幕間 ブルー


●九月


 今日は長の命令で入学することになったカーヴェア学園の入学式。

 聞いてはいたけど、ヒト耳たちはうるさい。


 振り分けられたクラスには嫌なやつがいた。

 学園に来る前からわかっていたけど、やっぱりヒト耳は嫌なやつばかりだ。

 私の匂いをからかうが、私に言わせればお前たちの方が臭い。

 

 無視していると、変なヒト耳が絡んできた。

 初対面で人の肉球を揉んできた変態。猫パンチをお見舞いしようたら、その後ろにヤバイやつがいた。

 殺されるかと思った。授業が始まって有耶無耶になったけど、アイツにだけは逆らわないでおこう……。


 変態とその保護者みたいなヤバい奴のおかげで、初日以外にクラスで私をいじめようとする奴はいなかったのは良かった。


 他の同族の話を聞くと、ほとんどの同族が毎日ヒト耳の差別を受けていた。

 ひどいものでは休日にも、寮でも差別を受けているらしい。

 その生徒はストレスで頭皮にコイン大のハゲができるほどである。


 群れなきゃ何もできないヒト耳に、私たちは負けない。


●十月


 シトラスと名乗った変態は、入学以来毎日毎日かまってくる。馴れ馴れしい。

 だけど、変態といると嫌なやつがちょっかいを出してこないので、放置することにしている。

 それに変態がどうとかじゃなくて、いつもそばにいるヒト耳の女がヤバイ。


 私が変態の機嫌を損ねると、半端ない殺気を飛ばしてくる。

 生きた心地がしない。無理にでも変態との繋がりを断てば、直後にヒト耳の女が私の命を絶ちかねない。


 それそうと、意外にも学園の授業は楽しい。


 時々わからないことがあるけど、そういう時はいつも隣に座る変態も同じようで、よく先生に質問するので授業はわかりやすい。それでもわからないところは、変態に聞く。

 でも、やっぱり変態もわかっていないことが多いので、やはり変態が先生に不明点を聞く。この変態は扱いやすい。

 ただ、村ではこういう変態にはヤバイ奴が多いから、気をつけるようにずっと言われてきた。ヒト耳は信用できない。


 ポトム王国がその歴史の中で各獣人族を吸収する際に、各部族との間で奴隷や人権に関する協定が結ばれてきた。

 しかし、ヒト耳は古くから私たち獣人族、中でも私たち猫人族を奴隷として、時に愛玩動物として扱ってきた。そして、それは協定が結ばれた後の今も続いている。一部のケモナーと呼ばれる変態たちが、金や社会的権力に物を言わせて獣人族を囲っているのだ。許せない。


 私はヒト耳には、決して従わない。

 

●十一月


 変態が俱楽部とかいうヒト耳の群れに入ったらしい。 

 私たちには関係ない話。ただ、俱楽部生には近づくな、と村の長老たちから言われていたので、距離を置こうとしてみた。


 でも、やっぱりダメだった。

 変態と距離を置くのに強引な手段をとれば、変態のツレのヒト耳の女に殺されそうだから諦めた。


 今月から本格的に始まった魔法を使う授業。

 中でも魔力を通すと曲がるスプーンの授業は面白かった。 


 私に構う変態は全然できていなくて、哀れだった。

 生まれに甘んじてきた結果だろう。私たち獣人は違う。幼少期から毎日切磋琢磨してここまできた。


 学園の同族からは、俱楽部は優秀なヒト耳の集団と聞いていたが、こんなヒト耳の変態でも入れるくらいだ。実際は大したことないのだろう。


 むしろ、よく変態に引っ付いているヒト耳のヤバイ赤髪の女と、世話係のような金髪の男の方が、変態より実力があるように見える。

 あのヒト耳たちも哀れだ。力を弱いものを立てなきゃならないなんて。それは私たち獣人族ではあり得ない。


 私はヒト耳ではなく、獣人族に生まれて良かった。


●十二月


 アイツは変態だった。

 でもいい変態だった。


 中央のヒト耳に騙されてリンチにあった。

 一人じゃ何もできないヒト耳らしいやり方だった。


 正直、腕が折られて辛かった。涙も出そうになった。

 立っているのが精一杯という状態。そんな中、どういう訳かあの変態がやってきた。


 変態もヒト耳だが、どういうわけか私のために他のヒト耳と戦ってくれた。

 ユウシャ? になりたいらしい。私のことを友達、だと言っていた。

 

