27.星の脈動

フォレストリアから北へ向かうと、巨大な大渓谷を挟んだ先に、カルドラゴ山脈がそびえている。


貴重な鉱物資源が豊富なこの地域には、小さな村や町が点在している。

山の中腹には巨大な城壁に囲まれた、要塞都市ドラコニルがある。

山脈のさらに奥には、ドラゴンの巣があると言われており、それを警戒して築かれた要塞である。


ある日、鉱山で働く鉱夫たちが、不気味な振動と地鳴りを感じた。

鉱石を掘り起こしていた手を止め耳を澄ませると、地面の奥深くからはゴゴゴ‥という音が聞こえてきた。


ドラコニルのギルドマスターを務めるガドのもとに、その報告が相次いだ。


ガドは額に汗をにじませて怪訝な表情を浮かべる。

『(まさか‥アレが活動を始めやがったのか?)』


振動は日に日に大きくなり、揺れを感じる回数も増えていく。


『ドラゴンが動き始めたんだ‥』誰からともなく、そんな噂が飛び交いだした。


ガドはパニックを警戒しつつ、住人たちの避難を最優先にすべく計画を練った。


振動は日増しにさらに大きくなり、ついには家屋の壁にひびが入るほどになると、『この要塞にいれば安全だ』と言っていた住人たちにも焦りの色が見え始める。


ガドは避難計画を実行に移すべく各地のギルドへ連絡を入れ、避難民受け入れの協力を願い出た。

そしてギルドに冒険者たちを集め、避難の段取りを打ち合わせると、計画は迅速に実行に移された。

住人たちは西へ向かうグループと南へ向かうグループに分けられ、各ルートに護衛の冒険者が割り振られると順次、出発していった。


怪我や病気で動けない者や高齢者たちとその他数人、ドラコニルに留まる覚悟を決めた者もいた。

ガドは若い冒険者たちに避難民の誘導を任せ、自分はドラコニルに残ることにする。

みんなと一緒に避難してくれと懇願する住人たちに『ワシも随分長いこと生きた。ここいらが潮時だ。それに、最後はこの地と決めておる』そう言って笑顔を見せた。


すすり泣く住人、黙り込んでうつむく住人‥。


ガドが笑顔のまま、そんな住人たちを見渡していると、ある中年ドワーフの姿が目に留まった。


「グラント! お主なぜここに!?」眼玉が飛び出るほど驚いて駆け寄る。


かつて土の加護を授かり、今は大地の守護者アースガーディアンと呼ばれる、冒険者ギルドのトップ4に名を連ねる実力者、グラントがそこにいた。


「オイラのゴーレムじゃ大渓谷の吊り橋は渡れないし‥。西の気候はオイラの肌に合わなくてね」

「な・何を言っておるのじゃ‥」


グラントはまっすぐにガドの目をみて答える。

「それに、まだ諦めたワケじゃないよ。オイラ、最後の最後まで足掻いてみるつもりだから」


ガドはグラントの決意の強さを感じとり、それ以上何も言わなかった。



フォレストリアで知らせを受けたエイジたちは、とにかくドラコニルに向かってみることにした。


大勢の避難民が南下してくるので、迎え入れる体制も必要となるため、多くの冒険者が北へと向かった。


大森林の中、馬車を走らせるエイジたち。


リリスが何かの気配に気づき、馬車を停止させた。

「何か‥追いかけてきてるような‥‥」


馬車を降りて後方を確認すると、草の茂みから何かが飛び出してきた。


ちっこくなった神獣だ。


「あ! お前‥‥あたしたちを追いかけてきたの?」


トコトコとリリスに近づくチビ神獣。


抱き寄せようと手を広げたリリスだが、角で小突かれる。


コツン☆ コツン☆


そしてチビ神獣は去っていった‥。


リリスは困惑した表情で呟く。「‥何だっていうのよ‥‥」


それを見守っていたエイジは「きっと見送りに来たんだよ。『行ってらっしゃい』って」そう言って笑った。



いくつかの宿場町を経由して一ヵ月ほど進んだころ、今までにないくらい大きく地面が揺れるのを感じた。

北の空は黒い雲に覆われている。

ドラゴンが本格的に活動を始めたのか? 一行は先を急ぐ。


次に到着した宿場町には、ドラコニルからの大勢の避難民たちが到着していた。

町の周辺には沢山のテントや小屋が建てられ、冒険者たちが対応に追われている。


避難民たちに話を聴いたが、詳しい状況は何も解らなかった。

気になる話もあった。

『女神様に救われた』と話す避難民が何人もいた。

彼らを護衛してきたドラコニルの冒険者たちも『女神様のお陰で‥』と口にしていたが、詳しい話を聴くと皆、曖昧になってしまう。

『助けられた』という記憶があるが、何からどうやって助けられたのかがボヤっとして思い出せないという。


この話は、避難生活のストレスが見せる幻覚のようなものかも‥として片づけられた。


避難民たちの対応は任せて、エイジたちはそのままドラコニルを目指す。


北へ進むにつれ、空は暗くなる一方だ。地面も時折激しく揺れることが増えてきた。


エイジはドラゴンが暴れている様を想像して、ちょっと楽しげだ。


数日後、ようやく大渓谷に出た。


かつてそこに掛かっていた吊り橋は落ちてしまっていて、向うへ渡る手立てが無い。


しかし、渡るまでもなかった。


リリスは覚えている。


ここから見える山脈の中腹に、巨大な城壁に囲まれた要塞都市ドラコニルが見えていた景色を。


今、その場所には真っ赤な溶岩が流れている。


山の頂上付近から溢れる溶岩は、かつて要塞都市があった場所を飲み込み、大渓谷の谷底へと流れ込んでいた。


リリスは言葉を失い、呆然とその光景を見つめていた‥。


ドラゴンが空を舞う景色を期待していたエイジだったが、リリスの雰囲気を察して静かに声をかけた。

「リリス‥どうしたの?」


はっと我に返ったリリスは、冷静さを取り戻し、エイジたちに説明した。

「あの溶岩が流れている場所に、ドラコニルがあったのよ‥。昔、ドラコニルのギルマスが言ってた。『アレが動きだしたら、この街は石ころと代わりない』って‥」


執事が口を開いた。

「あれは‥ドラゴンなどではなく、火山‥ですな。とてつもなく大きな」


「『星そのもの』って言ってたのは、そういう意味だったのね‥」


「大自然の驚異には抗うことは叶いませんな‥」


「ギルマスのガドと何人かが街に残ったって言ってたわよね‥。あれじゃぁもう‥‥」


「‥きっと、どこかに逃げ延びているよ‥」エイジは気休めにもならないことを知りつつ、それ以上の言葉が出なかった。



一向は重たい空気を引きずったまま、ひと月半かけてフォレストリアに戻った。


出迎えてくれたチビ神獣が、少しだけリリスの心を癒してくれた。


サイラスへの報告を終えた一行は、何日か休んでから、ヴァレンシアに戻ることにした。


フォレストリアの街を歩いていて、ふと気づく。


エルフたちの視線に以前のようなトゲトゲしさが感じられない。

前回のアビス討伐後、彼らも色々あったのだろう。

まだ若干のぎこちなさは残るが、明らかに良い方向へむかっている気がした。


数日後、フォレストリアの街を出る時などは、アビス討伐に参加していたエルフたちに加え、若いエルフも大勢が見送りにきてくれた。


『また来てくださいね』


そう言ってくれた名もしらないエルフの笑顔は清々しく輝いて見えた。



そして一行はヴァレンシアを目指す。

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