四十四話 予兆とクエストと
カーヴェア学園寮の談話室。
暖炉にくべられた薪。
その内部の空気が膨張して、乾いた破裂音を響かせた。
授業後の
シトラスは、ミュール、メアリーと、談話室に設置された暖炉の傍の椅子に腰かけていた。
暖を取りながら、明日から始まる魔法協会のクエストの話に花を咲かせる三人。
そこへちょうどレスタが寮へと帰ってきた。
耳とその鼻柱を赤く染めた彼は、
「おーいシト。返事が届いたぞー」
大きく手を振って、シトラスたちの輪に歩み寄った。
その手の中には、丸めた手紙が握られていた。
歩み寄ってきたレスタから、シトラスは嬉しそうにそれを受け取ると、早速紐を解いて広げてみせる。
ちなみに、軍役中の者から出される手紙には、すべて検閲が入るため封蝋はない。
手紙をシトラスへ手渡したレスタは「さむさむ」と言いながら、手を擦り合わせると、そのまま自室へと続く通路に姿を消した。
シトラスは広げた手紙に目を落とす。
『拝啓 シトラス さま。
あたしは元気です。シトも元気そうでよかった。
まず、返事が遅くなってごめん。
あたしも手紙を書くのにまだ慣れてないから、変なこところがあるかもしれません。
恥ずかしいけど、職場で文字が読み書きできる先輩に、内容を見て貰っているからそんなに変なとこはないと思うけど。
あたしは、今は王城に警邏に配置されている。城内や王城周辺に異常がないか確認するのが仕事だ。体を動かすのが好きだから性にはあってるけど、退屈だぜ。王城近辺の森林の哨戒任務が、唯一の癒しになっているぐらいだ。
何事もなければ、当分はこっちにいるから、次の学園の夏季休暇は王城で会えるかもしれない。
ただ最近、東の隣国のチーブス王国が、かなりきな臭い動きを見せているらしくて、国境は油断できない状況が続いているらしい。思い過ごしだといいんだが……。
状況次第では、東の国境に配置換えになるかもしれない。そうなったらシトの故郷はあたしが守ってやるよ。
あたしの近況はそんなところだ。
それより、シトは相変わらず、無茶苦茶やっているようだな。
あたしが手紙を読んだとき、驚いて思わず口に含んでいた水を、吹き零してしまったよ。
でも、イストを抜けたと聞いて、シトらしいな、って。
シトの作った勇者部については、あたしも一緒に活動してみたかったな。
ヴェレイラとハロルシアンについては、もちろん知っているぜ。
ハロルシアンとあたしは、同じ時期にセントラル魔法俱楽部にいたから。
しかし、ヴェレイラはともかく、ハロルシアンまで参加しているのには驚いた。
彼女についてあたしから言えることは、彼女をかなりの曲者だということ。
これ以上書くと、この手紙がたぶん検閲で引っかかってしまうと思うから、書けない。でも、シトがシトらしくしていれば大丈夫。
手紙だから言えるけど、シトの温かさに少なくともあたしは救われたから。
話は変わって、認識票は絶対なくしてはダメだからな。
シトはおっちょこちょいなところがあるから、ちょっと心配だ。
シトも知ってのとおり、あたしは、あたしたち亜人は、対抗魔戦と魔闘会に参加できないから、そうやって輝石の魔力を稼ぐしかなかった。
あたしたちと違って選択肢のあるシトには、できれば比較的安全な採集系で満足して欲しいな、と思う反面、シトのことだから、きっと討伐系にも挑戦していると思う。
あたしから言えることは、どうか欲をかかないで。
採集系でも討伐系でも、欲をかいた者から死ぬところを、何回も何回も見てきた。
命があれば、何度だってやり直せる。死ぬこと以外はかすり傷。
あと、七席がすごいかって? それはもうめちゃくちゃすごい。
王国中の金の卵の頂点だからな。
その一つ下の橙色ですら現場では好待遇だ。
この手紙が届く頃には、学園では対抗魔戦の時期だと思う。
クエストは、魔法協会の支部が、所属の冒険者たちに大々的に斡旋する依頼の総称。
拍子抜けするぐらい簡単なクエストもあれば、めちゃくちゃヤバイクエストもある。
ただ、一つ言えるのが、それが討伐系の類なら碌なことにはならないということ。
シトの受けるクエストが採集系か討伐系かわからないけど、討伐系なら絶対ハロルシアンと一緒に行動しろよ。
歴史のある魔法協会で討伐実績のない魔物なんて、ヤバイ確率の方が高いに決まっているから。
詳細は機密で言えないけど、思ったより早く会えるかもしれないぜ?