 私は全くそんなこと思っていなかったのに。


 アイツはがんばったけど相手は二人で、アイツは木刀で頭を割られた。

 それでも、私のために立ち上がった。


 アイツは私の頬に手を当てながら、私の目を見て笑いかけた。


 それは今までヒト耳が私を見てきたどの笑顔とも違った。

 なんというか、その笑顔に私の胸の内側がぽかぽかとなった。


 私はヒト耳を、偏見で差別するくそ野郎の一族と思っていたが、私もくそ野郎の一人だった。


 あの後、アイツの姉を名乗る怪物が来て、全てが終わった。

 アイツの姉は、私を見捨てる気だったと思うけど、アイツの言葉で私を助けてくれた。


 アイツは気を失うその直前まで、私のことを気にかけていた。


 それから一週間。アイツは授業を休んだ。


 不思議な感覚だった。

 入学してから授業中はずっとアイツが傍にいたから。

 

 一週間が経って、アイツが帰ってきた。

 ちょっとだけ、優しくしてあげようと思う。ほんのちょっとだけ。


●一月


 年が明けて本格的に魔法の授業が始まった。

 昨年末から続く属性魔法だが、私は雷と土属性を持っていることがわかった。

 

 年が明けて、アイツがやっと雷の属性魔法の付与に成功した。

 クラスではアイツ以外みんな成功していたので少し心配だった。アイツは人望があるようで、クラスのほとんどのヒト耳も喜んでいた。アイツはなんだかほっとけない。


 今度は、無手で属性魔法を発現させる授業だ。

 スプーン一つないだけで、随分と難易度が違う。意外にもヒト耳のヤバイ赤髪女が真っ先に再興させて、それ以外は誰もまだ成功していない。私はもう少しで何かが掴めそうな気がする。


 話は変わるが、最近は来月の対抗魔戦の話でヒト耳たちが騒いでいる。

 

