六十三話 和解と交流と
チーブス王国の姫――シーヤ。
濡れ羽色の美しい髪を持つ美少女。
彼女は王国で有名であった。
それは、その美しさゆえ――
「ば、化け物だ……」
――ではない。
それは彼女の有する魔力ゆえ。
「に、人間の持っていい魔力じゃない」
彼女は物心つく時には、現実に干渉するほどの尋常ではない魔力量を彼女は有していた。
そして、ひとたび彼女の体から解き放たれた魔力は、一切合切を飲み込む。
誰も予測できない、本人すら制御できない理不尽な力。
御守役という名目で彼女の傍に置かれて人間は、一人を除いて、一ヶ月後に同じ顔であったことがなかった。
いつしか、下人の墓場、とも揶揄されるようになった彼女の御守役。
御守役という名の人身御供。
捕虜となったシトラスは、再び欠員がでた彼女の御守役に指名された。
チーブス王国にとっては交戦中の敵国ポトム王国の捕虜の一人。
いてもいなくても問題のない人物。
しかし、周囲の予想に反してシトラスはシーヤと打ち解け、二人は友好を深めた。
自身の持って生まれた力ゆえに疎外され、人に恐れられてきたシーヤにとって、壁を作らないシトラスは甘い蜜のような存在であった。
彼女は初めて知るその甘い蜜に、瞬く間に夢中になった。
そうとは知らず、その甘い蜜を取り上げようとするチーブス王国。
『王都へ帰るまで俺たちが姫殿下の
その任に命じられたのは、王都のエリート中のエリート集団である護国騎士団の二人――ウィップとカスタネア。
二人は北部都市から王都への彼女の護送を命じられていた。
これにシーヤの怒りが爆発。
生まれて初めて彼女の中に生まれた怒りという感情が、彼女に力を制御させていた。
これまでの人生で力を制御できなかったのが、まるで嘘のように無意識で自在にその力を操り、牙を向く。
その牙の矛先は、護国騎士団の二人。
護衛役が護衛対象に襲われるという皮肉の事態。
護国騎士団の最年少、若き天才――ウィップ。
しかし、天才も怪物には届かない。
ウィップは一瞬でシーヤの懐に踏み込んだ。
堂に入った刺突の構えから、自身の魔力で作った雷の刃が繰り出される。
――とったッ!
シーヤの挑発にのったと言えど、ウィップにも良心は残っていた。
彼女の肩口を切って、この場を収める心づもりであった。
滑らかに宙を切り裂く雷刃。
シーヤは迫る刃にも身じろぎ一つしなかった。
その次の瞬間、その場から立ち退いたのはシーヤではなかった。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
距離を取ったウィップの額には脂汗が滲んでいた。
彼の手にしていた雷刃が根元を除いて消失していた。
根元にわずかに残った雷刃が、か細くパチパチと音を立てている。
この一連の攻防に困惑を隠せないカスタネアは、
「な、なにが起きたの?」
シトラスの口から一連の攻防へ感嘆の声が漏れる。
「シーヤすごい……」
強化魔法で身体を強化したウィップが距離を詰め、雷魔法で作った刃でシーヤに肉薄。
刺突で彼女の肩口を狙う。
ウィップの強襲に対して、彼女は身動き一つ取らなかった。
しかし、シトラスの魔力視の魔眼は捉えていた。
彼女の魔力が爆ぜる瞬間を。
シトラスの視界が、夜を思わせる濃紺の魔力に覆われる。
再度シトラスがその目を開いた時には、シーヤの体からは、魔眼を使わずとも見える程の禍々しい魔力が溢れ出していた。
彼女を包む魔力に向かって、ウィップは雷の刃を突き刺す。
突き出した刃は彼女の魔力に触れた先から、彼女の魔力に呑まれていく。
背後のカスタネアから見れば、勝敗は決したと思っただろう。
しかし、現実はその逆であった。
ウィップも
「ハァ……いったい、ハァ、何をした……?」
しかし、ウィップが払ったその代償は大きかった。
立て続けの急制動が体に与える負担は大きく、彼の足は今この時にも激しい痛みに襲われていた。
「それを知ってどうするのじゃ? 今からそちはいなくなるというのに」
