三十三話 付加魔法使いと狂気と


 対抗魔戦本選第一試合

 魔法闘技場のステージ中央でにらみ合う二組の生徒。


 二年生のミュール・チャンとブルー・ショット。

 対するは、四年生のカミノ・ハリスコスとマリアチ・ロスアルトス。


 ミュールとブルーのコンビは、入学してから二年連続の本選出場となり、上級生たちに東の新星と認識されつつあった。


 対するカミノとマリアチも北の名門の出。

 カミノは七十年続くハリスコス家の次子であり、マリアチも北部の有力貴族のほとんどと繋がりのある、由緒あるロスアルトス家の長子。


 将来アブーガヴェルを背負うことが約束されたサウザ・アブーガヴェルの側仕えとして幼少期から共に学び、切磋琢磨し、ここまで研鑽を積んできた。

 二人は一歳上の大きな背中を支えるために、ここまでやってきた。

 二人の胸輝く橙色のブローチは伊達ではない。


「一年生から二年連続の出場か……。正直その才能が羨ましいぜ。な? カミノ」

 カミノがミュールを睨みながらぼやくと、マリアチもそれに続く、

「あぁ、俺たちにもっと力があれば……。あの裏切り者さえ、あの怪物さえ俺たちを裏切って東の倶楽部のイストに行かず、北に残っていれば……サウザ様と覇道を歩んでいれば、学園中の称賛を浴びているのは、東の風の王シルフィードではなくサウザ様であったはずなんだ」


 自分の不甲斐なさを思い出して、マリアチは無意識に歯を食いしばる。


 入学当初から大気の片鱗を見せていたヴェレイラに対して、当時の生徒たちは誰もが北の未来は明るいと話していた。


 しかし、いざ蓋を開けてみたら、ヴェレイラは北のノース魔法倶楽部ではなく、知己を頼って、東のイスト魔法俱楽部に入部した。


 主に北部出身の者で構成されるノース魔法俱楽部の生徒たちは、このヴェレイラの裏切りに怒り狂った。

 それも当時から部長であったサウザ・アブーガヴェルの『去る者は追わぬ』、という鶴の一言で有耶無耶になった。


 カミノがマリアチの発言に頷くと、

「悔しいがノースでは、あの怪物以外でサウザ様と肩を並べて戦える生徒がいない。もし、俺たちにこの後輩たちほどの才能があれば、サウザ様は魔闘会だけではなく、今頃この舞台でも暴れていたはずなんだ」

「違いない。……おい。気をつけろカミノ。あいつら……笑ってやがる」

 カミノの言うとおり、二人の視線の先で獰猛な笑みを浮かべるミュールとブルー。


「何か仕掛けてるな。カミノ、魔力を惜しむなよ。さっきの攻防見たろ。長城からの砂竜の尾の合わせ技を身体能力で避けるやつらだ。それに魔力の燃費がいい強化魔法使い相手じゃ、長期戦もあまり期待できない。俺たちもここで一気に決めるぞ」


 カミノとマリアチがそう話し合った直後、ミュールとブルーが二人に向かって駆け出した。


 ブルーの後ろに張り付く形でミュールが追走する。


 カミノが手を地につける。

「足を止めるッ! <砂上の楼閣サンドアース>」


 ミュールとメアリーの足場が急に脆くなる。

 二人の踏み出した足はリングを踏み抜き、その動きが止まった。


 それを見逃すマリアチではない。


 彼もまた地面に手をつけると、

「これならッ! <土弾マッド・ブレット>」


 地面から数多の土の弾丸が生成され、ブルーを襲う。

 カミノもこれに加わり、二方向からの一斉射撃。


 それをブルーは腕を顔の前で交差させ、防御の姿勢を取りながらも、歯を食いしばって、少しずつその足を前へと進める。

 ミュールはブルーに張り付き、彼女を盾にする形で、団子となってその足を進める。


 カミノの魔法により、ミュールたちが立つ一帯が砂と化したステージ。

 その影響により、既に膝の辺りまで砂に沈んでいる二人は、歩くというよりは、動くといった言葉が相応しい。


 搦め手に対して、正面突破の力技である。


『――これは我慢対決となるのかーー!? またしてもカミノ選手とマリアチ選手の合わせ技が炸裂しているッ! ミュール選手とブルー選手はこれをどう乗り切るのかッ!?』

『最初にカミノ選手が足場崩しに使った魔法は、範囲魔法と呼ばれる類の魔法で、中心地から離れれば離れるほどその効力が薄まります。そのため、力技ですが、実際に二人の攻略法は理にかなっています。後はお二人の体力が持つかですね』


