30.炎と氷

エイジたち一行が砂漠を旅している頃‥。



砂漠の街ミラージュ───。


広大な砂漠の真ん中に位置し、数々のオアシスと貿易路を持つ交易の要所である。しかし、その立地ゆえに数多くの危険にも晒されてきた。


だが、この街には二人の『加護持ち』冒険者がいる。


炎の覇王フレイムタイラントと、氷結のフローズン。


炎と氷‥、相反する属性の二人に護られた砂漠の街ミラージュは、如何なる敵の侵入も許したことは無い。ただの一度もだ。



ミラージュの冒険者ギルド───。



ギルドマスターのハーディンと、炎の覇王フレイムタイラントことフェルド、それにフローズンの三人は、カウンター越しに談笑していた。


そこへ、怪物の襲来を知らせる鐘の音が響く。

ギルドホールにいた何人かの冒険者が即座に飛び出していった。


フローズンはうんざりした表情でボヤく。「やれやれ、最近多くないか~い?」


フェルドはカウンターに立て掛けてあった大剣を背負い、不敵な笑みを浮かべる。「たまには骨のあるヤツと闘いたいんだがね、オレは」



フェルドとフローズンが防壁の上に到着した時には既に冒険者たちが交戦状態だった。


「あ・兄貴に姉御! サンドリザードの群れです! こんな大軍、初めてっすよ! ひゃっはぁ~!!」

ハイテンションでボウガンを打ちまくっている。


フローズンは目を凝らして遠くの砂煙を凝視する。

「‥‥デカいのが一匹混ざってるじゃないのさ」


フェルドはおでこに手をかざして目を細める。

「あいつぁ、サンドドラゴンだな! 雑魚は任せたぜ。例の壁、頼む!!」そう言い放つと防壁から街の外へ飛び降りて、まっすぐサンドドラゴンの方へ走っていった。


城壁の上では冒険者たちが声を掛け合う。「フェルドの兄貴が出たぞ! 援護しろー!!」


フローズンは面倒臭そうに首の骨を鳴らすと、意識を集中して呪文を詠唱する。

『水の加護よ、我が声に応え、すべてを凍てつかせる氷の壁を築け‥‥フロストウォール!!』


すると、フェルドの足元に氷の壁がせり上がり、サンドドラゴンまでまっすぐ伸びた道を作る。

フェルドは炎の加護の力で加速して氷の壁の上を軽快に滑っていく。

「あーっはっはっはーーーっ!!! 最っ高だぜーーーっ!!!」


あっという間に距離を詰めて、天高く跳ね上がるフェルド。

『燃え盛る炎よ! 我が剣に宿りて全てを焼き尽くせ!! インフェルノ・インパクト!!』


サンドドラゴンの目前に叩きつけた大剣から激しい炎が噴き出し、周辺にいたサンドリザードたちを一瞬で焼き尽くす。


「からのぉー‥バーニング・クレセント!!!」

怯んでいるサンドドラゴンの脳天を目掛けて、炎を纏った大剣を振り下ろす。

頭を潰されて二度三度痙攣したあと、動かなくなるサンドドラゴン。


「ちぇっ‥呆気ねぇなぁーー‥」


街の入り口付近にいたサンドリザードも大方片付いたようだ。


「‥‥帰りは徒歩かよ。やれやれ‥」氷の壁の道は傾斜が付いているので滑って帰ることができなかった...。


歩き出した瞬間、魔物の気配を感じて空を見上げた。

無数の影が飛来してくるのが見える。

「ありゃー‥デザートハーピーか!? クソッ!空飛ぶヤツは苦手なんだよなぁ~‥」

フェルドはボヤキながら剣に炎を纏わせ、氷の壁を蒸発させながら街の方へと走る。


「オラオラオラァーーーーーー!!!!」


大量に発生した水蒸気がデザートハーピーの群れを包み込む。


その様子を、フローズンは見逃さない。

『‥‥‥フロスト・ニードル!!』


水蒸気のモヤの中から、ハリネズミのようになったデザートハーピーがボタボタと落ちてくる。


街の入り口まで戻ったフェルドは、フローズンと周辺の冒険者たちに拳を掲げる。

「さーて、一杯いこうぜ!」


おおー!と歓声があがり、我先にと酒場へ走り出す。


フェルドとフローズンが酒場に到着するころには、宴の準備は万端だ。

『兄貴! 姉御! お疲れ様です!!』『お疲れ様です!!』どわぁ~!!!

