二章三節 勇者部編
三十七話 決裂と二つ名と
カーヴェア魔法学園における二ヵ月の夏季休暇が終わった。
シトラスは三年生となった。
三年生ともなれば、晴れて上級生の仲間入りである。
学園城の廊下を、三人の生徒が歩いていた。
その内の一人。
さらさらとした金橙髪で、爛々と輝く髪と同じ金橙眼の少年――シトラス・ロックアイスが口を開く。
「夏季休暇もあっという間だったね」
「あぁ、これでもう夏も終わりだな、っておいシト。ちょっと待て。お前ブローチが落ちそうだぞ」
シトラスの胸元に手を伸ばし、彼の胸元で青色に輝くブローチを手で直すのは、ツンツン頭の金髪琥珀色の瞳の少年――ミュール・チャン。
ミュールは孤児出身である。
幼少期に家出をしたシトラスと出会い、以来文字通り住む世界が変わった。
孤児由来のワイルドさと、持ち前の機転の良さで、陰に日なたにシトラスを助けていた。
彼自身も学業や学園行事で優れた成績を収めており、その胸の輝石の色は、やや黄色がかった緑色。
最近では、女子生徒から密かな人気を集めつつあった。
シトラスの左側で手が触れるか触れないかの距離を、半歩引いて歩くのは赤髪赤眼の少女――メアリー・シュウ。
手足が長く、小顔で顔のパーツが整っている美少女。
入学当初は華奢な少女であったその肉付きも、今や日に日に女性らしい丸みが増していた。
三人は幼少期からの幼馴染であった。
入学してからも一緒にいることが多かった。
学園の生徒が身に着けたブローチに埋め込まれた輝石の色は、学園での成績を表す。
その色は灰色から始まる。
そして、紫、藍、青、緑、黄、橙、赤と成績に比例して昇格する。
色が上がるにつれて、色を昇格させることは難しくなる。
中でも最上位を示す赤色にいたっては、学年全体で上限数が七と決まっていた。
彼らは七席と呼ばれて、学園から様々な特権を与えられていた。
「それにしても本当によかったのか? 勇者科の代わりの専攻課程が歩兵科で……」
ミュールの問い掛けに、シトラスは、
「うん。歩兵科でいい、歩兵科がいいんだよ。なんだろう……。勇者科に一番近い気がするんだ」
シトラスの回答にミュールは首を傾げながら、
「歩兵科が? 相変わらずシトの言うことは時々わからん。……にしてもアドニス先生も勇者科存続について、多めに見てくれてもいいのにな。一回戦のシトの相手はあの四門の北のアブーガヴェルだぜ?」
シトラスたち三人と、ここにはいない猫人族の少女――ブルー・ショット。
四人は昨年度、勇者科に在籍していた。
しかし、勇者科は昨年度をもって閉講となった。
担当教師であったアドニスが提示した科の存続の条件を、満たすことができなかったためだ。
今年からシトラスたちは勇者科の代わりに、他の課程を専攻しなくてはならなかった。
「約束は約束だからね」
勇者科の担当教師で、本人も元勇者だというアドニス。
彼は担当教師でありながら、勇者科の閉講を望んでいた。
そのため、唯一の受講生である勇者科のシトラスたち四人の生徒に、勇者科存続の条件を二つ提示していた。
それが、勇者科の生徒四人の対抗魔戦の本選一回戦の突破。
そして、魔闘会の本選一回戦の突破。
対抗魔戦は、全員が突破。
魔闘会も、三人が突破した。
しかし、残るシトラスの魔闘会の対戦相手は、七席の一角、かつ四門と呼ばれる大領主の一つ、アブーガヴェル家の嫡子――サウザ・アブーガヴェル。
シトラスは彼の前に敗戦。
この結果を受けて、勇者科は昨年度をもって閉講される運びとなった。
「それに勇者科でなくちゃ、勇者になれないわけじゃないでしょ? 今いる六人の勇者のうち、二人は勇者科出身じゃないし、そのうちの一人にいたっては、学園にも通ってなかったって聞くし」
「そうだな。身の振り方はおいおい考えていけば――」
三人が歩いていると、廊下の十字路で横から出てきた男子生徒と、ミュールの肩がぶつかる。
「――ちッ。いってーな。どこに目――あ、いや。すみません」
