4.奴隷商人

「その子をどこに連れていくの?」少年は好奇心に満ちた表情で、いかつい男に声を掛けた。


「んん? 何だ~お前は?」

いかつい男は一瞬警戒した様子を見せたが、相手が少年だと気付くと余裕のある態度を取り始める。


「どこの坊ちゃんかな? 父ちゃん、母ちゃんはどこだ~?」男はしゃがみ込むと少年に問い掛ける。


「父も母も居ないよ」


男はニヤリとして「そうか、そんなら坊主も一緒に来な。い~い所に連れていってやるよ。フフッ」


少年は、男に手を引かれている少女の様子を見てから、男に向かって頷いた。

「わかった。一緒に行くよ。(こいつ奴隷商人だよ! こういうイベントを待ってたんだぁ♪ やっぱり、どの時代でも悪い奴ってのは居るんだよなぁ~)」


少女の手を引く男の後について町外れまで行くと、大きな荷馬車が停められていた。

男は少年と少女を荷台に乗せ、「大人しく座ってろよ」と言って扉を閉めた。

荷台にはキャンプ用の道具の他に、大量の布と保存食が積まれていた。

ほどなくして馬車は動き出す。


「ねぇ、キミはどこから連れてこられたの?」少年は小声で少女に話しかけた。


「ぁ‥えっと‥あたしの村、なくなっちゃったから‥1人で森を出て‥町に着いたところだったの」少女は最初怯えた様子だったが、同い年くらいの話し相手が居て、声を出せた事で元気が出てきた。


