六十二話 姫の力と騎士団と


 チーブス王国とポトム王国の国境沿い。


 丘の頂上に構えるチーブス王国の自陣に、ジンジャーはいた。

 その周囲には、王都に構えた屋敷で寝食を共にする側近たちの姿もある。


 蜂蜜色の輝く髪をたなびかせ、眼下で繰り広げられている戦争を見守っている


 古株の一人である金髪を短く刈り込んだ強面の男――ジャンが口を開く。

「おめでとうございます閣下」


 視線の先ではチーブス王国の軍勢が、ポトム王国の軍勢を蹴散らしつつあった。


 ポトム王国の北東方面軍を壊滅させたジンジャーは、そのままポトム王国の中央方面の撃退の任に当たっていた。


「おめでたい、ですか……いえ、その通りですが、戦後処理を思うとですね。……何はともあれ、これで王国に入り込んだ兵士どもは一掃できました。王も枕を高くしてお眠りになられることでしょう」


 弛緩した空気の中、

「――閣下」

 ジンジャーの背後に忍びの影。


「おや、どうかしましたか?」

「敵が来る、っぽい」


 報告を受けてピクリと眉を動かすジンジャーは、

「敵、ですか? 変ですね……ポトム王国の中央方面軍は壊滅寸前。別働隊でしょうか。数は?」

「千、っぽい。南から北上してる、っぽい」


 既にこの戦場の趨勢は決していた。


「たった千人? 我々は戦闘部隊だけで一万を優に越えています。それっぽちで一体何をしようと言うのです……?」


 忍びの報告から間もなく、ジンジャーたちの構える陣からも、煙を上げて南から北上する軍勢が肉眼で見えてきた。


 確かに騎馬隊というは脅威である。

 移動速度然り、馬にぶつかるだけでも打ちどころか悪ければ命を落としかねない。


 しかし、十倍の数を覆すだけの力は騎馬にはない。


 その軍勢は、敗走するポトム王国の中央方面軍を追撃するチーブス王国の側面に衝突する。


 そして騎馬隊は、チーブス王国の追撃部隊を蹂躙した。

 高熱のナイフでバターを切るように滑らかに、砂に指で線を引くようにあっさりと。

 

それをどこか他人事のように見るジンジャーは、

「おや、まぁ」

 

 それを目の当たりにしたチーブス陣営では、動揺が広がっていた。


 南から突如現れた騎馬隊は、ポトム王国の中央方面軍を追撃するチーブス王国の前線を一方的に切り裂くと、そのまま北へ抜けていく。


「どうなさいますか閣下?」

「――引きましょう」

 

 即断即決であった。

 悩む素振りもなく、ジンジャーはあっさりと追撃を諦める。


「承知しました」


 ジンジャーの指示を周知するため、ジャンが部下を複数名引き連れ、下がっていった。


 ジャンと入れ替わるようにジンジャーに近づいてきたのは、軍を預かる将官の一人であった。

 何かを喚きたてながら、大股でつかつかとジンジャーへと迫る。


 唾を飛ばしながら迫る高位の軍人は、

「この状況で引くのかッ!? 我が軍の圧倒的優勢じゃないかッ!!」


 熱くなる将官とは反対に、ジンジャーの顔はどこまでも冷ややかなものであった。


「――これは命令です」

「くッ!!」


 しかし、そこは相手も腐っても軍人。

 国王から直々に指揮を委ねられている者に、面と向かって歯向かうほど愚かではなかった。


 軍人が来た時と同様に、大股で去って行くのを見つつ、

「……とは言ったものの、野放しにはできませんね。もし?」

「はッ」 

 ジンジャーの声に反応したのは、ジンジャーが個人的に抱える諜報部隊の長。


「彼らの動向を知らせてください。私も北に向かいます」

 命令に肯定の返事をすると、背後の気配が現れた時と同様にふっと消えた。


 ジンジャーは煙を上げて、小さくなる騎馬隊の行方に思考を巡らせる。


 ――北? 私が壊滅させた北東方面軍に何かあったのかな?