ミュールの胸の輝石の色が自分より上であることを悟ると、急に弱腰になりそそくさと立ち去った。
その生徒の輝石の色は、青色に近い藍色であった。
「なに今の?」
「……シト。気をつけろ。おそらく色狩りだ」
ミュールは足早に去っていた生徒の後ろ姿を睨みつける。
「色狩り? なにそれ?」
キョトンとした顔を見せるシトラスに、
「自分の輝石の色を上げるために、決闘で格下から輝石の色を巻き上げる奴らだよ。決闘で勝てば、負けた相手の輝石の魔力を吸い取ることができるんだよ。おおかた上級生が抜けた影響だろう。毎年あるんだが、この調子だと例年より激しそうだな。やっぱり去年卒業していったアブーガヴェルの名が重しになっていたんだろうな」
ミュールが忌々し気に呟く。
「そうなんだ。全然知らなかった……」
ミュールは肩を竦めてみせると、
「そのあたりは新入生には関係ないからな、シトもこれから気をつけろよ。輝石の青と緑が一番激しいんだ。シトも今みたいに因縁を吹っ掛けられるかもしれないが無視しろよ。前にも言ったが、相手の手袋は絶対に受け取るなよ」
コクリと頷いたあとで、シトラスは笑顔をみせて、
「わかった。あとでブルーにも教えてあげなきゃね」
「……あぁ、そうだな」
シトラスの笑みから、視線を逸らして答えたミュールが印象的であった。
三人はその後も他愛ない話をしながら、歩兵科の教室へと向かった。
歩兵科は主に前線部隊の部隊長、部隊員の育成を主眼とする専攻課程である。
つまるところ、戦時の下っ端である。
そのような専攻課程に上級臣民がいようはずもなく、シトラスの存在は異質であった。
なおかつ、シトラスたち三人は昨年度の対抗魔戦、魔闘会の本選に出現した実力者。
周囲の生徒は、この遅れてきて編入生に縮こまっていた。
幸い、新入生のときのクラスメートが何人かいたので、三人が歩兵科で完全に孤立することはなかった。
授業が終わった。
初日ということもあって授業はオリエンテーションが中心であった。
シトラスは教室を後にする生徒たちを何度も見回す。
「ブルーはどこだろう? 一緒に歩兵科を取ろう、ってこの前の舞踏祭で踊った時に話してたのにな……」
毎年年度末に開かれる四大行事の一つ――舞踏祭で『一緒に歩兵科へ行こう』と約束していたブルー。
彼女は最初の授業だというのに、遂に最後までその姿を授業に見せなかった。
歩兵科の授業を終えた寮への帰り道。
校舎の中庭の前を横切る。
中庭には見上げるほど大きな木々が植えられていた。
その木々から生い茂る枝葉のおかげで、夏でも涼しいこの場所。
学園の亜人が自主練習や、舞踏祭で利用する場所としても有名であった。
木々は、徐々にその緑の装いを紅に変えつつあった。
シトラスは中庭を通る度に、シャイでぶっきらぼう、しかしそのくせ面倒見がいい年上の友人のことを思い出していた。
ブルーとは異なる猫人族の一族の出である彼女――ライラは昨年をもって学園を卒業していった。
現在は彼女は卒業後の義務である軍役に着いている。
夏季休暇でひと騒動あったが、二人の仲はこの夏で急激に深まっていた。
卒業後にも文通を交わしていた。
「ライラとはあの木の下、というか木登りに失敗して、助けてもらったのが最初の出会いだったっけ……」
などど感傷に浸り、その木の根元に視線を移すと、その木にもたれ掛かるように倒れている一人の少女の姿が目に飛び込んできた。
慌てて駆け寄ると、その少女はシトラスが良く知る少女であった。
「ブルーッ!! どうしたのその傷ッ!?」
猫人族の彼女は、一年生のときにシトラスに懐かれ、半強制的に一緒に行動をしている内に感化され、ついには彼と同じく勇者科を専攻するほどの仲となっていた。
シトラスにとっては同胞、とも言うべき彼女が傷だらけであった。
ろくに治療もされていない彼女の傷は生々しい。
目に見える範囲でも痣だらけで痛々しい。
ブルーは腫れ上がった瞼でシトラスを見つけると、恥ずかしそうにその目を伏せる。