 実況と解説している間にも、二人の足は前に進める。


 足を進める度に、二人は少しづつ砂の深さが浅くなっていくのを感じていた。

 解説のブリュンヒルデの言うとおり、最初にブルーが立っていた場所が技の中心部であるようだ。


 二人して汗をぐっしょりかきながら、もがき進む。

 真冬にも拘わらず、二人の体からは視覚できるほどの蒸気が発生している。


 しかし、それを術者が知らぬわけもなく、カミノが<土弾>の生成を止め、再び足場崩しを試みる。

「もう一度だッ! <砂上の楼閣>」


 カミノの魔法の影響で、再び脆くなったステージに態勢を崩す二人。


『あっーーと、態勢を崩した二人ッ!! 万事休すかッ!?』

 実況のアナウンスと共に観客席から上がる悲鳴。


「止めだッ!! <土壁の長城グレート・マッド・ウォール>」


 小声でブルーの背中に声をかけるミュール。

「来たな……ブルーいけるな?」

「失敗したら殺す」


 ミュールはそれを聞いて笑った。

「……その時は、シトの姉貴に先に殺されてるよ」


 ブルーは迫る土の壁を前にして、力技で後ろへ振り返る。

 そして、強化した上半身の力で、ミュールを砂場から引っこ抜いた。


 砂場から解放されたミュールは器用に、ブルーの両の掌の上に立つ。


 迫るくる壁に背を向けたブルーは、両の掌を上向きに開いていた。

 その掌の上にミュールが立っている状態だ。


 二人の曲芸に会場がどよめく。


「飛ばしてくれッ!」


 ミュールの叫び越えと共に、ブルーは体を後ろに大きく仰け反らせる。

 強化魔法に加えて遠心力も利用して、腕ごと掌の上に立つミュールを迫り来る土壁の上方へと放り投げた。


 切り札である全身強化したブルーの渾身の投げ。

 加えて、ブルーの掌から足が離れる瞬間に、ミュールは足にかけた強化魔法で彼女の掌を蹴り飛ばす。


 そこから、生まれる反発力を速度に変えて。


 迫る壁より早く、ミュールは壁の上を通り越える。

 さながら人間砲弾である。


 カミノとマリアチの二人は、自身の作った魔法により視界が遮られていたことと、想定より早い相手からの反撃に、次なる魔法の魔力を練り終えていなかった。


「なッ……!?」


 興奮する実況。

『翔んだぁぁぁあああーー!!』、

「ま、まだだッ――」

 カミノとマリアチは練り上げていた魔法をキャンセルすると、速射性に優れる<土弾>で対応しようと魔力を練る。


 壁を跳び越え、カミノとマリアチの間にミュールは着地を決めた。


 慌てて、地面に手をかざす二人を横目に、

「――いや、終わりだよッ。<雷掌サンダーショック>」

 ミュールは両の掌をそれぞれ、カミノとマリアチに向ける。


 その掌には輝く光。


 掌から放たれた一筋の稲光が二人を襲う。

 空気を切り裂くような激しい音が、闘技場に木霊した。


「……二年で中級魔法か、くそっ……たれ……」

「……すみま、せん……サウザ、様……」


 二人は痺れる体では体を動かすどころか、もはや魔力を練ることさえもままならない。


 気合いと根性だけで、辛うじてステージに膝をつくことを免れている二人に、ミュールの追撃を躱す手段は残されていなかった。


『決着だぁぁああーー!! 対抗魔戦第一試合を制したのは、昨年の新星コンビ! 東の新星が北で唯一出場していた四年生コンビを打ち破ったッ、彼らは流れ星ではないッ!! 彼らの実力は本物だぁぁああーー!!』

