29.超古代文明の残滓
交易都市ヴァレンシアに到着したエイジたちは、冒険者ギルドに向かった。
街は相変わらず賑やかで、商人や冒険者たちの活気に溢れていた。
ギルドマスターのベルナルディに、ドラコニルのことを報告すると、彼(彼女)は神妙な面持ちで静かに語った。
「ドラコニルの件は、遠話でも報告が入っているわ。残念だけど‥街に残ったガドとグラント、あと何人かの住人たちは、最後までドラコニルのギルドホールで身を寄せ合っていたそうよ」
ギルド本部のギルマス、オーガスタは、街が溶岩に呑まれる最後の瞬間まで、遠話を使ってガドたちの説得に努めていたそうだ。
最初から空気が重苦しくなってしまったが、そのあとも、大森林の神獣のことや、フォレストリアのエルフたちを黙らせたこと、吟遊詩人のことなど話は尽きず、エイジたちの報告は数時間に及んだ。
旅の報告が一段落すると、ベルナルディは微笑みながら言った。
「さあ、今日はもうゆっくり休みなさいな。またすぐ旅に出るのでしょう?」
エイジが無邪気な笑顔で応えた。
「そうだね。次は砂漠のほうへ行ってみるつもりだよ」
「砂漠の旅は過酷よぉ~。お肌にも悪いし。十分に準備を揃えていきないね。あ、宿は押さえてあるわよ」
エイジたちはベルナルディにお礼をいって、ギルドを後にした。
数日後───。
準備を整えた一行は、砂漠の街ミラージュへ向けて旅立った。
ミラージュまでは半月ほどの道のりで、途中に点在する小さなオアシスや宿場町をいくつも経由することになる。
砂漠では幅の広い車輪のワゴンをラクダに引かせて旅をする。
空は澄み渡り、どこまでも青く広がる。
金色に輝く砂粒は、太陽の光を反射してキラキラと輝き、空との境界線が揺らいで見える。
初日こそ、この世界で初めて見る砂漠の景色に興奮していたエイジだったが、やはり二日目以降は退屈しだす。
「砂漠って‥‥砂しかないんだなぁ‥‥」
見渡す限り何も無い‥いくつもの砂丘が連なり、風が生み出した美しい曲線を描いている。
「盗賊とかさ‥‥巨大なサンドワームとかさ‥‥出ないかなぁ?」
「そうですなぁ‥出ないですなぁ‥」執事が面倒くさそうに相槌を打って流す。
日が落ちる前に、宿場町に到着した。
近くに水を湛える小さなオアシスがあり、喉を潤してくれる。
そうして、いくつかの宿場町を経由して、砂漠の旅も中盤に差し掛かったころ、昼間なのに突然空が暗くなった。
「これは‥砂嵐ね! どこかに避難しなきゃ!」リリスは慌てて周囲を見渡す。
「ひとまず、あちらの岩陰に!」執事が指さす方向に急ぐ。
風は次第に強まり、砂が顔に当たるのを感じる。目を開けていられなくなる。
どうにか岩陰に辿り着くと都合良く洞窟が口を開けていた。
エイジは洞窟の入り口から外を眺めながら、楽し気だ。
「ここで砂嵐を眺めていよう」
リリスは呆れ顔でエイジの背中に語りかける。
「エイジ、楽しそうね。たまたま洞窟があったから助かったけど、本当は凄く危険なのよ?」
執事は洞窟の奥を確認してくると言って、暗がりの奥へ見えなくなった。
ほどなくして、洞窟の奥から執事の呼ぶ声が響く。
「主殿、リリス殿、メイ殿もちょっとこちらへ‥」
「何? 何?」と興味津々に駆け出すエイジ。
執事のもとに到着すると、足元には漆黒の闇‥‥大きな縦穴のようだ。
「‥縦穴‥だね」
「底の方を、よーく見ていてください‥」
しばらくの間、じっと見つめていると‥、時折、火花が散るようにパッと灯りが見える。
「ぁ、光った‥。‥‥‥また光った。何かあるね」
「どのくらい深いのかしら‥。光の魔法で照らしてみるわね」リリスはそう言って意識を集中すると、ポゥーー‥っと光の玉が出現して辺りを照らす。
縦穴は、それほど深くはないようなので、降りてみることにした。
穴の底に着くと、周囲は崩れた瓦礫で囲まれていた。
その隙間から、時折、眩しいほどの閃光が漏れる。
瓦礫の隙間を奥へ潜っていくと、建物の一部が見えてきた。
それは、この時代、この世界では見ない建物だった。
千切れた配線が揺れて、時折スパークしている。電力が活きているのだ。
執事は信じられないものを目の当たりにしているかのように言葉を詰まらせた。
「主殿‥これは‥‥‥」
一方、エイジはというと‥
「これは凄い! いつの時代の建物だろう? まだ活きているなんて‥奇跡だね!」眼を輝かせて興奮している。
