三十二話 本選と土魔法と
カーヴェア学園四大行事の一つ、対抗魔戦。
その予選第四試合。
魔法闘技場に詰めかけた生徒たちが見守る中、闘技エリアを覆い尽くすほどの人造精霊魔法<
前衛と後衛に別れた二人一組の一チーム。
前衛を務める生徒が、<暗闇君>に胸のブローチを触れられずに規定人数まで生き残れば勝ち、という残機一機の鬼ごっこ。
後衛を務める生徒は、闘技場ステージから五メートル離れた周縁部で、前衛を援護する。
生き残ったのは――。
『おめでとうございます。今生き残っている生徒たちが本選に駒を進めることができます』
「うおおおぉぉぉおおお!!」
審判のアペルの宣言。
後衛のミュールは一目散に闘技場のステージを走り出した。
ステージ上で息を切らしているブルーを抱きしめようと、飛び掛かる。
ブルーそれを獣人特有の体のしなやかさを存分に駆使してすり抜けると、観客席へとすたすたと足早に向かっていった。
ステージと熱い抱擁を交わすことになったミュールに、観客席から漏れる暖かい笑い声。
お尻を高く突き出す形で、ミュールはステージに突っ伏した。
「誰か殺してくれ……」
疲労以外の理由で起き上がれない彼は、アペルによって起こされるまで地面に顔を伏せるのであった。
『それでは、対抗魔戦予選第五組の参加者は闘技場ステージへと集まって下さい』
アペルは再び土魔法で作った数多の橋で、闘技エリアと観客席をつなぐ。
観客席の一部から悲鳴が上がった。
見ると一つの人影が観客席から闘技エリアに向けて飛び上がったところであった。
それは一人の少女。
ポトム王国北部でよく見られる橙色の髪。
それは肩にかからない長さで、毛先に癖のあるボブヘアー。
髪の内側には優しい琥珀色の瞳。
彼女を語る上で欠かせないのが、人並み以上の体格。
そして、その彼女のメリハリのついた豊満な体は、入学以来多くの男子生徒を虜にしてやまない。
彼女が観客席から闘技場に身を屈めて降り立つ。
その巨躯に比例して重低音の着地音を響かせると思いきや、その着地は猫のように柔らかく、着地音は一切響かなかった。
立ち上がった彼女は、文字通り他の女生徒の倍ほど大きい。
彼女の胸に光るのは、学園最上位の存在である七席を表す赤のブローチ。
今度は違う方角からざわめきが聞こえる。
その対象はシトラスを腕に抱えたベルガモットであった。
彼女はアペルが用意した土の橋を使わずに、宙に浮いてヴェレイラの横に降り立った。
メアリーはそれを土の橋の縁の上を走って追いかけてきた。
「ライラ。今回は私が後衛に回る」
「わかったわ。シトのことお願いね」
「言われなくても」
『それでは対抗魔戦、予選第五組はじめッ!』
これまで同様に、アペルの開始宣言を皮切りに、前衛と後衛の間の五メートルラインに、次々と浮かび上がってくる<暗闇君>。
抱えられたままのシトラスはアペルの開始宣言を聞くと、
「姉上、さすがにいつまでもここままじゃ恥ずかしいよ」
ベルガモットに頼んで地面に降りたシトラスは、滲むように痛む目をゆっくりと開くが、
「うっ……」
痛みが酷くなり、目を開けてはいられない。
魔力視の魔眼を持つシトラスは、大会途中に学園長であるネクタルが使用した誓約魔法の膨大な魔力を直視したために、一時的に視覚を失っていた。
それを案じるベルガモットは、
「あまり無理をするな」
となだめる。
早くも<暗闇君>と参加者の戦いが各所で発生していた。
二人は予選の最中であるというのに、どこか緊張感が欠けていた。
「姉上はどうするの? 暗闇君の攻略法見つけた?」
「私に攻略法は必要ないんだよ」
