五十八話 分隊と宝玉と


 ポトム王国北東方面軍の兵站確保のために、近隣のとある村の一つに派遣されたシトラスたち駐屯部隊。


 統治とは名ばかりで、シトラスたちの所属する駐屯部隊は村人に対して圧政を強いていた。

 日に日に魔力が弱まる村人。


 シトラスは意を決して、駐屯部隊の上官たちにこれを直訴。


 その過程で、圧政の元凶となっていたアーゼー・クレモ中尉と衝突することとなった。

 

 吐き出した水蒸気を自在に操るアーゼーに、ミュールだけならず、メアリーまでもが苦汁を舐めることになった。

 シトラスもあわやというところであったが、アーゼーに奴隷のように扱われていた子供の一人の機転で、アーゼーを打ち倒すことに成功。


 上官に刃を向ける行為は重罪であるが、諸々の幸運と他ならぬアーゼーの保身により、シトラスは軽微な懲罰で済むことになった。

 しかし、この騒動により、アーゼーが自身の分隊を連れて、早々に村を脱出したため、駐屯部隊の兵力が半減。


 シトラスは残された分隊の長であり、駐屯部隊の指揮官でもある大尉を説得。

 村はシトラスの主導の下、融和策に急転換。

 訝しむ村人、不満を抱く駐屯部隊の兵士をものともせず、シトラスは自身の思い描く最善へと突き進む。




 ――と、思った矢先。




 村の中心部にある一番大きな家。元は村長の家で、今は駐屯部隊の大尉の寝床となっている。

 駐屯部隊の部隊会議を行う場でもあり、駐屯部隊の現場方針がこの場で決定される。


 机を叩いた大きな音が部屋に木霊した。


 驚きで声を荒げるのはシトラス。

「村から退却する!?」

 

 駐屯部隊長である大尉が口を開く。

「クレモ中尉が分隊を率いて村を離脱してから一ヶ月。ロックアイス候補生。君が良く働いてくれているのは我々もよく知るところである。だが、これまでだ。補充部隊が送られておらず、これ以上の駐屯は無意味と判断した。既に本部からは承諾も頂いている」


 とうぜん納得のできないシトラスは喰い下がる。

「ちょっと待って下さいッ! この状況で村を放棄するのですかッ!? 資源を奪うだけ奪ってッ!? もう少しだけ頑張りましょうよッ! やっとこれからっていうところじゃないですかッ!?」 


 その熱意にばつが悪そうに視線を逸らし、

「……候補生たちが、残りたいのであれば止めはしない。その場合はロックアイス候補生。君を駐屯部隊の隊長の名代として残れるようにしよう。それが最大限の譲歩だ」


 ここに駐屯部隊の撤退が決定された。



 駐屯部隊の会議を終え、旧村長宅からの帰り道。


 一難去ってまた一難。

 二人は会議の結果に頭を悩ませていた。

 

「どうしようか……。志願する人がいれば、引き留めて良いって言う言質はなんとかとったけど……」


 駐屯部隊の撤退を告げられてもシトラスは喰い下がった。

 何とか譲歩案をもぎ取ることに成功したが、

「そんな奴ら、俺ら以外にいねーだろ。農業やっているときのアイツらの顔知ってるだろ。親の仇が土の下にでも眠ってるのかってくらい、いつも忌々しそうな顔してるぜ」 


「なにもこれから、って時に……」

「どうする? 大尉の話によると準備が整い次第、残っている三分隊も村を出ていくみたいだって言ったよな。時間はないぞ」


「わかっているよ。大尉の率いる一班の説得は無駄だし、三班は村もぼくたちのことも好きじゃないみたいだから、望みがあるとすれば四班かな」


 名前の挙がらなかった二班は既に先だって村を脱していたアーゼーの部隊である。


「確かに四班は領民上がりの下級臣民で構成されているからな。部隊の方針転換にもかなり協力的だったな。早速行ってみよう」


 その足で訪れたのは、第四班の分隊長が寝泊まりをする家。


 押しかけるように訪れた二人は、居間で机を挟んで分隊長とその副官と対峙していた。


 シトラスが、正面に腰かけている分隊長に、

「――ということなんですが、協力をお願いできませんか?」

 状況を説明した上で、第四班に協力を仰ぐが、

「……協力したい気持ちは山々なんですが、部隊の仲間をみすみす危険に晒すことはできません。四分隊のうち、クレモ中尉率いる二班が先立って撤退し、今度は大尉の率いる一班と、そして三班までも撤退することが決まっています。私たちだけ残っても何もできないでしょう。むしろ、敵の目を引きかねません」