「ウィップッ!!」
カスタネアから放たれた人の頭ほどある火球が、シーヤへ飛来する。
今度は彼女の頭へ直撃コースである。
しかし、それも彼女の魔力にぶつかると吞み込まれて消失する。
「そ、そんな……」
持続性がウリの彼女の炎。
しかし、始まらなければ続けることはできない。
チラリと視線を送ると
「……安心せぃ。次はそちじゃ」
そう言うと、シーヤは手をウィップへ翳した。
その手から生み出されるのは先ほどまでの魔法の光線ではなく、闇夜を思わせる濃紺の霧。
その霧が、恐怖を煽るようにジワジワとウィップへと迫る。
ウィップの顔に怯えはないが、その体は刃のない剣の柄を構えるので精一杯であった。
柄から生み出される雷刃も細く、その出力が安定しない。
魔力の霧がウィップを吞み込もうかというとき、二人の間に影が舞い降りた。
影は、舞い降りながら、シーヤが生み出した魔力の霧を切り裂いた。
本体から切り離された魔力の霧は瞬く間に霧散する。
カスタネアの声が弾む。
「団長ッ!!」
その視線の先には、凛々しい髭を蓄えた鼠色の長髪を持つ男。
団長と呼ばれた男は、魔力の霧を断ち切った姿勢からゆっくりとその体を起こす。
「危ないところだったね。僕が近くにいてよかった」
護国騎士団団長はシーヤへと背を向けると、ウィップの下へ歩みる。
「す、すみません師匠。お手数をかけて」
「ウィップ君が無事でよかったよ。もちろんカスタネアちゃんもね!」
歩み寄って来たカスタネアへ、ウィンクと共に彼女の無事をねぎらう。
「……どいつもこいつもわらわの邪魔ばかりをしおって、鬱陶しいのォォォ――」
シーヤの呻くような声と共に、重力に逆い持ち上がる濡れ烏の美しい髪。
渦巻くように舞い上がる魔力。
彼女を中心に地面がめくれ上がる。
団長は真面目な表情を作ると、
「……二人ともこの場は退くよ」
「えッ!? 戦わないんですかッ!?」
「戦うって誰と? ここで姫殿下と戦って何になるのさ。またここで姫殿下が町を狙おうものなら、今度こそ町がなくなっちゃうよ、ってそこの君――へッ?」
団長の気の抜けた声が響いた。
その視線の先、シトラスがシーヤを後ろから抱きしめたのだ。
団長が部下二人に指示を出している中、シトラスはシーヤへ近づき抱きしめると、
「いいこいいこ」
落ち着かせるように声を掛けていた。
嘘のようにスッと消える魔力。
魔力の残滓が空気に溶けると、後には抉られた大地と天幕が残った。
目が点となる騎士団の三人。
乱れた髪を梳かしながら、優しく声を紡ぐ。
「それまでにしよう。これ以上は誰かが死んじゃう」
シーヤの視線は護国騎士団の三人を捉えたまま、
「わらわは死なん。そちも死なせん。死ぬのは奴らじゃ」
シトラスは悲し気な声で、
「それはきっと意味のない死だよ」
と言うと、シーヤは小さく笑い、
「そちはおかしなことを言う……死に意味なんてないのじゃ」
空虚な瞳で護国騎士団の三人を見つめ続ける。
「それでも……ぼくがシーヤに人を殺して欲しくない。それじゃダメ?」
「……ふん。勝手にせい」
彼女はついに、騎士団の三人からその視線を切るのであった。
◇
シーヤと護国騎士団の二人が起こした騒動の後、彼女の王都への移動の話は保留になった。
それどころか、駐屯していた軍隊は王都へ退却するため、シーヤとシトラスは城外での天幕生活から、都市内部に用意されたで生活することが決まった。
片や王国の姫君、片や捕虜とは言え、貴族の子息。
生活力皆無の二人だけで生活できるわけもなく、彼らの生活を手助けする人物が必要であった。
そして、そのシーヤの都市内部の生活の
「――ということで姫様の護衛になったウィップだ」
「私はカスタネア。改めてよろしくね。えっと、シトラス? だっけ?」
護国騎士団の二人が、シーヤの下へと派遣されてきた。
二人とも木っ端貴族の出であり、一通りの炊事洗濯ができた。
