三十四話 狂気と爆弾発言と


 対抗魔戦の本選第二試合。


 魔法闘技場の中央にあるステージに立つのは、二組の生徒たち。

 シトラスとメアリーの二年生コンビと、タンタとアカシアの南の三年生コンビ。


 強化魔法を得意とする、二刀流の使い手タンタ。

 他人を強化することに優れている、付加魔法の使い手アカシア。


 前衛を一人で務めるタンタに対して、シトラスたちは二人がかりでこれを攻める。

 しかし、アカシアの付加魔法によって、シトラスたちが自身に強化魔法を使う以上に大きく強化されたタンタを前に、二人は苦戦を強いられていた。


 時間が経過するごとに試合の戦況は、タンタ側に傾いていた。


 メアリーの剣の腕で辛うじて保たれていた戦況。

 しかし、タンタが標的を彼女に絞ったことで、ついに彼女が追い込まれる。


 追い込まれたメアリーを助けるため、シトラスはリスクを承知で格上の相手に踏み込んだ。

 

 それに対して、タンタは反射的に、止めを刺す直前であった目の前のメアリーから体を左旋回させて、シトラスに強烈なカウンターを放つ。


 強化された左手一本から放たれるのは、シトラスの両手を使った一撃より重い一撃。


 シトラスはこれに反応することができず、そのこめかみが砕かれた。


 舞い散る鮮血。


 タンタの背中越しにそれを見つめるメアリー。

 彼女のその赤く大きな瞳が、さらに大きく見開かれる。


 その直後、シトラスの体が、糸の切れた操り人形のようにステージ上に崩れ落ちる。


 観客席から上がる悲鳴と興奮の数々。


 実況席のマイクが叫ぶ。

『これはいいのが入ったぁぁぁあああ! 大丈夫かシトラス選手ッ!? 蹲ったまま起き上がらないッ!! 起き上がれないッ!!』


 マイクの隣に座り、解説を務める王国騎士団所属のブリュンヒルデが、

『タンタ選手の今のカウンターは素晴らしいですね。反射の領域に達してました。しかし、シトラス選手は勇気がありますね』

『――と言いますと?』


 一つ頷いて解説を続けるブリュンヒルデは、

『今の局面でシトラス選手が動かなければ、メアリー選手がまず間違いなくやられていたでしょう。そうなると彼らには、万に一つの勝ち目もなくなります。そのためシトラス選手は、自分がやられると分かっていた上で踏み出したのでしょう。理屈では分かっていても存外難しいものです。行動に移すということは』


