28.吟遊詩人

一行は交易都市ヴァレンシアを目指して大森林を進んでいた。

聴こえてくるのは鳥のさえずりと風の音、そして馬車の車輪が心地よいリズムを刻んでいた。


ふと、リリスが何かに気づいたように顔を上げた。「皆、ちょっとここで待ってて」そう言って、馬車を止めると森の奥へと消えていった。


かすかに弦楽器の音色が聴こえる。


音が止んで、しばらくするとリリスが一人のエルフを連れて戻ってきた。

「紹介するわ。彼はアレク。吟遊詩人よ」


大切そうにリュートを抱えたエルフはエイジたちに向かって優雅にお辞儀をすると、優しい旋律を奏でながら唄うように自己紹介を始めた。

「はじめまして~旅の方~。私は~アレクラディア・イングロール・スーリンロッド~。英雄たちの物語を伝え歩く~さすらいの吟遊詩人~」


突然、執事が目の色を変えて喰いついた。

「ぉぉー‥なんと素晴らしい‥。是非、詩を聴かせて頂きたい! 主殿よろしいでしょうか。ささ、どうぞ、どうぞこちらへ」エイジの答えを待たずに馬車へと招き入れてしまう。


遠慮気味に馬車に乗り込んだアレクだったが、途中まで行動を共にすることになった。



鳥のさえずりと風の音、そして馬車の車輪が刻む心地よいリズムに、彼の歌声とリュートの音色が加わった。



♪~♪~♪~


深き森 小さな村

 混沌の嵐吹き荒れる その時代に生きた人々


村を襲う 災厄の群れ

 獣の咆哮 絶望の叫び


ひとりの戦士 勇敢なる魂の持ち主

 その名はロナウド 誇り高き男ロナウド


夜の闇を切り裂き 鋼の刃が閃く

 魔物を斬り 怪物を倒す


彼の剣は希望の光


戦い続けること幾夜 傷だらけの体

 最後の力を振り絞る 命の灯火が尽きるまで


戦い続ける その姿

 村を守りし その勇姿


深き森 小さな村

 混沌の嵐過ぎ去り ひとりの英雄に救われた人々


村を守り抜いた男ロナウド

 人族の戦士ロナウド その誇り永遠に


その名は永遠に 輝き続ける

 ロナウド ロナウド

  人族の戦士ロナウド


♪~♪~♪~



アレクの唄に涙を流すリリスを見てエイジは「(ロナウド‥かつての知り合いなのかもしれない)」と思いながら、ふと横を見ると執事も涙を流していた。いや、号泣していた...。「(ぇ‥そこまで‥ロナウドの詩で泣けるとは‥‥)」メイドは終始、スンとしたままだ。


その日の夜は野営することになった。


焚火を囲み、静寂が訪れるとアレクは静かに唄いだした。



♪~~~

混沌の時代 広がる闇

 人々の心 薄れる希望


女神の声を聞き 立ち上がる勇者

 胸に宿る 女神の祝福


夜の帳を抜け 進む暗き森

 遠く魔物の巣窟 深く深く 恐怖の奥の奥へ


勇者は進む 彼の道を照らす 女神の光


夜明けと共に 崩れ去る魔物の巣窟

 しかし勇者は戻らない


彼の帰還を待ち続ける人々

 時が過ぎても 勇者は戻らない


名も知らぬ勇者よ 女神に祝福されし勇者よ

 彼の勇気と犠牲は忘れない


名も知らぬ勇者よ 女神に祝福されし勇者よ

♪~~~



いつの間にか、野営地の周りには森の動物たちが集まっていた。


しみじみと聴き入っていた執事が、ふと我に返る。

「‥『女神』ですか‥。アレク殿は『女神』をご存知で?」


アレクはリュートを静かに奏でながら答える。

「混沌の時代‥、何人もの冒険者が女神の祝福を受け、戦地に赴いた‥とか。何人もの町人、何人もの村人たちが女神の奇跡に救われた‥とか。伝え聞いて‥おります。私の前には未だ姿を見せてはくれません‥が」


髭をねじりながら思い悩む執事。

「混沌の時代とは、百年ほど前の時代ですな‥。その頃から存在し続ける、特別な力を持った存在‥。主殿‥」そう言って執事はエイジに意見を求める。


しかし、エイジはさほど興味なさそうに言う。

「ま、そんな力を持った存在が実在するなら、いずれボクたちとも出会うことになると思うよ。そんなことよりアレク~‥」エイジがアレクの耳元で何かを囁く。


アレクは少し考えてから「お任せください」と、ほほ笑んでリュートを奏でだす。


♪~~~

古の地 隠された遺跡

 眠り続ける 古の秘宝


訪れたのは 風を宿した若きエルフ

 遺跡の奥 目覚める秘宝


砕ける石壁 倒れる石柱

 荒れ狂う風 嵐の如く


砕け散る 古代の遺跡

 失われた大地 後に残るは静寂のみ


受け継がれる 風の力

 語り継がれる 風の伝説


風を宿した若きエルフ その名は‥

♪~~~


突然リリスが唄を遮る。「ちょっと待ちなさいよ! アレク!!(あなたねぇ‥誰のことを唄ってるのよ)」


アレクは惚けた顔で答える。「(その昔、暴風と呼ばれたエルフの少女の詩を‥お気に召しませんでしたか?)」


「(お気に召すわけないでしょ! その詩は封印よ! 封印! 禁止! わかった!?)」無理矢理アレクを説得するリリス...。


エイジは楽しそうにケタケタと笑い転げていた。



数日後───。


大森林の出口も近づき、アレクは皆にお別れを告げて、森の奥へと去っていった。

『いずれ、みなさんのことも唄わせて頂く時がくる、その時まで‥』と言い残して。


アレクを見送った一行は交易都市ヴァレンシアを目指して大森林を進む。

鳥のさえずりと風の音、そして馬車の車輪が心地よいリズムを刻んでいた。

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