23.新たな旅立ち

冒険者ギルド本部のギルドマスターの部屋───。


部屋の壁には、創始者であるギルドとガストン、それに幼い体型のリリスが描かれた絵が飾られている。

三人の背後には、さりげなく少年と執事も書き添えられていた。


リリスとエイジは、現ギルドマスターのオーガスタと面会している。


「なるほど、大陸全土を周る旅に‥ね。そういうことなら、打って付けの依頼がある。『依頼』というか、私からの『頼み』だがね」

オーガスタはそう言って立ち上がると、窓際へ移動して外を眺めながら続けた。

「先日、キミたちが遭遇したという怪物の件‥。報告を聞く限りでは、Sランクに相当する怪物だ。そんな奴が、低ランク冒険者の活動範囲内に突然現れる‥。実はここだけではないんだ。各地のギルドから似たような報告を受けている」


「ぇ‥あんなやつが、各地に出現しているって‥まさか!?」リリスは百年前の混沌期を思い出した。


「うむ‥。この辺りでは、エルフのキミが‥唯一の経験者だったね。今、再び混沌とした時代が訪れようとしているのかもしれない‥と、私は危惧しているんだ。そこで、キミたちの目で、世界を見て判断してきてほしいと思う」


リリスはエイジの顔をチラっと見と、エイジは微笑んで大きく頷いた。

「わかったわ。その『依頼』確かに引き受けたわよ」いつになく真剣な表情で依頼を受けるリリス。


「それにしても‥見た目は本当に普通の子ども‥なのだな」オーガスタはエイジの前に跪いて顔を覗き込む。


「キミたちが現れるまで、リリスがこんなにもハツラツとしているのは見たことが無かった。よっぽどキミたちのことを信頼しているのだろうな。これからもリリスのことを、頼めるかな?」


「もちろんだよ!」エイジはそう言って無邪気な笑顔を見せた。


部屋を出る時、エイジは壁に掛けられたギルドたちの絵にむかって小さく手を振った。

リリスはそんなエイジの肩に手を添えて心の中でギルドとガストンに改めて報告した。

『(エイジを連れて帰ってきたよ。ギルド、ガストン。また旅に出るけど、きっとここに帰ってくるからね)』



数日後───。



エイジ、リリス、執事、メイド、四人は従者が駆る馬車で交易都市ヴァレンシアへ向かって旅立った。


道中、可哀そうな盗賊団と遭遇したり、獣の群れに囲まれつつも、まさにピクニック感覚の旅路だった。

その最中、エイジは執事に促され、新たな必殺技を習得した。



交易都市ヴァレンシア───。


壮大な城壁に囲まれたヴァレンシアは、遠くからでもその威容が一目でわかる。

巨石でできた門をくぐると、活気あふれる市場や商店街が広がっていた。

多種多様な商人たちが行き交い、色とりどりの商品が並ぶ光景は、まさに交易都市の名にふさわしい賑わいを見せていた。


「うわぁ、大きな街だねぇー!」エイジは目を輝かせながら、街の景色を見渡した。


「大陸で最大の交易都市なのよ。あとで観光しましょう♪ まずは冒険者ギルドに寄ってから宿を取らなきゃね!」リリスも久しぶりの都会とあって興奮気味だ。


冒険者ギルドの建物は一際目立つ重厚な扉がその威厳を示している。

中に入ると、冒険者たちが集まり、依頼の掲示板やカウンターで活気に満ちた雰囲気を醸し出していた。


リリスの来訪にいち早く気付いた受付嬢が手を挙げて声を張った。

「ぁあー!! リリスさーん!! お久しぶりです!!」


途端に冒険者たちの注目の的となる。


『リリスってまさか‥風の舞姫テンペストダンサーの!?』

『すげー! 本物は初めて見たぜ!!』

『嫁に欲しいー』

『子連れ?』


騒然とするホールを横切り、カウンターへ向かう。


「ご無沙汰ね! 元気だった? ここは相変わらず活気に満ち溢れていて、良いわね♪」


「どうされたんですか? 護衛任務ー‥か何かで?」受付嬢はエイジたちに視線を送りながら訪ねた。


「いいえ、違うの」「あっら~ん? リリスちゃんじゃないのよ~♪」受付嬢の後ろから現れたのは、ヴァレンシアギルドのギルドマスター、ベルナルディだ。


「あ゛‥ベ・ベルさん、ご無沙汰してますぅ~」リリスはベルナルディのことが苦手なようだ。


「本部のオーちゃんから、話は聞いてるわよ。世界を周るんですってね♪ そちらの坊やがエイジちゃん? なぁんて可愛いのかしらん♡ アタシのタイプよぉ~♡ 食べちゃいたいわぁ~♡」