 ブリュンヒルデの解説に大きく頷いたマイク。

『なるほど、シトラス選手の献身により首の皮一つ繋がった二年生コンビ。しかし、シトラス選手が起き上がれず、数的有利を失ったメアリー選手はここからどう立ち回るのか』


 実況と解説の視線の先では、メアリーがステージ上で呆然とした様子で立っている。

 俯いた彼女の表情は、彼女の赤髪に覆われて窺いしれない。


 ステージ上で立ちつくすメアリーに、主審のアペルが声を掛ける。

「どうしますか、メアリーさん? このままではシトラスくんは危ないかもしれません。治療を受けさせる場合、試合は棄権となりますが――」


「クヒッ」


 それはこらえきれず漏れた小さな笑い声。


「――メアリーさん?」

 空耳かと訝しむアペル。


 再び顔を上げたメアリーの顔には、これまでの表情とは全く異なる凶悪な笑み。

 それは、昨年度の対抗魔戦の予選で見せた狂気の笑み。


 アペルの言葉を無視して、メアリーは大きく一歩踏み込む。


 様子が変わったメアリーに、タンタは腰を落とし慎重に対応する。

 よりいっそう荒々しくなった彼女の剣戟を、冷静に払いのける。


 全身の強化魔法により、常時数倍の力を発揮するタンタの体。

 強化された力で再度メアリーを捻じ伏せ、彼女の剣をかちあげると、

「タンタ、カターン!」


 奇妙な掛け声と共に、両手に持った木刀を水平から同時に薙ぐように振るう。


 左右からの一文字切り。

 先ほどはシトラスに邪魔されたが、今度は遮るものは何もない。


 メアリーはその攻撃を、膝から上をカクンと直角に折り曲げて回避した。

 タンタの剛健により、宙に残された彼女の髪がスッパリと刈り取られる。


 メアリーはタンタの剣が彼女の上を通過すると、まるで糸で操られているかの如く、膝から上の体を素早く起こす。

 その勢いのまま、タンタの脳天目掛けて振り下ろした。


「クヒヒ」


 タンタはそれを剣を振り切って交差した腕の交差点で受け止める。

 強化されたその腕は鋼の如く耐久性を持ち、スナップを効かせた一撃であっても、彼の肌には傷一つつけることを許さない。


「無駄だ」

 余裕の表情を崩さないタンタは、強化された膂力で強引にメアリーを弾き飛ばす。


 弾き飛ばされながらも、メアリーは不気味に笑う。

「クヒヒヒ」


 地を這うように沈めた、メアリーの体から生み出される爆発的な速度。


 メアリーは瞬く間にタンタに肉薄する。


「何度やってもッ!」

 それを叩き潰すようにタンタは、両手の木刀を振り下ろした。

 

 それを剣を振り上げてメアリーは迎え撃つ。

 拮抗したのも僅かの間、すぐにタンタに押し切られる。


 のしかかるように体重を掛け、タンタは剣ごと押しつぶすように圧をかける。


 観客席の誰もがもはやこれまでと思い、審判のアペルも止めるタイミングを窺っていた。


 しかし、次の瞬間、メアリーがタンタを勢いよく押し返した。


 どよめく観客席。


 驚いたのは対戦相手の二人も同様であった。

 しかし、その理由は別であった。


「おいおい、シアッ。なんで不可魔法を止めた? いけそうだったのに!」

「え!? 私は止めたつもりないんだけど……? 変ね。タンタが手加減したんじゃないの? もう一回いくよ?」

 

