四十話 方針と課外活動と
学園長であるネクタルから、無事に勇者部の認可を貰うことができた、シトラス率いる勇者部。
ネクタルの提案で、元勇者であるというアドニスの協力を得られることになった。
ネクタルから正式に活動認可を貰った翌日。
こちらも正式に勇者部の部室として認められた旧勇者科の教室に、勇者部の面々が集まっていた。
シトラス、ミュール、メアリー、ブルー、ヴェレイラ、エイト、ハロルシアンの七人。
思い思いに椅子や机に腰かけている勇者部の面々。
その前で、アドニスは壇上から事の経緯と自己紹介を済ませる。
「――という訳で、勇者部の顧問になったアドニスです。皆さんよろしくお願いします。最初に行っておきます。勇者なんてものは――」
口をパクパクとさせるアドニスに、首を傾げる勇者部の五年生組、ヴェレイラ、ハロルシアン、エイト。
アドニスを見たミュールが彼女たちに補足する。
「あぁ、アドニス先生は勇者に関して、契約魔法が掛けられているらしくて、勇者に関しては好き勝手に言えないみたいなんだ」
ミュールの説明にハロルシアンが、ふ~んと鼻を鳴らした。
「契約魔法ってあの、学園長が対抗魔戦の時に使ったって噂されている魔法だっけか?」
エイトが顎に手を当てて問うと、
「――ううん。そっちは誓約魔法じゃないかな~。天上に誓いを立てて効力を発揮するのが、誓約魔法で~、地上の生物同士で交わすのが、契約魔法だよ~」
ハロルシアンが、萌え袖をヒラヒラさせながら、それに答えた。
「――はぁ、これがなんと不便なことか」
肩を落とすアドニス。
「なんにせよ、正式に魔法倶楽部として認められたわけだし、当面の勇者部の活動の方針を決めようぜ。そこでシトに確認なんだが、勇者を目指す、でいいんだよな?」
「そだよー」
軽い調子で返すシトラス。
それに待ったをかけようとした者がいたが、
「ちょ、ちょっと、俺は別に勇者を目指して――はないけど、誠心誠意がんばりますッ!」
しかし、身を乗り出して、シトラスの言を否定しようとしたエイトを、ヴェレイラ、メアリー、ブルーの殺気の籠った視線が押しとどめる。
それを、あはは~、と笑っているハロルシアンだが、巻き込まれまいと、いつの間にかちゃっかりとエイトから距離を取っていた。
三人とも昨年度の対抗魔戦、魔闘会の本選出場するという、学園のエリート。
ヴェレイラにいたっては、対抗魔戦で四年連続で錦を飾っているエリート中のエリートである。
本選出場を夢見て学園生活に邁進する。
それでも在学中に一度も対抗魔戦と魔闘会の本選出場することなく、卒業する生徒の割合がほとんどを占める。
それゆえに、在学中に一度出場するだけでも箔がつき、卒業後に引く手あまたとなるほどであった。
肩を落とすエイトに、アドニスが助け船を出す。
「はぁ、安心してくださいエイト。勇者部に入ってからと言って、別に勇者を目指す必要はありません。進路は魔法俱楽部で決まるものではなく、専攻課程で決まるものです。ただ、この魔法俱楽部で、目に見える実績を残せば、卒業後により良い待遇を受けられることでしょう」
加えてヴェレイラの、
「ベルを通じてアンリには話を通してあるから、卒業後に居場所に困ることはないわ。貴方にその気があれば、貴方はこのまま卒業しても、東の派閥として扱われことになっているわ」
という言葉にエイトは胸をなでおろした。
四門の東、フィンランディア家の次期当主に話が通っているのであれば安心できる、と。
「目に見える実績――とは言っても何をしたらいいんだろうね? レイラやハロは前の俱楽部で、どういうことをしていたの?」
シトラスの問いに、ヴェレイラは、
