第5部

26.神獣

ヴァレンシアを発ってから数日後、一行は大森林の入り口に差し掛かっていた。


「すごい木だねぇー‥‥」


樹齢何千年もの大木が生い茂る大森林である。


「大森林の樹木は、森のエルフの成れの果て‥なんていう言い伝えがあるのよー」ひときわ大きい樹木に向かって、リリスは両手を合わせた。


つられてエイジも手を合わせる。「リリスもそのうち木になっちゃう?‥樹齢四千年のリリスとか‥‥」


「ぷっ! そんなワケないでしょー! あたしは風の民だし、木にはならないわよ。それより、森の中はゴブリンが多いから注意して進みましょう」


一行はいくつかの宿場町を経由しながら、二ヵ月かけてようやく、フォレストリアが見えてきた。



エイジたちがフォレストリアに到着するよりも少し前───。


フォレストリアの神官サイラスは、突然立ち上がった。

「あのお方が到着なされる‥」


周りにいたエルフたちは何のことかわからず、ざわつく。


「『解る者』だけ、共に来ることを許します」サイラスはそう言って、足早に神殿を出て行った。

1人の若いエルフだけが彼女の後を追った。



エイジたちがフォレストリアの門に到着するのとほぼ同時に、神官のサイラスが1人の若いエルフを従えて駆けてきた。


サイラスと若いエルフは、エイジの前で膝をつき頭を下げる。

「ようこそ、おいで下さいました」


「ちょっちょっとサイラス‥」リリスが慌てて、頭を上げるように耳打ちする。


「(この神官にはボクの正体がバレちゃってるみたいだな‥)今のボクはただの子どもなんだから、よろしくね」エイジはサイラスの前にしゃがみ込んで笑顔を向ける。「普通にして、ね?」と耳打ちする。


「はっ! し・失礼しました!」慌てて立ち上がるサイラス。

周辺にいたエルフたちは、神官のそんな様を見るのは初めてのことで困惑している。


「リリス、久しぶりですね。探していたお方に、こうしてめぐり合えたこと、心から祝福します」

「今のあたしがあるのはサイラス様のお陰です。感謝いたします」


「ささ、長旅でお疲れでしょう。宿を手配させますので、まずは旅の疲れを癒されてください。ルノア、よろしく頼みます」付き従っていた若いエルフがお辞儀して走り去る。

視線をあげることも出来ないほどに緊張していたようだ。



一行は宿でひと息ついてから、神殿へ向かった。


この街では、神殿が冒険者ギルドも兼ねている。というか、ここに住む多くのエルフは他種族を、特に人族を受け入れない。

冒険者ギルドとは名ばかりで、他の拠点のようには機能していないのが現状だ。


神殿の入り口では、エルフの冒険者たちが集まって騒然としていた。


『急がないと手遅れに‥』

『俺なんかが行っても足手まといにしか‥』

『ぁぁああ神様ぁぁあああ』


「何か、問題が起きているみたいだね。話を聴いてみよう!」エイジの瞳が輝きだす。


「待ってエイジ、あたしが行くわ。(人間の子どもは相手にすらしてもらえないだろうから‥)」リリスはそう言って、近くにいたエルフに声をかけた。

「何があったの?」


するとエルフは、リリスの後ろを一瞥して「あんた‥エルフなのに人間と一緒に旅でもしてるのかい? そんな奴に教えることはないね」


『ほらね』といった身振りでエイジたちを振り返るリリス。


「いやはや、噂には聞いておりましたが、ここまでとは‥」執事も困惑する嫌われっぷりだ。


リリスは仕方なく、風の加護の力を借りて周辺の会話に聞き耳を立てることにした。


「‥‥やっぱり、規格外の怪物が出現しているみたいよ。神獣様‥が頑張ってくれているみたい。(神獣様って、あの神獣よね‥‥)」

二百年前、リリスが『暴風の死神デス・テンペスト』と呼ばれるキッカケの‥黒歴史の1つに関わる神獣だ。


「‥‥エルフの精鋭部隊が神獣様に加勢しに出たところらしいわ」

「ボクたちも行ってみようよ! 今すぐ追いかければ間に合うよね!(エルフの精鋭たちの戦い! 神獣! 見たい!)」右へ行くのか左へ行くのかわからず右往左往するエイジ。