目が見えていない分、普段以上に努めて優しくシトラスに語りかけるベルガモット。
気負う様子すら見えないベルガモットにシトラスは疑問を呈す。
「それはどうして?」
「私が攻略法なんだよ」
揺らぐことのない絶対的な自信。
「この程度の精霊魔法なら、万の軍勢となって攻めてこようが私の、私たちの敵ではないんだよ」
今のシトラスからは見えない。
しかし、多くの参加者が必死の形相で暗闇君を追い払っている中で、ベルガモットはいつの通りの余裕の表情である。
そして、それは前衛として闘技場の中央ステージにいるヴェレイラも同様であった。
ヴェレイラは彼女自身より、シトラスのバディであるメアリーが脱落しないことに気を配る余裕があるほどである。
時間の経過とともに脱落者が増え、魔力が枯渇しつつある上級生の顔色も次第に悪くなっていく。
そのような中、ベルガモットはシトラスと共に予選が開始した場所から、一歩も動いていなかった。
<暗闇君>は別にベルガモットの存在を見落としているわけではない。
ただ、純粋に彼女たちに近づくことができないでいた。
客観的に見ると、ベルガモットを起点に円となるように、<暗闇君>は近づけないでいた。
その領域に入ったが最期、彼らはあっという間に地面に墜落し、その姿を無に帰すことになった。
「そろそろかな。レイラはともかく、メアリーに万が一が起こるかもしれないからな」
予選最終試合が始まって、ベルガモットが初めて動いた。
「レイラッ」
ヴェレイラはベルガモットの声に反応すると、素早くしゃがんで地面に両手をつけた。
「<
ヴェレイラを起点に、四方で地面が隆起する。
それはまるで立てた棺桶のように、四方からヴェレイラを閉じ込めるように起き上がった土の壁。
壁がヴェレイラを四方から閉じ込める直前に、むんずと差し伸べた手でメアリーを引っ張り込むと、ヴェレイラとメアリーを収めた土の棺桶が完成する。
やや遅れて頭上の蓋も閉まり、ステージの中央に起立した土の棺桶が完成した。
ベルガモットはそれを確認すると、左手を天に掲げた。
そして、
「<
瞬く間に、彼女の左手に凄まじい風が集まる。
ネクタルの少し慌てた声が場内に響く。
『あっおぅ、みんな頭は伏せておいてね。魔法障壁も万能じゃないから』
砂ぼこりや、闘技場のリングの破片、参加者の落としたちり紙など、全てを巻き込んで大きく膨れ上がり、観客席最上段の貴賓席にも影響を及ぼすほどに成長する。
彼女の近くにいた<暗闇君>が、あっという間に駆逐されていく。
十分に育ったそれを、ヴェレイラが立てこもる土の棺桶に投げつけた。
吹き荒れる闘技場。凄まじい風の音。観客席から上がる悲鳴。
大竜巻の対象となるのは<暗闇君>以外に、ここまで<暗闇君>から生き延びていた生徒たち。
竜巻に巻き込まれた生徒たちは、ブローチの一定ダメージを超えた際に機能する転移機能が動作し、光を伴って姿を消す。
ステージの中央で猛威を振るう竜巻の中では、闇と光が輝いていた。
その僅か数十秒後、前衛の生徒たちが立っていた闘技ステージに残ったのは土の棺桶。
後衛の生徒たちが立っていた闘技エリア周縁部には、ベルガモットとシトラスの二人の姿の身。
土の棺桶にひびが入り、崩れ落ちると、その中からヴェレイラのメアリーが変わらぬ姿を見せた。
貴賓席の柵に手をかけて起き上がったアペルが、階下の惨状を目の当たりにすると、
『こ、これまでですね。観客席の皆様大丈夫ですかー?』
他の追従を許さない隔絶した七席の力。
その一端を学園の生徒は、改めて思い知らされことになった。