「……あッ、シト。なんでも、ない……」
「また……セントラルに、やられたの?」
シトラスは怒りの感情を押し殺して尋ねた。
一年生のとき、中央貴族の縁者が多数所属する倶楽部――セントラルに襲撃されているブルーを、間一髪でシトラスが助けるということがあった。
その後、助けに入ったシトラスも追い詰められたが、最終的には、彼の姉のベルガモットが駆けつけて事なきを得ていた。
「……大丈、夫。大丈夫だから……うッ」
心配させまいと、健気に振る舞うブルーを一度抱きしめる。
両肩を掴んで彼女の瞳を見つめる。
「言って? ぼくたち友達でしょ?」
「――」
一瞬ためらいを見せた後、彼女の口が小さく開かれた。
しかし、吐き出された名前は予想した名前とは異なり、聞き間違いかと自身の耳を疑い、再度その名を聞き直さなければならなかった。
「え?」
「――イストにやられた……」
彼女が告げた加害者の組織。
それはシトラスたちが一年生のときから所属する魔法俱楽部の名であった。
◆
「姉上ッ!!」
シトラスはその足で、イスト魔法俱楽部の拠点である魔法塔に向かった。
怒気を隠さずに塔へと入る。
幹部以外の立ち入りが許されていない二階へ大股で向かう。
二階の中央にある開け放たれた部屋。
会議や、事務作業でも使われることが多い一室。
そこに、つかつかと小走りで入る。
シトラスは自身の姉を大声で呼んだ。
「どうしたの? そんなに険しい顔をして」
そこには目当ての姉の姿はなかった。
姉と同学年である金髪碧眼の美少女――アンリエッタ・フィンランディアが、部屋の中央に設置された円卓上で、書類の山と格闘していた。
その胸には赤色のブローチ。
今年度で学園最上級生の五年生となった彼女の輝石は、晴れて赤色に昇格していた。
気色ばむシトラス。
「姉上はどこッ!?」
アンリエッタは粛々と書類にサインを書きながらその口を開く。
「ベルは今所用で学園を外しているわ。よかったら代わりに私が話を聞くけど――」
「――どういうことッ! イストの生徒が色狩りをしているって!」
アンリエッタの言葉を遮るように、シトラスが口を開くと、
「色狩り? あぁ決闘のこと? それがどうかしたの?」
気色ばむシトラスその手を動かしながら、顔だけをシトラスへと向けた。
可愛らしく小首を傾げる。
「イストの誰かがぼくの友達が傷ついたんだよッ!」
「そう……それは気の毒なことをしたわね。どこの家の者?」
「去年ぼくと一緒に勇者科にいたブルー・ショット」
アンリエッタは動かした手を止めて、
「……というと、猫人族の彼女ね。ごめんなさいね。次から彼女は避けるように伝達しておくわ」
と言うとまた事務作業に戻った。
いささか含みのある言葉であった。
彼女"は"避ける、と。
つまり、今後もブルー以外には――。
ここまで思い至ったシトラスは、おもむろに口を開く。
「……イストはいつもこんな事やってるの?」
アンリエッタはその顔を書面に向けている。
スラスラと文字を綴りつつ、尋ね返す。
「こんな事って?」
「……ブルーから聞いたよ。数人がかりで無理やり決闘を受けさせられたって。断ると
アンリエッタは手にしたペンを再度止めた。
それをそっと机に置いてシトラスを見つめた。
「……シト。いい? 学園で輝石の色を上げるって言うのは、みんな死に物狂いなのよ。……お遊びじゃないのよ。亜人のお友達には申し訳ないけど、その子が亜人である限り、これは避けられないことなのよ」
アンリエッタの顔はいつも通り、穏やかに微笑んではいた。
ただその目は決して笑ってなどいなかった。
肩を小さく震わせながらシトラスは、
「……彼女が猫人族に生まれたからしょうがないって、無理やり決闘を受けさせられるのは仕方がないって、そう言ってるの?」
「そうよ。それが学園で、魔法俱楽部に身を置くということなの」
シトラスの肩の震えが止まった。
「……わかった」
「ありがとうシト。理解してくれて」