「(あははははは‥男の人? だよね?)」引きつった笑顔で応えるエイジ。


ベルナルディが顔を出した瞬間、心なしか、ギルドホールから冒険者が減ったような気がする。


「長旅で疲れたでしょう? ひとまず奥のお部屋へ、ど・お・ぞ♡」ウィンクと投げキッスが飛んでくる。


リリスたちをギルマスの部屋に招きいれながら、受付嬢に飲み物をお願いするベルナルディ。


ギルマスの部屋は全体的にピンク色だった。

床には厚手の絨毯が敷かれ、その上には重厚なデスクとエレガントな椅子が配置されている。

天井から吊るされた大きなシャンデリアが際立っている。


他愛もない世間話を交わしている間に、受付嬢が飲み物を置いて部屋を出る。


すると、部屋の空気が‥というか、ベルナルディの雰囲気が変わった。


「あなたたちがここへ来たのは、アレよね。最近各地に現れている規格外の怪物の件‥」


「はい。『その件』の調査も兼ねた旅なので‥。やっぱり、この辺りにも出たんですね」


「つい先日、ね。キマイラ型のヤツだったわ。ウチのSランク精鋭パーティがどうにか退治してくれたんだけどね‥一人、再起不能にされたわ‥」


一瞬、空気が重くなる。


「失礼、まだ生きておられるのであれば、わたくしどもの治癒魔法で救えるかもしれません」執事が提案する。エイジたちが使う『治癒魔法』は欠損した部位も含めて回復することが出来る。


「まぁ、あなたたち治癒魔法なんて使えるの?‥でも、無理‥だと思うわ。こっちの方を折られちゃったみたいなの‥」ベルナルディは胸に手をあてて苦しそうな表情を浮かべる。

それを聞いた執事は深々を頭を下げた。


「砂漠のミラージュギルドからも目撃報告が上がっているわ。でも、まぁ、あそこには炎と氷が居るから、問題ないでしょうけどね」


「ギルド最強と謳われる炎の覇王フレイムタイラントフェルドさんと、氷結のフローズンさんね。森のフォレストリアや、山のドラコニルはどうなのかしら」


「今のところ報告は受けてないわね。でも、時間の問題‥だと思わない? 凄く嫌な予感がするのよ...」


「‥ドラコニルには大地の守護者アースガーディアングラントがいるから、きっと大丈夫ね。そうすると、フォレストリアが心配だわ。様子を見に行きたいけど、今ここを手薄にするわけにもいかないわね‥。(混沌期がまた始まろうとしているのだとしたら‥誰にも止められない。あたしたちに出来るのは、被害を最小限に留められるように防衛に徹して、期が過ぎるのをただ待つだけ‥。何年か何十年か‥)」


「あら、ウチのことなら心配は無用よ? いざとなったら、アタシが一肌脱ぐから♪」そう言ってベルナルディは肩をはだけてウィンクする。

重苦しくなった空気を取り戻そうとしてくれているのだろう。


「もう1つ、これは未確認の情報なんだけど、北西の荒野がここ数ヶ月で拡大しているらしいのよ。もう何十年も境界線は動いていなかったのに‥。何か関係があるのかないのか‥。ま、今はそんなとこね。あなたたちの宿はアタシが用意しておくわね♪ ヴァレンシアの街を楽しんできて♪」


大陸の各地に不穏な動きがあるのは本当らしい。

のんびりと旅ができるのはいつになるのだろう‥と思う反面、大きな災いに立ち向かう冒険者たちを目の当たりにできそうだとワクワクするエイジだった。



ベルナルディの言葉に甘えて宿の手配はお任せして街へ出た四人が、とある路地へ差し掛かった時に、騒がしい声が聞こえてきた。

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