また、チーブス王国の姫の警護に護国騎士団という世間体に、二人の年齢がシーヤに近いことから抜擢された人選であった。
もちろん、それだけで王国の最高戦力の一角である護国騎士団を動かす訳もなく、二人は秘密裏の任務も帯びていた。
北部都市内部に用意された屋敷で顔を合わせる四人。
ちなみに、年齢は上から、カスタネア、シトラス、シーヤ、ウィップの順であった。
「うん。よろしくねウィップ、ネア。――やったねシーヤ。お友達が増えてこれから楽しくなるね!」
明らかに不服そうな顔を見せるシーヤとウィップ。
楽しそうな表情を浮かべるシトラスとカスタネア。
わかりやすく分かれた二つの表情。
「シトラスとか言ったな? お前は俺たちの生活を――」
ウィップが傲慢に顎でシトラスをしゃくって見せると、カスタネアが彼の後頭部を勢いよく叩いた。
小気味の良い音が室内に響く。
「なにすんだッ!?」
「団長も言ってたよね? 私たちは介・役、だって。もう団長たちもいないんだから、無暗に喧嘩を売らないの。次に姫様を怒らせたときは、今度こそ逃げるからねッ!」
「ぐぬッ……」
黙っていたら女性が放って置かない端正な容姿であるが、口を開くとコミカルさが隠せない。
シトラスはそんな人物に幼少期から心当たりがあった。
おまけに雷属性という共通点。
「まぁまぁ。ぼくたちは気にしてないから、ね? シーヤ」
シトラスに笑顔で話を振られたシーヤは大きく首を回し、
「…………そうじゃな」
最終的に絞り出したかのような声でそう答えた。
――気にしてる。
――絶対気にしてる。
この時ばかりは、介役として派遣された二人の心はシンクロした。
ただ、シトラスだけが分かっていなかった。
「せっかく町に来たんだし、お昼でも食べに行かない?」
「お前はどこまでも能天気な――」
「いくいくーッ!」
「悪くないの」
ウィップの呆れた声は女性陣の声にかき消された。
カスタネアはぷぷぷと口を抑えて、
「じゃあ、ウィップはお留守番でもしとく?」
小馬鹿にするような視線をウィップへと送った。
彼女の煽りにカチンときた様子であったが、
「ひ、姫様が行くのであればお供させていただきます」
理性を振り絞って同行を願い出た。
「……好きにせい。それと、その堅苦しい言葉遣いはやめい。屋敷にはわらわたち以外おらんのじゃ。そう畏まることもあるまい」
シーヤは二人のことは心底どうでもよかった。
ただ介役として屋敷内外で彼らが侍る以上、彼らの口調で自身の身の上を晒したくはなかった。
目立つ、ということが良いことばかりではないことを、これまでの人生で痛いほどよく知っていた。
シーヤの名前こそ、王国内で広く知れ渡っているが、ごく最近までの人生の大半を軟禁されて過ごしてきたため、その容姿を知る者はひどく限られていた。
「はーーい!」
身を乗り出すように、元気よく手を上げたカスタネアに、
「……わかり……った」
ウィップも渋々といった様子で追従する。
「じゃあ、これから私たちは姫様を姫、って呼ぶね!」
「……好きにせい」
カスタネアがとシーヤのやり取りを見ていたシトラスが、
「ぼくも姫って呼んだ方がいい?」
と小首を傾げてそう尋ねると、
「そちはそのままでよい」
シーヤは食い気味にそう答えるのであった。
◇
城塞都市内部の大衆食堂でお腹を満たした四人は、食後のティータイムと洒落込んでいた。
四人の視線の先では、街の復興作業が行われていた。
ポトム王国からの攻撃、ポトム王国への攻撃。
二度の攻勢を受けて、都市はボロボロであった。
攻防の舞台であった西と南の城壁は特に損傷が激しい。
南の城壁いたっては城壁そのものが広範囲にわたって消失していた。
都市の外延部の住宅も戦火に巻き込まれ、その多くがなくなった。
しかし、人の営みは
シトラスは紅茶の入ったカップを手に持ったまま固まっていた。
その視線の先には、復興作業に勤しむ人々。
ウィップはシトラスの対面で、行儀悪く頬杖をついていた。
巷で天才と言われる彼であるが、行儀作法に関しては疎く及第点にも満たない。
