三十八話 倶楽部と部員と


 シトラスがイストを退部してから数日。


 ブルーの襲撃を発端としてシトラスはイスト魔法俱楽部を退部した。

 その話はすぐに親しい者の知るところとなった。


 シトラスの滞在する学園寮。


 シトラスの姉であるベルガモットと、年上の幼馴染――ヴェレイラ・ガボートマンが訪ねてきた。    

 退部の話を聞くや否や、出先から帰ったその日のうちに、すぐに寮へと駆けつけたのである。


 名実ともに学園最強の二人。

 二人が胸につけるは、共に学園最高峰を示す赤の輝石。


 二人の目的は、シトラスのイスト魔法俱楽部への慰留である。


 ベルガモットはシトラスの隣に座って、

「――なぁ、シト。機嫌を直してくれないか?」

 顔を覗き込んで懇願する。


 シトラスはつーんと顔を反対側に背けた。


「ねぇ、シト。私からもお願いよ」

 反対側から、その巨躯故に、地面に膝を立てて懇願するヴェレイラからも、つーんと顔を背けて正面を向く。


 それを遠巻きにミュール、メアリーが見守っている。


 レスタとエヴァは談話室で話が終わるのを待っている。

 二人もこの輪に加わりたがったが、これは身内の問題だと、ベルガモットとヴェレイラに切って捨てられていた。

 彼らもさすがに学園の二強を相手には引き下がることはできなかった。


 シトラスが一向に聞く耳を持たないので、上級生の二人はひたすら謝り倒していた。


 見かねたミュールが彼女たちに助け船を出す。

「シト。お前、俱楽部を抜けてどうするんだ?」


 ミュールの問い掛けに、シトラスは指一本を顔の前に立てて笑うシ。

「――大丈夫。ぼくに考えがあるんだ」


「……その考えは?」

 ミュールが隣のベッドに腰かけながら、シトラスに胡乱気な視線を送った。


 シトラスの考えは突飛で、いつもミュールの斜め上を行く。


「俱楽部を作ろうと思うんだ」

 シトラスは、腰かけたベッドから立ち上がってそう言った。


「――は?」

 思わず首が前に出るミュール。


 そんなミュールの様子を知ってか知らないでか、話を続けるシトラスは、

「学園には種族も派閥を問わず、誰でも入れる俱楽部。そんな俱楽部があってもいいと思うんだ。名前は……勇者部、とかどうかな?」

 と言って室内を顔ぶれを見渡した。


「おまッ、またそんな子ども染みたことを……」


「――ぼくたちはまだ子どもさ。だから何だってできるッ」

 今度はミュールの言葉に反応して、笑顔を見せる。


 ミュールがシトラスを静止するために言葉を続けようとするが、

「じゃあ、私もそこに入るね」

 とはヴェレイラ。


「は? は?」

 ミュールの口が、餌を求める魚のようにパクパクと動く。


 驚きはそれだけにとどまらず、ベルガモットは、

「私も、と言いたいが、私は立場があって動けないな。レイラは内から、私は外からシトを守るよ。俱楽部は違えど、私も志を共にする同志として認めてくれるか、シト?」

 ベルガモットは依然としてシトラスのベッドに腰かけたまま、上目遣いでシトラスを見上げると、

「うーん、姉上は特別だよ?」

 シトラスは冗談めかして、笑ってそれを受け入れた。


「は? は? は?」

 とんとん拍子に話が進んでいくことに、ミュールは戸惑う。


「私も」

 ベッドから一度は立ち上がったシトラスだが、正面から飛びつくように抱きついたメアリーの勢いで、再びベッドに腰掛ける形になった。


 左右に美女を傅かせ、膝の上には美少女を乗せるシトラス。


 ――どっちかっていうと、勇者と言うより悪の親玉じゃね?


