四十二話 討伐系と魔石と


 地下都市エッタから、乗合馬車を使って数時間。

 視界に広がるは、大自然の世界。


 太陽が日没へ向けて、頭上から少し下に位置する時間。

 

 採集系の依頼である薬草収集を、無事に終えた勇者部一行は、次なる依頼に向かっていた。


 アドニスの先導の下、大自然を歩き進める一行。

 足を進めれば進めるほど、一行を包む自然は色濃くなる。

 獣道すら既に絶えて久しい。

 剥き出しになった木々の根や、不揃いな岩石を足場に、道をかき分けて先へと進む。


 先を歩いていたアドニスが振り返ると、声を潜めて尋ねる。

「はぁ、このあたりですかね……。この先に何か見えませんか?」


 後ろから息が少し乱れたシトラスたちが追い付くと、一呼吸をおいて、アドニスが指さした先を見つめる。

「……何かいるね。なんだろう……?」


 視線の先には、木々がなくひらけた場所が広がっていた。

 その一部に、四本足の動物が群れをなして固まっているのが見えた。


 潰れた顔に、やや短い手足。

 そして太く短い首。

 体色はやや黄色がかった肌色。


 体の左右には大きな貝のような殻を身に着けている。

 殻の色は個体差があり濃紺、黒に近い色のものもいれば、茶色のものいる。

 共通しているのは、その殻の間から、松かさのような突起状の形をした尻尾を持っていることである。


 ブルーが、視線の先の動物の集団を視認すると、その口を開く、

「あれはパインムール?」


 アドニスはブルーの言葉に頷いて肯定する。

「はぁ、猫人族のブルーはやはりご存じでしたか」

「うん。食用にもなる魔物。普通の豚より美味しい。狩るときはあの殻と尻尾に注意」


 ブルーの言う尻尾は、彼らの体の殻と同じように、陽の光を浴びると鈍く光っているのがわかる。


「はぁ、そうです。いまブルーが仰ったように、彼らの体の左右の殻と尻尾は非常に硬いので、殻を避けて首を攻撃するのが一番効率がいいですね。彼らは追い詰められると、あの尻尾の部位を爆発させて、尻尾についた種子のようなものを勢いよく飛ばしてくるので注意してください。強化魔法を使っていたとしても、普通に痛いですよ」


 アドニスはそう言って顔を顰める。

 その表情はその痛みの経験者であることを物語っていた。


 しかし、すぐに顰めた表情を引っ込めると言葉を続けるアドニス。

「はぁ、本依頼は最低一体のパインムールの討伐です。なお、本依頼ではその死体も必要なので、可能であれば損傷を少なくして欲しいところです。先ほどの採集のコンビで一体ずつ、彼らを討伐できたら上出来ですね。私は援護に回ります」