「七席には王都から直接依頼が来ることが多くて、気に入ったものを選んで、それをこなしていたかな。ノルマはないし、七席になる人たちにとって、王国にある大抵の問題は個人で解決できるから、内容というより、依頼同士の距離で選んでいた気がする。少なくともベルと私はそうだった」
ヴェレイラの発言に対して、ぽふぽふと袖越しに手を叩いたハロルシアンは、
「レイラちゃんはすごいな~。ハロは七席じゃないから、学外の依頼は全然受けてないな~。だからハロは力になれないかな~、ごめんね~」
「……その気になれば、七席になれるくせに。ただ、しがらみが面倒なんでしょう?」
「それは買い被りすぎだよ~レイラちゃん」
ヘラヘラと受け流すハロルシアンを、どうだか、と鼻を鳴らして睨みつける。
彼女たちの様子に示指をビッと立てて、シトラスが注意をする。
「こーら、そこ喧嘩しないの。そうそうエイト。勇者部規約一号は、『部員は仲良くすること』だから」
エイトは、シトラスの発した単語に耳馴染みがなく、
「ゆ、勇者部規約?」
「あー、要するに勇者部のルールだ。これから間違いなく増えていくだろうけど、あんまり深く気にしなくていいぞ」
「こらー、気にしなさーい」
不満です! という態度を出すシトラスを、はいはい、とミュールはおざなりに押しとどめた。
「先生は何かオススメある?」
ブルーが遠慮がちに勇者部の活動方針についてアドニスへ尋ねると、
「はぁ、そうですね。実績、という点ではやはり、課外活動、ですかねぇ……」
「課外活動?」
シトラス、ミュール、ブルーの声が重なった。
揃って首を傾げる三人にアドニスは、
「はぁ、カーヴェア学園の三年生から、学園に申請することで、学園内外での課外活動が認められています。課外活動で実績を残せば、その実績に応じて、みなさんの胸の輝石に魔力が与えられますので、学外への広報活動かつ、学内の成績にも繋がる課外活動は行わない手はないでしょう」
「へー、いいこと尽くめじゃねぇか。なんでみんなそれをやらないんだ?」
ミュールが不思議そうに眉を顰めると、エイトが、
「もちろんやってるさ。ただ、デメリットもあってな。――大きく三つ。まずは、良い依頼を見つけてくるのが、これが中々大変なんだ」
と言うと、はぁ、とアドニスのようにため息を吐いた。
彼も課外活動では、苦労してきた口であった。
「なんだよ、良い依頼って?」
というミュールの質問にエイトは、
「文字通りだ。課外活動は、生徒個人と依頼主の契約だ。学園はただその生徒の身柄を担保するだけだ。つまり、七席でもない限り、俺たちは自分で依頼を見つけてこなきゃならない。そして、知っておかなきゃならないのが、俺たちの課外活動での評価って言うのは――ずばり依頼料なんだ」
「依頼料?」
再び首を傾げる三年生の三人。
この場にいるもう一人の三年生、メアリーはそもそも話は聞いていない。
アドニスが来てから彼女の口を開くことなく、ぼっーとしており、今やっとその口が開いたかと思えば、口に手を当てて可愛らしく欠伸をしていた。
「そうだ。依頼主は依頼した内容に対して対価を支払う。けど、学園の生徒はそれを受け取ることはない。依頼料はすべて学園に支払われるんだ。その依頼料に応じて、俺たちの輝石の色に、教員から魔力が付与される、っていう寸法だ」
魔法協会からの依頼料は貴重な学園の収入源の一つでもあった。
「対価の交渉は学園が窓口になってくれるから、とりっぱぐれる心配がないのがありがたいが、それでも、一銭も入ってこないのはちょっと寂しいな」
お貴族サマには関係のない話だが、と肩を竦めるとエイトは話を続ける。
「七席を除いて学生への依頼料は、内容に応じて一律に決められている。極端な話、橙色も灰色も同じ依頼料ってわけだ」