「いまどういう気持ちなんだ? お前?」
そして、その若さゆえか少々デリカシーにも欠けていた。
ウィップの発言に対して、
「――どうにも?」
シトラスは笑っていた。
それを聞いていたシーヤが不快そうに眉を顰める。
カスタネアが話の流れを変えるように声を上げる。
「それよりさッ! これからどうするッ?」
「どうするって? 屋敷に戻って――」
杓子定規なウィップの発言を、ため息を吐いて遮るカスタネアは、
「はぁー、ウィップは魔法以外はほんとにダメダメねー。姫は何かしたいことある? せっかく自由に慣れたんだしオシャレしない? 甘いのものは? 私、兵士のみんなから色々聞いて来たんだー!」
前のめりになってまくし立てるカスタネアに、
「オシャレって、それにご飯は食べたばかりだろう……」
呆れるウィップに彼女はその舌を出すと、
「女の子に甘いものは別腹なの!」
このあたりは流石に女の子であった。
シーヤもカスタネアの熱気と勢いに、紅茶の入ったカップをその小さな口にあてながら、目を可愛らしく丸くする。
「……好きにせ――」
「じゃあ決まりッ! 実はこんなこともあろうかと姫に合いそうなお店、選んでおいたんだー! ほら、みんな行くよッ!」
カスタネアは立ち上がると、隣のシーヤの手を引く。
シーヤは一瞬眉を顰めたものの、握りしめた彼女の手が湿っていることに直ぐに気がついた。
彼女は彼女なりに、シーヤを気遣ったのだろう。
シーヤには今この瞬間にも、カスタネアを一瞬で消し去ることができる力がある。
そんな彼女の手を引くのは、勇気が必要であっただろう。
しかし、それをおくびにも出さず、彼女は手を引いたのだ。
残念ながら、手汗という生理現象までは隠せなかったようであるが。
顰めた眉が柔らかくなる。
自分のために、勇気を振り絞った者の手をどうして振り払えようか。
シーヤは、目の前の少女について少し見直すことにした。
立ち上がった女性陣に、シトラスが笑顔を浮かべて続く。
最期に机に残ったウィップは、慌てて机の上の茶菓子を口に頬張ると、手にした紅茶で流し込んだ。
カスタネアがシーヤの手を引く。
彼女の吐いた言葉は嘘ではなく、シーヤのために事前に店を調べていたようだ。
あちらこちらに引っ張りまわされ、珍しく戸惑うシーヤの表情。
甘味処で手渡された品に目を丸くして舌鼓を打ち、服飾店では着せ替え人形のように、服を着替え、装飾品を試す。
「ねぇねぇ? シトラスはどう思う?」
カスタネアは屈託のない笑顔で、着飾ったシーヤへ意見を求める。
「うん、かわいいよ。さっきの服も良かったと思うけど、今着ている服もステキだよ」
カスタネアは屈託のない笑顔で褒めるシトラスに、
「……ふん」
シーヤはその濡れ烏色の美しい髪を手でねじりながら、その顔を背けた。
その二人を見守るカスタネアは、隣に立つウィップに耳打ちする。
「わかるウィップ? これよアナタに必要なのは。この機会に少しはシトラスを見習ったら?」
ウンウンと一人で完結しているカスタネアに、ウィップは苦い顔を浮かべる。
カスタネアはシーヤの試着を見守っていた店員に声を掛ける。
「あっ、いま彼女が着ている服と、あれとそれ、あとはこれも。全部買います。支払いは彼に」
親指でクイクイっとウィップを指し示す。
「なッ!? おまッ!?」
目を剥いて気色ばむウィップであったが、カスタネアは反対に冷めた表情で、
「姫とシトラスがお金持っているわけないじゃない。ウィップは独り身で彼女もいないんだし、お金余ってるでしょ? これは彼女ができたときのための予行演習よ」
ウィップは持ち前の頭脳を使って、この場の最適解を素早く検索する。
そしてその優秀な頭脳から導き出された答えは、
「……印章で」
懐から自身の印章を取り出すと、店員に手渡した。
引き攣った笑みを浮かべながら。
可愛らしい容姿と愛嬌で、人気が高い小悪魔系女子カスタネア。
しかし、ウィップにとっては、彼女はただの悪魔であった。