 すかさずミュールが、

「じゃあ、あなた達もこの村の人々を見殺しにしたいんですね」

 棘のある言葉を使うと、分隊長は慌てて、

「そ、そうは言っていません……」

 目の前で手を振って、それを否定した。


 軍の階級上は上でも、貴族社会では上級臣民であるシトラスはもとより、同じ下級臣民であるミュールよりも分隊長たちの王国内での立場は低い。


 軍属に所属すると、下級臣民の地位が付与されるが、それはあくまで暫定的なものであり、軍役を全うすることで正式に下級臣民となる。

 四班に所属する者は分隊長含めて、領民あがりであり、それゆえ、何か問題を起こそうものなら、その地位は吹き飛ぶほどに軽い。


 交渉のテーブルは、シトラスたちに有利な状況から始まった。


 ミュールが言葉を畳みかける。

「同じことでは? 分隊長のあなたなら村の状況はよくご存じなはず。備蓄をあらかた奪い取り、残った食料のその多くも我々で消費した。若い男手もないこの村が春の収穫まで耐えられると? 俺たちより、領民出身のあなた方の方がよくわかっているはずです」


 ミュールの指摘の通り、このままでは村がこの冬を越えられないことは、他の分隊より四班の隊員がよくわかっていた。

 それは隊長も例外ではない。


「そ、それはそうですが……し、しかし、この状況で部下たちに何と言えと? この村が飢えているから、一緒に飢えてくれとでも言わせる気ですか? 私も含めて部隊のみんなは下級臣民を夢見て各地から集まり、やっとの思いでこの国で人として生きる権利を勝ち取ったのです! 我々のような領民あがりの下級臣民は、十年の軍務を全うして初めて家族にも、その権利が与えられるのです! ここで死ねば、帰りを待つ家族が王都で生きる資格を失います。もうその日の生活にも困る生活には戻りたくありません。戻らせたくありませんッ!」


 分隊長の横で力強く拳を握りしめる副官。

 彼もまた苦汁を舐めてきた。

 彼らにとって、下級臣民という地位を失う危険を冒す訳にはいかなかった。


 そこに、ミュールが甘い蜜を一滴足らす。

「……じゃあ、その生活を保障できる、と言ったらどうでしょう?」


「な、なにを……」

「分隊長ならご存じかも知れませんが、こいつの姉はベルガモット・ロックアイス。国王陛下の覚えめでたい傑物です。彼女はこのシトラスを目が痛くないほどに可愛いがっています。よろしければ、一筆書きましょう。何かあった際には、家族一同の面倒を見ると」

 