『二年生で実践レベルで使用できる中級魔法を持っているとは、素晴らしいですね』


「はぁはぁ、奥の手は、隠しておくもんだ」


 下剋上を達成したとは言え、勝ち残った二人も疲労の色を色濃く見せている。

 二人を蹴り飛ばして意識を奪ったミュールは、両ひざに手をあてながら、肩で息をしている状態であった。


 戦いの途中で盾となって、相手選手二人からの攻撃を一身に引き受けていたブルーも、体には痣が目立ち、ミュールの下へ向かうその足取りも重い。


 しかし、勝利は勝利。

 これで、まずは一つ。


 二人は荒い息のまま、観客席のシトラスへ向かって拳を掲げた。






 攻防で盛り上がりを見せた第一試合と異なり、続く第二試合は一方的な展開であった。


 入学以来となる三年連続三度の優勝を誇り、今年は四連覇の偉業がかかるベルガモット・ロックアイスとヴェレイラ・ガボートマンの四年生コンビ。


 今年も優勝の大本命である。


 対するは中央派閥の魔法俱楽部――セントラルからリヨン・ド・ルアンとスティンガー・ペパーミントの五年生コンビ。


 試合開始前から試合の焦点は、セントラルのリヨンとスティンガーの最高学年コンビが、どれほど彼女たちに喰い下がることができるか、という点であった。


 セントラルの生徒たちの中には、搦め手を得意とするリヨンとスティンガーのコンビが、彼女たちの足元を掬うという大風呂敷を広げる者もいた。


 しかし、いざ蓋を開けてみれば見せ場一つない圧勝、と言って差し支えない試合内容であった。


 開始早々に距離を取ったセントラルのリヨンとスティンガーが、魔法で一気呵成に責め立てる。

 それを、正面から受け止めるベルガモットと、ヴェレイラ。

 

 ステージを抉るほどの衝撃に息を呑む観客席の下級生。


 しかし、見る者が見れば実力者は明白であった。

 その証拠に東の二人は、魔法による絨毯爆撃にも傷一つ負っていない。


 セントラルの二人による魔法の絨毯爆撃が止まると、学園一の巨体を誇るヴェレイラがその大きな歩みでゆっくりと、それはまるで散歩でもするかのような軽い足取りで距離を詰める。