その時に、クエストの話は聞かせてもらう。だから、無事に帰って来いよ!
友人のライラより
追伸
ライラはこの手紙を書くのに三日もかかりました。
普段は仏頂面の(というかそもそもお顔は見えませんが……)彼女が、任務の休憩時間にコツコツと筆を進める姿は、とても可愛らしかったです。
ライラの先輩より』
手紙を読み終える頃には、ニコニコとした表情を浮かぶ。
最後に小さく書かれた文字の内容は、見る者の心をほっこりさせた。
シトラスの後ろから覗き込むようにして彼と同じく、ミュールが文字を目で追う。
メアリーは興味無さそうに、横に座るシトラスにもたれて身を預けていた。
最初に口を開いたのはミュールであった。
「死ぬこと以外かすり傷、か。いい言葉だな。……にしても、欲をかくな、か。耳が痛いぜ。どうする? クエストは止めとくか?」
茶化すように尋ねるミュールに対して、シトラスは、
「まさか」
その肩を竦めてみせた。
「――でも、討伐系のクエストはヤバイ、か。これはちょっと気に留めておいた方が良さそうだね」
とシトラスが言えば、ミュールは茶化した表情を消して、神妙な顔で頷き、
「あぁ、でも大丈夫だろ。今回のは討伐系ってわけもないし。調査系だろ。そう言えば、アドニス先生には伝えてんのか? クエストを受けること」
「いや、言ってないよ? 特に言うことでもないかな、って。ハロにクエストを伝えたときも、彼女も特に何も言ってなかったし。あ、エイトにはまだ言ってなかったかも」
顔を見合わせた二人だが、討伐系でもないのでアドニス先生にはわざわざ言わなくても大丈夫だろ、という結論に落ち着いた。
「対抗魔戦には出ないけど、ライラの試合、できれば見られたらいいねー」
「今回のクエストが、拍子抜けするするぐらい簡単なこと願うしかねーな」
このとき二人は知らなかった。
魔法協会における調査依頼というものが、討伐系の類する類であるということに。
◇
翌日の朝。
最短で王城へ登城し、そのまま地下都市に足を進めた勇者部一行。
そのメンバーはシトラス、ミュール、メアリーの東の幼馴染三人衆。
そこにブルーを加えた三年生四人と、ハロルシアン、エイトの最上級生二人である。
もう一人の部員であるヴェレイラは、週明け早々に行われる対抗魔戦に参加するため、今回のクエストには不参加であった。
ギリギリまで参加を希望したが、本クエストの拘束期間が最長一週間であることから、断念せざるを得なかった。
依頼は一度受けてしまうと、成果なしの状態で拘束期間内に切り上げることはできない。
地下都市でも、朝陽が姿を見せて間もない時間。
日中と比べると、大通りを歩く人もまばらであった。
その大通りを歩き、魔法協会エッタ支部へ向かう一行。
エイトが先頭を歩くシトラスに問いかける。
「それでシト、今回はどんな依頼なんだ?」
クエストへ向かう勇者部一行で、彼だけが今回の依頼がクエストということを、まだ知らなかった。
ただ、今回の依頼は最長で一週間かかるかもしれない、とだけ事前に知らされていた。
「あ、ごめんごめん。エイトにはまだ言ってなかったね。なんか、新種の魔法生物らしき存在が目撃されたから、その調査だって」
頭を掻いて答えるシトラスにエイトが、
「調査か……。調査って討伐に発展することが多いから、あんまり得意じゃないんだよな」
と苦笑いを零すと、ん? とミュールはその発言に引っかかりを覚えた。
しかし、ハロルシアンが
「まぁ~、まぁ~。がんばっていきましょ~!」
脱力しきって拳を掲げ、シトラスがそれに便乗すると、ミュールもそれ以上気に留めることはなかった。