 息を呑む分隊長。

 視線を動かして、必死に最善の答えを考える。


 ミュールは内心でほくそ笑む。

 ――勝った、と。


 しかし、次に口を開いたのは、分隊長でもミュールでもなかった。

 大きく深呼吸を一つ置いて口を開いたのは、これまで沈黙を貫いていた分隊長の副官であった。


 分隊長の隣に座る副官は、ミュールをまっすぐに見つめ、

「お待ちください……一つです。これから尋ねる一つのことを証明できれば、条件を呑みましょう」


 副官の言葉に、隣に座る分隊長が驚きの視線を送る。

 しかし、驚きの声こそ漏らしたものの、そこに信頼関係があるのか、その副官の言葉に異を唱えることはしなかった。


 ミュールが視線に頷きを返し、先を促す。

 その内心では既にこの交渉に勝った気であった。


 次の副官の言葉を聞くまでは。


「今あなたが言ったことがすべて事実である証明です」


 今度はミュールが息を呑む番であった。

「そ、それは……」


 ミュールの隣でごそごそと動くシトラス。

 椅子に座りながら、自身の着ている軍服をまさぐり始めた。


 シトラスを少し気に留めたものの、再びミュールを見据え、

「どこまでが事実でしょうか? 単に同姓かもしれませんよね? 王の覚えがめでたいとは? きちんといい意味ででしょうか? あいにく、私どもの耳には東にロックアイスという凄い若者がいるという話しか届いておりません。それでは、仮に弟であったとして、目に入れても痛くないというなら、どうしてその愛する弟をこんな最前線に?」


 しどろもどろになるミュール。

「それは、心配させないように、黙って来たから……」


 狼狽えるミュールの隣で、シトラスがマントを脱ぎ始めた。


 声に覇気がなくなったミュールに対して、

「その話をどうやって信じろと?」

 今度は副官が、ミュールの笑う番であった。浅慮であると。

 

「それはッ! それは、分隊長はご存じないですか? それなら大尉にでもッ!」

 ミュールが縋るように部隊長に尋ねるが、部隊長が首を振るのを見ると立ち上がって声を荒げる。


 しかし、熱くなったミュールとは対照的に、

「それは証明になりえません。大尉が騙されていない証拠は? 少なくともロックアイス候補生が上級臣民の地位にいるということは間違いなさそうなので、権力を笠に着て言わせている可能性もありますよね?」

 副官は淡々と言葉を紡いだ。


 ミュールは勢いよく胸に手を当て、

「俺たちはそんなことはしないッ!」

 啖呵を切ったが、


「――それをどうやって信じろと?」


「そ、それは……」

 副官の目が細められる。

「駐屯部隊で最弱の分隊である四班、領民上がりの四班。それなら情と権力をちらつかせれば従えられると……あなた、私たちを舐めてませんか?」


 その心の内を見透かすように。 


「そ、そんなことは……」

「証拠がない以上、話はここで終わりです。我々も他の分隊に合わせて撤退します。隊長もよろしいですね?」

「えっ? あ、あぁ、うん。あ、ありがとう……」


 ミュールは唇を噛み締めうつむく。

 目の前の現実おとなは甘くはない。


 ミュールが交渉の失敗を悟り、その肩を落とした時であった。


「――あった!」

 無邪気な声が交渉の席に響いた。


「なんですか? 交渉は終わり……で、す……」

 これまで主導権を握って話を進めてきた副官が、その目と口をあんぐりと開いた。


「これ、証拠にならない?」


 シトラスが差し出したのは、緑色透明に輝く宝玉ペリドットの埋め込まれたオーブの装飾品。


 ほのかに光を放つそれは、芸術に疎い素人も息を呑む逸品であった。

 ネックレスチェーンから装飾品にいたるまでそのすべてが、ほのかに輝いていた。

 普通の金属の輝きとも、黄金の輝きとも違うどこか温かさを感じさせる輝き。


 差し出されたそれを、震える手で受け取る副官。

 改めて確認すると、その裏には確かに『ベルガモット・ロックアイス』の名前が、王家の紋章と共に刻印されていた。


 部隊長たちは知らないことであったが、このネックレスは、ベルガモットの魔闘会の偉業に対する褒美として、国王から彼女に与えられた一級品である。

 王都であっても、それ一つで家が建つ。平均的な下級臣民の家庭であれば、それを売ったお金で、一生働かずに苦も無く人生を終えられる程の価値がある。


 放心状態の副官が握る宝玉を、隣から覗き込んだ分隊長は、

「私は魔法金属を見るのは初めてだが、なんて綺麗なんだ……。それに名前と王家の刻印。確かに縁者でなければ、相当近しい者でなければ説明がつかない……」

 ほぅ、と息を漏らした。


 にっこりと微笑んだシトラス

「良かった。これで信じてくれた?」


 百聞は一見に如かず。

 正面に座る二人は、ただその首を縦に動かすことしかできなかった。



 シトラスのあてがわれた二階建ての家。

 一階の食卓で机を囲んでいるのはシトラスとミュール。

 メアリーとブルーは、村の周囲の哨戒任務についており不在であった。


 腕を枕にして机にもたれ掛かるミュールは、

「なんとか一分隊確保できたな……。それにしても、人質の解放、労働力の提供、配給の増量、徴収した資源の一部還元……シトが上官を説得してこれだけしたって言うのに、肝心の村人にも全然感謝されねーってのもちょっと悲しいな」