七席の報酬はその難易度として跳ね上がる。
「支払う対価が一緒なら、もちろん依頼主は、当然腕のいい生徒にやってもらいたいわけだ。そして、依頼を探す生徒はなるべく、楽で対価の高い依頼をこなしたいと思うわな。すると、どうなると思う?」
一拍の沈黙の後にブルーがおずおずと口を開いた。
「割りのいい依頼を出す依頼主と、成績上位者が繋がる……?」
「そういうこった。依頼主は輝石の色を指定したり、成績上位者に指名依頼を出すようになるんだよ。そうなると、俺たちは必然的に、割りを食うってわけだ」
エイトの説明に、なるほどー、と頷く三年生たちを前に、ハロルシアンが唇を尖らせた。
「なんかちょっと説明に棘があるな~」
ぶーぶーと文句を言うハロルシアンは続けて、
「文句があるなら~、依頼主に実力を見せたらいいだけだよ~。実力のない人に限って、制度や体制の批判ばかりしたがるんだから~」
彼女の言葉に、うぐっ、と何かが突き刺さったかのようにエイトは胸を抑える。
彼女の言い分は続く。
「確かに、最初は輝石の色がないと大変かもしれないよ~? でも、覚えていて欲しいのが~、ハロたちも入学してきた時の輝石の色は灰色だったんだよ~? それを才能、という言葉だけで片づけようとするなら、その人は学園辞めた方がいいよ~」
ニコニコとしているハロルシアンだが、どこか有無を言わせない説得力があった。
そんな彼女の胸のブローチについた輝石は、学園で七席の上位三番目の黄色、橙色を帯びた黄色に輝いていた。
単純な輝石の色で、勇者部ではヴェレイラに次ぐ輝石の色持ちである。
「――だってさ?」
「はい、仰る通りで……」
ミュールがニヤニヤと口元を歪めて、半目でエイトに視線を送ると、視線の先ではハロルシアンの発言を受けてエイトは小さくなっていた。
「あと二つのデメリットは?」
ブルーの質問に、気を取り直したエイトは説明を続ける。
「ん? あぁ、そうだった。二つ目の理由は、三つ目にも通じることなんだが、それは時間だ」
「時間?」
「あぁ。依頼主は、依頼料を支払って依頼を魔法協会へ提出するわけだが、依頼主にとって俺たちが学生かどうかなんて知ったこっちゃない話だ――」
依頼人は仕事に対して、お金を払う。
それをこなすのが、冒険者だろうが学生だろうが気にしない。
大事なのはその成果である。
「――つまり、依頼を受けた後、それを達成するまでは、学業より依頼の優先順位が高くなる、というかしなくちゃならねぇ。だから、授業の復習や自主練に充てる時間が間違いなく減る。依頼状況によっては長期拘束になりがちだしな」
依頼を失敗したら報酬はゼロ。つまり、輝石の色が上がることはない。
だから、学業と依頼の両立が案外と難しいのです、とアドニスは言葉を付け加える。
アドニスの発言に、エイトは首を大きく振って頷く。
その首の動きには、実体験に伴う感情が籠っていた。
「最後に三つ目だが、学園行事の都合を合わせるのが難しい。なんせ時間がないからな。コンビの息が求められる対抗魔戦は特に」
いわゆる割のいい依頼を受けていれば話は別だが。
実際問題、多くの生徒が受けるのは良くて普通。
あるいは、割りのよくない依頼が大多数であった。
専業に飯を食べている者がいるからである。
彼らは一般的に冒険者とか言われていた。
「学園の上澄みと専業連中が、九分九厘の確率で、割の良い依頼は持っていくよ」
授業と四大行事に力を入れて、コツコツと輝石の魔力を溜めるのか。
課外活動に力を入れて、成果ゼロのリスクと共に、ドカンと輝石の魔力を溜めるのか。
「まぁ、要するに学園生活にどれだけ力を入れるかにもよるな。まぁ、亜人種はまず間違く、課外活動一択だろうけどな。昨年度に卒業した"