護国騎士団内部や、彼女を知る一般兵士たちの間では彼女を熱心に応援する者も多い。
手の届かない存在でありながら、でも、ときおり意味ありげに振り向いてくれる。
彼らはそんな彼女に夢中であった。
護国騎士団の中でも同じ年少組に属し、行動を共にすることが多いウィップはそういう連中に言いたかった。「目を覚ませ」と。
カスタネアと出かけると、毎度言い含められて、ウィップがお金を払うことがほとんどであった。
先ほどの昼食の代金も、すべて彼が支払っていた。
任務中にはウィップの方が上位であるが、こと私生活になると、彼はカスタネアに頭が上がらなかった。
ある意味でバランスが取れている関係性。
その後も、服飾店や雑貨店、果てには青果店を巡り、日が暮れる頃に屋敷へ戻った四人。
カスタネアは満足そうに笑顔を浮かべると、
「いやー。買った買った。ウィップ、シトラス。荷物を持ってくれてありがとうね!」
彼女が振り返った先には、両手いっぱいに荷物を持つウィップとシトラスの姿があった。
どさくさに紛れて、カスタネアは彼女自身の服もウィップに買わせていた。
「私ご飯作ってくるから。シトラス、青果店で買ったもの持ってきてくれる? ウィップはそのほかの買ったものをどこか適当な部屋に片しておいてッ! あっ、姫はこっち」
テキパキと指示するカスタネアとそれに従う三人。
彼女は戦場より、こうした家庭的な方面が向いていた。
シーヤの前に震えていたのが嘘のように、今の彼女は頼りがいがあった。
カスタネアの指示の下、夕食はできあがった。
机に並べられた料理は、シトラスにはあまり馴染みのないものであった。
カスタネアに聞くと、チーブス王国西部の郷土料理ということ。
蒸気と共に部屋に充満する匂いが食欲を掻き立てる。
「じゃあ食べよっか」
人はどうしてお腹が減るのか。
それはよりいっそう料理を美味しく頂くためなのかもしれない。
満足そうにお腹をさするウィップは、
「――あー、食った食った。美味しかったよネア」
カスタネアは嬉しそうに笑みを零すと、
「お粗末様。洗い物は頼んだわよ」
立ち上がったウィップが、机の上を片し始める。
「わかった。シトラス。お前も手伝え」
「うん。わかった」
シーヤの隣に座っていたシトラスが立ち上がる。
シトラスが夕食の後片付けを始めたのを見て、シーヤも釣られて立ち上がろうとするが、
「あ、姫はいいからいいから」
それを対面に座っていたカスタネアに押しとどめられた。
台所の奥に消えた二人の影を見送る。
「役割分担よ。これから一緒に暮らすんだから、みんなで支え合いましょう。今日は私と姫でご飯を作ったから、ウィップとシトラスが後片付け。もし、二人がご飯を作るようなことがあれば、その時は私たちで後片付けしましょう」
微笑みカスタネアに対して、シーヤはばつの悪そうな表情を浮かべると、
「……じゃが、わらわはほんの少しそちを手伝っただけじゃ」
カスタネアはビシッと指を一本顔の前に立てると、
「姫……細かいことはいいのよ」
迫真の表情でそう言い切った。
「そういうものか?」
「そういうものですッ!」
一瞬の間があった後に、顔を見合わせ笑う二人。
この日を通して、二人の距離は随分と近くなっていた。
「ね。姫。明日はどうする?」
「どうするとはなんじゃ」
「何して過ごそっか? 買い物の続きをしてもいいし――」
『――おいおいおい、まだ買うのかッ!?』
台所からウィップの声だけが聞こえてくる。
ついで、シトラスの笑い声も。
カスタネアは目を細めたものの、ウィップは無視することにしたようだ。
「――
皿の割れる甲高い音、そして、ウィップの悲鳴が木霊した。
そして、台所から身を乗り出すようにして
「冒険迷宮ッ!? ぼく行ってみたいッ!」
シトラスがその目を爛々と輝かせるのであった。
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