 互いのパートナーと顔を見合わせる。


「はぁ、準備はできましたか? せーの、で行きましょうか。……せーのッ――」


 アドニスの言葉を皮切りに、潜んでいた茂みから飛び出す勇者部。


 獲物が競合しないように、左右に分かれて、パインルームに肉薄する。

 強化魔法を使った四人は、あっという間に距離を詰める。


 獲物となる彼らは、まだのんびりと足元の草を啄ばんでいた。


 特に大きな問題もなく、ミュールとメアリーが彼らの首元に力を込めた木剣を叩きこむと、短い断末魔と共に、ここで彼らの生が終わる。


 シトラスとブルーはそれぞれ念のため、彼らのすぐ後ろに控えていたが、出番はなかった。

 この頃になって、集団の他のパインルームが慌てて逃げ始める。


 いつの間にか、シトラスとブルーの間に立っていたアドニスが、満足そうに小さく手を叩く。


 そのままミュールの前まで歩みを進めると、彼の足元で息絶えているパインルームの状態を確認する。

「はぁ、上出来です。あとは、彼らを支部まで持って帰れば、本依頼も完了です。木刀で仕留めたので状態もいいですね。どうですか? 討伐系の感想は?」


 どこか真剣な眼差しで問うアドニス。


 ミュールは手にした木刀と、それを握る自身の手を見つめると、

「……なんか少し気持ち悪い」


「ミュール、大丈夫?」

 心配そうに歩み寄るシトラスが彼の顔を覗くと、その顔色は普段より青白かった。


「はぁ、おめでとうございます。それは貴方が正常な人であることの証明です。理由はどうあれ、今あなたは一つの生を終わらせたのですから」


 ――そうか、俺は命を奪ったのか。


 視線の先、木刀を握りしめた手にますます力が入った。


 その一方で、

「――……り……いわ……」


 俯いているメアリー。

 その顔は赤い髪に覆い隠されて窺い知れない。


 怪訝な表情を浮かべてメアリーに向き直るアドニスは、

「何か仰いましたか? メアリー?」

「――血が足りないわッ!」


 そう言うが早いか、メアリーは、散り散りに茂みに姿を隠したパインルームを追いかけて、駆け出した。

 淑女にあるまじく、目を見開き、犬歯を剥き出しにして。


 瞬く間にその姿は、勇者部の前から消える。


 目を瞑り、眉間を抑えたアドニスは、

「はぁ、貴方たちが勇者と呼ばれるのが先か、彼女が魔王と呼ばれるのが先か……。なぜ彼女が勇者科にいたのか、勇者部にいるのか、時々理解に苦しみますよ」


 顔を俯かせたアドニスではあったが、すぐに顔を上げると、メアリーが姿を消した茂みを見つめ、

「――追いかけます」


 シトラスたちは、これに躊躇うことなく頷いた。



 パインルームの死体を捨て置いて、追いかけるアドニスと勇者部一同。


 幸い、メアリーが踏破したであろう足跡が、色濃く残っていた。

 追跡はさほど難しいことではなかった。


 へし折られた木、踏みにじられた花、そして、地面には数多の獣の蹄に紛れた人の足跡。


 しかし――。

「はぁ、彼女は、速い、ですね」


 首を少し曲げ、チラリと後ろを振り返る。


 アドニスだけであれば、労せずに彼女の後を追えるのであるが、今はその背中に三人の雛の姿がある。

 置き去りにしてメアリーを確保できたとして、戻ってきてみれば、三人の姿がないなんてことがあれば目も当てられない。

 万が一にでも、危険度の高い魔物と遭遇しようものなら、それこそ命の終わりである。


 彼女の足跡は、どんどんと森林の中枢に向かっている。


 自然が深まれば深まるほど、そこに住まう生物の危険度は上がる。


 深森、とも呼ばれる森林の奥地。

 そこには人智の及ばない、激しい食物連鎖の世界が広がっている。

 

 地上世界では、ポトム王国北部に位置する"アニマの森"が深森としては有名である。

 地下世界では、彼の森ほど際立った存在の森はない。

 地上と比べると、人の手が入っていない森が多く。

 中には類似した生態系が、地上世界と比べて独自の発展を遂げているものもあるほどであった。


 深森という呼称はあくまで、人が便宜上読んでいる区分に過ぎない。

 それ故に、明確な判断基準はない。


 しかし、アドニスの経験上、今その境界にいると感じていた。


 いつしか小動物の鳴き声は絶え、視線の端を流れる木々や地面に巣食う虫の大きさも、随分と大きくなっていた。


 いつ深森に住まう怪物たちと出会っても不思議ではなかった。


 肉体的には疲労の無いはずのアドニスの頬を伝う一粒の珠。


 額から顎からに伝ったその珠の雫が、風に乗って後ろに流れたとき、アドニスの足が向かった先で、何かが争う音が聞こえてきた。

 

 木々の倒れる音。

 様々な生き物のざわめいた鳴き声。


 足を進めるにつれて、その音に近づいていく。

 アドニスに追従するシトラスたちも、進行方向で起きている何某かに気がついた様子で、走りながらも息を呑んだ。


 再び森が開けたとき、アドニスの前にいたのは見上げるほど大きな生き物であった。


「わぉ、馬鹿でかい鳥だこと」


 単に距離を詰めたからか、ミュールの軽口に反応してか、アドニスの身の丈の二倍はあろうかという巨獣が振り返った。


 二本足で立つそれは鱗を持った獣であった。

 鳥と呼ぶには大き過ぎる。さりとて、竜と呼ぶにはいささか小さ過ぎる。


「はぁ、鳥竜種ですか……。私が気を引きますので、みなさんは――」

「うらあああッーー!!」

 アドニスの言葉を遮るように聞こえてきたのは、探し人の咆哮。

 その声を出したのが、年端もいかない少女とは思えない雄叫びであった。


 アドニスに注意を逸らした隙をついて、メアリーが攻勢に出たようであった。

 一同が声の出所を見ると、満面の笑みで手にした木刀で切りかかる女傑の姿。


 実に楽しそうである。


 いくらか顔や衣服に赤い血潮がついているが、どうやら全て返り血のようで、その動きはキレッキレであった。

 その足元には、さきほど逃げた個体だろうか。

 数体のパインムールの死体の姿が転がっていた。


「はぁ、私が気を引きますので、その間にシトラスはメアリーをなんとかして宥めて下さい。ミュールとブルーはその援護を。くれぐれも無茶はしないで下さい」

 