 正面に座るシトラスが苦笑いを零し、

「まぁ、そう言わないで。そもそもぼくたちが来なければ、この村にはその必要もなかったんだから」

「それはそうなんだけど……なんだかなー」

 ミュールは上体を起こすと、今度は椅子を傾けて天井を見上げた。


「それより収穫量は上げられそう?」

 心配そうに尋ねるシトラスに、

「その点は大丈夫だろう。祭司の爺さんのお墨付きだ。なんせ俺たち駐屯部隊が魔法まで使っていたからな。そうでないと困る。ただ、そのおかげで部隊の連中の不満がタラタラだったけどな」

 おかげでみんな逃げて来週からは地獄だぞ、とおどけてみせる。


「それは良かった。じゃあなんとかこの冬を乗り切れば、だね」


 魔法がまともに使えない村人たちの作業を、この一ヶ月は駐屯部隊が魔法を使って支援しているのだ。効率が違う。

 

 その中で、シトラスは誰よりも村人と一緒になって働いた。


 譲り受けた指揮権を存分に活かし、駐屯部隊を使って農地を耕し、水を引き、村の柵を直した。

 誰よりも一生懸命に働いた。


 一部の駐屯部隊の仲間に『売国奴』や『裏切者』など陰口を叩かれるが意にも留めなかった。

 それがメアリーの耳に入ろうものなら、その悉くが翌日の作業に支障が出ない程度にボコボコにされた。

 今ではシトラスに恨めし気に視線を送るぐらいであった。

 ちなみに、その容姿ゆえか、関係性ゆえか。メアリーにその矛先が向かうことはなかった。


 この村に派遣された部隊の長である大尉が許可を出した手前、表立って異を唱える者はなく。かといって、裏で何か企てようものならミュールとメアリー、そしてブルーが黙っていない。


 村人たちは、シトラスが引き起こした駐屯部隊のいざこざの内情を知らない。

 ある日を境に、自分たちを苦しめる兵士の数が半減したかと思うと、環境が劇的に変化した。


 しかし、その関係性まで変化するわけではない。


 魔法を使って農業に従事する駐屯部隊と村人。

 接点はあれど、言葉を交わすことはない。

 ただ一方的に命令を下すのみ。

 シトラスだけが、好んで村人と口を開いた。


 駐屯部隊から見れば、敵国の人間と好んで関り、雑事を進んで行う変わり者。

 村人から見れば、敵国の人間なのに好んで関わってくる駐屯部隊の変わり者。


「だが、このままだと資源を回収する前に、先に投資する資源が底をつきそうだ。どうする? わかっていると思うけど、本隊からの支援は望めないぞ」

「ほんとどうしようか。どこかで売ってないかな?」

 頬杖をついて思案するシトラスにミュールは、

「商人に言えば売ってくれるだろうけど……俺たちにはそのための金がないだろ。仮にあっても、このあたりじゃ、ポトム王国の通貨は使えないぞ。チーブス王国のモノでないと」