"黒豹"とは、昨年度卒業していったシトラスの友人の一人。
ブルーとは異なる氏族である猫人族の出である彼女は、その実力の他に、ひた隠しにされた容姿が有名であった。
常にマントやローブを身に纏い、首から頭頂部にかけて、大きな布地をぐるぐるに巻いて、目元以外の全てを覆い隠していた。
その実、ライラは変装の達人でもある。
魔力視の魔眼によって、魔力を識別できるシトラスには効果を発揮しなかったが、その変装技術を活かし、護衛や偵察任務にも優れていた。
亜人種は対抗魔戦や魔闘会に出ないということが、半ば不文律となりつつある学園では、彼らが輝石の魔力を溜めることは、極めて困難であった。
その中で、彼女は学園の序列二番目の色を、自身の輝石に宿していたのだ。
「レスタも言っていたけど、ライラってすごかったんだね」
「あぁ、全然気づかなかったよな。ずっと容姿を隠しているから色物枠かと――まぁ、色物枠はさすがに冗談だが。……今思うと、初対面の時にメアリーが興味を示していた時点で、やっぱり只者じゃなかったんだな」
シトラスがパンッ、と手を合わせて大きな音を立てた。
全員が彼に注目するのを確認すると、
「勇者部は活動方針は課外活動をこなしていこう」
「対抗魔戦と魔闘会はどうする? 出場する余裕があったら出る感じか?」
「そうだね。そうしようか。皆もそれでいい?」
シトラスの問い掛けに、勇者部の面々は同意を示した。
シトラスは顔ぶれを見渡し、拳を突き上げると、
「じゃあ、勇者部一同いざ行かんッ!!」
シトラスに同調して勇者部の面々も、おぉー、と拳を掲げた。
ワクワクとした表情、
ニコニコとした表情、
ドキドキとした表情、
ヤレヤレといった表情、
カチコチ固まった表情、
ム表情、その表情は各々である。
しかし、この瞬間に皆が同じ方向を向き始めた。
勇者部を見守るアドニスも、その口を緩めてその眼差しは温かい。
かつて彼にもあった青春時代。
形は違えど、志を共にした仲間との黄金の時間。
彼の胸をゆるく締め付ける感情は懐古か、寂寥か。
「――で、どこに行けばいいの?」
掲げた拳を解き、照れくさそうに後頭部を掻くシトラスに、一同は温かい視線を送るのであった。
◇
勇者部の方針を決めた翌日のこと。
カーヴェア学園は、週末の休日を迎えていた。
勇者部の四年生の四人はアドニスの先導で、王城を経由して、
課外活動に必要な手続きを済ませる為である。
既にその資格を有している最上級の三人は、今回は学園でお留守番。
地下都市の大通りで人混みを割って、歩く一同。
シトラスが先を先頭を歩くアドニスに、
「課外活動ってエッタで受けるんだね。知らなかった」
「はぁ、はい。学外の課外活動は、魔法協会の
アドニスの何気ない言葉に思わず口を滑らすシトラスであったが、
「いや、ぼくは――もごもご」
慌ててミュールが咄嗟に後ろから、シトラスの口を塞ぐ。
「? 初めてですよね?」
言葉を止めたシトラスを怪訝に思い、アドニスが振り返ると、
「ははは。初めてですよ。俺たちは」
シトラスに肩を組んで、ミュールは乾いた笑い声を響かせた。
シトラスは昨年度、魔力視の魔眼について調べるために、学園に内密で地下都市に訪れていた。
しかし、学園の生徒は、学園の生徒は許可なく学園城を出ることは禁じられていた。
なおかつ、王城への登城も禁じられていた。
つまり、重大な校則違反である。
アドニスは、シトラスたちの様子を特に気にした様子はなく、話を続けた。
「はぁ、鑑定士の方がいれば、シトラスの魔眼について、詳しく見てもらうのもいいかもしれませんね?」
「あははは、そう、だね……」
アドニスの言葉に、今度はシトラス乾いた笑みを浮かべる番であった。
