22.未知の怪物

エイジたち一行は、リリスを先頭にして警戒しながら洞窟を進む。


つい先刻までは大ネズミたちの悲鳴で騒然としていたが、今は不気味に静まり返っている。



「この先にはたしか、ちょっとした広場があったはずよね」リリスがアインバーグに耳打ちする。


「ですな。よく休息場として使っておりました」アインバーグは前方に意識を集中しながら答える。


広場にうじゃうじゃと、あの目の無いヘビのような化け物が‥‥。

誰もがそんな風景を想像していた。


「ここを曲がると‥広場よ」リリスは警戒しながら覗き込んだ。

「ボクにも見せて!」エイジが一緒に顔を出す。


しかし、予想に反して広場はもぬけの殻だった。


正面の壁の一部が崩れて大きな穴が開いて、通路が伸びている。


「あんな道は無かったと思うけど‥いつから?」リリスが指をさしてアインバーグに問い掛ける。


「ふむ‥。私も知らない穴ですな‥。もしや、あのヘビはあそこから?」アインバーグが眉をひそめる。


「ヘビの巣なのかなぁ‥入れそう‥ね」

ちょっとかがめば通れそうな大きさだった。


「この先に何があるか、確認するしかないわね。行くわよ」リリスは先頭に立ち、慎重に新たな通路に足を踏み入れた。エイジと他のメンバーも続く。


執事は大荷物を降ろし、結界魔法をかけて岩に偽装した。

「ふぅ~‥これで、いざという時にはわたくしも参戦できますぞ」と呟き、エイジたちの後を追う。


通路は狭く、ところどころ崩れかけている部分もあったが、なんとか進んでいける。


「これ、結構深くまで続いているわね。頭ぶつけないように気をつけてね」リリスが注意を促しながら進むと、やがて広い空間にたどり着いた。


奥まではランタンの灯りが届かないが、ヘビの化け物が数匹、うごめいているのが見える。


アインバーグが横へ展開して距離を詰める。すると、気配に気づいたヘビがアインバーグに襲い掛かかった。

直線的に突進してくるヘビをかわして切りつけるが、ヘビの表面はヌメヌメしていて剣が滑る。


リリスは身軽に跳び回り、迫り来る触手を華麗にかわしながら、風魔法を宿した剣で斬撃を飛ばして応戦する。しかし、致命傷を与えることができない。


その舞い踊るような身のこなしは、風の舞姫テンペストダンサーの名の通りだと感心するエイジ。


「がっ! し・しまったぁーー!!」

不意をつかれたアインバーグが足を取られ、広場の奥へと引きずられる。


「これはいけませんな」執事が動く。


アインバーグの足を咥え込んでいたヘビの頭を、いとも簡単に切断する。


「か・かたじけない‥」「お怪我ありませんかな?」執事は他のヘビを警戒して剣を構える。


頭を切り落とされたヘビの体がヌルヌルと奥へ引っ込んでいく。それを見た執事は何かに気づいた。


「リリス殿、奥の暗がりにお気をつけください! このヘビどもは‥‥」

執事が言いかけた時、奥の方から不気味な地鳴りが響いてきた。


ズル‥ゴゴ‥ズル‥ゴゴゴ‥


奥の暗がりから現れたのは巨大なカタツムリかアンモナイトのような怪物だった。

ヘビだと思っていたのは、そいつの触手だった。殻の下から無数の触手を伸ばしてくる。


「な‥何こいつ!? 化け物にも程があるわ!」リリスは驚愕しながらも、風魔法で触手を切り落とすが、またすぐに別の触手が伸びてくる。


「このままでは埒が明きませぬ。何か策を‥」アインバーグが叫んだ。


リリスもアインバーグも一方的な防戦を強いられている。

執事はアインバーグを庇いながら、何本か触手を切り捨てるが、次から次へと伸びてくる触手に手をやいている‥様に見える。


その様子を、目を輝かせながら観戦するエイジ。

「ジーいいぞ! その調子だー!! メイも参戦して良いんだよ?」


「承知」ゆっくりと歩き出すメイド。


何本もの触手がメイドを狙って鋭く向かってくる。