予選が終われば、昼食の休憩を挟んで、午後からはいよいよ本選である。
通常は前年の優勝・準優勝の二組と、予選を勝ち残った十組との最大十二組で本選は行われる。
今年度は八組という本選出場者の数は、ここ数十年では最少の人数であった。
前年度優勝者が優先権を行使せずに予選に加わり、また、昨年度の準優勝者は昨年度で学園を卒業していた。
加えて、今年度の予選第一組では通過者なし、という事態。
『前から思ってたけど、元々本選出場者の人数のキリが悪いよねー』
ケラケラ笑うのはネクタル。
闘技場のステージ中央に立つアペルは貴賓席を見上げると、
『学園長、音声入ってます……』
『あ、ごめ~ん……こほん、じゃあ本選はっじめっるよ~! 組み合わせはこう、じゃじゃん!』
あくまで軽いノリのネクタルが貴賓席の柵の前に立ち、闘技場のステージに向かって手を振った。
すると、ステージ上に浮かぶように水色をした半透明の薄い大きな板が、四枚背中合わせで出現する。
そこには、白地抜き字で本選のトーナメント表とその組み合わせが記されていた。
●第一試合
ミュール・チャン/ブルー・ショット×カミノ・ハリスコス/マリアチ・ロスアルトス
●第二試合
ベルガモット・ロックアイス/ヴェレイラ・ガボートマン×ルーク・ド・リヨン/スティンガー・ペパーミント
●第三試合
エステル・アップルトン/イスラ・デピノス×トーマス・ハウン/ジェラルド・クブン
●第四試合
シトラス・ロックアイス/メアリー・シュウ×タンタ・カタン/アカシア・ベネディクティン
宙に浮かび上がっている組み合わせ表をみるなり、げんなりとした顔を見せるミュールは、
「うげっ……俺たちは一回戦勝ったら、お前の姉貴とかよ。おわた……」
ミュールの隣に立っているブルーも、口にこそ出さないが、その顔を青く染めてあげていた。
二人の様子に苦笑いを零したシトラスは、自身の組み合わせを確認する。
「お互いに勝てばぼくの二回戦の相手はアップルトン……二回戦は昨年のリベンジマッチなるかも」
シトラスは、一年生の入学して間もない時に開かれる新入戦の予選で、四門の南――アップルトン家の嫡子であるエステルと対峙して、完膚なきまでに敗北した経験があった。
「シト。まずは一つ。とりあえず勝つぞ」
シトラスが右手を差し出すと、その上に素早くメアリーが右手を乗せ、更にその上にブルー。最後に照れ臭そうにミュールが手を乗せた。
「勝ってみんなで来年も勇者科にッ!」
大きく宙に開いた四人の手。未来をその手に。
午前中に立ち込めていた雲も、ベルガモットの魔法の余波で吹き飛び、空は快晴となっていた。
吹き抜ける風はいささか冷たいが、それがちょうどいい会場の熱冷ましになっている。
『すぅぅぅぅ………――』
魔法によって拡声された男子生徒の声が響き渡った。
『――紳士淑女の皆様ぁぁ、お待たせしましたぁぁ!! 年に一度のぉぉ……対抗魔戦の時間だぁぁああ!! 騒げぇぇぇぇええええ!!!!』
扇動されるがままに、湧き上がる歓声。
『今年度の実況も昨年度に引き続き、私マイクが!! そしてぇぇ、今年度の解説は、栄えある王国魔王騎士団遊撃隊隊長にして、騎士団一の美女ブリュンヒルデさまだぁぁぁぁ!!!!』
闘技場内の貴賓席の横の区画には実況席が設けられてあり、そこに二人の人物が座っていた。
一人は茶髪アフロの髪型で学生服を着崩した男性生徒――マイク。
彼は昨年も対抗魔戦、魔闘会でも実況を務めていた。
ブリュンヒルデは軽装の鎧に身を包んだ銀髪碧眼の女騎士。
外見の歳のほどは二十代後半であろうか。