その後、勇者部一行はエッタ支部に訪れた。
受付でクエストの受諾手続きを済ませるとき、
「これッ、クエストじゃねーかッ!」
とエイトが驚く一幕があったが、それ以外は何事もなく手続きを済ませた一行は、乗合馬車の上にいた。
ごとごとと揺られる幌馬車。
エイトは、はす向かいに座るシトラスに尋ねる。
「お前、このことアドニス先生は知っているのか?」
「このことって、クエスト? 知らないと思うけど、なんで?」
シトラスがエイトに向き直って尋ねると、
「ばかッ、調査のクエストって――」
「――おまえ、もしかして、いまシトに『ばか』って言った?」
エイトの言葉に反応したのは、シトラスではなく、彼の隣に座るメアリーであった。
シトラスを挟むように座るメアリーとブルーは、暖を取るように彼に身を寄せて座っていた。
剣呑な目つきが彼を射抜く。
「あッ、えッ、い、いえ、そんなこと……」
無表情でまっすぐ見つめてくるメアリーに、瞬く間にその顔色が青褪めていく。
メアリーは、彼女が認めた人物以外の者が、シトラスを貶すことを許したりはしない。
「まぁ、メアリー。エイトの発言は言葉の綾みたいなもんだ。実際に、シトを貶したわけじゃないよ」
ミュールがフォローを入れると、ふん、と大きく鼻を鳴らして、彼女はエイトから顔を背けた。
シトラスが隣に座る彼女の髪を、手櫛で梳いて宥める。
「ハロたちの依頼は~、あくまで調査だから~。エイトも心配し過ぎたよ~」
ハロルシアンが笑いかけると、エイトは沈黙する。
「まぁ、エイトの言い分をわかるぜ。危なくなる前に撤退。これは徹底しよう。特にシト。頼むぜ? 突っ走るなよ?」
わかっているよー、とは本人の弁。
しかし、ミュールはそれを疑わしく見つめる。
「おさらいすると今回のクエストは、新種の魔物の存在の確認、だ。支部が公開している手掛かりは、目撃情報とその場所。あとは子どもの泣き声」
「――泣き声?」
シトラスが首を傾げると、ミュールが補足するように言葉を続ける。
「あぁ、なんでも目撃情報によると、その魔物を見かける前に、子どもの泣き声を聞いた人が何人もいるらしい」
ミュールの説明を聞いたブルーは、
「お化け?」
とシトラスの横で首を傾げた。
「かもな。聖水を入手しておいたけど、一人一本しかないから、相手がゴースト系なら、浴びせて怯んでいる間に逃げてくれ。この際だ。聖水はいま渡しておくな」
どこからともなく人数分の小瓶を取り出すと、それを全員に配るミュール。
掌に収まるほどの小さな小瓶に収まった聖水。
それを目の前に掲げたエイトは、それを頼りなさげに見つめる。
ハロルシアンはいつも通りニコニコと受けとる。
同じ学園の最上級生でも、対照的な反応であった。
「とりあえず、最後に目撃情報のあった場所から調査を始める。間違いなく他のパーティーもいるだろうし、これから増えていくだろうけど、間違っても揉めないようにな」
ミュールは、エイトに紐のついた針と、掌サイズの黒光りする石を手渡した。
「これは……?」
「これは互いの位置を知ることができる魔法具と、合図を送ることができる魔法具。とある筋から借りてきた。どっちも俺の持っている同じ魔法具と対になっているんだ。針の方は魔力を流すと、針の先端が対になっている針がある方角を指す。石の方は、魔力を流すと熱を持つようになって、それが対となる石にも伝わるから、それは集合の合図にちょうどいいと思う。二手に分かれて調査するから、常識人枠のエイトが適任かな、って」
「常識人枠って……」