 という言葉をミュールはぐっと飲み込んだ。


「ミュールはどうするの?」

「あっ、えッ? お、俺がおかしいの、か……? いやまぁ、俺もはいるけどよぉ」


 持つべきものは友である。



「――ということで、新しく俱楽部を作ることになりました! みんなで理想の俱楽部を作ろうッ!」


 翌日の歩兵科の授業前の休憩時間。

 シトラスは壇上に上がると、勇者俱楽部の成立を高々に宣言する。


 シトラスの演説を聞いていた歩兵科の受講生の顔は、ポカーンの一言に尽きる。

 少しでもシトラスのことを知る人間は、まーた何かやってらぁ、という表情を浮かべていた。


 シトラスは周囲の反応を他所に、言いたいことだけ言うと壇上を降りてブルーの下へ向かう。


 先日の決闘でブルーの輝石は色を失い、再び灰色から始まることとなった彼女に手を差し伸べた。

「また、ここから頑張ろう!」


 ブルーが、おずおずと手を差し出す。

 その手がシトラスの手を掴むより早く、彼の手が彼女の手を取った。


 授業中、ミュールとブルーに俱楽部についての活動を相談する。


 その結果、まずは正式に認めてもらうために、学園長の許可を得ようという話になった。


 シトラスは授業が終わると理事長室へ、俱楽部の認可を貰いに行くことを決めた。


 学園長のいる学園長室は、校舎の一階にある。

 昔は校舎の最上階にあったそうだが、生徒により親しみを持ってもらうために、いつからか一階に移動したそうだ。


 学園のあちこちにある仕掛けギミックや、元は軍事要塞でもあった学園城の規模的に、校舎内は迷子になりやすい。

 学園長室は、生徒が在学中に最もよく使う学園の中央昇降口横ということもあってわかりやすかった。


 シトラスは、ミュール、メアリー、そしてブルーと共に、放課後になると学園長室へと訪れた。


 学園長室の前に横並びに並ぶ四人。


 彼らは、学園長室の両開きの扉を前に、一つの問題に直面していた。


 シトラスが興味深そうにドア全体を見渡しながら、その表面を撫でる。

「このドア、開けるためのレバーもハンドルもない……?」

「ってことは押戸か? ――ダメだッ。なんだこの扉。押してもびくともしねー」

「固い」

 ミュールとブルーがそれぞれ左右に分かれて、体全体を使って扉を押すも全く開く気配がない。


 シトラスの左側に立っているメアリーが、こてんと小首を傾げると、

「……切る?」

「もう少し待ってねメアリー」


「……もう少し待ってもダメだからな、シト、メアリー」

 ミュールは二人へ振り返るとジト目で釘を刺した。


「こうなりゃ、力技だッ!」


 助走をつけるため、扉から距離を取るミュール。


 強化魔法で足を強化し、廊下を蹴って加速する。

「そう言えば――」

「うおおおおおおお!!」


 肩を突き出して、学園長室の扉に勢いよくタックルを仕掛けるミュールだが、

「―うぎゃあああああ!!」

「――学園の扉には外部からの攻撃を跳ね返す魔法が掛かってることが多い、って魔法生物学のアイリーが言ってた気がする」


 ミュールが勢いよく扉にぶつかったかと思うと、扉が衝撃を吸収するように一瞬歪み、その後その体は勢いよく弾き返された。


 ミュールの体は扉にぶつかった速度と同じ速度で吹き飛ばされた。

 空いていた背後の窓から、校舎の外にその姿を消していった。


 どうやら生垣に落ちたようで、制服に枝葉をつけたミュールが這う這うの体で、窓から身を乗り出すと、

「そ、そういうことは、さ、先に言えや……」

「ごめんごめん。すっかり忘れてた」


 よいしょ、と窓から再び廊下に戻ってきたミュールは、再び扉に歩み寄る。

「この時間なら、学園長は学園長室にいるはずなんだけどな。シトの魔力視の魔眼で部屋の中に人がいるかわからないのか?」


 目を凝らして扉を見つめるシトラスであったが、首を振ると、 

「うーん。なんかこの扉に限らず、学園の扉ってだいたいが魔力を纏っているから、室内の様子はわからないんだよね」

「魔眼もさすがにそこまで万能じゃないか。それができたら千里眼だもんな。……どうするシト?」

 シトラスとミュールが話していると、学園長室の扉が音を立てて開く。


「うおっ、開いたッ!」

 

 開いた扉の中から姿をのぞかせたのは、

「さっきから何しているんだい君たちは? まずは、ノックをしなさい。ノックを」


 白髪白眼で、児童と見紛う容姿の持ち主。

 年齢不詳の学園長――ネクタルその人である。


 彼の動きに合わせて、床まで届きそうなその長い白髪が揺れる。


 基本的なことをすっかり忘れていたことに気がついたミュールは、

「あッ、す、すみません!」

「ごめんなさい」

 慌てて勢いよく頭を下げたミュールを皮切りに、シトラスも軽く頭を下げる。

 メアリーとブルーもそれに倣った。


「それで……? ボクに何か用?」

「あ、はい。その――」

「新しく魔法俱楽部を作りたいんだッ! 倶楽部名は勇者部ッ!」


 ミュールの言葉を遮って、シトラスが笑顔で言い切る。

 