紹介されたブリュンヒルデは口上が恥ずかしかったのだろう。
マイクの頭を軽く小突ついたあと、若干照れながら、鷹揚に城内に手を掲げた。
闘技場内に木霊する大歓声。
特に一連の流れを見ていた野郎どものボルテージは早くも最高潮だ。
腰まで届く銀色の髪を風に揺らしながら、立ち上がって場内に手を振るブリュンヒルデ。
実際に王国騎士団一の美女とも噂されているを務める彼女は、男子生徒からは尊敬を、女子生徒からは羨望の念を集めていた。
『他の高貴な方々もお客様として王城からいらしてるぜッ!! 学園を代表してかっくいぃーとこ期待してるぜぇ、べいべぇ!! それじゃあ早速一回戦を始めていくぜーー。
闘技場の向かい合った角から入城する二組の生徒。
そのうちの一組は、ミュールとブルー。
彼らは昨年に続き二年連続二回目の出場であった。
ステージの中央に歩みを進める生徒たちには、観客席から惜しみない応援が飛んでいる。
しかし、ブルーが獣人であることに気がつくと、一部の生徒をあからさまに眉をしかめ、対戦相手をいっそう応援し始める者もいた。
中には堂々と野次を飛ばすものもいた。
あまりに汚い言葉を使うと、来賓客の手前、大会運営を務める教師たちからキツイおしおきを頂いていた。
時間を経て視力が回復しつつあるシトラスは、いまだぼんやりとした視界の中、魔力視の魔眼でミュールとブルーの見慣れた魔力の方角へ、会場の誰よりも大きな声援を送る。
「なぁ、ブルー聞こえてるか?」
ブルーの隣を歩くミュールの質問は、人族より優れた聴覚を持つ猫人族のブルーには野暮な質問であった。
彼女の目元が熱くなっているのは、何も会場の熱気だけではなかった。
本大会の主審であるアペルがステージの中央に立って出場者を待ち構えていた。
二組の参加者が彼の下まで来ると拡声魔法を用いたまま、本選のルールの説明を始める。
勝利条件は二つ。
対戦相手をステージ外に追い落とすか。
対戦相手の意識を失わせるか。
禁止事項は、禁呪、禁術の使用、事前申請の無い武具ならびに魔法道具の使用。
なお、ステージ外に足を着いた選手の戦闘の継続は不可である。
該当の選手により継続して戦闘が行われた場合は、その時点で対戦相手の勝利となる。
『――ここまで、よろしいですか?』
アペルは二組にルールへの理解に問題がないことを確認すると、対戦する二組に距離を取らせた。
ミュールたちの対戦相手は、北の四年生の男子生徒二人組。
カミノ・ハリスコスとマリアチ・ロスアルトス。
二人とも北のシンボルカラーである橙色の髪と瞳。
カミノがやや透明感のある橙色で、マリアチが琥珀色に近い色をしている。
カミノの肌がやや白いことに対して、マリアチの肌がやや日に焼けた肌をしている。色の濃淡コンビである。
二人の顔には、対戦相手が下級生だからと言って、獣人だからと言って侮る表情はみられない。
にらみ合う両者の中間に立つアペルは、双方に視線を送ったあと、始まりの合図を告げる。
『それでは対抗魔戦本選第一回戦を始めますッ! はじめッ!』
先手を取ったのは、ブルーであった。
身体強化の魔法に加えて、獣人族の素早い身のこなし。
瞬く間に相手との距離を詰める。先に彼女が狙ったのは、全体的に色白のカミノ。
これはカミノとマリアチの外見を見比べての判断であった。
安直ではあるが、日に焼けたような肌色を持つマリアチから活動的な印象を感じ、色白な肌からインドアであろうカミノの方が接近戦では与しやすいであろうと。
打ち合わせも何もなかったミュールは、ブルーの初動に出遅れた。