と言いつつ、エイトは幌馬車内の勇者部を見渡した。
自由人、シトラス。
狂暴人、メアリー。
気儘人、ブルー。
愉快人、ハロルシアン。
エイトは何も言わず視線をミュールに戻すと、ただその首をそっと縦に動かすのであった。
◆
しばらく乗合馬車に揺られ、勇者部一行は街が見えなくなるまで足を伸ばした。
乗合馬車から降りて、最後に目撃情報のあった現場へと向かう。
初依頼の時に訪れた場所のように、大自然、という雰囲気はなく、現場の近くには家畜を商いとする者の施設や家が見える。
現場に辿り着くと、体のコリをほぐすように大きく伸びをしたミュールは、
「さすがにあさイチで来た甲斐があって、他に誰もいねぇな」
しかし、ミュールの発言にブルーが耳をそばだてて首を振った。
「ううん。誰かいる。しかも複数」
彼女のその言葉の直後、草をかき分ける音がしたかと思うと、いかにも冒険者! という格好をした男たちが四人、ぞろぞろと茂みから姿を現した。
「――まぁ、留まっているわけもねーか。少なくとも、一度訪れた場所に出戻って来るタイプじゃなそうだな」
「たしかに、あと少し気になったのが――っておい。見ろよ。
「律儀にクエスト期間を守って、いの一番で最後の目撃情報の現場に来たのか、かわいいな……。俺たちにもそんな時期があったな」
「おーい! お前たちも例のクエストを受けたのか?」
茂みを抜け、勇者部一行に歩み寄る冒険者の集団。
「え? あ、あぁ……」
先頭を歩く強面の男が、男たちの登場に戸惑うミュールに顔を寄せると、
「何を驚いた顔をしているんだ? その服装、学園の生徒だろ? なんだ、自分たちが一番だと思ったか? ワリィな坊主たち。大人はもうみんなとっくに動き出しているぜ」
と言い、ミュールの勇者部一行を見渡した。
ハロルシアンが、坊主たち、という発言を聞いて、自身の胸を両手で持ち上げる素振りを見せる。
それを見て冒険者の男が驚いた様子で、嬢ちゃんたち、と言い直す。
それを聞いた彼女は満足そうに頷いている。
冒険者の男たちの視線は、彼女の胸に釘付けだ。
エイトは彼女の隣から、コイツまじか、という視線を横目で送っていた。
「そうなんだ! でも、クエストって今日からじゃなかったの?」
シトラスが元気よく尋ねると、他の冒険者たちも口を開く。
「今日って言うのは、クエストを正式に受諾を出来る日だな。クエストは通常の依頼より報酬が大きいからな。俺たちみたいな専業は、もっと前から動き出しているんだぜ」
「悪く思わないでくれよ。学生の坊ちゃんたちと違って、俺たちは生活が懸かっているんだ」
「学校の成績稼ぎなら、依頼は他にもあるだろう。まぁ、こういうのは専業に譲ってくれや」
そう言うだけ言うと、その集団は、ハロルシアンへの名残惜しそうな視線と共に、その場を立ち去って行った。
一団のその姿が見えなくなると、
「なーにが『俺たちみたいな専業は、もっと前から動き出してるんだぜ』キリッ、だ。うぜーーッ!! 早くから動き出して成果なしなら世話ねぇよッ!」
馬鹿にされたと感じたミュールは、地団駄を踏んで悔しがる。
「過ぎてしまったことは仕方ないよミュール。それより、昨日話していた予定通り、今日と明日で、目撃情報を巡って、明後日から絞り込みを行うんでしょう? 他は他、うちはうち」
シトラスの発言を受けて、ミュールは大きく深呼吸を繰り返す。
「ふぅ……。そうだな。よしッ。じゃあ、早速二手に分かれて手掛かりを探そうッ! エイト、何か手掛かりが見つかったら、馬車で渡した石に魔力を流して知らせてくれ。逆に俺が魔力を流したら石が熱くなるから、そしたら針に魔力を流して、俺たちを辿ってくれ」