 最初はポカンとした表情を浮かべていたネクタルであったが、

「君は……シトラスだね? 何かと話題の中心にいるねぇ、君は。他の子たちは……察するに、去年勇者科に所属していた生徒たち、か」

 ニコニコとした表情を浮かべると、四人をぐるりと見渡した。


「これで全員かい?」

「あとはヴェレイラ、っていう五年生が一人」

「ッ……。おや、驚いた……。あの"不動の巨人デイダラボッチ"を動かしたのか」


 目を少し見開き、ネクタルは息を呑んだ。


「うん。それで今日は勇者部を正式に認めてもらいに来たんだけど、どうしたらいい?」

「……そうだね。せっかくここまで来たんだ。君たちの魔法俱楽部の活動を認めてあげよう――」


「やったッ!」

 握り拳を作るシトラス。


「――と言いたいところなんだけどね。カーヴェア学園で俱楽部活動を正式に認められるためには、部長を含めて七人の部員が必要なんだ。君たち四人に"不動の巨人"を加えても、まだ二人足りない。これだと残念だけど、認めることはできないんだ。だから、君たちがまずやらなければならないことは――」


 ネクタルが左手の示指を一本だけ立てて、その言葉を区切る。


「――部員集め」

 シトラスがその後の言葉を引き継いだ。


 シトラスの答えに満足そうに頷いたネクタルは、

「そういうことだね。七人集まったらまたおいで。……その時はシトラス。君一人で来てね」






 学園長室を後にした四人は、そのまま旧勇者科の教室に足を運んだ。


 昨年度をもって閉講となった勇者科の教室。

 今年度はどの授業でも使われておらず、空き教室となっていた。


 部屋は常時解放されているため、室内で話し合いをするには、うってつけの場である。


 室内の椅子や机に、四人は思い思いに腰かける。


 ミュールが口火を切る。

「――で、誰かあてはあるのか? こういっちゃなんだが、ブルー、お前だけが頼りだ」


 ミュールの知る限り、シトラスとメアリーに誘えるだけの人脈はない。


 縋るように述べたミュールに対し、渋い顔を浮かべるブルー。

 彼女も彼女で一匹狼ならぬ、一匹猫であった。


「……そうだッ! エイトはどうかな?」

 シトラスが思いついた、とばかりに示指を立ててみせた。


 ミュールは、その名前に該当する人物を記憶の中から探す。

 聞いた覚えがあったが、言われてすぐにパッと浮かんではこなかったのだ。


「エイト……? エイト、エイト、エイト……あぁ、シトの巻き添えで俱楽部イストに入った先輩か。正直、あんまり気にしてなかったけど、あの人まだ在籍してたのか? 最近見てないから、てっきり卒業したもんかと……」


 すっかり忘れてた様子のミュールに、

「いや、エイトは姉上やレイラと同じ世代だから、今五年生だね」


 エイトがシトラスと面識があって、なおかつ、シトラスの姉のベルガモットが治めるイスト魔法俱楽部にいるのなら話が早い。


「そっか。何とかなりそうだな。エイトには申し訳ないけど、卒業までの最後の一年はこっちの俱楽部で満足してもらおう。イストの実質的なボスのシトの姉貴もこっちに協力的だし、嫌とは言えないだろ。となるとあと一人か……」

「あと一人ね~……」


 あと一人をどうするか二人が唸っていると、

「はろ~!」


 教室の開け放たれた扉から、ひょっこりと一人の女子生徒が、その顔を覗かせた。


 目にかかる粉雪のように白い髪。

 赤のようにも、黒のようにも見える不思議な茶眼。

 口元には愛嬌のある笑顔。


 脈絡なく姿を現した、見覚えのない少女にミュールは困惑する。


 しかし、シトラスにはその顔に見覚えがあった。

「ハロッ! 久しぶりだね。どうかしたの?」


 笑顔を向けたシトラスに、ニコニコとハロルシアンも笑みを浮かべていた。

 教室の中に足を踏み入れる。


 そのまま、四人の輪に歩み寄った。

「うん。シトが何か面白そうなことしてる、って噂を聞いて~。ね~、私も仲間に入れてよ~」


「えッ!? いいのッ? やった~。よろしくねハロ」

「いぇいいぇい」

 調子の良い二人。


 ハロルシアンに対して、ミュールとブルーは探るような視線を送る。

 メアリーは、彼女の顔をじっと見つめている。


 あまりに都合が良すぎる話である。

 勇者科の設立は昨日今日で決めた話である。

 部員募集にいたっては、小一時間ほど前にネクタルに言われて決めたばかりであった。


「あっ、みんな彼女はハロ。彼女は姉上と同じ五年生だよ。一年生の時に、大図書館で出会って以来の仲なんだ」


 そのまま、今度はハロに旧勇者科の面々を紹介する。

「彼がミュール、ぼくの親友で幼馴染なんだ。こっちの彼女がメアリー。彼女も親友の一人で幼馴染、剣がとってもうまいんだ。それで、こっちの彼女が、ブルー。彼女とは一年生の時から仲良くしてるんだ。お手々の肉球が気持ちいいんだよ」