 アカシアによる付加魔法が切れたようだ。

 振り返って文句を述べるタンタに、アカシアが小首を傾げながら、付加魔法をかけ直す。


 タンタは力が漲ることを実感しながら、再度メアリーのいる方角へ踏み出した。

「そうかもな。……命拾いしたな二年生。だが次は容赦しない」


 メアリーとタンタは同時に駆け出す。

 二人の剣が交差する。


 しかし、先ほどと異なり、タンタの一方的な展開とはならなかった。


 切り結ぶメアリーとタンタ。

「な、にッ?」


 剣を合わせる度に、タンタの体が揺らぐ。


 真っ先に異変に気がついたのは、後方からタンタを付加魔法で強化しているアカシアであった。


 タンタの後方から焦るように声張り上げて叫ぶ。

「タンタ、やっぱり何かがおかしいッ!」


 アカシアに言われるまでもなく、タンタも激しい違和感を覚えていた。

 しかし、彼にはそれを考える時間は与えられなかった。


 タンタの視線の先、髪を振り乱したメアリーが構えをとっている。

 体を横に向け、木刀の重さに負けないように体を捩じり、両手で木刀を握りしめる。

 受けを考えない超攻撃型の構えである。

 決して学園では学ぶことのない邪道の構え。


 タンタもこれに応じるべく、左の木刀を中段に、右の木刀を上段に構えてこれを迎え撃つ。


 爆発的な速度で互いに走り出すと、その勢いを殺さずそのまま、相手に向けて双方が剣を動かす。


 ステージ中央ですれ違う二人。


「メアリー?」

 ステージ上に倒れ伏すシトラスが、薄っすらと開いたその視界。

 彼の眼にはメアリーの刃が、タンタのその重厚なオーラを切り裂いたように見えた。


 勝ったのは――


「ば、かな……」

 驚愕に目を見開くタンタ。


 ――メアリーであった。


 血を吐き、驚いた表情のまま、タンタは前のめりに倒れ込む。


 そしてメアリーが獰猛な笑みを浮かべて見つめるのは――。

「ひっ……!?」


 信頼する前衛タンタが倒れた今、メアリーを遮るものは何もない。

 一歩、二歩と足を進め、髪を振り乱しながら、アカシアへ向かって駆け出したメアリーは、血に飢えた獣であった。


 腰を抜かすアカシアにあっという間に肉薄すると、メアリーは楽し気に刃を振り上げる。


「シね」


 彼女が振り下ろした刃より先に、

「メアリーッッ!!」

 これまで聞いたことがないほどのシトラスの大音声。


 その声に反応して、メアリーが固まる。

 彼女の刃は、涙目のアカシアの額に触れたところで止まっていた。


 アカシアはへなへなと後ろに倒れ込む。


 メアリーはと言うと、

「ウッ、ウぅぅぅ……」

 凶刃を寸でのところで止めたメアリーは、額を抑えて数歩を下がる。

 手に持った木刀を地面に落とした。


 ふらふらと立ち上がったシトラスは、静かに彼女との距離を詰めた。

 メアリーを抱きしめると、落ち着かせるようにゆっくりと彼女の乱れた髪をとく。


「ここまでのようですね」


 アペルが戦闘継続能力の喪失を確認すると、

『第四試合、勝者はシトラス・ロックアイスとメアリー・シュウ!!』


 見応えのあった試合の結末に、観客席は湧き上がる。


 勇者科の四人にとって、これは勇者科存続のための二つの課題のうち、最初の一つを無事に達成したことを意味した。


 シトラスは観客席を見渡し、馴染みのあるオーラを見つけると、こめかみから流れ出る血もそのまま、彼らに向かって高く拳を突き上げた。






 その後は、勇者科の二組とも準決勝となる二回戦で敗退に終わった。


 ミュールとブルーは、ベルガモット、ヴェレイラの最強コンビに、文字通り軽く捻られた。


 シトラスは頭部へのダメージを抱えて、準決勝に出場。

 魔法による治癒を行わず、最低限の代替治療を施しての強行出場であった。

 これは、頭部への直接的な魔法による治療は、脳に影響を与える可能性が高いためである。


 相手は昨年度の新入戦の予選で、シトラスを打ち負かしたエステル・アップルトン。四門の南の次期当主である。


 リベンジに燃えるシトラスは、エステル相手に必死に食い下がった。

 しかし、試合の途中で応急措置を施した傷口が開いてからは、あっという間であった。


 主審を務めるアペルと、メアリーと対峙したイスラは、シトラス以上にメアリーのことが気が気ではなかった。

 特にイスラは、傷口が開いたシトラスが、息を切らして地に膝をつけたことを横目で確認すると、慌ててメアリーから距離を取った。


 この時のシトラスたちは知らないことであったが、狂暴化したメアリーが打ち破ったタンタたちは、実力者として学園内外にも広くその名が知られていた。


 そのため、先の試合でシトラスが気を失ってからのメアリーの凶行に、彼女の相手を務めるイスラは腰が引けていた。

 エステルも隙を見せたシトラスを追撃することはしなかった。

 逆に距離をとり、主審を務めるアペルに視線を送った。


 その意図を汲み取ったアペルが、努めて優しく棄権を促すと、誰よりも自身の限界を悟っていたシトラスは不利を悟り、大人しくそれを受け入れた。


 その結果、勇者科の二組とも二回戦敗退と、一回戦で燃え尽きた結果になってしまったが、それでも今大会で確かな爪痕を残したのであった。

 

 メアリーの気質に一抹の不安が残るものの、二つある勇者科存続の条件である一つ、勇者科の生徒全員の対抗魔戦本選における一回戦突破を、見事成し遂げた勇者科であった。



「――ということで、改めて勇者科全員の対抗魔戦の本選初戦突破おめでとーー!! いぇーーい!!」


 対抗魔戦から一夜明けた勇者科の教室。


 頭に包帯を巻いたシトラスが、勇者科の教室の教卓に上がると、元気に両手を上げた。


 チラリと期待を込めた視線で、席に座る他の勇者科の面々を見渡すと、

「いぇーい」

「……いぇーい」

 気だるげな表情のまま両手をあげるメアリー、

 そして、彼女から一つ空席を挟んだ席に座るブルーも、少し恥ずかしそうに両手を上げた。


「…………俺はやらねぇぞ?」

 その隣で頬杖をついたミュールは、シトラスの期待の籠った表情に、半目となって否定の言葉を返した。


「それにしてもお前の姉貴とレイラのコンビ。あれは勝てねーわ。宙にはりつけにされなかった辺り、俺らには手加減してくれてたんだろうけど……。あの姉貴一人でも怪物なのに、その相棒を務めるレイラもやっぱり化物だったわ――」


 ミュールの発言に、彼の隣でブルーが何度も首を縦に振っていた。


「――正直、レイラのこと舐めてた。あの姉貴ありきの対抗魔戦の連覇だろう、って……。でも違ったわ。あいつどうやったら抜けるの? シトの戦ったタンタも大概強そうだったけど、一流の付加魔法使いの支援バフありきだろ? その点、レイラは支援なしだぜ?」


