで俺なんだよ…親父」


「こっちからも『将来性がないから辞めろ』と言ったんだが…あいつはこれから音楽の勉強をすると強く言うから。」


こんな感じで、両親と俺が代る代る弟に説得をしたが、結局は聞く耳を持たれなかった。

幸宏は…弟は汚い野心でバンドマンを目指した。


宣言通り、高校に進学した弟は軽音楽部に入部して、独自に音楽を勉強をしていた。

バンドのボーカルとして、文化祭やイベントでも声高らかに演奏をして、女子からも黄色い声援を浴びていた。


弟はモテるうえにだらしがなく、複数人の彼女がいたのを俺は知っている。

日替わりで違う女を家に連れ込んで、


「愛しているのは○○だけだ」


など薄っぺらい愛の言葉を囁いていた。

弟の彼女たちは、あまりにも多すぎて顔も名前も思い出せない。


「世界一○○が好きだ…他の女なんて芋に見えるよ」


なんて、バカみたいな言葉も聞こてきた。

紛いなりにもバンドマンなら、もっとひねりの聞いた言葉がなかったものか。

まぁ、今の彼女以外と交際経験のない俺が言うのも何だが。


俺が専門学校を卒業して就職する頃に、弟もバンドマンとしてメジャーデビューを果たした。

キャッチーなフレーズで若者の心をつかみ、弟のいるバンドはメキメキと人気になった。


「兄貴、今日のランキング見たか?」


「ああ、見たよ。また新曲が上位だったな。この調子で頑張れよ」


「もちろんだ」


弟のバンドマンとしての実力が本物なら、応援してやろうと思った矢先だった。

確か、メジャーデビューしてから2年ぐらい経った頃だろうか。


芸能ニュースのトップで、弟が滅多刺しにされて死亡したと報じられた。

警察から連絡があり、出向いて遺体を確認したが確かに弟だった。


犯人は、弟の彼女・レイミだった。

弟が何人もの女と同時に付き合っていることに腹を立て、レイミは刃の鋭い肉切り包丁で馬乗りになって指したそうだ。

レイミという女は、実家が飲食店だからそんな凶器を持っていたらしい。


両親は、死んだ弟に涙しながら謝罪した。


「幸宏、あのとき止められなくてごめんね」


「親としてお前にしっかり向き合っていかなかった…申し訳なかった」


だが、俺は血がつながった弟の死を前にしても涙が出なかった。

血が凍っていると言われれば、それまでだろう。


なぜ悲しくなかったのか?

だってこいつ、俺が片思いしていた初恋の女子・エリと付き合っていたんだ。

俺がエリを好きだと知っていたにも関わらず。


エリの件は死んでも許せはしない。

今の恋人はいい娘だが、エリのことは今もどうしても忘れられなかった。



狂っていたのは、結局は俺だよな。


~終~

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消えた弟 夜海野 零蘭(やみの れいら) @yamino_reila1104

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