 アドニスはそう指示を出すと、メアリーと戦闘を始めた鳥竜に背後から襲い掛かる。

 鳥竜に駆け寄りつつ、懐から一枚の移動式魔法陣を取り出した。


 そこに魔力を流す。

 ――<召喚サモン>。


 鳥竜を迂回するようにメアリーに駆け寄るシトラスが、顔だけ振り返る。

 アドニスが移動式魔法陣から、一本の剣を取り出すところであった。

 シトラスの瞳には、移動式魔法陣から漏れる光が見えた。

 その取り出した剣に宿る光も。


「アドニス先生カッコいいじゃんッ!」

 同じく走りながら、その様子を見ていたミュールが、その口角を持ち上げた。


 並走するブルーも何も言わないが、その大きな瞳は好奇心に輝き、同じくアドニスに釘付けである。


 彼らの視線の先、飛び上がったアドニスは鳥竜に切りかかった。






 アドニスとメアリーが鳥竜と互角以上のバトルを繰り広げる中、シトラスたち三人は、バトルを迂回してメアリーの背後に辿り着いた。


 ミュールが叫ぶ。

「メアリーッ! 帰るぞッ!」


 しかし、当然の如く、メアリーはこれを無視。

 視線一つ寄越すことはなかった。


 予想していたこととは言え、これには呆れた様子を見せるミュールが、

「……シト。出番だ」

 シトラスの背中を軽く押す。


 ブルーは、邪魔が入らないように周囲を警戒している。


 シトラスは、メアリーが鳥竜の攻撃を防御した反動で、近くまで下がってきたタイミングを見計らって声を掛ける。

「メアリー。帰ろう」


 シトラスの声には反応して、鳥竜に対して構えたまま、顔だけ振り返った。

 年相応の可愛い笑顔を見せながら、声を出さずに口を動かした。


 シトラスも振り返ってミュールに、メアリーの口パクの内容を伝える。

「『い、や』だってさ。どうするミュール?」


 彼女は再び鳥竜に向かって駆け出していった。


「はぁー。そこをなんとかできないか?」

「できなくはないけど、たぶん――」


 鳥竜のつんざめく悲鳴が、森林の中、ひらけた場所に響き渡った。


「――メアリーと先生が鳥竜を倒す方が早いよ?」


 ミュールへと振り返ったシトラスの背後。 

 鳥竜が前のめりになって倒れ込み、重く鈍い音が響き渡った。


 ミュールとブルーの視線の先には、倒れこんだ鳥竜の首の上に剣を突き刺したアドニスの姿。

 そして、倒れ込んだ鳥竜のすぐ傍には、どこか不満そうにアドニスを見るメアリーの姿があった。


「はぁ、はぁ、はぁ……。はぁ、勇者を引いて久しいとはいえ、私も随分と衰えたものです。この程度の鳥竜にここまで手こずるとは……」

 アドニスは仕留めた鳥竜の上での荒れた息を整えていた。


 倒れた鳥竜の脇からアドニスを見上げて、

「それ私のだったのに」

 不満げな視線を送るメアリーに対して、

「はぁ、勘弁してください」

 心底げんなりとした様子を見せたアドニスは、鳥竜の首に突き立てた剣を抜き取った。





 

 その後は、鳥竜をサクッと解剖する。

 アドニスは鳥竜の心臓部にある【魔石】を討伐証明のために抜き取った。


 ミュールは、アドニスが説明しながら解剖している間、気持ち悪そうに終始その顔を顰めていた。

 ブルーは経験があるのか、動じた様子はなかった

 シトラスはケロッとしており、解剖を興味深そうに見つめており、平素と変わらず解剖中にもアドニスに質問をぶつけていた。


「へー、討伐系の依頼って、狩ったら終わりかと思っていたけど、討伐証明っていうのが必要なんだね」


 解剖を終えたアドニスは、返り血で汚れた手を、手ぬぐいで拭いながら、解剖を見学していたシトラスたちに歩み寄ると、

「はぁ、そうですね。例外もありますが、基本的には対象ごとに定められた討伐部位が必要となります。しかし、討伐部位は基本的に魔石であることがほとんどですので、分からなければ、とりあえず魔石だけでも取っておきましょう。依頼のあったものについては、依頼書に必ず記載がありますが、今回のような遭遇戦になると、討伐部位はわかりませんので。もし、この道で食べていくのであれば、魔石の剥ぎ取りは早い内に慣れておくといいかもしれません」


 そう言って、アドニスは鳥竜から抜き取った魔石を、シトラスたちに差し出した。


 鳥竜から抜き取った魔石は、拳大の大きさあった。

 血を拭ったそれは、宝石のような半透明の緑色で、陽の光を浴びると反射して輝いていた。


「綺麗」

 差し出された魔石を見て、ブルーがポツリと呟く。


 同じく魔石に目を惹かれたミュールは、言葉こそないが、彼女の発言に大きく頷いていた。


「はぁ、魔石を抜き取られた魔法生物は、時間経過と共にその体は自然に帰りますので、死体の処理の心配はしなくても大丈夫です。それより、大事なことが一つ。解剖が終われば、なるべく早く死体の傍から離れるようにしてください」

「それはどうして……?」


 シトラスの疑問に答えたのはアドニスではなかった。


「新鮮な肉に群がって、別の肉食個体が来る」

 とブルーがその疑問に答えると、アドニスが頷き、

「はぁ、肉食個体は何が来るかわかりませんし、それが一体とも限りません。グズグズしていると怪物行進デスパレードにもなりかねませんので、なるべく剝ぎ取りを早く済ませて、その場から立ち去って下さい」


 そう説明している傍から、そう遠くない距離から、野太い方向がコチラに向けて響いてきた。

 メアリーを除いて顔が引きつる一同。


 メアリーだけは、犬歯を剝き出しにして笑みを浮かべていた。


 そんな彼女に顔を見合わせた一同は、瞬時にアイコンタクトを取った。

 シトラスがメインとなってメアリーを抱きかかえると、アドニスの先導の下、脱兎の如くその場から逃げ出すのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る