 私たちには関係のない話。

 私たちが学園で目立つと、ヒト耳から嫌がらせを受けるので、こういった行事には参加しないのが暗黙のルールであった。

 と、思っていたらアイツがヒト耳の友人と出るように私に頼んできた。

 アイツの紹介した友人、ミュールとはクラスメートでアイツを通じて知らない奴じゃない。


 同族は私を止めたが、アイツに借りを返すいい機会だ。

 私は対抗魔戦にミュールと出ることにした。


●二月


 対抗魔戦に出場した。


 やはりと言うかヒト耳以外で出場したのは私だけだった。


 結果は、私たちは予選を突破し、本選出場。本選では一回戦で負けてしまったが。

 アイツも予選は突破できたが、アイツとコンビを組んだいつも一緒にいるヤバイヒト耳女の暴走で、アイツが本選には出ることができなかった。


 大会後にヒト耳の先生が、私の輝石に魔力を付与した。

 灰色のブローチが紫色に変わり、そして瞬く間に藍色に変わった。


 四大行事は学園で最も効率的に輝石の魔力を稼げる行事である。

 私は一年生では五人目の色付き・・・となることができた。


 クラスの嫌な奴らを始め、一部のヒト耳は私の色付きに嫉妬の表情を浮かべていた。


 ヒト耳の先生に聞いたが、アイツは本選に出られなかったから色付きにはなれなかったらしい。


 そんなアイツも他のヒト耳と同じく嫉妬するかと思って少し心配していたが、アイツにそんな心配はいらなかった。

 アイツは私の色付きを自分のことのように喜んでくれた。

 朝の教室で私よりも騒ぐものだから、少し照れ臭かった。


 シトラスは良い奴だ。


●三月


 今月は魔闘会。

 私たちには関係のない話。


 シトラスは、ヒト耳の教師に頼み込んで魔闘会に出るらしい。

 今のところ属性魔法が雷しかなくて、その成功率もあまりよくない今のシトラスの実力では少し心配だ。


 魔闘会の当日。

 私は同族に誘われて獣人の魔闘会、裏魔闘会とでも言おうか、に参加していた。

 私は同族の中でも戦闘センスは高い。順調に勝ち上がった。


 途中で、外野が騒がしくて、気になって見てみたら何故かシトラスがいた。

 魔闘会が終わるにはまだ早い時間だ。シトラスは何をしているんだろう? と思っていたら周りの獣人から良くない空気を感じた。

 ヒト耳の中でもシトラスは別なのだが、それをみんなが知らないのも無理はない。騒ぎになる前に止めないと。


 近づいて話してみたら、どうやら知らずに紛れ込んだらしい。彼らしい。


 このまま私の活躍を見てもらうのも悪くはないな、なんて考えていたら、目の前にいた犬人族の男子生徒がシトラスの夢を、シトラスを侮辱した。


 は?


 気がついた時には、腰の入った猫パンチをその犬人族にお見舞いしていた。

 無意識で雷属性で身体強化されたその拳は、犬人族の男子生徒を気持ちいいぐらいに吹き飛ばした。


 でも、まだ私は許さない。


 とりあえず、意識を失った犬人族の生徒のところまで行くと、首根っこを掴んでシトラスの前に引きずり出す。

引っ叩いて意識を取り戻した彼をシトラスへ謝らせると、彼は優しいから許してくれた。


 その光景に留飲を下げていると、どこからともなく同族のライラが姿を見せた。

 氏族こそ違うが、同じ猫人族で、何かにつけてお姉さんムーブをかましてくるこの同族のことが、私はあまり好きでない。


 どうやらライラとシトラスと知り合いらしい。


 前言撤回、こいつは嫌いだ。



●四月


 魔法試験が終わった。


 いい出来だと思う。

 これもシトラスのおかげだ。


 私たちが大図書館を利用すると、裏でヒト耳からいじめにあうので、大図書館の利用を避けるのが私たち獣人の間での暗黙のルール。

 だから、レポートの作成や配布された教科書以外の内容についての勉強はとても大変だ。


 それをシトラスに言うと『ぼくが守ってあげる』って言って、渋る私の手を引いて連れて行ってくれた。

 司書や大図書館にいた生徒たちは私の存在に気がつくと、その眉を顰めていた。中には私に直接文句をつける輩もいた。


 しかし、シトラスは約束通り、そんな輩から私を守ってくれた。

 相手が上級生であっても、彼は私が彼の友人、だとはっきりと公言した。


 私は次にいつ利用できるかわからないので、その日の大図書館の閉館の時間を惜しんでいたら、シトラスが『いつでも声をかけて』と言って肩を叩いてくれた。


 こんな経験初めてだ。


 シトはやっぱり他のヒト耳とは違う。


●五月


 最後の四大行事、舞踏祭。


 私は同族と踊るために中庭にいたら、なぜかシトも中庭にいた。

 誰と踊るんだろう……、と遠目から思っていたら、見たくないやつが来た、泥棒猫が。


 はぁー? 普段のあの布地はどこいったんだよッ! 発情猫ビッチがッ。


 もじもじしている発情猫の手を握って踊り出すシト。

 そんな発情猫と踊るなら私と踊ってくれてもいいのに……。


 とか思っていたら、昼食休憩に入ったときに、シトが昼から一緒に踊ろう、って。


 シトがいうなら……。


 気持ちよくシトと踊っていたら、途中からヒト耳が大量に中庭に流れ込んできた。


 何事かと思って見てみたら、先頭を歩く二人はヤバイ奴だった。

 シトの所属する倶楽部のボス格のベルガモットとヴェレイラ。


 ヒト耳に疎い私でも知っているビッグネーム。

 どうやら二人はシトと踊りに来たらしい。


 二人の言い合いのさなかにシトに話を振られて、二人が私の存在を認識した際は、死ぬかと思った。なにこの化け物たち。シトには悪いけど、彼女たちとは関わりたくない。


 申し訳ないけど、二人がシトを害することがないと確信した私は、一曲が終わるとすぐにお手洗いを言い訳にその場から立ち去った。


 最後こそ抜身の刃の上でダンスを踊っているような気持であったが、舞踏祭でシト踊ることが出来て胸がぽかぽかする。今日はよく眠れそうだ。


●六月


 一年生が終わった。

 今日は終業式。

 