『あのドラゴンをも一撃っすよ!』『姉御の魔法はいつみても痺れる‥いや凍えるっすぅ~』

一瞬にして最高潮を迎える酒場。いつもの風景だ。


しかし、この日はいつもとは違っていた。

ギルドマスターのハーディンが、フェルドとフローズンに目で合図を送る。

二人は酒の席を外し、ギルマスの部屋へと移動した。


「ハーディン、あんたがそんな目をする時ぁ、ロクなことが起きない。厄介事か?」フェルドは堪忍したように両手を上げる。


ハーディンはためらいながらも喋り出した。

「うむ‥。ドラコニルが沈黙したのは知っているな? アースドラゴンが活動期に入ったという噂もあるが定かではない。そして各地に出没している『アビス』‥。この周辺にはまだ出ていないが、警戒はせねばなるまい」


「ハッ! アビスだろうが何だろうが、俺たちがいる限り相手にならねぇよ。なあ? フロス」


「油断大敵‥ってね。アビスってのには、まだお目にかかっちゃいないからねぇ‥。相当ヤバいらしいじゃないの」


ハーディンは頷きながら続ける。

「アビスを警戒しつつ、実はもう一つ厄介なことがあってな‥‥。北の荒野が動き出した」


「何っ!?」「何だって!?」フェルドとフローズンの態度が一変する。


「ドラコニルの件があった後くらいから、荒野が広がり始めたという報告を受けた。知ってのとおり、あの荒野は‥草木を浸食して腐った大地へと変えてしまう。土も砂も全てをだ‥。それを止める手立てもなく‥対処のしようが無いのが現状だ」


「どのくらいの速さで広がってんだ?」


「僅かずつ‥と聞いてはいるが、今後どうなるのか見当もつかない。が‥嫌な予感しかしない。だろ?」

ハーディンは二人の顔を伺う。


「二人のうちどちらか‥荒野の調査に行ってもらいたい。二ヵ月ちょっとの調査になると思う。どうだろうか」


フェルドとフローズンはしばし見つめ合い、頷いた。

「ま、調査ってことならアタシの出番だろうねぇ。調査団のメンバーは決まってるのかい? まだならテキトーに見繕って連れていくよ」


「すまない。そうしてもらえると助かる。だが、くれぐれも気を付けてくれよ」


「アタシの心配よりも、留守中の街を心配しなよ。この脳筋だけで大丈夫なのかい?」そう言ってフェルドの胸板に裏拳を入れるフローズン。

微妙な力の入れ加減に、友情以上の感情がこもっていることが伺える。


「ふっ、心配すんな。俺ぁ何も考えずに剣をぶん回している方が性に合ってる。街のことは任せて、ちゃっちゃと行ってこいよ。うまい酒を用意して帰りを待ってるからな」



翌日───。



フローズンは数人の冒険者と共に、ミラージュを発った。

『万が一のためにトラップも仕掛けておいたからね。無理すんじゃないよ』そう言い残して。



いつものギルドホールが、やたら広くて閑散としているように感じられる。


フェルドは一人、カウンターに寄り掛かってホールに集う冒険者たちを眺めていた。


若手の冒険者がクエストを受けてホールを出ていく。


達成したクエストの報告に来るパーティは数枚の銀貨を受け取り、互いの健闘を称え合っている。


魔物の素材を換金にきた冒険者たちは銀貨の枚数に一喜一憂している。


手の空いた受付嬢が『暇そうですね』と声をかけてくるので相手をする。


そんなことが続いたある日、怪物の襲来を知らせる鐘の音が響いた。


「ようやく出番ってわけだ! 行ってくらぁー!!」大剣を担いで足早にギルドホールを出るフェルド。


防壁の上に到着すると、冒険者たちが遠くの空を警戒している。

目を凝らして見ると、今までに見たことのない巨大な‥炎を纏ったドラゴンがゆっくりと近づいてくる。


ひと目で今までの相手とは格が違うことが伺える。

「ありゃー‥『アビス』ってヤツか‥あれが‥‥」フェルドの顔からは、いつもの不敵な笑みは消え、焦りの色がにじんでいる。


「俺が出る! お前らは街の護りを固めてろ!!」そう叫ぶと、フェルドは一人、防壁を飛び降りて駆けだした。


走りながら、自分を鼓舞するように笑い出す。

「ふふっ!‥はっはっはっ!!‥あーっはっはっはーーーっ!!!

見せてやるぜーーー!! 俺の本気ってヤツをなぁーーー!!!」


ズズンー‥‥


炎を纏った巨大なドラゴンは地上に降り、フェルドと正面からぶつかり合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る