エイト、シトラス、メアリーの組と、ハロルシアン、ミュール、ブルーの組に別れて、二組は早速調査を開始した。
もうそろそろ西の空がオレンジ色から青に染まろうとしている。
あれから何度か場所を変え、勇者部はクエストの調査を続けた。
最後の目撃情報から始まり、その一つ前、その一つ前と……場所を変えて調査を続けた。
しかし、何ら有力な手掛かりを見つけることはできなかった。
乗合馬車の待合所に、勇者部は再結集した。
ミュールがその肩を落として、
「今日はここまで、だな……。かぁーッ。覚悟していたこととは言え、こっちは成果ゼロだ。シトの方はなんか見つかったか?」
と問うも、エイトとシトラスはフルフルと首を横に振った。
「あとまだ訪れていない目撃情報のあった場所は半分。前向きに捉えると、予定通りに明日で、目撃情報のあった場所は周れそうだな」
ミュールは、自身を奮い立たせるように前向きに考えた。
「それにしても、目撃情報の場所に規則性がないよな」
愚痴を漏らすエイトであったが、シトラスは
「ぼくちょっと気になったことがあるんだよね」
ポツリと言の葉を漏らした。
勇者部の面々の視線がシトラスに集まる。
「えッ!? マジッ!?」
嬉しそうにエイトが尋ねるが、シトラスは、
「でも、もうちょっと確証が欲しいから、明日の調査が終わるまで待ってくれる? 勘違いかもしれないから。たぶん、明日全部周り終える頃には、それが勘違いかどうかわかると思う」
今の段階では、その内容を明言することはなかった。
勇者部一行は、エッタの街中へ戻り、地下都市の宿に宿泊した。
翌朝も同様に、陽が昇るや否や、調査に繰り出した。
クエストが正式に解禁されて二日目ということもあって、初日と比べると、地下都市では学園のローブ姿を多く見かけるようになった。
勇者部同様に、対抗魔戦に出ずに、クエスト狙いの生徒たちである。
「今日は最初の目撃情報から調べていくか。意外にも、最初はこの街の近くで、何件か目撃情報があったらしい」
そう言って、ミュールは街の概略図を取り出すと、一枚をエイトに渡した。
地上の街の外縁部を二か所指さして、
「ここと、そこ、だな。俺たちはこっちを。エイトたちはそっちを頼む」
先日と同じく二組に別れて、勇者部は調査へと臨む。
街の外延部の調査が終わると、その後も、乗合馬車を乗り継いで次の目撃情報、次の目撃情報と場所を移し、調査を続けた。
この日で予定通り目撃情報のあった場所を、勇者部一行は全て周り終えることができた。
結局この日も直接的な手掛かりを見つけることはできずに、調査二日目を終えようとしていた。
帰りの乗合馬車の中で、幌に背を預けて大きくため息を吐くエイト。
「はぁー。今日も空振りかー」
「疲れた……」
くたびれた声を出したのはブルー。
人より身体能力の優れた獣人族であっても、見知らぬ場所で周囲に警戒を張り続けることに、こたえた様子を見せていた。
彼女の耳と尻尾も、いつもより元気がない。
エイトの横では、ミュールもぐったりとした様子。
ハロルシアンとメアリーの二人はいつも通り、片やニコニコと、片やぼけーっとした表情を浮かべていた。
そのような中、シトラスだけは顎に手を当てながら下を向いて、何か考えていた。
「そうだシト。昨日言っていた気になったことって、結局なんだったんだ?」
ミュールが何の気なしに尋ねる。
シトラスは顔を上げると、
「うん。そのことなんだけどね――目撃情報が多すぎない?」