ドパンッ☆‥ドパッ☆ドパンッ☆


メイドから見えない拳が繰り出される。メイドに近づいた触手は風船が割れるように次々と弾け飛んでいく。

しかし何事も起きていないかのように、本体へ向かって真っすぐに進み続けるメイド。


「あっぁー‥メイ‥さん?、一回戻ろうか‥」あまりの加減の無さに焦りを隠せないエイジ。

「(もうちょっとこう手加減、ね? 手加減していこう)」メイドに耳打ちする。


「‥承知」スンとした表情は変わらないが、言葉の微妙な間で若干の不満感が伝わってくる。


必死に防戦しながらも、その様子を見ていたアインバーグの表情がまた崩れ始める。


メイドは触手の攻撃を受けずに避ける。避ける。受ける。ドパンッ☆と弾く。そしてまた避ける。

カプッ☆と半身に喰いつかれるが、それを強引に引きはがしてドパンッ☆と裏拳で消し飛ばす。

メイド服の袖が破れ、返り血と粘液でベトベトになる...。


「‥‥‥」メイドは恨めしそうな表情をエイジに向けた。


「あはは‥‥もういっか。そろそろボクの出番ってことで良いよな? メイ、タッチね!」そういってエイジは普通の短剣を構えた。


それに気付いた執事は、アインバーグに下がるよう声をかける。

「アインバーグ殿、これ以上は危険ですのでお下がりください!」


「な・なんの! 私もまだやれますぞ! エイジ殿が出られるのであれば‥露払いくらいは‥!」


ヒラリとエイジの元へ舞い戻ったリリスは「エイジ、これを使って!」と言ってミスリル製の短剣を手渡し、自身は弓に切り替える。


「わぁ~ありがとう♪」キィーー‥ン☆と指で弾いて音を確かめる。「コレは良いものだね」


『よし!』と声だけ残して、一瞬で遥か遠くへ飛び去るエイジ。

怪物の本体との射線上にアインバーグが入らない位置まで移動すると、雷を纏いだす。


(バリバリバリッ!!)


「ライトニングーーストラーーイクッ!!」黄色一閃‥エイジの必殺技が怪物を殻ごと貫いた。


「ア゛ア゛ア゛ル゛ル゛ル゛ジジジジ‥」射線上にいた執事が感電している...。


それを振り返り、青ざめるアインバーグ。

「危険というのは‥そういうことでしたか‥‥」


本体を失った触手たちは一斉に動きを止め、まるで糸が切れた操り人形のように地面に落ちていく。


「倒した‥みたいね」

「このダンジョンに、こんな怪物が潜んでいたとは‥‥」

「主殿‥必殺技を再考しませぬか...」


「それにしてもエイジ殿‥まさか、ここまでお強いとは‥神が使わせた神使しんし様に違いない」アインバーグは膝をついて首を垂れる。


「(神なんだけど、その設定も悪くないかな?)うむ。よくぞ見抜いた。アインバーグよ、ボ‥私の力については口外してはならぬぞ」


「ふふふっ。やっぱりエイジたちは規格外の強さだったわね。助かったわ~。それにしても、この怪物‥どっから来たのかしら‥」

洞窟の広場の奥に進むと、一角が水場のようになっていた。

その水面は暗く不気味に輝き、底が見えないほど深く、静かに揺れている。


「この水場は、どこかに繋がっているのかしら?」リリスが声を低くして呟く。


アインバーグが答える。

「見たところ、あの怪物はこの水場から這い上がってきたようですな。また別の怪物が上がってくるやもしれませぬ。一刻も早くギルドに戻って、ここを警戒区域にしなければ‥」

アインバーグの顔つきが戻った。


「そうね。まだ早いけど、戻りましょうか。エイジも、いい?」


「もちろん良いよ。十分楽しんだから♪」



一行は急ぎエルドリアに戻り、ギルド本部では対策が練られた。



後日、あの横穴には頑丈な鉄格子が設置され、許可を得た冒険者のみが通れるようになった。



水場は時折、不気味に湖面を揺らせていた...。

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