 チーブス王国の捕虜となったシトラスが、チーブス王国の姫――シーヤ・チーブスの御守役として傍に仕え始めてから一ヶ月が経った。

 最初こそ人形のように無気力であった彼女も、シトラスに感化され、すぐに年相応の笑顔をみせるようになった。


 二人はいつも通り、豪華な天幕の中で一日を過ごす。


 この日、シトラスの手には刃物が握られていた。


「ぼくでよかったの?」

 とシトラスが尋ねると、

「そちがよかったのじゃ」

 シーヤが魔力量と同じく成長途中の胸を張る。


 ベッドの上に座っていても、床に届くほどの長さを誇っていた烏色の美しい髪。

 それが今や腰の辺りで切り揃えられていた。


「頭が随分と軽くなったわい」

 ずっしりと重みのある切り落とした毛束を一か所に集める。

 それだけで彼女の頭ほどの大きさがあった。


「これだけの長さがあったらそうなるよ。切った髪はどうするの? 燃やす? シーヤの髪なら、いい魔力の触媒になりそうだけどね」


「触媒、とな? ときどきそちはなることを申すな。――そちは何を知っている? そちには何が見えているのじゃ?」


「うーん。これは秘密なんだけど――」


 シトラスは自身の魔眼について、シーヤに伝える。


 彼の持つ魔眼の名は――魔力視の魔眼。

 文字通り、その瞳には魔力を見通す力がある。


 カーヴェア学園で襲われていた友人を救う際に、頭部に強い衝撃を受け、それをきっかけにその瞳を通じて見える世界が色を持つようになった。


 その瞳が今教えてくれていることは、彼女の髪がとんでもない魔力を保有しているということである。

 そして、高密度の魔力を含んだ素材は、魔法の良い触媒になる。 


 それらのことをシトラスは包み隠さずシーヤに伝える。

「――ということなんだ」


「魔眼、とな……。そちはおもしろいの。しかし、その力を他言するでないぞ? 無論、わらわの目の黒い内はそちに手は出させんが」


 その言葉にシトラスが、ありがとう、と言葉を伝える。

 それに何も言わず、ただ照れ隠すようにその胸を張るのであった。


「失礼します」

 