 事実、二人がかりでもヴェレイラを抜いてベルガモットに一矢報いるどころか、前衛を務めた彼女にまともに一撃も入れることができなかった。


「そんなに? 二人とも結構食い下がってなかった?」

 シトラスの記憶では、二人は彼の姉と年上の幼馴染に対して、随分と食い下がっていた印象があった。


「そう見えるようにしてくれたんだろう。……戦えば分かるが、絶望感がヤバイ」


 隣のブルーの首を振る速度が、また一段と上がった。

 それはもう残像が見えそうな勢いである。


「まぁ、シトには一生分からないかもな」

 シトラスの姉と幼馴染が彼と敵対する光景が、ミュールにはどうしても想像することができなかった。


「それよりシト、話ってなんだよ? 改まって」

「そうそう。それなんだけどね。魔闘会の推薦枠をどうしようか?」


 シトラスが勇者科で共有したい話題は、残る課題の一つ、魔闘会への出場権の話であった。

 そもそも魔闘会へ出場できなければ一回戦突破も何もない。


 魔闘会の出場権は全部で三十二名。

 前年度の大会で上位四名と、学園の総合成績上位十四名。

 あとの十四名は教員推薦で構成される。

 大会の上位四名と総合成績上位は重複した際は、次点の成績上位者が出場権を得る。


 学園での成績を表すブローチの色。

 灰色から始まり、紫、藍、青、緑、黄、橙、赤と成績に比例して昇格していく。

 上に上がれば上がるほどその人数は少なくなり、最上位の赤にいたっては最大で七人しか認められていない。


 最上位の赤色と次点の橙色、そして一部の黄色のブローチの生徒が、毎年魔闘会への出場権をつかみ取っていた。


 対抗魔戦の本選出場、かつ初戦突破したことにより、勇者科の生徒のブローチの色は、大会前後でその色を変えていたとは言え、まだまだ橙色には及ばない。

 

 一番評価の高いミュールの輝石が黄色がかった緑色。

 次点でブルーの緑色。

 さらに次点で青色がかった藍色のメアリー。

 そして最後に紫色のシトラス。


「あー、なるほどな。シトはアイリー先生から今年も貰えそうか?」

「あ、うん。それは大丈夫。この前会いに行ってきたけど、あげるって」


 昨年シトラスたちの魔法生物学を担当した十歳年上の妙齢の美女。

 最年少で魔法学園の教師を務めるアイリーンことアイリー先生は、シトラスが大のお気に入り。

 茶褐色の髪と瞳をもつ学園就任以来の初恋キラーは、シトラスに対して何かにつけてあれこれと便宜を図っていた。


 羨望の眼差しを向けるミュールは、

「おまえって奴は、ほんッッッとに羨ましい……。アイリー先生はお前のこと滅茶苦茶気に入ってるからな。俺もあんな美人で色気のある女の先生から手取り足取り教わりたい……」