「あたしの名前はリリス。あなたは?」少女の表情が柔らかくなる。


「名前?(あー‥そういえば、名前を考えていなかった‥)えーっと‥エイジ」咄嗟に出たのは旧時代で名乗っていた名前だった。

「ボクの名前はエイジ、だよ」


「エイジ? 珍しい名前ね。でもなんだか懐かしい響き‥エイジ、よろしくね! エイジ!」


「ああ、こちらこそ、よろしく。リリス」


それから、エイジとリリスはお互いの身の上話や、これから行く先の事について沢山お話しをした。

もちろんエイジの身の上は『設定上の話』だった。


リリスはあの町からそう遠くない森の奥で、家族や少ない仲間たちとひっそり暮らしていた。

だがある日、仲間の一人が病で倒れ衰弱して死んでしまった。他の仲間たちも次々と同じ症状で倒れ、両親も...。

リリスだけ耐性があったのか、最後の一人になっても病にはかからなかった。

一人残されたリリスは森を出て、あの町で男に声を掛けられたのだった。


日が傾く頃、馬車が止まった。

「今夜はここで野営にするぞ」御者台にいた男が振り返り、そう告げた後、慣れた手つきで設営を始めた。

この場所は旅する者たちの野営地となっており、焚火用の石囲いや使われなかった薪が残されている。


「お前たち二人で、薪を拾ってきてくれ。あそこの森に行けばあんだろ」


「はいです!」「‥わかった」

エイジは『奴隷の扱い方が緩すぎる』と感じながらも男に従った。それというのも、リリスがなんだか楽しそうに返事をしたのを見たからに他ならない。


リリスは森に住んでいたからなのか、木々に囲まれた場所だと安心するようだった。

二人が森で持てるだけの薪を拾い野営地へと戻ると、男と御者は火を熾して食事の準備を進めていた。


「もうすぐ飯が出来るぞ~。テキトーに座っとけ」


「ねぇ、オジサンは‥」エイジが言いかけると、男が鋭い目で睨みつける。


「ぁあ~? オジサンだぁ~? 俺ぁギルドって名だ! それに! まだ嫁も貰ってねぇーっつんだよ。ったく‥」最後の方は口を尖がらせてボヤキになっていた。


「ぁ、えっと、じゃ~、ギルドは‥」また男が睨みつける。

「ギルド‥さんは、どういうお仕事の人‥なのかな?」


「ん~? 仕事‥っつーか、なんだろな‥。町を行ったり来たりして、商品を仕入れて売る。それが俺たちの仕事だ。ほれ、飯作ってんのが相棒のガストンだ」


「なるほど‥。あの町で商品(ボク達)を仕入れたから、これから行く町で売るんだね」


「そういうこった。今回の商品(布)はなかなか上玉だからなぁ~。クククッ高く売れるぜ」


リリスは不安になったのか、エイジの手を握った。


「それにしても『ギルド』って名前、変わってるよね?」エイジは物怖じせずに、あっけらかんと言い放つので、リリスが心配してギュっと手を握る。


「なんだ~? 失敬なボウズだなぁ。お前だって‥エイジだっけ? 変わった名前じゃねーか」

荷台でのリリスとの会話は丸聞こえだった。


「だって、ギルドってさ『冒険者ギルド』とか『魔法使いギルド』とかのギルドでしょ?」


「ぁあ?なんだそりゃ?『冒険者ギルド』?? 俺は冒険者なんかじゃねーぞ」ギルドはキョトンとして真顔で応えた。


「ぁ‥‥(まだそういうの無いのか)そ・そうなんだね、ゴメンゴメン。カッコいい名前だと思うって意味だよ」エイジは笑ってごまかした。


「そろそろ食えるぞー」鍋の番をしていた御者、ガストンはそう言ってみんなの器を用意してくれた。


食事を終えた頃、すっかり日は沈んでいた。


「さーて、食うモン食ったし、さっさと寝るか!」ギルドがあくびをしながら伸びをする。

ガストンは既に横になっていた。


「あれ? 夜の見張り番とか、しないの?」

エイジは、最初の村から町までの道中、二晩の野営を思い出していた。ジーと交替で見張り番を務めたのだった。


「何を見張るんだ?」ギルドはまたキョトンとした顔になる。


「ぇ‥モンスターとか‥居ないのか...」結局あの二晩、何も現れなかった事を思い出す。


「モンスタ?? お前ってよくわからん事ばっか言うヤツだなぁ。俺ぁさっさと寝るぞ...」そう言うとギルドは横になった。


リリスもいつの間にか吐息を立てて眠っていた。


「(平和なんだなぁー‥)」


そこへ突然、執事が現れた。


「主殿!探しましたぞ」


「おー、ジー」


「こちらの方々は?」執事は焚火を囲んで横になる彼らに目を向けた。


「ふふふっ。ジー、どうやら彼らは奴隷商人のようだ。ボクと彼女‥リリスは奴隷商人に捕まって、これからどこかの町で売られるところなのさ」

エイジは嬉しそうに、ヒソヒソと執事の耳元で囁いた。


「なんと! そのようなイベントをお楽しみ中でしたか‥。それでは私とメイは先に家で待機しておりますので、入用になりましたら、お呼びください」


「ああ、町まで行ったら‥ん!」「はっ!」エイジと執事は何かに反応して緊張が走る。


「リリス! ギルド! ガストン! みんな起きて!! ジー、武器を!」


「承知!」執事は剣を2本生成して1本をエイジに手渡す。


「な・なんだなんだ!? ぉお? じいさん誰だ?どっから来た!?」飛び起きたギルドは状況を把握できず、あたふたしている。


「じいさんではございません。ジー、でございます。それよりも、来ますぞ!」


野営地は犬系の動物に囲まれていた。真っ赤な目、大きなキバと鋭い爪。どう見ても穏やかではない。

一匹がリリスに向かって飛び掛かる。

すかさずエイジが間に割って入り、薙ぎ払った。反撃を予想していなかったのであろう獣は一刀両断、肉塊となって崩れ落ちる。

それを皮切りに次々と飛び掛かってくる獣たち。

だが、エイジとジーが片っ端から切り捨てていった。

リリス、ギルド、ガストンの三人は馬車を背にして震えあがっている。


エイジは嬉々として剣を振り続け、ジーは冷静に三人に近づく獣を一匹ずつ仕留めていった。


「主殿、あと少しで全て片付きますぞ」

ジーは冷静に状況を見極めながら、最後の数匹に狙いを定める。


「わかってる。もう少しで終わりだ!」

エイジは剣を振り払いながら、一瞬リリスの方へ視線を向けた。


その瞬間、最後の獣がエイジの死角から飛び掛かった。しかし、その攻撃も虚しく、ジーの剣が素早く反応し、獣は地面に倒れた。


「これで最後のようですな」ジーは剣についた獣の血油を拭き取りながら、周りを見渡した。

「ふー‥ようやく、それっぽくなってきたじゃないか」エイジが鋭く剣を振り払うと、剣にこびり付いていた血が飛び散った。


リリス、ギルド、ガストンの三人は呆然とした表情で二人を見つめていた。


「三人とも、大丈夫かい?」エイジが優しく声をかけると、リリスは涙を浮かべながら頷いた。


「あ‥あんたら‥いったい何者なんだ?」ギルドはまだ驚きの表情を隠せないでいた。


「ふっふっふっ(これだよこれー!! ただの子どもだと思ったら!? の展開!!)」


「世界が動き出す‥その時が来たようでございますな」

創造担当の執事は、風の匂いをかぎながら遠方を眺めて、静かにそう呟いた。

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