当時最上級生だったライラの力を借りて、学園に内密で地下都市へ訪れた際に、縁あって特級鑑定士に彼の魔眼を鑑定を受けた。
彼の持つ魔眼が、魔力視の魔眼であることはそのときに判明した。
アドニスの引率の下で、勇者部の七人は、魔法協会のエッタ支部にやってきた。
エッタ支部は周囲の建物より何倍も大きく、ひときわ目立っていた。
その外観も綺麗に手入れされていた。
その窓は陽の光を反射して、眩いほどに輝いている。
「はぐれないようについてきて下さい」
アドニスの引率の下で、支部の扉をくぐる。
受付に足を運んだ一同。
カウンターを挟んで受付には人族の女性が立っていた。
抜群の営業スマイルで声を掛けてくる。
「魔法協会エッタ支部へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「はぁ、カーヴェア学園の課外活動です。これがその証明書になります」
アドニスの懐から、束になって丸められた羊皮紙が、カウンターの上に置かれる。
「かしこまりました。それでは承ります」
それを受付嬢が拾いあげると、封蝋でとめられた羊皮紙を確認する。
封蝋印で止められた紐を、手のひらより小さな切り出しナイフでそっと切った。
しばらく真剣な表情を浮かべて、四枚の羊皮紙を順に確認した後、再び抜群の営業スマイルを浮かべた受付嬢。
「はい。確認いたしました。問題ございません。パーティ名は『勇者部』でお間違いないでしょうか?」
受付嬢の最終確認に、アドニスがチラリと背後のシトラスに視線を送る。
シトラスがこれに満面の笑みで答えたので、アドニスは再び正面の受付嬢を見つめ、肯定の意を示した。
「では、認識票を作成するため、ご本人様の血液が必要なので、こちらの魔具で順番に採血をお願いします」
そう言うと、受付嬢はカウンターの下から、何やら小型の魔法具を取り出した。
その魔法具は掌サイズの円柱と、それを支える土台で構成されていた。
円柱の断面をみると、その中心部に細く鋭い針があるのがわかる。
「採血と言っても一滴で十分です。この筒の中心部の針から血液を採集しますので、どちらの手でも構いません。親指をこの針の中心部にあてて、人差し指はこの筒の後ろ側に指を引っかけて、この魔具の筒状の部分を親指と人差し指で軽く挟んでください。……はい、そうです。あってますよ。そのまま、そのままじっとしていてください。安心してください。この最新の魔法具は、使用者に痛みを感じさせない優れモノなので――ほら、痛くなかったですよね?」
受付嬢がカウンター上に取り出した魔具に興味津々のシトラスが、使用方法の説明を受けながら、最初に採血を済ます。
最新の魔具を用いた採血はあっという間で、少しちくりとするだけで、痛みらしい痛みもない。
魔具から指を離して、シトラスは採血した指をしげしげと眺めた。
それでも魔具の針の跡がどこにあるのかわからないほどであった。
全員の採血終わると、受付嬢は一言断ってカウンターから離席する。
離席した彼女が再び戻ってきた時、彼女の手には離席する時にその手に持っていなかったものがあった。
「それではこちらを受け取り下さい」
受付嬢がカウンターの上に、握りしめていた四枚の金属板を、そっと並べて置いた。
それは、掌にすっぽり収まると収まるほどの大きさの長円形の金属板であった。
それぞれの金属板に、四人の名前が公用語で刻まれている。
金属板の端には、紐やチェーンなどを通すための小さな穴が開いていた。
アドニスに促されると、四人は各々自分の名前が彫られた金属板を手に取った。
シトラスが、金属板をひっくり返してその裏側を見る。
そこには数字と公用語を組み合わせた文字列が並んでいるのがわかった。