シトラスは一つ間を置くと、私見を述べた。
はす向かいに座っていたエイトが、その発言に怪訝な表情を浮かべる。
「何を言っているんだ? それに、丸二日で収まるくらいだ。そんなに多くもないだろう? しかも、最後に行った場所なんて結構な僻地だったじゃないか」
乗合馬車を駆使しての二日という調査時間である。
それを加味すると、二日という時間を、丸々調査に充てることができた、とは言い難い。
「そう。そこなんだよエイト。僻地なんだよ。じゃあなんで、そんな普段人が通らないような僻地で、たまたま人が通った時に見つけられたの?」
目撃情報は規則性がなく、ならには僻地であるにも関わらず、目撃情報のあることに違和感を覚えてたシトラス。
シトラスの疑念に一瞬答えに窮するエイトだが、
「なんで、って……。運が良かったんじゃないか? それに全部が全部僻地じゃなかったろう? 逆に、今日最初に調査した目撃情報があった場所なんて、街のすぐ近くだったじゃないか」
シトラスは、エイトの弁に頷いて見せると、
「つまり、そこにも人がいたんだよね。――つまり、魔物がいるところを人が見つけたんじゃなくて、人がいるところに魔物がいたんじゃないのかな」
眉を顰めるエイトは、
「すまんシトラス。それが? それがどうかしたのか? あんまり考えたくはないが、人も狩りの対象にする魔物であれば、別にない話じゃないだろ?」
エイトの弁に頷いたシトラスは、
「うん。そうなんだけどね。そうだとしたらおかしくない? 少なくとも、これまでその魔物による人への被害ってなかったよね」
魔法協会支部から公表されている内容には、魔物が人を襲ったという情報はなかった。
「まぁ、目撃情報の範囲だとそうなるな」
とは言ったものの、エイトもこの線は薄いであろうということはわかっていた。
地下世界は極端な一都市集中型で、ポトム王国領の直下の地下世界には街が一つしか存在しない。
それ故に、街の近辺で人を襲えば、すぐに事態は明るみに出るはずである。
また、街の外へ出るには、魔法協会が管轄を務める認識票の形態が必須である。
こちらも携帯者の命がなくなるような事態が発生すれば、認識票で携帯者の存命を把握できる魔法協会が、ただちに知るところとなる。
そして、現状ではそのような事態は発生していない。
「ねぇ、街の外部から街へ帰ったときのこと覚えている? 特に街へ入るとき。いま、まさにぼくたちがその途中なんだけどさ」
「ん? あぁ、検問のことか?」
エイトの返答に、我が意をいたり、とシトラスは食指を立てた。
「そう。検問。検問だよ。街へ出入りするには検問があるよね。そして、検問には?」
「認識票が必要だが、それが?」
シトラスとの問答のようなやり取りに、エイトはますます眉をひそめる。
街の出入りの際は、認識票による検問が行われていた。
検問と言っても、守衛の立会いの下、認識票を記録する魔法具に、認識票をかざすだけである。
「これはあくまで、ぼくの勘なんだけど――もしかしてその魔物は、最初は検問を通ろうとしたんじゃないの?」
話がこの段階までくるとミュールが、シトラスの考察に追いついたようであった。
「まて。まてまてまてシト。お前が言いたいことって言うのは――」
慌てた様子を見せるミュールの言葉の続きを、シトラスは自身の口から告げる。
「その魔物って、人の姿をしているんじゃないのかな――?」
シトラスの仮説は、聞く者の度肝を抜くには十分であった。
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