「こんな建物は見たことないわよ? エイジたちは知っているの?」リリスは周辺の壁を触りながら見渡している。
「うん‥。でも、いつの時代の建物だろう? とにかく、奥へ行ってみよう!」
エイジたちは若干傾いた建物の中を探索することにした。
同じような間取りの部屋がいくつか並んでいる。
大きさからして、仮眠用の部屋だろうか。
ベッドらしき台座の上には朽ち果てた布。
壁の棚にはかつての書物だろうか。土塊が溜まっている。
傾斜している建物の下の方は砂に埋まっているので上層を目指す。
機材が並んだ研究室のような部屋。
動物実験が行われていたのか、大小様々な檻のある部屋。檻の中には獣の骨が散乱していた。
廊下の突き当りの部屋からは、ギィー‥ギィー‥と金属同士が擦れるような耳障りな音が響いてくる。
注意深く扉を開けてみると、指令室のような部屋になっており、一体のロボットが居た。
しかもまだ稼働している。
上半身は人間に模してあるが足は無く、かつてはゴムタイヤが付いていたのだろうが朽ち果てている。
剥き出しの車輪が回転して床と擦れて嫌な音を立てていた。
「凄い‥まだ動いているなんて‥‥お前、いったいいつから‥‥」エイジは感極まったかのようにロボットに近づく。
ロボットはエイジに顔を向けて、何かを発信している。
「キュイピョイピーポ‥ガガ‥ヒョウピー‥ガガ‥」
「そうか。言葉が通じないのか‥。言語が違うんだろうな。いいかい? ボクはエイジだ」コミュニケーションを取り始めるエイジ...。
リリスも興味深そうにロボットに魅入っている。
執事は端末を操作しようと、いくつかスイッチを弄るが、どれも反応しない。
メイドは興味深そうに部屋の中を見て歩いている。
やがてロボットは言語を学習したのか、少しずつではあるが聞き取れる言語を喋り出した。
『‥ガガ‥前回 生命体‥ガガ‥接触 438508526‥時間‥経過‥ガガ‥指示ヲ‥ガガ‥』
「438‥時間って‥どんだけ?」エイジが首を傾げる。
「約五万年に相当します」メイドが答える。
「ぇえー!? お前、五万年も一人でここにいたのか!?」エイジはすっかり友達のように話しかけている。
執事が思い出すように呟く。
「五万年前といいますとー‥‥2つ前の時代になるでしょうか」
リリスが想像もつかないといった面持ちで問い掛ける。
「ええー‥どんな時代‥だったの?」
「そうですな‥‥人類は旅行に出かけるように月にまで行くことができた時代です」
「月って‥あの月‥よね?」リリスは上を指さして確認する。
「左様です。そんな時代であっても人類は‥領土や資源の奪い合いを繰り返し、いもしない神の名を免罪符にした侵略や虐殺を繰り返しておりました」
「ふーん‥それで‥滅んだのね」
「滅ぼした‥だよ。ボクが、ね」エイジはワントーン低い声で呟いた。
『‥ガガ‥人類‥滅ンダ‥ボブ‥施設‥維持‥』
「お前、ボブって名前だったのかー‥。ボブは、ずーっと一人きりで‥この施設を守ってくれてたんだな。そうか、そうかー‥」
執事とリリスは、エイジがロボットと会話しているのを、ただじっと見守っていた。
『‥ガガ‥何カ‥用件‥ドウゾ‥ガガ‥』
「もういいんだ。ボブ‥休んでいいんだよ」
『‥ガガ‥ボブ‥活動‥停止‥シマス‥‥‥ピピッ‥‥‥』
ウウゥーン‥‥
ロボットの目や関節の隙間から漏れていた光がスゥーっと消えていった。
エイジはロボットを抱えると、部屋の一番奥‥責任者が座っていたのだろう、大きな机の横にそっと横たえた。
「永い間、お疲れ様‥」
エイジたちは建物をあとにして、地上へと戻った。
リリスは複雑な想いを口にする。
「これって五万年も昔の遺跡‥なのよね。凄い発見だったけど、このまま封印した方が良いのかしら?」
「今の世界には過ぎたテクノロジーですからなぁ‥。しかし、よく今まで発見されずにあったものです」
「そうだなぁ、とりあえず、埋めておこうか」
「承知しました」執事はそう言ってお辞儀をすると、縦穴の天井や壁に衝撃波を放ち、穴を完全に埋めた。
洞窟から出ると、砂嵐は過ぎ去り、澄み渡った青い空がどこまでも広がっていた。
一行は次のオアシスを目指す。
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