興味深そうにしげしげと金属板を見つめる四人に、受付嬢が優しく微笑む。
「そちらは魔法協会で共通の認識票でございます。認識票とは、個人を識別するために使用されるものです。こちらは魔法協会で依頼を受ける際や、都市を出入りする際に、必ず必要となるほか、
シトラスが、認識票を掲げる。
室内の光源に照らされた認識票は、その色を鈍く光らせる。
「認識票の盗難等で不利益が生じた場合も、魔法協会ではその責任を取りかねますので、その旨ご了承ください。また、万が一紛失、破損された場合は、直ちに最寄りの支部に、公的に身分を証明できる書類を持ってお越しください――」
その後も、ブラブラと受付嬢の説明が続く。
アドニスが首を振って、それに相槌をする。
後ろの四人の生徒たちは、もはや話は聞いておらず、認識票を翳したり、噛んでみたり、擦ってみたりと興味津々である。
それはまるで新しい玩具を貰った子供のようであった。
しばらくすると、受付嬢の話が終わったようで、アドニスが振り返る。
彼は懐から細長い紐を四本取り出すと、それぞれ配り、
「はぁ、それを認識票の穴に通して、常時首から下げていて下さい。この紐の繊維には魔法が駆けられておりますので、汚れませんし、手入れの心配もいりません」
アドニスの言葉に従い、各々認識票に紐を通し、首からぶら下げる。
ブルーが、シトラスの認識票の紐を首の後ろで結び、シトラスが、メアリーとブルーのそれを結んだ。
それを横目に、ミュールは、自身で自身の認識票を結んでいた。
「これでいつでも依頼を受けられるの?」
「はぁ、はい。そうなります。ただ学園の外出許可と、王城への入場許可は、毎回私か他の教師に取って下さい。あとは色々と地下都市独自のルールがありますので、それに従って下さい。ルールはおいおい覚えていきましょう」
アドニスは四人の首から認識票がぶら下がったのを確認すると、
「はぁ、せっかくのなのでご一緒に、依頼を一つこなしていきましょう」
室内で抜群の存在感を誇る、見上げるほど大きな掲示板の前まで五人は移動する。
掲示板の前には、既に大勢の人が押しかけていた。
その中には、学園のローブを身に纏った者もいた。
掲示板には、見渡す限りびっしりと羊皮紙がピンで止めてあった。
そのすべてが依頼書であった。
依頼書には、依頼内容と依頼主、そして報酬が、書式を問わずでかでかと書かれていた。
その中には、実物と見紛うほどに精巧に描かれた絵がついている依頼書まである。
依頼人もいかに、依頼を受けて貰えるか差別化を図っているようだ。
人混みをかき分けて、掲示板の前まで足を運んだ勇者部一行。
掲示板を前にアドニスが、
「はぁ、基本的に依頼は、掲示板にある依頼書から選びます」
「こ、これ全部依頼書か?」
膨大な依頼書の前にミュールが改めて驚く。
見上げるほどの依頼書の数。
依頼は重なってピンで留められていた。
あまりの多さに掲示板自体の色が全く見えない。
それが掲示板の上下左右に広がっている。
「はぁ、はい。そうなります。ここにある依頼書は、まだ未消化済みのものですので、気になる依頼書があれば、その依頼書を掲示板から剥がして、受付に持っていきましょう。ここにある依頼はすべて早い者勝ちです。のんびりしていると――」
アドニスがぐるりと視線を見渡した。
その中から一つの依頼書にゆっくりと手を差し伸べると、横からアドニスより頭二つは大きい筋肉隆々の男が、その依頼書をかっさらっていく。
「――はぁ、こうなります」
差し出されたアドニスの手は、空しく虚空を掴んだ。
実にわかりやすい実例であった。
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