 頭を抱えて悩む二人。


 しばらく唸っていった二人であったが、

「……あ」

 シトラスが顔を上げた。


「なんだシト? 何か思いついたのか?」

「うん。これ」

 そう言って軍服の内側、首にかけているをネックレスチェーンを軍服の外側に引っ張り出すと、続けてその紐が繋ぐ装飾品が再び日の目を浴びる。


「これ、売れないかな?」


 シトラスが懐から取り出したのは、第四班との交渉でも使った、姉であるベルガモットに貰った希少金属でできたネックレスであった。

 緑色透明に輝く宝玉ペリドットの埋め込まれたオーブの装飾品が、室内の明かりを受けて鈍く光る。


 顎に手をあててミュールは、

「魔法金属の装飾品か……。そいつはいい案だな。魔法金属はどこの国でも貴重って聞く。でもいいのか?」


 どこでも売れるというのは、それほどにまで価値があるということだ。

 そして、この宝玉は、それが例え上級臣民の立場であっても、おいそれと手にすることのできない逸品である。


「うん。姉上には今度会ったときに謝っておくよ。姉上もわかってくれるよ」

 笑顔のシトラスに、ミュールは軽く肩を竦め、

「シトがいいなら、俺は何も言わない。……王都か。後はどうやって、商人に渡りをつけるか、か」

 ミュールが眉根を寄せる。


「ぼくたちが王都に行くのは――?」

「――論外だな。俺たちはこの村から動けない。」

 間髪入れず、シトラスの案を切って捨てる。


 戦時中である。

 仮にシトラスたちが村から動けたとしても、王都まで辿り着けたとしても、王都で殺されるのが関の山である。

 運よく見つからなかったとしても、取引をする商人が、間違いなくシトラスを憲兵に売り飛ばすであろう。

 そうすれば、彼らは金を払わず魔法金属だけ手に入れることができるのだから。


 再び二人が頭を悩ませていると、階段を降りてくる足音が家に響く。


 二人が見上げた先には、

「――お困りですか」

 眼鏡をかけた一人の老人が、階段の手すりをつたって降りてくるところであった。


「祭司さま。体は大丈夫ですか?」

 二人は立ち上がって、ミュールが祭司と呼んだ老人に向き直る。

 そのままシトラスは祭司の下まで歩み寄ると、その手をとって階段を降りるのを手助けする。


「ありがとうございます。おかげさまでなんとか……。それで何かお困りでしょうか? 命を救って貰った身です。もし私で力になれることがあれば何なりと申しつけて下さい」


 アーゼーが村の締め付けを強めた際に、人目をはばからず真っ向から意見を述べたのが、この祭司であった。

 祭司の肩をもつシトラスの静止も空しく、アーゼーにより公衆の面前で鞭打ちの刑を被ることになった祭司は、それゆえ瀕死の重体に陥った。

 そんな彼をシトラスは、あてがわれた自身の家に運び込み、仲間と交代で看病にあたったのだ。

 その甲斐あって、祭司は一命を取り留め、今では起き上がれるほどに回復していた。 


「ねぇ、祭司さまは商人と取引したことある?」

 シトラスの唐突な問いに、

「? 文字の読み書きができる者はこの村では私ぐらいですので、私が担当していました。それが何か?」

 キョトンとした表情で祭司は答えた。


「あとは、祭司さまは馬に乗れるかだが。まぁ、乗れなくても乗ってもらうけど」

 言葉の後半は呟くように言うミュールであったが、

「乗馬ですか? 嗜む程度ですが……」

 ますます怪訝な表情を浮かべながらも、司祭は律儀に答えた。


 それを聞いてミュールとシトラスは笑顔で顔を見合わせる。

「おいシト、決まりだ」

「決まりだね。道中の警護についてはぼくにいい案があるんだ」


 司祭は何の話だと言わんばかりに、いよいよその首を傾げるのであった。






 その翌日。

 村を後にする一人と一頭の姿があった。


 遠目にも立派な体躯を誇る黒馬。

 鞍に跨る祭司がまるで子供のようである。

 鞍上ではなく、馬が何度も村の方角を振り返りながら、渋々その歩を進めていた。次第に小さくなるその姿。


 耳と鼻の頭を赤くして、一人と一頭を見送る二人。


「……まさか。ウオックを祭司さまに貸すなんて……」


 目を丸くするミュールの隣で胸を張るシトラスは、

「ウオックがいれば、道中の警護はいらないからね」


「そりゃいらないだろ。誰も追いつけないんだから……」

 半笑いでため息を吐くミュール。


 白い吐息が空気に溶けていく。


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