しかし、瞬時に彼女の意図をくみ取ると、彼自身はマリアチに向かって強化魔法を使って駆けだした。
それを黙って見過ごすカミノとマリアチではなく、迎え撃つべく、瞬時に魔法を構築する。
カミノは焦ることなく跪いて両手を地面につけ、迫る来るブルーを見据えると、
「<
カミノの手元の地面から、数多の円錐が凄まじい勢いで生成され、ブルーに迫る。
ブルーは減速せずに飛び上がると、当たれば串刺しになってもおかしくない鋭さをもった土の円錐をしなやかな動きで回避する。
観客席からはその身のこなしに感嘆の声が上がる。
ブルーは逆に隆起した円錐に足をかけて、その勢いのままカミノに飛び掛かろうとするが、
「<
マリアチのいた横の方角から、凄まじい勢いで押し固められた土の弾丸が、雨あられとなって飛来した。
ブルーは器用に態勢を変えて、カミノが作った円錐に隠れるようにしてこれを凌ぐ。
円錐の陰から様子を窺うと、マリアチが器用に右手をブルーの、左手をミュールのいる方角の地面に手を置いていた。
彼が一つの魔法で、同時に二人を牽制したのが分かった。
ブルーが、どう距離を詰めるか逡巡していると、足場にしていた円錐が一瞬にして砂のように崩れ落ちる。
彼女がそれに驚き、崩れ落ちる円錐から距離を取ろうと、強化魔法で強化した足に力を込めるも、既に崩れた足場では満足な反発を得ることはできずに、宙に身を投げ出す形になる。
それを見逃す上級生ではなく、今度はカミノが再び地面に手をあてると、
「<
再び土の弾幕がブルーを襲う。
しかし、猫人族の驚異的な身体能力をもって、宙で体勢を立て直したブルーは、腕を交差させると体の前部により多くの魔力を流し、これを防御する。
『あっーー、っと。ここでカミノ選手の土弾の弾幕をモロに喰らったかブルー選手ッ!?』
息を呑むマイクに、淡々と解説するブリュンヒルデ。
『そうですね。ただ、防御の構えに入っていたので、致命傷は避けられたみたいですね。それにしてもやはり、獣人の方は凄いですね。純粋な身体能力で、宙で体勢を立て直すなんて』
『特にブルー選手のような猫人族が、そういうバランス感覚に秀でていますよね。見事にその種族の特性を活かした防御で窮地を乗り切ったブルー選手。おっと、ここでミュール選手も後退したブルー選手に合わせて距離を取ります。それをカミノ選手とマリアチ選手は追撃をしないようです』
『はい。基本的に土魔法は静的な状況で力を発揮しやすい傾向にありますので、不慣れな追撃に走るより、土魔法の得意分野であるカウンターを狙うのではないでしょうか』
『これに対して、新入生ながら本選に出場した昨年に続き、二年連続での出場となるミュール選手とブルー選手。これをどう攻略するのか』
実況と解説の二人が言葉を区切り、ステージに視線を落とした先。
ミュールは対戦相手に注意を払いつつ、
「大丈夫かッ、ブルーッ!!」
吹き飛ばされたブルーに駆け寄った。
「うん……。防御は間に合ったから、まだ戦える」
「参ったな。俺たちが去年より遙かに強くなったとはいえ、先手必勝のゴリ押しでいけるほど上級生は甘くないよなぁ、やっぱり……」
「関係ない。私たちが勝つ」
淡々と闘志を燃やすブルーに、ミュールは苦笑いを零す。
クールな佇まいや言動に騙されがちだが、彼女もかなりの脳筋であった。
「しゃーねー、もう一度だ」
再び飛び出す二人。
今度は同時にブルーはカミノに、ミュールはマリアチに。
対する二人は、今度はマリアチが先に動く、
「<
マリアチが地面に両手をあてて呪文を唱えると、二人の身の丈を超える高さの土壁が、ステージ全体を横切るように生成される。
