3.モンスター

一行が村を出てから半日ほどが過ぎ───。


「主殿、3日の道のりと伺っておりますがー‥飛んでいけば瞬時で辿り着けるのでは?」

特に疲れた様子は無いが、ひたすら続く平原の景色に飽きてきた執事が提案した。


「わかってないなぁ、ジーは。ボクたちは今、新世界という異世界を旅しているんだよ?しかも、こんな無防備な姿で。いつモンスターや盗賊に出会うとも解らないのに。このスリルを楽しまなきゃ~」

少年は得意げな表情を執事に向けた。


「そうでしたな。これは失礼をば...。今もあの茂みに我々を狙う何者かが潜んでいるやもしれませぬ。気を引き締めて行きましょうぞ」


「ぃぃぇ。周囲に大きな生物の反応はゼロです」メイドが淡々と口を開いた。


「ぁ‥メイ殿‥それは我々も認識しておりますが、ここは雰囲気を重視する意味でも‥‥」



翌日───


一行は未だに果てしなく続く平原を歩いていた。


「ジー、平和だなぁ‥」


「左様でございますなぁ‥」


・・・・・・


「ジー、平和過ぎるなぁ‥」


「良き事にございますなぁ」


「いやいや、そうじゃないでしょ? 退屈だって言ってるの、ボクは。こんな草っ原でもさ、出るでしょ? 犬っぽいモンスターとかさ、ブヨブヨしたゼリーみたいなのとか、盗賊とかさ‥定番じゃない?」


「周囲に大きな生物の反応はゼロです」メイドが淡々と口を開いた。


「ぁ‥そ・そうね‥‥」


「主殿、やはり飛びましょうか。次の町まで」


「いいや! 歩くね! あと1日ちょっとだろ?」


「このペースですと、あと16時間24分12秒で町が視認できる距離に到達します」メイドが淡々と口を開いた。


「メイ~! そういうの禁止! 曖昧なままの方が楽しめることもあるんだから‥」


「かしこまりました。主様」



さらに翌日───


日が傾く頃、ようやく町らしき影が見えてきた。

「見えてきた!! 町だーー!!」


「ようやくですなぁ」


「なーんにもイベントは起きなかったけど、この達成感が良いじゃないか。な?」


「左様でございますな。えもいえぬ‥とは、こういう事なのでしょう」


数時間後、一行はようやく町に到着した。


「やっぱり門番も、柵も塀も無いんだなぁ‥」


「不用心でございますなぁ‥」


「こういう世界でさ、こんなにも門番に止められたいと思うのはボクくらいなものだと思うよ」

町のメインストリートだと思われる通りを歩きながら、少年は不満をこぼしはじめた。

「周りを見てもさ、装備を固めた冒険者ぽい人なんか1人も居ないし‥」


「主殿、あちらに見えるのは宿屋兼酒場ではございませんか?」


「酒場か! 情報収集の定番だな! 行ってみよう!!」


少年は門前払いを喰らいかけたが執事が酒場の店主に掛け合い、今夜の宿を取る事になった。


日がすっかり落ちた頃、酒場に客が集まりだしたが、冒険者風の客はおらず、

執事が店主にモンスターについて情報を求めたが首を傾げられた。


「やっぱり、まだ早かったんだなぁ‥。明日にでも家に帰って二度寝する事にしよう」

少年は諦めムードで宿の部屋へ戻ったが、執事は酒場に残った。

少年が部屋に戻ると、メイドは既に布団に潜っていた。


「まぁ、平和な事は悪くは無いんだけどねぇ‥‥」

そう呟きながら窓の外を眺めていると、町外れの森で巨大な人影が動いているのを見つけた。

人影は3~4体見えた。


「あれは‥‥?」

少年は何かを期待して宿を飛び出し、森へと向かった。

月明りに照らされたその影は、大きな豚の顔をした亜人種‥オークだった。


「モンスター居るじゃん!!」

少年がその気になれば、身長2メートルほどのオークであっても指1本で弾き飛ばす事は容易だ。

だが少年はそうはしない。気付かれないように出来るだけ近くまで接近して、ただただ様子を伺った。

オークたちは森の境目で何かしたあと、森の奥へと消えていった。


初めて遭遇したモンスターに興奮する少年。

町の住人は誰一人として気付いていないのだろうか。こんな近くに狂暴なモンスターが居るというのに。

少年は複雑な想いで宿屋に戻り、まだ酒場に居た執事を呼び戻し状況を説明した。


「なんですと!? それは危険ですな‥。この町でもモンスターに対する警戒はゼロでした。いつ襲われてもおかしくありませんな。明るくなったら森を調べてみましょう」



翌朝───



一行は、少年がオークを目撃した場所へと向かった。

すると何やら人だかりが出来ている。

行ってみると、大量の木の実をカゴに回収しているところだった。


「失礼、これは一体‥‥」


「おや、旅の人。これは森の豚人からの贈り物だよ。」


「森の‥豚人?」


「頭が豚によく似た巨人がね、この森の奥に住んでいるのさ。直接話しをする事は滅多にないけど、我々が森の入り口に農作物とかを置いておくと、それと引き換えに、こうして木の実を置いていってくれるんだ」


「へー‥。って、平和かっ!!」


「やはり、『モンスター』という概念が無いようですな。見事に共存しておられる」


「やっぱり、家に帰ろうか‥‥」


「そうですなぁ‥。主殿が望む世界に育つには、あと数百年は掛かりそうですな」


一旦、宿屋に戻って帰り支度を済まる。といっても大した荷物は持ち合わせてはいない。


「主殿、帰りは飛ばれますか?」


「そうしよう。道中は退屈なだけだから」


「承知いたしました。それではー‥」


「あ、ちょっとまって。やっぱり、せっかくの新世界だし今日1日は町を見て回ろう」


「そうでございますな。では私も今の文化レベルを直接観て回るといたします。別行動でよろしいですか?」


「構わないよ。夕方、ここに集合しよう。メイはどうする?」


「ここで、待ちます」


「わかった。それじゃ夕方には戻るよ!」

そう言うやいなや少年は宿を飛び出して行った。


「やれやれ、主殿、中身も少年に戻られたような振る舞いですなぁ。では私も出かけてきます」

執事も宿を後にした。


部屋に残ったメイドは椅子に腰かけ、静かに目を閉じた。

しばらくすると、メイドの表情は苦痛に歪んだり、にやけたり、涙が流れ落ちることもある。


メイドは少年(神様)の過去全ての記憶を有している。

世界をリセットする度に、旧時代の記憶の大半はアーカイブしてメイドの深層記憶領域のさらに深い場所へと移される。

神様本人が新しい世界を堪能するために創られた存在だった。

旧時代で神様が出会った人々の記憶。

何万年も昔に愛し合った人との記憶。

メイドはこうした時間に、古い記憶を整理しているのだ。


その頃、少年は───


裏路地で、少女の手を引いて歩くいかつい男の姿を目撃していた。


「あれは‥事件の匂いがするぞ(ニヤリ)」

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