 天幕の外から掛けられた声に二人は顔を見合わせた。


 女中が来るのは、決まって四度。

 朝餉、昼食、夕餉、湯浴みだけである。


 あとはこちらから声を掛けない限りは、彼女たちが天幕に近づくことはない。

 少なくともこれまでにはなかった。


 朝餉は食べて間もなく、昼餉には早すぎる。


「……入るがよい」


 シトラスを傍に侍らせた状態で、シーヤが入室を許可する。


 おずおずと女中が天幕へと入ってきた。


 警戒するシーヤ。

 彼女の体からは魔力が溢れ出し、重苦しい空気が天幕に立ち込める。


 女中は髪をばっさりと切ったシーヤに驚きつつも、職務を全うするために口を開く。

「ひ、姫殿下に置かれまして、ご、ごご機嫌麗しく――」

「――これが機嫌麗しく見えるのかの?」


 彼女の放つ圧がひときわ強くなる。


 二人の空間を邪魔されて、彼女は不機嫌であった。

 シーヤは自身も知らないうちに、それほどシトラスに心を許していた。


「ひっ!?」


 生まれてから邪険にされ続けてきた彼女の人生で、初めて対等に向かい合って話すことができる人物。

 これまでの御守役と違い、恐れ、媚び、打算のないシトラスのその姿勢は、箱入り娘の閉ざされた心を絆すには十分であった。


 人は悪意には敏感である。


 悪意に囲まれてきた少女にとってシトラスは、恐れないで接してくれる、好意的に接してくれる初めての存在であった。


 彼女にとってシトラスには替えが効かないのだ。

 ただ本人は決して認めないであろうが。


「だめだよ? 怖がらせたら」

「……そちがそう言うなら――それでなんじゃ?」


 天幕が波打つほど、彼女から漏れ出る魔力の波が収まり、ホッと胸を撫で下ろす女中は、

「は、はい。本部隊は王都へ帰還することになりましたので、姫殿下には用意させていただきました馬車へご足労をお願いしたく」


「ひどく急じゃのう……まぁよい。そち行くぞ。お主、わらわの髪を集めて後で届けたもう」


 シーヤはベッドから立ち上がり、シトラスの手を引くと、女中を追い越して、天幕を後にする。


 天幕の外は、のどかな天気。

 風も穏やかで、日差しが気持ちいい。


 天幕から出たシトラスの視界に真っ先に入ったのは、ポトム王国が奪い取り、そして奪い返されたチーブス王国の北部都市セイカの城壁。


 シトラスの滞在していた天幕は、セイカのすぐそばに位置していた。


 二人が出た天幕の外には、二人の年若い男女が待ち構えていた。

 二人とも年のほどはシトラスと同じくらいだろうか。

 しかし、一般の兵士たちとは一線を画す、軍服に纏っている彼らが只人であるわけはないだろう。


 白色が入り混じった黄色の髪を持つ少年が、

「姫様……と御守役の捕虜。まだ生きていたのか……」

 天幕にもたれ掛かりながらそう口を開くと、

「えぇ!? それってすごーいッ!!」

 彼に向かい合うように立っている桃色のボリューミーな髪を持った少女が、桃色の目を丸くしながら、大きく開いた掌で口を隠しながら声を上げた。

 

 それと同時にその少女は、シーヤにも興味を示しているようであった。

 視線がちらちらと彼女へと泳いでいた。


 目の前の少年は、シトラスにどこか幼馴染のミュールを彷彿とさせた。

「……斜に構えている感じかな?」


 シトラスがしげしげと少年兵士を眺めていると、もたれ掛かっていた天幕からその身を離した彼と視線が合う。


 その黄色の瞳が力強く睨めつける。

  

「……なんだ?」

「ううん。何にも」


 二人はシーヤに対して、軽く頭を下げた後にその名を名乗る。

 

「俺は護国騎士団のウィップ。彼女は――」

 ウィップが指で隣の彼女を指差すと、

「同じく護国騎士団のカスタネアだよ。よろしくね姫様」


 護国騎士団。

 それはチーブス王国における国防の要の一つ。

 王国の正規軍とは別の指揮系統で動く精鋭部隊。

 二人は今年度からその精鋭部隊に名を連ねることになった、若き英俊たち。


 シーヤが鼻を鳴らし、

「……護衛か。行きと帰りで随分と扱いが変わるもんじゃな」


 シーヤと軍部には、チーブス北西部に来るまでに何かあったらしい。

 彼女の口ぶりからそう思わずにはいられなかった。


 シーヤの嫌味に、カスタネアは苦笑いを零したが、ウィップは特に気にした様子を見せず、

「王都へ帰るまで俺たちが姫殿下の御守役・・・を務めます」


 与えられた自身の職務を二人に告げた。

 それは言外に二人の関係がこれまでであるということを意味した。

 