 村で聞いていた話では、学園はクソの掃き溜めみたいなところだと聞いていた。

 学園で一年間過ごして分かったことは、村で聞いていたヒト耳の話は、半分は本当で半分は嘘。


 確かに獣人に対する辺りは強く、ムカつくヒト耳は多い。これが半分の本当。

 どいつもこいつも獣人を見下してくる。大した実力もないのに。ただ力のあるヒト耳の家に生まれただけで。傲慢なヒト耳らしい。


 だが、ヒト耳は傲慢で救いようがない。これが半分の噓。

 シトのように種族の垣根を越えて寄り添ってくれるヒト耳もいる。

 彼は獣人に偏見を持たず、私に対しても親身になってくれ、周囲が私を嘲ることに構わず友人と公言している。彼の友人のヒト耳もシトほどじゃないが悪くない。


 同族にこのことを話しても、誰もが懐疑的だ。

 無理もない。彼らはシトを知らないのだ


 でも、誰も知らなくていい。私が知っていれば。


 獣人族には発情期があり、その期間は求愛行動が激しく、直接的である。

 そのため、シトの魅力が知れ渡れば、あの泥棒猫のような存在が現れないとも限らない。

 

 来月からの夏季休暇も、シトが王城の地下都市へ誘ってくれたので一緒に過ごす予定だ。


●七月


 生まれて初めて入る王城。そして、地下都市。


 本来なら、私のような獣人の立ち入りは許されていない。

 実際に、学園城から王城を繋ぐ橋の検問では、入城者をあらめる衛兵もあからさまに嫌な顔を浮かべて、あわや入城を拒否されそうになった。しかし、シトラスが身元保証人となったので入城を許された。


 学園の獣人の生徒で、このように正面から王城に入城したことがある生徒が、果たして何人いることだろうか?


 王城を素通りして、向かった王城の地下に広がる地下都市。

 

 王城の地下には、信じられないくらい大きな空間が、世界・・が広がっていた。

 地下に広がる空間にも関わらず、その天井には空が浮かんでおり、その天井に浮かんだ太陽が地下で生活を営む人々を照らしている。


 王城以上の規模の広さの敷地には、信じられないくらい人数のヒト耳、獣人が生活していた。


 地下都市では、学園生徒向けに提供されている宿に泊まる。

 シトが身元保証人になった経緯で、彼とは同室の部屋に泊まることとなった。


 メアリーとミュールがものすごい渋い顔を浮かべたが、これは仕方ないことだ。私も本意ではない。いや、もちろんこれは決してシトが嫌と言うわけではないが。ただ――。


 ――不可抗力というやつだ。


●八月


 王城の地下都市で迎えた二ヶ月目。


 この一ヶ月、私とシトは一緒のベッドで寝ていた。

 朝をシトの腕の中で迎えることも少なくなかった。シトは私を抱きしめることが好きなようだ。


 身元保証人を怪我をさせたりでもして、衛兵に見つかると面倒なことになるので、仕方ないから、そう仕方ないからシトの好きにさせてあげていた。


 私とシトは二人で色んな所に回った。

 メアリーとミュールと、あと二人のヒト耳が私たちについてきたが。

 

 どういう訳か、地下にもかかわらず地下世界には、地上同様に朝と夜があった。

 そのため、時に地上にいると錯覚することがあった。


 王城の地下に広がる地下都市は、私の知るどの地上都市より発展を遂げていた。

 農業に工業、果ては観光業まで。


 王城のお膝元ということもあって、その治安は抜群に良く、そこで暮らす人々は活気に満ち溢れていた。

 驚いたことに、地下都市では獣人とヒト耳が一緒の職場で働き、同じ空間で食事をとっていた。

 私の知る限り、地上の都市ではあり得ないことであった。


 地下都市の生活は、学園の生徒はブローチを見せるだけで、すべてが無料で手に入る。獣人である私でさえ、望めば何でもを手に入れることができた。


 獣人とヒト耳が手を取って暮らしている世界。

 ブローチを持っているだけで、誰もが笑顔で全てを提供してくれる世界。

 

 王城の地下には、まるで物語の舞台のように理想的な世界が広がっていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る