 猜疑心を置き去りにしたシトラスの代わりに、ミュールが彼女が誰かの回し者ではないかと疑っていると、勇者俱楽部で最後の初期メンバーが、教室にその顔を見せた。


 最後の初期メンバーとは、シトラスの年上の幼馴染のヴェレイラであった。


 彼女は人並み外れた巨躯の持ち主であるが、抜きん出ているのは体格だけでない。

 その実力も他より抜きん出ていた。

 胸に付けた輝石の色は、学園で七人にしか許されていない赤。


 対抗魔戦ではベルガモットと組んで、入学以来の四連覇。

 魔闘会でも毎回の如く、準決勝、準々決勝に姿を見せている。

 入学以来、七席以外で彼女に土を付けることができたものはいない。


 彼女はその豊満な体を揺らしながら、身を屈めて教室に入って来るが、

「ごめん、シト遅く――ッ! シトから離れてッ!」

 普段から柔和な彼女の顔が、ハロルシアンの存在を認識した瞬間に、激しく歪んだ。


 ヴェレイラが唸るように声を出す。

「"王の道化師クラウン・クラウン"ッ!」


 ハロルシアンは、険しい顔のヴェレイラに対しても、笑顔を見せる。

「はろ~! レイラちゃん、元気してる~? ――わととと、元気してるね~」


 ハロルシアンを串刺しにするように、彼女の足元から石の円錐が彼女を襲う。


 それを跳ぶように下がることで、華麗に回避した。


 シトラスは、突然の攻撃魔法に、

「何してるのレイラッ!」

 とヴェレイラの振る舞いを非難するも、

「シト、気をつけてッ! 彼女はハーロウィン侯爵家の跡取り娘、ハロルシアン・ハーロウィン。二つ名を"王の道化師"。セントラルの幹部の一人よッ!」


 予告なしに攻撃魔法を放たれたにも関わらず、余裕の笑みを崩さないハロルシアンは、

「わぁ、私の自己紹介ありがと~。でも、私は二つ名で呼ばれるより~、ハロ、って呼ばれる方が好きだったりして~、わっわっ、さっきからレイラちゃん元気だね~」


 再度、石造りの円錐がハロルシアンを襲うも、またもこれを軽い身のこなしで躱す。


 ヴェレイラの攻撃の巻き添えを喰らい、教室の椅子や机が粉々に破壊される。

 音を立てて、部屋の備品が減っていく。

 

 ヴェレイラは、ハロルシアンを攻撃している間に、シトラスの傍まで来ると、ひょいと彼を片腕で持ち上げた。


 彼女の左腕の中に座るような形になったシトラスは、すぐ隣にある顔に向けて

「やめてよレイラッ!」

 と声をかける。

 ヴェレイラは、ハロルシアンから目を逸らさずに、言葉を返す。

「……シト。何を話したのか、何を約束したかは知らないけれど、道化師クラウンを信用してはダメ。彼女はずる賢く、狡い」


 じっとハロルシアンの一挙手一投足を警戒するヴェレイラ。


 聞く耳を持たないヴェレイラに、シトラスは、


「もー、めっ!」


 抱えられた姿勢のまま、彼女の頭にチョップを喰らわした

「あうっ……」


 これにはたまらず、その視線の先をハロルシアンから、すぐそばにあるシトラスの瞳に変えた。


 シトラスはわざとらしく眉間に皺を寄せると、人差し指を立てて、

「彼女はもう勇者部の仲間だよ? 仲良くしないとダメでしょ?」

「……シト、今なんて? "王の道化師"が勇者部に?」


 目を剥いて驚くヴェレイラ。


 目敏く空気が変わったことを察したハロルシアンは、再度シトラスの傍まで歩み寄りながら、

「そうだよ~。私も今日から勇者部の仲間だよ~。いや~、まさか、在学中にレイラちゃんと肩を並べることになるとはね~」


 ウソでしょ……? という表情を浮かべたヴェレイラは、

「まって、シト。考え直して。彼女は――あうっ、あうっ」


 なおも喰い下がるヴェレイラに、今度は二度続けてチョップを喰らわす。

 心なしかその威力は、さきほどより強めである。


「勇者部規約一号! 部員は仲良くッ!」

「……シトお前、絶対今それ作ったろ」


 ジト目のミュールのツッコミが、教室に静かに響いた。


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