第2部

6.再スタート

時は流れ───



窓から差し込む柔らかな光。

豪華なキングサイズのベッドに横たわっていた少年は、けたたましくドアを叩く音で目を覚ました。


「んあ?。oO」少年は寝ぼけている。


「お目覚めですか。主様」傍らにはメイドが控えていた。


ドアを叩く音は激しさを増す。蹴破ろうとしているようだ。


「何の音だい?oO」まだ寝ぼけている。

「来客のようですが、穏やかではありませんね。お引き取り願いましょうか」


「‥お手柔らかにねぇ」少年は目を擦りながら答えた。


「承知」


ほどなくして、男たちの悲鳴にも似た叫び声が聞こえてきた。


「丁重にお引き取り頂きました」メイドが戻ってきた。

「息を‥お引き取り頂いたんじゃないだろうね?」少年は恐る恐る尋ねると、メイドはニヤリと口元を歪ませたまま黙っていた。


「‥まぁいいや。ボクはどのくらい寝ていたかな?」


「主様が二度寝を始めてから、199年と251日、9時間13分52秒が経過しました」


「‥だいたいで良いよ...。ジーは?」


「世界の仕上がり具合を見てくると申されて、1年ほど前にお出掛けになられました」


「そうか。異世界を満喫してるのかな? それじゃ、ボクたちも旅に出よう!」


「承知」


旅の支度を整え、少年とメイドは屋敷を後にした。


少年が眠りにつく前、屋敷の周囲は深い森だったが、今はすぐ近くを街道が通っている。

街道からチラっと見える屋敷は『封印されし謎の館』と呼ばれ、ちょっとした名所になっていた。


「200年で随分と変わったもんだねぇ」


街道に出て東へ向かう。


「前にさ、最初に立ち寄った村はどうなっているかな?‥待って! 言わなくていい。自分の目で確かめるから」


「承知」


しばらく街道を歩いていると、目の前に汚れた服装をした男たちが現れた。

粗野な雰囲気から野盗の類であることは明らかだ。


「ひーっひっひっ、坊ちゃんとメイドちゃ~ん、こーんな所で何してるんだぁい?」

「オレたちにご奉仕してくれよぉぉお~~ひゃーっひゃっひゃ!」

「ぼぼ・坊ちゃんは、ぉ・オイラが相手してやるぜぇぇええ~いーっひっひっ!」


「メイ、どうやら『良い時代』になったみたいだね。(こういうの!いかにも異世界じゃーん!)」

「下がっていてください、主様」

「いや、さっきは寝ぼけてて任せちゃったけど、メイは戦闘向きじゃないよね!?」

「問題ありません。お引き取り‥頂きます。(ニヤリ)」


「ざっけんじゃねー!」野盗の一人が叫びながらメイドに向かって飛びかかった。

しかし、その瞬間、メイドは素早く身をかわし、男を地面に叩きつけた。


「お前っ…!」他の男たちも次々と襲いかかったが、メイドの動きは迅速かつ正確だった。数秒のうちに、全員が地面に倒れ込み、呻き声を上げていた。


「やるもんだね~。ボクの出番が無かったよ。ありがとう、メイ」

メイドは一瞬だけ笑みを浮かべたが、すぐにスンとした表情に戻った。


野盗たちから戦利品として数枚の銀貨と短剣を頂き、二人は何事もなかったかのように再び街道を歩き始めた。



しばらく行くと、丸太の柵に囲まれた村が見えてきた。

村の入口には大きな木製の門があり、村の警備員が立っている。


「メイ、見てよ! あの時の村だよね!柵に囲まれてる!門番もいるよぉ~!!」


村の入り口に近づくと、門番が行く手を塞いだ。


「子どもとメイドだけか? 何処から来たんだ?」


「(これだよ、これ!)えっと、ボクたちは森の向うから来たのですが、途中で野盗に襲われて‥‥」


「街道の野盗!赤眼の群せきがんのむれか!? それじゃ、他の大人たちは、もう‥‥お前たちだけでも逃れられたのは幸運だったな。さ、村の中で休まれよ」


赤眼の群せきがんのむれだって。くくくっかっこいい~」コソっとメイに耳打ちした。


中央広場から村を見渡すと、その発展ぶりは一目瞭然だった。

行き交う人の数、立ち並ぶ露店、武器防具屋、薬道具屋、冒険者ギルド。


「メイ! 冒険者ギルドだよ!! あのギルドがやってくれたのかな!? ぁ‥メイはギルドたちとは会ってないのか」かつて共に旅をしたギルド、ガストン、そしてリリスの顔を思い浮かべていた。