「きもっ」

 ミュールの下心満載の発言を聞き、メアリーは軽蔑した表情でそれを切り捨てる。


 それに対して、ミュールはやれやれと両手を上向きに肩の横まで持ってくると、

「……メアリーお前な。俺たちは思春期真っ盛りの男子だぜ? シトラスだって男なんだ? つまり……わかるだろ?」


 下衆な顔を浮かべて揶揄うミュールに対して、メアリーが直球でシトラスに尋ねる。

「……シトはアイリーン先生にムラムラするの?」


 ブルーも口こそ挟まないものの、彼女の耳がピクピク反応していた。

 シトラスの声を聞き漏らすまいと耳が彼のいる壇上に向く。


 シトラスは苦笑いを零しながら、

「ムラムラって……。こら、ミュール適当なこと言わない。確かにアイリーは優しいし、何かと助けてくれるけど、それだけだよ?」

「そう……。シト、女が欲しくなったら私に言ってね」


 壇上のシトラスを、まっすぐに見据えたまま言い切るメアリー。


 メアリーの爆弾発言に、ミュールはギョッと目を見開いて彼女の横顔を凝視する。

 ブルーも、メアリーの発言に驚きのあまり、彼女の猫耳と尻尾がピンと上に立てた状態で固まってしまった。


 教室の空気が凍りついていた。


 ミュールが恐くてその真意を聞けずにいると、

「はぁ、すみません。……お忘れかもしれませんが、この場には私もいるのでそういう明け透けな話は、どこか人目のつかないところでやっていただけると助かります」


 シトラスの隣、壇上の椅子に座っていたアドニスが、胸を押さえながら覇気のない声でそう言葉を吐いた。

 思春期の男女のやり取りはどこか甘酸っぱく、独り身の中年男性にはそれがどこか少し辛かった。


 メアリーは、アドニスの言葉に、ふん、とだけ鼻をならすと、以降は押し黙る。


 座席から立ち上がって教壇に足を進めるミュール。

「話を戻そうか。推薦枠の話だよな。――アドニス先生からはもちろん一枠頂けますよね?」

 ミュールが尋ねると、壇上のアドニスは鷹揚にそれに頷いた。


 ミュールは教壇に上ると、黒板にチョークで勇者科の生徒の名前と、その推薦人の名前を書く。

「ということで、後二枠か。今の俺たちなら二枠ぐらいはどうにかなりそうだな。とりあえず、さすがに獣人のブルーの枠となると色々と骨が折れそうだから、ブルーはアドニス先生の推薦枠。それとシトはアイリー先生の推薦枠。……となると俺とメアリーの枠、か」


 ミュールは腕を組み、何か考えを巡らせているようで、左手を自身の顎に添えた。


「メアリー、あてはあるか――って聞いても無駄か」

 ミュールの発言は、聞く者によってはなかなかに失礼な発言であったが、メアリーに関しては的を射ていた。


 基本的に行動を共にすることが多いミュールとメアリーだが、ミュールは教員を含めてもメアリーが仲良くしている人物の存在を知らない。

 そもそもメアリーが誰かに声を掛けることすら珍しい。


「大丈夫そう?」

 少し心配そうに尋ねるシトラスに、ミュールは、

「たぶん大丈夫だ。今の俺たちには実績と話題性があるからな」

 と自信ありげに頷いた。






 その言葉通り、数日後ミュールは、剣術指南の担当で、対抗魔戦では主審を務めたアペルからメアリーの推薦枠を。

 そして、昨年ミュールを含む現在の勇者科の生徒の担任を務めたシェリルからミュール自身の推薦枠を勝ち取ってきた。


 放課後の勇者科の教室。

 アドニスは既に退席し、教室には勇者科の四人の生徒の姿。


 座席に座る三人と向かい合うように、シトラスは彼らの座っている座席の机に腰かけて口を開く。

「ミュールもやればできる子なんだねぇ……」

 そう言いながら、よしよしと頭を撫でようとしたシトラスの手をミュールは払いのけた。


 それに対して、つれないなー、とシトラスが笑う。


「それよりシト。傷の治りはどうだ?」

「いい感じだよ。これなら翌月の魔闘会は間に合うよ」


 シトラスは右腕を大きく回して、ミュールに元気さをアピールする。


「シトは今もまだ強化魔法かけながら生活してるのか?」

「もちろん。今もだよ。最近やっと限界が分かってきたんだ。吐いたり、倒れたりすることもほとんどなくなってきたし」


 対抗魔戦の少し前から、シトラスの体調不良を支える機会は、依然と比べるとぐっと少なくなっていた。


「それは良いことだが、大会の一週間になったら強化魔法生活は止めておけよ? お前、回復しきってなくて対抗魔戦の本選の初っ端から疲れてたろ?」

「あ。やっぱ気がついた?」

 悪戯っ子な笑みを浮かべるシトラスにミュールは、

「当たり前だ。何年一緒にいると思ってんだ」

 と笑う。


 シトラスは手で後頭部を掻きながら、申し訳程度の弁明をする。

「前日は使わなかったんだけどね。全然足りなかったみたい」


 本人にも自覚があったようだ

 それを呆れた視線で見つめるミュール。


 しかし、一転して表情を引き締めると、

「魔闘会は個人戦。俺たちは何もしてやれないからな。体調管理は怠るなよ」


 友人の自分を思いやる真剣な眼差しにシトラスは、

「ミュールは母上より母上してるね」

 と笑いながら茶化す。


 共に育った故郷の屋敷を思い出して、肩の力を抜くミュールは、

「ダンシィ様、師匠バーバラを始め、ロックアイスの屋敷の連中はシトを甘やかし過ぎなんだよ」


 ミュールが屋敷の人物について噂をしていた頃。

 学園城から離れた遠い東の彼方。


 北側の領地をアニマの森に隣接し、東には大陸を分断するように北から南へ流れるマグナム川に面しているとある領地。

 そこで領主夫人と侍従の一人が、同時にくしゃみをしたとかしないとか。

 

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