 対して、絨毯爆撃の反動から肩で息をするセントラルの二人が、魔力が回復する時間を稼ぐために悪態をつく。


 しかし、それは悪手であった。


 生家、故郷や俱楽部の悪口を気にも留めない二人に、スティンガーが彼女たちの家族、シトラスの悪口をまくし立てた次の瞬間――


 <宙の磔刑エア・イクスキューション


――彼の体は宙に浮かんでいた。


 それは昨年の魔闘会の初戦でも披露した不可視の攻撃。


 首を両手で抑えて苦悶の表情を浮かべるスティンガーには、既に言葉一つ吐く余裕はない。

 宙に浮かぶ彼の首には、縄が食い込むように首周りを一周する一筋の赤い線。

 首元に爪をたてるが、その見えざる縄が緩む様子はない。

 その表情は次第に赤に染まる。


 ここまでは昨年の魔闘会で見た光景。

 しかし、これで終わりではなかった。


 ベルガモットはゴミを見る目で、

「死ね」

 と、スティンガー吐き捨てた。


 そして、彼女の言葉と共に、彼の四肢が一斉に本来曲がってはいけない方向に曲がる。


 会場に響き渡る苦悶の絶叫。


 宙に浮かびながら、スティンガーは穴と言う穴から液体をまき散らす。

 その隣で彼の相棒のリヨンは腰を抜かした。

 その制服の股の部分を、自身の体液で瞬く間に染め上げた。


 しかし、それを笑う者はこの会場にはいなかった。


 観客席の多くの生徒は、喉が張り裂けんばかりの絶叫にステージから目を背け、耳を塞ぐ。

 中には涙を流す者の姿もあった。


「どうしますか? ……降参しますか?」


 恐怖で声が出ないリヨンに対して、主審のアペルが遠回しに降参を進める。

 腰を抜かして尻もちをついた姿勢のまま、リヨンはその頭を激しく縦に何度も動かした。


『リヨン選手の降参により、第二試合はベルガモット、ヴェレイラのコンビの勝利ですッ!』


 しかし、アペルの勝利宣言にも観客席から歓声は上がらなかった。

 彼女たちの所属するイストでさえも、この凄惨な状況に目を背けるばかりであった。


 その後、心底楽しそうな笑顔を浮かべたネクタルを始めとする貴賓席から拍手の音が響くと、観客席の生徒もそれに迎合するように拍手を送り始めた。


「それまでですよ」


 勝利宣言を受けてなお、スティンガーを宙に浮かばせ苛み続けるベルガモットにアペルが近づくと、それを静止する。


 審判の静止で、手足がおかしな方向に折れ曲がっている彼が、地面に自由落下し、痛々しい鈍い音を響かせた。


 これには、思わず審判のアペルも目を瞑る。


 アペルが大人しくなったスティンガーに視線を送る。

 白目を剥いて泡を吹いた状態で意識がない。


「彼……生きてます?」

 とアペルが問うと、すぐさま

「殺してもいいか?」

 とベルガモットが返すあたり、まだ息はあるようだ。


 ヴェレイラは興味を失ったとばかりに踵を返し、ステージを後にする。

 ヴェレイラもその隣をゆっくりと歩く。


 この第二試合は、下級生に学園で戦い抜くということが、七席という存在が如何に規格外なのかを思い知らせ、上級生にはその力に改めて畏怖の念を抱かせる結果となった。






 公開処刑にも等しい第二試合の後、重苦しい空気の中で第三試合が行われた。


 第三試合は、南の魔法倶楽部と中央の魔法倶楽部の対決。


 南の魔法俱楽部――サウスに所属する二年生エステル・アップルトンと五年生のイスラ・デピノスのコンビ。

 対するは、セントラルの所属する四年生のトーマス・ハウンとジェラルド・クブンのコンビ。


 エステルとイスラのコンビは、今大会では唯一の別学年コンビであった。

 シトラスたちの同世代のエステルは四門の南――アップルトン家の嫡子かつ、絶世の美男子。

 既にその女性人気では学園一とも言われていた。


 第三試合は第二試合と打って変わって、かなりコミカルな試合となった。


 開始早々に対戦相手を前にして、言い争いを始める中央のトーマスとジェラルド。

 そこにエステルとイスラが襲い掛かるが、粘りに粘り、時に思いもよらない連携プレーで南の二人を翻弄した。

 かと思いきや、中央の二人の猛攻に態勢の崩れていたエステルへの止めをどちらが刺すかで揉めて、その好機を見逃したり、南の二人の攻撃が片方に集中すると助けに入るどころか、その隙に休憩して相方に怒鳴られたりと、歴史と伝統を重んじる中央らしからぬ自由な二人組であった。


 実況席や観客席からも度々上がる笑い声。

 実況のマイクのみならず、解説のブリュンヒルデも思わず口を押える場面がいくつかあった。


「おいジェリー! なにしてやがるッ!?」

「うるせぇトム! てめぇーで何とかしやがれってんだ!」


 それでいて窮地を乗り切るのだから、二人の実力は推して図るべし。


 そのような実力者の二人の最後は、ステージ際に追い詰められたトーマスが、エステルからの攻撃を回避した際に、足を滑らしてリング外に着地という、審判のアペルも呆れるような、随分と呆気ない幕切れであった。


 しかし、試合後は勝った南の二人より、負けた中央の二人の表情の方がケロリとしていたのが印象的であった。

 何より南の二人は恐ろしくタフで、負けこそしたものの、試合を通じて最後までその膝をつくことはなかった。






 一回戦も第四試合を残すのみ。

 シトラスとメアリーの出番である。

 

