21.ダンジョン・ピクニック
洞窟ダンジョン探検のための準備で、街へ買い出しに出かけるエイジとリリス。
大荷物になりそうなので執事も同行させた。
寝袋、鍋、コップ、皿、ナイフ、フォーク、携帯食、おやつ、水袋、ランタン、油、ロープ、おやつ、カラビナ、シャベル、コンパス、チョーク、食材、おやつ、、、。
あれもこれもと買い込むうちに、やはり大荷物になってしまった。
「(そういえば『収納魔法』が使えると便利だよな)リリスは『収納魔法』は使えないのかい?」
「『収納魔法』? 聞いたことがない魔法ね。何をどこに収納するのかしら?」首を傾げるリリス。
「あー‥いや、ちょっと思い付いただけなんだ。気にしないで。(ジーめ‥やっぱりボクが望む異世界のお約束を何にも解ってないじゃないか‥)」
「何でも見れてしまうスキルや、便利すぎる魔法などは無い方が、旅は楽しめるというものですぞ」エイジの心の声を察して、執事が耳打ちする。
「も・もちろんさ。不便なことも含めてボクはこの世界を満喫するんだからね!」
「さすが! 主殿でございます。ふっふっふっ」「あっはっはっ!」
「???」話に着いて行けないリリスであった。
そもそも、エイジが望んでいた異世界は、定番の‥ステータスパネルを開いて能力値が見れてスキルポイントとか振り分けて色々なスキルを使えて自分だけ特別なスキルや魔法が使えたりするような世界だったのだが、世界の創造を執事に任せたばかりに、想い描いていたのとはちょーっと違う世界になってしまっていた...。
エイジは自分で世界の
今、目の前に広がるこの世界のルール以上のことは、(なるべく)やり過ぎないように楽しもうと、自らに縛りを設けていた。
翌朝、洞窟ダンジョンへ向けて出発しようとすると、アインバーグが同行を名乗り出てきた。
「おはようございます。洞窟ダンジョンへ向かわれると聞きました。あそこは新人冒険者を育成する名目で何度も訪れておりますゆえ、是非、私も同行させていただきたく」
「アインバーグさん! それは心強いです。是非よろしくお願いします」
エイジは自分自身が暴れたいわけではなく、むしろ強い冒険者が活躍する様を一番近くで観るのを楽しみにしているので、アインバーグの同行を快く受け入れた。
「アイン‥あなた、ギルドのお仕事はほっぽってていいの~?」リリスはあからさまに嫌そうな顔をしている。
「(リリス殿にだけは言われたくないですな‥)ご心配には及びません。有能な部下たちに一任してまいりました」ニカッと笑うアインバーグ。
リリスは、しぶしぶだが承諾するしかなかった。
「まぁ、いいわ。一応確認するわね。今回の洞窟ダンジョン探索は三泊の予定よ。ここから洞窟ダンジョンまでは半日くらいかかるから、到着したら潜れるところまで潜って一泊。そうねぇ‥5層くらいまでは潜れるかしら。翌日はまた潜れるところまで潜って一泊。その翌日から帰路になるわね。獣やモンスターはそれなりに出てくるけどー‥アインもいるし、エイジの手を煩わせることはないと思うわ。質問とかあるかしら?」
「はーい」エイジが手をあげると、リリスは先生のように振る舞いだした。「ハイっ! エイジくん!」
「ダンジョン内を歩きながらおやつを食べるのはありですか?」これにはすかさずアインバーグが横やりを入れる。
「! ダンジョン内では匂いの出るものは」言いかけたアインバーグを差し置いてリリスが答える。
「ありです!」「ちょっ、リリス殿!?」
「うわーい♪ ダン・ジョン♪ ダン・ジョン♪ 早く出発しよー!」
アインバーグが何か言いたげだったが放置して、一行は五人分の荷物を馬車に詰め込んで出発した。
のどかな平原が続き、橋を渡り森に入る。
森は奥へ行くほど日の光が届かないくらい樹木が生い茂っていく。
そして目的の洞窟ダンジョンに到着した。
入口の横には天幕が張られて、多少の物資が積まれていた。ここを訪れた冒険者たちが帰りに置いていくのだ。
食料以外の物資はこうして後続の冒険者のために置いていくことがある。
今回は準備万端なので、それらには手を付けずに、持ち寄った荷物を各自で分担して背負う。
いや、ほとんど執事が背負う。
「ぁ・主殿、この不便さは満喫しなくてもよろしいので?」流石に動きにくいのだろう。
「ボクはダンジョンの方を集中的に満喫するよ~」小さめのバックパックを1つだけ背負うエイジ。
「左様でございますか‥。して、メイ殿は?」
メイドはスンとした表情でエイジの後ろに立っている。手ぶらで‥。
「‥‥‥」執事は諦めたようだ。
リリスはこなれたもので、必要最低限の荷物をヒョイと背負いスタンバイOKだ。
アインバーグ以外、まったく緊張感を見せない。
「この洞窟ダンジョンは、ビギナー冒険者が腕試しに訪れることが多いが、それなりに危険を伴う場所でもあるのですぞ! 命を落とす冒険者だって‥‥」
「そんなに気を張らなくても大丈夫よ、アイン。隊列はーっと‥‥、あたしとあなたが先頭で、真ん中にエイジとジーさん、メイさんは