 カスタネアは、シトラスに視線を送ると、

「そういうことだから。これまでご苦労さん」

 にこやかに笑う少女の語尾は、音符が付きそうなほど軽快な声音であった。


 二人が護国騎士団へ入団以来、初となる王族絡みの任務。

 気合とやる気は十分であった。


「えーっと……お役御免ってことかな?」

「あぁ。ご苦労様。――今すぐ消えてくれ」


 ウィップがシトラスの前まで歩いてくると、その肩をポンと叩いた。


 ゾッとする声音が二人のすぐ傍から発せられた。

「――お主たちが消えるというのはどうじゃ?」


 シーヤが、ウィップに向けて左手を翳していた。

 その目に光と慈悲はない。


 その声に反応するより早く、ウィップはその場から身を翻した。

「――ッ」 


 ウィップが身を翻したと同時に、彼が立っていた場所を濃紺の光が穿つ。


 抉り取られる大地。

 光の進路の先にあった天幕は、その光の通り道が綺麗に切り取られていた。


「これが一人で都市を落としたと噂のッ!?」

「もー、まーたウィップは余計なこと言ったんじゃないのーッ!?」


「だまれっ! いいから抑えるぞッ!」

「はいはい。姫様も痛い思いしたくなかったら抵抗しないでね――<火球ファイアーボール><火球>、おまけに<火球>」


 カスタネアは踊るような仕草で、火球を素早く三つシーヤの左右前後に着弾させる。


 シーヤの隣に立っていたシトラスが転がるようにそれを回避したが、二人の間に着弾したそれが炎の壁となって二人の間に立ち塞がる。

「シーヤッ!?」


 着弾した炎は、不自然なほどに燃え上がる。

「私の火遊びはちょっぴり危険。私の炎は放っておくとメラメラと燃え上がる。そんじょそこらとは火力が違うの。火傷じゃすまないわよ?」


 カスタネアの言うとおり、彼女の火球には普通の火球にはない燃焼効果を持っていた。

 それが瞬く間に大地を舐め上げる。

 火球同士が繋がり、シーヤは身の丈ほどの火に囲まれた。


 火柱の揺らめきの狭間にチラチラと見える彼女の横顔。


「……ちょうどよかった。そちはそこにおれ。わらわのことは心配無用じゃ。そちは決して動くでないぞ?」


 シーヤは瞬く間に火に囲まれた。

 そこへウィップが駆け寄る。


 シトラスは、シーヤへ駆けよるウィップに視線を移すと、

「なにあれ?」

 困惑の声を上げた。


 シトラスの視線の先、ウィップの手には刃のない柄だけの剣が握られていた。

 それはもはや、剣と呼称していいのかもわからない。

 その剣には、柄と鍔はある。しかし、剣の本体とも言うべき剣身が存在しなかった


 ウィップは柄と鍔だけの剣を振り上げる。


 そして次の瞬間、

「<雷光剣サンダーセイバー>」


 バチバチという空気を切り裂くけたたましい音と共に、鍔から眩い光が生み出された。

 それは一瞬で剣の形を取ると、炎の壁を横薙ぎに切り捨てた。


 それを見ていたカスタネアが口に手を当て、

「あーッ!!」

 その顔に非難の表情を浮かべた。


「……威力は加減した。痺れて動けないだろうが命までは取っていない」

「なら良かったッ!」

 ウィップの言葉にカスタネアはコロッとその表情を変える。


「いつ見ても変だよね。ウィップの剣。……剣って言っていいのかな? やっぱりお師匠様の影響?」

 からかうようなカスタネアの口調に、ウィップは顔を背けてただその鼻を鳴らし、

「……ふん。それより、姫様がお前の火で焼死する前に助け出すぞ。こういう時はお前の魔法は少し不便だな」

「文句を言わないのッ! 私の炎は持続性がウリなんだからッ!」


 軽口を叩き合う二人。


 そこに地を這うような声がする。

「――いいのか? 殺す気でこなくて?」


 その声に反応して、

「馬鹿なッ!?」

 ウィップは慌てて振り返った。


 カスタネアの頬にも雫が伝う。

「もう、手加減し過ぎたんじゃない?」


 持続性をウリにする彼女の炎の壁が霧散する。

「そちがそうであっても――」


 その先に立っていたのは、


 ――わらわはそちらを殺すぞ?