シトラスの希望する勇者課程を継続させるには、ここを勝たなくてはいけない。


 これが夢への一歩。


 シトラスとメアリーは、闘技場ステージの角にある入退場ゲートで、その名が呼ばれるのを待っていた。

 視線の席には第三試合を終え、こちら側の入退場ゲートに戻ってくるエステルとイスラの姿。


 エステルはすれ違う際に、シトラスとメアリーに一瞥をくれたがその歩みを緩めることはなく、ただすれ違って行った。


 シトラスの無意識に握りしめられたその拳を、別の掌がゆっくりと包み込む。


 緊張に固まっていたシトラスが隣を見ると、メアリーが正面を見据えたまま、彼の左手を優しく包んでいた。

 彼女はいつも通りのぼっーとした表情で、気負いの一つ感じられない。


 変わらぬ友人の姿に、シトラスは小さく微笑むと、肩の力を抜く。

 握りしめていたその拳を解くと、掌の汗が吹き抜けた風でヒンヤリとするのが心地よい。

 開いた手で、今度はシトラスから、重ねられていた彼女の右手を優しく握りしめた。


 二人の名前が魔法闘技場に響き渡るのが聞こえる。


 シトラスは胸を張って、その一歩を踏み出した。






 ステージに上がると、対戦相手の様子を観察するシトラス。


 対抗魔戦の本選で唯一の西の魔法俱楽部のコンビかつ、三年生コンビでもあるタンタ・カタンとアカシア・ベネディクティン。

 天然の鮮やかなルビー色の髪と瞳の少年タンタ。

 黄色の髪とオレンジに近い赤の瞳の少女アカシア。


 タンタは同じ長さの木刀を二本手に持つ二刀流剣士。

 対してアカシアは無手である。


 今年の対抗魔戦の本選は、四年生と二年生がそれぞれ三組参加しているが、対して五年生と三年生は、それぞれ一組しか本選に駒を進めることができなかった。 


 西の派閥と三年生の期待を、一身に背負って立つ二人。


 二組の生徒たちはアペルの号令の下、ステージ中央で一礼するが、

「お前らってそういう関係?」

 挨拶もそこそこに、シトラスたちの関係に興味津々と言った様子で、タンタは身を乗り出してシトラスに耳打ちをする。


 タンタの視線の先には、シトラスとメアリーの繋がれた手。


「え? これは――」

「こらッ、馬鹿ンタッ!」

 

 タンタの後ろからチョップが彼の脳天へと振り下ろされた。


「いってぇ~~、なにすんだよシア」

「これから試合なのに対戦相手を困らせないのッ! ごめんねシトラスくん、メアリーちゃん。タンタが余計な事を言って……」


 タンタはチョップには驚いた様子を見せただけで、ちぇ~、と不満を漏らした。

 その後は叱られた後の子どものように押し黙る。


「ううん、大丈夫」

「ありがとう。いい試合にしましょうね」


 優雅に微笑むアカシアの隣で、タンタが不貞腐れた表情を浮かべていた。

 それを宥めながら、シトラスたちから距離をとり始めた二人。

 

 二人の気の置けない関係を見ながら、シトラスもメアリーと共に彼らから距離をとった。


『それでは対抗魔戦本選、第四試合を始めますッ! はじめッ!』


 強化魔法で足を強化すると、駆け出すシトラスとメアリー。


 現在の勇者科の戦闘スタイルは、前進あるのみ! という素晴らしい脳筋スタイルであった。


 魔法使いの格言の一つである"強化に始まり、強化に終わる"。

 基礎を大切にせよ、という意味合いで広く浸透しているこの言葉。


 魔法を学ぶ上で、初歩である強化魔法。

 強化魔法をある程度まで使えるようになると、その後は適性に応じて各々の魔法道を歩む。

 しかし、魔法の真髄を極めんとする者は押しなべて、後にその初歩の魔法である強化魔法に再び帰ってくるという。

 正しく無駄なく強化魔法を使える魔法操作性なくして、魔導士と呼ばれる大魔法使いにはなれない。


 彼らは知らず、この格言を体現していた。


 相手の魔法を魔力視の魔眼で察知して、距離を詰めにかかるシトラス。

 魔法を使う暇を与えずに、近接戦に持ち込んで押し込む作戦であった。


 しかし、このシトラスの作戦は早々に狂うことになる。


 駆け寄るメアリーとシトラスに、タンタが単騎突出する形で二人に肉薄する。

 二人に対して単騎で迎え撃つタンタに驚くシトラス。


「え!?」


 シトラスは魔力視の魔眼を通じて、タンタの体が高密度の魔力を纏っているのがわかった。


 つまり、彼もまた、シトラスたち同様に強化魔法の使い手であった。 


 シトラスがを驚せたのは、彼のその魔力のオーラの密度と範囲である。

 シトラスとメアリーが魔力温存のために、必要な箇所にのみ強化魔法を使用していることに対して、タンタは初手から全身に強化魔法を施していた。


 いくら燃費の良い強化魔法と言えど、全身に施せば魔力の消費は激しい。

 それだけあって、それと引き換えに手にいる膂力は、現在のシトラスたちの最終奥義とも言えた。


 それを初手から使ってくるタンタ。

 

 加えて、全身に強化魔法を使うと強化箇所にムラができるシトラスたちと異なり、タンタのそれはムラがなく、それでいてはっきりと色濃くオーラが見えるほどの密度を誇っていた。