彼女の目も、今度こそ口元に合わせて嬉しそうに笑った。
シトラスは目の前の彼女の笑みに顔を歪めて、
「……うん。理解した。もう一つ聞いてもいい?」
「なに? 何でもお姉さんに聞いて?」
上機嫌な様子のアンリエッタであった。
しかし、次のシトラスの一言で、その笑みが凍り付くことになった。
「どうやったら俱楽部を辞められるの?」
――静寂が二人のいる空間を支配した。
「……シト。自分が言っている言葉の意味を、わかっているのかしら?」
彼女の凍り付いた笑みの下から、苛立ちの感情が見え始める。
「うん。わかっているよ」
「――貴方、少し調子に乗っていない? この俱楽部で凄いのは、貴方の姉であって、貴方じゃないの。"
彼女の体から魔力が爆発した。
現実に干渉するほどの魔力量。
それが彼女の体から解き放たれた。
「ッ……!」
ある事件を機に、シトラスは魔力視の魔眼を有することになった。
彼女の体から溢れる魔力を、人の何倍もはっきりと感じ取っていた。
それがどれほど凄い力なのかを。
ピタリと荒れ狂うような魔力が止まった。
アンリエッタの顔に、もはや笑みは張り付いていなかった。
「今から貴方は自由よ。……ただし今まで通りの平穏な暮らしを送れるとは、思わないことね」
アンリエッタは、ベルガモットやヴェレイラと比べると一歩劣る才覚。
しかし、それはベルガモットやヴェレイラといった、学園に伝説を刻み続ける規格外と比較すればの話。
ついに七席まで上り詰めた彼女は、これまでの歴史の七席の者たちと比べても、なんら見劣ることはない。
さきほど解き放たれた魔力は、部屋の空気を瞬く間に塗り替えるにとどまらず、部屋の外まで影響を与えていた。
何も知らない階下にいる俱楽部生たちは、突然階上から降りかかってきたアンリエッタの魔力の圧に、恐れおののくほどであった。
◇
「はあああぁぁぁーーー!! イストを辞めるだぁ!? おまッ、なんでそんなくっそ大事なこと、俺に相談しなかったんだよぉぉぉ!?」
学園の寮。
ミュールの叫びが寝室に木霊した。
「アンリと話している時に思いついたから。……それに話しても止めたでしょ?」
腰かけていた自身のベッドから立ち上がるミュール。
「当ったり前だバカやろーーッ!! お前の姉貴はこのこと知ってるのかッ!? いや、知ってるわけねーか。知ってたら認めるわけねーもんな……。とにかくッ!! 今からアンリエッタ様に謝りに行くぞッ!」
首を大きく振って拒絶の意を示すシトラスは、
「い や だ!」
「おまッ。はぁ……。シト、お前どんだけ俱楽部の名前に助けてもらっているのか、わかってねーだろ? 雨風気にせず自主練できて、先人たちが残した魔法の研究結果に触れられて。他の生徒からちょっかいかけられねーで済むんだ。それをたかが――」
ミュールはその言葉の先を続けることができなかった。
「――その次の言葉を続けたら、いくらミュールでも許さないから」
なぜなら、普段表情豊かなシトラスが能面のような表情で、ミュールを見つめていたからだ。
生まれて初めて見るシトラスの怒気に、たじろぐミュール。
「わ、わりぃ。いや、俺もブルーは一年間同じ勇者科で学んだ大切な仲間だと思ってるぞ? ほんとにッ! 対抗魔戦だって二年連続で、俺がブルーととコンビを組んでたの、シトも覚えているだろ?」
つーん、と顔を背けるシトラスを宥めようと苦心するミュール。
「なんだ。お前らまたやらかしたのか? ミュールの悲鳴は通路まで響いてたぞ」
そこに加わったのは、もう一人の相部屋相手のレスタ・サンチェルマン。
緑髪黄緑眼のレスタは黙っていればイケメンである。
しかし、その妙に軽薄な性格と相まって、異性の心を掴みには至らず、最近の口癖は「彼女欲しい」であった。
三人は入学以来の相部屋仲間。
東のイスト魔法俱楽部に所属していたシトラス、ミュールと異なり、レスタは北のノース魔法俱楽部に所属していた。