「承知」メイドはスッと隊列の最後尾に移動した。
「ぇえーー‥メイドさんが
「ふふふっ、さ! 出発しましょー! 今日中に5階層を目指すわよー!」
「おー!」
アインバーグ以外、ピクニック感覚で洞窟ダンジョンへ潜っていく。
1階層目───
大きなコウモリの群れに遭遇‥「あいつらは糞をまき散らすから嫌いなのよ」と言ってリリスが風魔法で一気に片づける。
エイジはドーナツを頬張った。
2階層目───
ゴブリンに遭遇‥「こいつらは1匹でも逃がすと面倒になるわ」と言ってリリスが風魔法で一気に片づける。
エイジはバナナを食べている。
3階層目───
スライムの群れに遭遇‥「最弱なイメージがあるスライムだけど、顔に貼り付かれると最悪よ」と言ってリリスが風魔法で一気に片づける。
エイジは常に何か食べている。
4階層目───
巨大サソリに遭遇‥「尻尾に毒があるから気をつけて」と言ってリリスが風魔法で切り刻む。
エイジは切り落とされたサソリの尻尾をおもちゃにしている。
5階層目───
巨大なムカデの巣に遭遇‥「ぎゃぁああ! 足! 足の多い虫は嫌ぁあああ!!」と叫びながら、リリスが風魔法で一気に片づける。
「と・とにかく、目標の5階層に到達しましたな」完全に拍子抜けのアインバーグ。
リリスの活躍っぷりは、いつも噂には聞いていたが、目の当たりにしたのは初めてだった。
「今日はここでキャンプだね。ジー、荷物をここへ」
焚火の跡を見つけてキャンプ地とした。
「いやぁーしかし‥リリス殿お一人に任せきりでしたな」アインバーグが申し訳なさそうに苦笑いする。
「え? 後ろからの敵はメイさんが全部倒してくれていたわよ? ねっ」
メイドはスンとした表情でペコリとお辞儀する。
「ぇぇーー‥(執事はあんな大荷物を背負って息を乱すことなくペースも落とさず着いてきたし‥なんなんだ‥この人たちは‥大体、なんでメイド服のまま洞窟潜ってこれるんだ?‥しかもまったく汚れてないし‥‥)」
アインバーグの中の『常識』にひび割れが入っていく...。
「さぁー食事にしましょう♪」
ダンジョンの奥深くでキャンプを張る場合、匂いの強い食事は控えるのが定石である。匂いに釣られて魔物が寄ってくるから。
しかし今、アインバーグの目の前に並べられている食事は、ミートシチューにミートローフ、パン、サラダ‥。
ギルドの教官として、若き冒険者にダンジョンの危険と命の守り方からサバイバル術に関して教え込んできたアインバーグ‥。
彼の中で『常識』が音を立てて崩れ落ちて、すっかり呆けた表情になってしまった。
・
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洞窟ダンジョン、二日目───
十分に休息をとった一行はダンジョンピクニックを再開する。
そう、最早、ダンジョン探索ではなく、ピクニックと化していた。
「さーて、今日は何層まで潜れるかしら。6層あたりから珍しい魔物や、たまに罠が仕掛けられることもあるから、ちょっとペースを落として進みましょうか。隊列は昨日と同じで良いわよね」
しばらく進むと、前方が何やら騒がしい。
「みんな、止まって‥」様子を伺うリリス。
やがて『キュー! キュー!』と甲高い動物の鳴き声が‥結構な数居そうな鳴き声が大きくなって‥近づいてくる。
「ちょっと戻って‥脇道から様子を見ましょう」リリスが険しい表情になった。
一行は素早く戻って脇道に身を潜めた。
しばらくすると、鳴き声はより多く大きくなり、目の前を大ネズミの大群が駆け抜けて行く。
「(な! なんだ? なんだ?)」何かしらのアクシデントが発生しているのを察して、目を輝かせるエイジ。
脇道から顔を出して、大ネズミが走ってくる方を覗いてみると、洞窟の奥からは、まだまだ大ネズミの群れが駆けてくる。
その後ろに‥‥何か見える。
目を凝らして見ると、巨大な‥目の無いヘビのような生物が何匹か、大ネズミを追いかけ、咥えて、奥へ引っ込んでいく。1匹が引っ込むと別の1匹が。また別の1匹が‥。いったい何匹いるのだろうか。
「リリス‥あのヘビみたいなのは‥なんだい?」興味津々のエイジ。
「あんなのは見たことがないわね。ヘビなのかな? 口しか見えないわね」首を傾げるリリス。
「私もあのようなヘビは初めて目にします。いったい何匹いるんだ‥」困惑するアインバーグ。
やがて大ネズミの大群は逃げおおせ、獲物を失ったヘビたちは洞窟の奥へと消えていった。
「‥どうする? 追いかける?」エイジに問い掛けるリリス。
「もちろんだよ! 誰も見たことのないヘビだもの。1匹くらいは捕まえて、持って帰ろう」はしゃぐエイジは、まるっきり子どものそれだ。
「何匹いるのかも分かりません。注意して慎重に進みましょう。ピクニック気分はここまで、ですぞ」アインバーグは真剣な顔つきに戻っていた。
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