「わたしに案内させてください!」唐突に現れたのは、街の入り口でサイラスと一緒にいた若いエルフ、ルノアだった。



一行はルノアに案内されて、大森林のさらに奥へと踏み込んだ。


しばらく行くと、数人が戦闘を繰り広げているらしい雄叫びが聞こえてきた。


広場に出ると、巨大な軟体動物とエルフたちが戦っていた。

緑色の大きなスライムが柱のようにそそり立ち、巨大な目玉が1つ。そして無数の触手でエルフたちを圧倒している。


「あれは‥ローパー型ね。あんな巨大なローパーは見たことがないわ」


「リリス! あっちでぐったりしているのが神獣かい?」エイジが指差する先に、大きなトナカイのような獣が横たわっている。顔が獣よりも人間に近い分、不気味に見える。


「そ・そうね、あれが神獣‥様よ。(やっぱりアイツだったー‥もう二百年も前のことだし、忘れてくれてるわよね)」リリスは神獣の方に顔を向けないように努めた。


「メイ、神獣を助けてあげられる?」


その時、戦っているエルフの1人がエイジたちに気付いた。


「なぜこの場所に人族が! 早々に立ち去れ! 貴様らのような下等な者が立ち入ってよい場所ではないぞ!!」


「‥まったく‥‥この状況でまだあんなことを‥‥あきれるわね」


「エ・エイジ様、申し訳ございません! 一族の者がとんだご無礼ををを‥」ルノアが慌てて謝罪するが、エイジはまったく気にした様子はない。


「うーん‥それじゃ、もうちょっと様子を見させてもらおうか」ニコニコと観戦を決め込む。


「‥神獣‥‥」メイドは神獣の容態を気にしている。


一向に好転しない戦況‥。

むしろ押され気味のエルフたち。また一人、触手にふっ飛ばされて奥の茂みに消えていった。

エルフの精鋭はあと三人。


「てんでお話しになりませんな」執事は呆れた顔で戦況を見守る。


痺れを切らせたリリスが歩み出た。

「ちょっと! あなたたち! このままじゃ神獣様が死んじゃうわよ!? 人族がどうとか言ってる場合!?」


途端にローパーの標的にされて、何本もの触手がリリスに向かって伸びてくる。


風の加護の力で魔法を発動すると、触手は一瞬で切り刻まれてボタボタと落ちていく。


「あなたたちが護ってるものって、いったい何なのよ!!」リリスはそうとう切れている。


さらに風の加護の力を使って、エルフの精鋭たちに向かっていた触手も切り落とす。


ローパーからの攻撃が止み、エルフの精鋭たちも手を止めてリリスの言葉に耳を傾ける。


「人族だの何だのって、ホント、馬鹿じゃないの!? そんなちっぽけなプライドよりも‥」その時、瀕死の状態と思われていた神獣が起き上がり、リリスに向かって突進する。


一瞬、反応が遅れたリリスは、神獣のタックルをモロに受けてエイジたちのところまで弾き飛ばされた。


「(ぇ‥‥覚えてたの?っていうか、今攻撃する~?)」飛ばされながらリリスは冷静にそんなことを思った...。


しかし現状は『そういうこと』では無かった。


リリスが立っていた場所に地中から、先端が鋭く尖った触手が何本も突き上がる。


その触手は、リリスを弾き飛ばした神獣の体を貫いた。

ローパー本体の大きな目玉が、ニヤリと笑っているように見える。


「メイ、回復」エイジが珍しく怒りの表情を見せて前に出る。

「承知」同時にメイドが動く。


「き・貴様ら! 下がらぬか!」エルフの精鋭が性懲りも無くエイジを止めようとする。


「どけぇぇえええーーーっ!!!!!」


エイジの気迫に押され、後ろに下がるエルフたち‥。


(バリバリバリッ)今度の雷撃は、短剣の先端にのみ集約している。


次の瞬間、エイジの姿が消え、同時にローパーの目玉があった辺りが吹き飛んだ。

残った胴体は電撃を帯びて痙攣したあと、力なく崩れ落ちた。


エルフの精鋭たちは、何が起こったのか理解できず、その場に立ちすくむ。


雷閃封斬らいせんふうざん‥‥」技名を呟いたあと、エルフたちには一瞥もくれずに神獣のもとへ歩み寄る。


「主様‥だめ‥この子、もう寿命‥」メイドが悲し気な表情を浮かべる。


リリスは神獣の頭を膝に乗せて語り掛けている。

「あたしを‥庇ってくれたの? ねぇ、昔のこと覚えている?‥あたし‥あなたに‥あんな酷いことしたのに‥」ボロボロと涙を流すリリス。

神獣は視線だけ動かしてリリスを見あげる。

そして何度か瞬きをした後、静かに息を引き取った...。


執事は座り込むメイドの肩に手を添えて、神獣に向かって深々と頭をさげた。


ルノアは静かに祈りを捧げている。


やがて神獣の体は眩い光に包まれ、小さく、小さくなってゆく。


そして‥‥角だけ立派な子どものトナカイ‥。

そんな容姿になった神獣は、むくりと起き上がる。


「え゛‥‥?」涙を流しながら困惑するリリスを、角で何度か小突く神獣。


コツン☆ コツン☆


そして、トコトコと森の奥へと消えていった‥‥。


涙を拭いながらリリスがボヤく。「なんだっていうのよ‥いったい‥‥」


リリスの、やり場を失った複雑な感情は、立ち尽くしているエルフたちに向けられるのだった。



リリスに散々説教されたエルフの精鋭たちは心を入れ替え、エイジたち一行と共に街に戻った。


リリスとルノアは、サイラスに事の一部始終を報告した。


逆にサイラスからの報告で、ギルド本部からの通達があったらしい。


冒険者ギルドでは、規格外の怪物たちのことを『アビス・クリーチャーズ』もしくは『アビス』と呼ぶことにする。


今さらながら、呼び方を決めたらしい。それにどれだけの意味があるのかは分からないが、正体不明の強過ぎる怪物というよりは、名を持った強敵として認識することで、心構えに差が出てくることだろう。


『アビス』


エイジたちは、旅の目的がより定まったような気がした。



そこに、ドラコニルのギルドから緊急の知らせが入った。



『ドラゴンの巣が活動を始めた』



「ドラゴンの巣?」眼を輝かせるエイジに、リリスは真剣な面持ちで伝える。


「あたしも実物を見たことはないんだけど、昔、ドラコニルのギルマスが言っていたのを覚えているわ」



『ありゃードラゴンなんて生易しいモンじゃねぇぞ。この星そのものだ。アレが動き出したら、こんな街‥石ころと代わらねぇよ』

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