「主様の記憶は共有させて頂きました。その後、ジー様が得た情報によるとギルドさんが設立した冒険者ギルドは今、この大陸全土に広がる規模へと成長しております」


「そっかー、ギルドたち頑張ったんだね。ずっと寝てたから、まるで昨日の事のようだけど、もう200年も経過してるんだよなぁ」少年は胸の奥がチクリとする感覚を覚えた。


メイドは冒険者ギルドについて他にも情報を得ていたが、あえて少年に伝えずにいた。


「メイ、早速、冒険者ギルドに登録しに行こう!」メイドは静かに微笑みながら少年の後ろに付き従った。


『冒険者ギルド グリーンウッド支店』という看板が掲げられた建物に入っていく。

数人の冒険者が立ち話しをしている合い間を縫って、堂々とカウンターに向かう少年。


「こんにちは!冒険者登録をしにきました。(あはぁ~この雰囲気、いい!凄くいいよ!!)」


「えーっとー・・坊やが冒険者に?」受付嬢は困惑しながら確認した。


「はい、ボクが冒険者になる、エイジです!(フンスッ)」興奮のあまり鼻息が荒くなるエイジ。


「そう、なんだ。でもゴメンね~、村の支店では新規の冒険者登録は受け付けてないのよ。一番近いギルドだと、フォレストリッジまで行けば登録できるわよ」


「(くぅ~じらされる! でもいい、いいよ!)わかった。ありがとう!お姉さん!ところで、フォレストリッジってどうやって行けばいいの?」


「フォレストリッジはー‥」受付嬢が言いかけた時、屈強な冒険者が割り込んできた。


「失礼するよぉ~。フォレストリッジなら、俺たちが向かおうとしている町だ。徒歩で三日ってとこだな。なんなら護衛として雇われてやっても良いぜ? 馬車って手段も無くはないが不定期だから、いつになるか解らん」


「(これって護衛クエストだ!護られる側!?)本当? オジ‥お兄さん!!」エイジは目を輝かせながらその冒険者を見上げた。

「でも、ボクたちこれだけしか持ってないよ?」銀貨を3枚、手の平に乗せて見せた。メイも同じように銀貨を3枚。


「ガーッハッハッ! そんじゃ、お一人様銀貨1枚って事で請け負うぜ!」そう言って男は受付嬢にウインクを送った。

「はぁ~‥まったく、レイガンさんはいつもいつも‥。まぁ、いいでしょう。ギルドとして護衛任務ということでクエスト申請を承ります。報酬は銀貨2枚で、本当にいいんですね。それでは、こちらの用紙に‥えーっとエイジくんだっけ? サインだけでいいわよ。あとはお姉さんが書いておくから。そして銀貨‥2枚、頂くわね」


「(冒険者になりたかったのに、最初はギルドに依頼を出す方になるとは)‥はい、これでいい?それと銀貨2枚ね!(貨幣の相場が解らないな)」


「確かに承りました。そして~レイガンさんがこの依頼を引き受けるっと。はい、どうぞ」依頼書にトンッとハンコを押して、レイガンに手渡した。


「引き受けたぜぇ~。出発は明日の朝でいいか?三日の道のりだから食料も買い込まねぇとな。今夜の宿も決まってね~んだろ? 着いてきな!‥悪ぃな。実はさっき門番との会話を聞いちまったもんだから、ほっとけなくてよ」レイガンはエイジに耳打ちしながらウインクを飛ばした。


「紹介するぜ。パーティメンバーの、アリサとバートだ」ローブを纏った女性と、革製の胸当てを装備した男性が立ち上がる。


「よろしくお願いします!」エイジとメイドは頭を下げた。


「レイガン、まぁたフォレストリッジまでの護衛任務?」ローブを纏った女性‥アリサが、うんざりした表情を浮かべた。

報酬について話をした後、三人は散々揉めていたが『いつものこと』というオチで話はまとまったようだ。


エイジたちは後から知ることになるが、この辺りの護衛任務だと、一日あたり最低でも銀貨5枚。三日で15枚。護衛対象が二人なので倍の銀貨30枚が相場になる。

銀貨2枚というのは、まぁ、あり得ない話なのだ。



翌朝───


三日分の食料を背負ったレイガン。軽装のバートとアリサ。

レイガンの口利きで買った使い古された子ども用の革の胸当てを装備したエイジ。

手ぶらのメイド。


五人はグリーンウッドの村を出て、フォレストリッジへ向けて出発した。


今度こそ、冒険に満ちた旅の始まりだった。

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