 どこまでも目が据わっている濡れ羽色の髪の美少女。

 その瞳に光はなく、彼女から漏れ出す魔力で大地が啼いていた。


 ごくりと唾を呑んだのは、ウィップかカスタネアか。


 これだけの騒ぎ。

 王都への移動の準備に忙しいとはいえ、周囲の兵士が気がつかないわけもなく、

「何の騒ぎだッ!」

「あの二人が着ているのは護国騎士団の軍服? それにあれは……姫様ッ!?」

 騒ぎを聞きつけて、次々と集まってくる兵士たち。


 ウィップとカスタネアの二人、そして、彼らと対峙するシーヤに気づいた者から驚きの表情を浮かべる兵士たち。


 懐から通信用の小型の魔法具を取り出す。

「ちっ。本部本部。こちら護国騎士団のウィップ。姫様に暴走の兆し在り。至急応援をッ!!」

『こちら本部。姫殿下の暴走を受理。応援を派遣します』

「くそっ、今すぐこの場からできるだけ離れろッ!! 姫様が暴走したッ!!」


 その言葉だけで、我先にと蜘蛛の子を散らすように無秩序に逃げ惑う兵士たち。

 彼らはこの戦争を通して、嫌というほど思い知らされていた。

 彼女の力を。その破壊を。


 逃げ惑う兵士たちの壁となるように、シーヤと対峙する二人だが、

「ウィップッ! 私も逃げていいッ!?」

 カスタネアは既に及び腰であった。


 ウィップの罵声が飛ぶ。

「あほかッ!? 応援がくるまで足止めするぞ」


 目に涙を湛えたカスタネアは、

「じゃあ、いますぐ私と結婚してッ! 私、結婚するまで死にたくないッ!」

「俺にも選ぶ権利はあるッ!」

「なにそれッ!? 年下の癖にッ!?」

「俺の方が階級は上だッ!」


 ギャーギャーと言い争いを始める二人。

 シトラスはポカンとした表情を浮かべた後に、くすりと笑みを零した。


 ――嫌いじゃないな。


「シね」


 闇夜のような濃紺の光線が二人を襲う。

 その光の通り道には何も残らない。


 二人を絶え間なく襲う光の束。


 シーヤの掌から放たれる光を転がりながら回避したウィップは、

「このッ! 味方の陣営で暴れるなよッ! <雷掌サンダーショック>」

 

 シトラスの幼馴染であるミュールも好んで使った雷属性の攻撃。

 練られた魔力が雷となって、手のひらから勢いよく放出される。


 しかし、

「効いてないよー!! あーん、ウィップの役立たずーー!!」

 カスタネアの泣き言が響く。


 ウィップから放たれた雷も、シーヤが放つ魔法の光に正面からぶつかると、瞬く間に飲み込まれた。


「くそッ、本気でやれれば――!!」


 ピタリとシーヤの攻撃の手が止む。


「はぁはぁ、姫様の気が変わってくれた……?」

 息も絶え絶えなカスタネアは、膝に手をついて息をしていた。


 ウィップも彼女ほどではないが、息が上がっていた。

 油断なくシーヤを見つめながら、一つ大きな息を入れた。


 そんなウィップをせせら笑ったシーヤは、

「本気でやればなんじゃ? ――ほれ。そちの本気とやらを打ち込んでみよ?」

 首を傾けてみせると、手をトントンと傾けた自身の首にあてる。


 見え透いた挑発であった。


「……まさかとは思うけどウィップ。そんな挑発には、乗らないわよね?」


 ギギギと恐る恐る首を動かしたカスタネアの視線の先、

「調子に乗るなよッ」


 ウィップは歯ぎしりを立てた。

 柄のない剣を握りしめて、腰を落とし刺突の構えを取る。


 チーブス王国のエリート集団、護国騎士団に所属するウィップ。

 神童とも言われ、同年代、いや同世代でも抜きん出たその力は、昨年度末から続くチーブス王国とポトム王国の戦争でも遺憾なく発揮され、彼を最年少での騎士団への入団へと押し上げた。


 そして、その実力と実績に伴って、誇りもそれ相応に高かった。

 他人を見下すことはあっても、見下されたことなど今まで一度もなかった。

 初めて経験するその感覚は、彼の理性を凌駕した。


 <真雷光剣ネオ・サンダーセイバー


 それは先ほどの刃よりも大きく、目も眩むほどまばゆい刃。

 加えて、地面を抉る脚力から生み出される推進力。


 シトラスの目からは、ウィップの姿がぶれて見えた。

 その次の瞬間にはシーヤの眼前に肉薄していた。


 シトラスがそれに気がついたとき、既に雷の刃が彼女の身を穿とうと動き出していた。


「――そちは一つ勘違いしておるの」


 シトラスの神経という神経が逆立つ。

 一瞬で体を駆け巡った言いようのない悪寒。不安。


 ――本気を出せば、わらわに届くなどと。


 次の瞬間、シトラスの視界は夜に塗りつぶされた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る