その壁の厚みは人三人分ほどある。
作り出された土壁は地面を滑るようにして、駆け寄る二人に迫った。
ステージから一歩でも出れば脱落である。
長さがこのステージ上の端から端まである身の丈ほどある壁を、回避するためには跳んで回避するしかない。
「……罠なんだろうなぁ」
「……ぶち破る」
二人は罠と分かっていても、強化魔法で身の丈以上の跳躍を選ぶ。
飛び上がった二人に待ち受けていたのは――。
薙ぎ払うような土の鞭。
ミュールたちの体ほどの太さをもったソレが、宙に浮かぶ二人に迫る。
――<
四年生コンビから放たれた上級魔法に息を呑む観衆。
しなりを加えて加速した土の鞭が、ミュールとメアリーを捉えた――
「なんとッ……!?」
――かと思いきやミュールは、飛び越したばかりの動く土壁を足蹴に、もう一度宙に飛び上がった。
ブルーは、さきほど見せたように、およそ人族にはできない動き、空中で体に捻りを加え、迫る土の鞭と体を平行にすると、鞭を巻き込むように体を回転させることで回避する。
ミュールの回避で沸いた歓声が、ブルーの芸術的な回避で爆発した。
これには実況も大興奮で、
『素晴らしいッ……!! 見ましたか今の素晴らしい攻防をッ!! 視野を奪ったうえで行動を制限、そこに回避困難な上級魔法の一撃の合わせ技をみせたカミノ、マリアチ選手も凄いが、それを躱したミュール、ブルー選手も凄いッ!! 特にブルー選手の動きはもはや芸術的でしたッ!!』
実況のマイクの言葉に横で頷くブリュンヒルデは、
『ブルー選手のあの回避方法は、理屈では分かるのですが、それをおそらく自身の身体能力だけで再現してしまうのはさすがですね。王国騎士団でも防ぐことならともかく、ブルー選手の回避方法ができる者はなかなかいないんじゃないかな、と思います』
実践経験豊富な彼女の眼から見ても、ブルーの動きは冴えわたっていた。
観客も現役の王国騎士団の彼女の言葉に、貴重なものが見れたとばかりに歓声が上がる。
『王国最強を誇る王国騎士団。そんな彼らでも真似できない神回避を見せたブルー選手。おっと、二人が距離を詰めにかかりますが!? ……あーッと、ここは土魔法の合わせ技で後方に下がらざるを得ないようです。会場もあわやと盛り上がりを見せました』
ミュールとブルーに渾身の合わせ技を躱された衝撃で、一瞬固まった対戦相手。
勢いのまま、ここぞとばかりに肉薄するミュールとブルーだが、さすがは上級生。
素早く立ち直ると、土魔法の連続攻撃で距離を詰めさせない。
ブリュンヒルデが冷静にステージ上の双方の勝利の糸口を述べる。
『そうですね。ここまで見る限り、二年生のお二人は強化魔法主体ですので、四年生のお二人の土魔法をどのように攻略するか。逆に四年生は、この抜群の身体能力と回避能力を持つ二年生をどう捉えるのかが、肝ですね』
再び対戦相手と距離を取ったミュールとブルー。
ミュールはここでブルーと連携するべく、目で対戦相手を捉えながら彼女の方へ足を運んだ。
合流して、隙を窺う二人に対戦相手のカミノ、マリアチから急かすように<土弾>が飛来する。
それは、まるで二人の攻撃を誘っているかのようだ。
それを難なく躱す二人。
ブルーは相手の挑発に意気高揚している様子で犬歯を剥いて、
「喰い破ってやるッ……!」
それを彼女の近くまで身を寄せたミュールが押しとどめた。
「まぁ、待てよ。ブルー。俺に策がある――」
ミュールがニヤリと不敵な笑みをみせた。
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