 振り上げられたタンタの両手に持った木刀。

「タンタカ、ターンッ!!」


 風を切った木刀がそれぞれシトラスとミュールに襲い掛かる。

 奇妙な掛け声と共に振り下ろされた木刀を回避した二人だが、避けた木刀はステージを抉り、砕かれたステージの破片がシトラスたちに襲い掛かった。


「うッ……!?」


 決して大きなダメージではないが、無視できないダメージ。

 そして何より一瞬とは言え、飛沫するステージの欠片は二人の視界を奪う。


 交わる三人。


 目まぐるしく変わる立ち位置。


 優勢なのは――


「くッ……メアリー下がって!?」

 

 ――タンタであった。


 二人がかりでも、木刀を手にしたメアリーであっても抜かせない戦士。


 シトラスの指示でメアリーは一度下がる。


 シトラスが、タンタの奥にいるアカシアによる彼への援護を気にし、彼女の様子を窺うが、

「安心しろ。シアが俺たちの戦いに割って入ることはない」

 タンタは、両の手の木刀をその両肩に乗せてそう言い切った。


 攻撃をする気配がないタンタに、シトラスはその体を大きく傾けて、後ろのアカシアに視線を送る。

 その視線に気がついたアカシアは、優しい笑みを浮かべると、シトラスに小さく手を振った。


「それってどういうこと?」

 再びタンタに視線を戻したシトラスが尋ねると、

「シアは付加魔法使いなんだ」

「ふかまほつかい?」

 初めて聞く言葉に、戦いの中でも興味津々である。


 構えを解いたタンタは、

「あぁ、それが意味するところは、文字通り魔法を付加することに長けている者。あいつは既にその付加魔法で魔法協会から正式に三位階の認定を受けている名実ともに付加魔法使いだ」

 

 隙を窺うように、少しずつ足を動かすメアリーであったが、シトラスが手を差し出して彼女を静止する。

 魔法協会の定める魔法位階の三位階とは、大陸に置いて権威ある組織が、彼女の魔法が一流であると認めた証拠である。

 

「じゃあ、試合開始から今もずっと続いているその全身の強化魔法も?」

「……驚いた。これがわかるのか。あぁ、そうだ。俺とシアが組めば、風の女王シルフィードにだって挑めるのさ」

 そう言って、再び構えるタンタ。


 そこからは、一方的な展開が繰り広げられた。


 タンタの両手に持った木刀。

 片手で放たれるその一撃でも、今のミュールとメアリーにとって致命傷になりかねない威力を持っていた。


 身の丈はシトラスより少し大きいくらいのタンタであるが、刃を交えたその存在は、実物よりも何倍も大きく感じられた。


 この試合はシトラスの相方がメアリーでなければ、早々にこの試合は終わっていたかもしれない。

 メアリーが度々シトラスに肉薄するタンタの刃を逸らし、時に反撃を試みるおかげで辛うじて試合の体をなしていた。


 しかし、二人に徐々に増えていく傷。

 手、足、首、顔と躱しきれなった太刀筋は、メアリーの体にもその跡を刻む。


 シトラスは、もはや二人の攻防に付いて行くことができなかった。


 地力が違う。


 メアリーと対峙するタンタの後ろに回って奇襲を試みるも、彼の背中には眼があるのかと言うぐらい、シトラスの攻撃はあたらない。

 むしろ、カウンターにより不利を被っていた。


 攻めあぐねるシトラスの視線の先、メアリーがタンタの剣の競り合いで力負けをした。

 その手に持った剣をかちあげられた。


 左手に持った木刀で彼女の防御を崩したタンタは、右手に持った木刀で、彼女に止めを刺しにかかる。


 もはやタンタの脅威はメアリーだけでしかなかった。


 シトラスにもそれは痛いほど分かっていた。

 故にここで彼女を失うわけにはいかない。


 それはこの試合の敗北を、夢の切符を取りこぼすということである。


 シトラスはカウンターを恐れずに、がむしゃらに肉薄する。


 領域に踏み込まれたことにより反射的に振り返って、タンタはこれを迎え撃つ。


 メアリーはこの隙に距離を取り、態勢を立て直すことができた――


 彼女の眼が見開いた。

 彼女の視界の先で、飛び散る鮮血。

 シトラスの防御した剣もろとも、彼の左のこめかみを打ち砕いたタンタの剛剣。


 ――シトラスを代償に。


 目の前で倒れるシトラスのその姿に、メアリーは腹の底から咆哮をあげた。


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