シトラスたちとは、俱楽部も専攻課程も異なるレスタであったが、入学以来その仲は良好であった。
「聞いてくれよレスタ――」
ミュールは、これ幸いとばかりに、レスタにシトラスの置かれた状況を説明した。
色狩りのこと。
ブルーのこと。
アンリエッタのこと。
シトラスのとった行動。
そして、魔法俱楽部から除名されたこと。
「――ってなわけだ。俺は今すぐアンリエッタ様に謝って、除名を取り消してもらおう、って言ってんだが、シトが聞く耳を持ってくれなくて困ってるんだ」
「あー、なるほどな。状況は理解した。ミュールの言うとおり、俱楽部の後ろ盾をなくすのは厳しいかもな」
「だろ? 幸い、シトの姉とその友人が大幹部だから二人に協力してもらえば、除名の取り消しはそう難しいことじゃないはずだ」
「その二人に連絡は?」
レスタの問いに、ミュールは難しい顔を浮かべる。
「いや、間の悪いことに二人は学園城を離れているらしい。王城だか、地下都市にいるとかなんとか……。とにかく、今すぐには連絡は取れない」
「それはなんというか……大変だな」
心底同情するよ、という表情をレスタは浮かべる。
はああぁぁ、とこれ見よがしに大きなため息を吐くミュールに、室内の空気が弛緩する。
次のシトラスの言葉で寝室の空気が凍りついた。
「そう言えば、アンリがぼくのことを、"七光"って呼んだけど、あれなんだったんだろう……」
言った、そして、言われた本人でもあるシトラスは、独り言のように呟いて、特に気にも留めていなかった。
他の二人はその言葉に反応して動きを止めた。
シトラスは一拍遅れて、固まった二人に気がついた。
「ねぇ、何か知っている? "七光"って? もしかしてぼくの二つ名?」
ミュールが固まった姿勢のまま、唾を飲み込んだ。
レスタが視線だけミュールに送る。
それはまるで、どうすんだッ!? と言わんばかりのものであった。
二人の様子を訝しむシトラス。
「ミュール? レスタ?」
先に観念したのはミュールであった。
大きく息を吐くと、シトラスの足元付近に、視線を彷徨わせながら口を開く。
「あー……。なんだ? 二つ名、というかニックネームみたいな? あれだ、みんなが言っているわけじゃなくて……。あー、一部の? そう、一部の生徒がシトをそう呼ぶことがある? みたいな?」
シトラスほどではないが、ハッキリとものを言うミュールにしては、かなり言葉を選んでいる様子。
その視線も忙しなく動いている。
「ぼくってば二年連続で魔闘会の本選に出てるし、去年は対抗魔戦も予選を突破して、本選にも出たもんね!」
むっふー、とベッドに腰かけながら胸を張るシトラスに、乾いた笑みを浮かべる二人。
レスタも、言葉を選んで口を開く。
「あー……。そ、そうだな! 俺なんかまだどっちも一回も本選に出場できていないからなッ! シトはよくやっているよ」
「えへへ、照れるなぁ……。それで、その"七光"ってどういう意味?」
誰が言い出したか"
それはシトラスを良く思わない人物の間で急速に広まりつつある、彼を揶揄する隠語であった。
特権階級である上級臣民の生まれ。
加えて、上級生のベルガモット、ヴェレイラに始まり、同級生で同じ勇者科に所属していたミュール、メアリー、ブルー。そして、魔法生物学の教師であるアイリーン。
綺羅星の如く才能ある周囲に囲まれて――守られているシトラスを揶揄した名前。
主にこれらの要因を括って、シトラスがただ生まれた星が良かっただけで、本人は大したことがないと、口さがない者たちが対抗魔戦後に使い始めていた。
魔闘会の初戦敗退後に静かに広まっていったそれは、紛れもない蔑称であった。
ミュールとレスタの二人は、この後もなんとか言葉巧みに、オブラートに何重にも包んで、シトラスへその意味を好意的に伝えることに苦心するのであった。
口さがない者からの評価は別としても、確かに彼は愛されていた。
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